第三章:BEAST WARS⑥
第四試合――ライラ対エルトルージェ。
試合開始早々、リングの上で繰り広げられるは一方的な戦い。
「い、いや~ん!!」
「アンタその程度の実力でよく予選勝ち抜く事が出来たわね……」
試合中でありながら呆れた表情で攻撃を仕掛け続けるエルトルージェ。
ゴングが鳴った瞬間先に仕掛けたのはエルトルージェは人狼族の迅さを武器に一撃離脱を繰り返しライラにダメージを与えていく。
ライラも反撃に出るが、彼女の最大の武器である怪力は相手を掴み投げてこそ真価が発揮されるもの。力では遥かに勝るもののエルトルージェの速度に全く対応しきれず、伸ばした手は虚しく空を掴む。
攻撃が当たる直前を狙ってカウンターを仕掛けるも、元より戦う事自体に慣れていない彼女の動きは武術を会得しているエルトルージェからすれば素人も同然。逆に伸ばされた手を掴みライラの十八番である投げ技を披露した。
彼女の言う通り、どうやってライラが予選を通過する事が出来たのか、龍彦は内心首をひねりながら、すれ違い様に相手を爪で切り裂くエルトルージェの必殺技の一つ――天狼牙を食らわせライラをダウンさせた光景に歓喜の雄叫びを観客の誰よりも先に上げた。
ライラも充分に健闘した方だがいかんせん相手が悪かったが最後まで諦めず戦ったその姿は賞賛する。そして想い人が勝利した事を喜ぶのは当然である。
《勝者エルトルージェ選手! 今回初出場であるライラ選手惜しくも敗退! しかしその豊満すぎるワガママボディで多くの観客達を悩殺! これは試合に負けて勝負に勝ったと言う事でしょうか!》
「……アンタ今なんて言った?」
《はい?》
「誰がまな板みたいな貧相な胸ですってぇぇぇぇぇぇっ!」
《ちょ、誰もそんな事一言も言っていない……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!》
パームに飛び掛り頭に噛み付くエルトルージェ。
闘技場が笑い声に包まれ、兵士達がエルトルージェを宥めながらパームを救出しようとしている中、救護班を断り泣きながら此方へとライラが駆け寄ってくる。今日も彼女の巨乳は相変わらず上下に揺さぶられている。
「うぇ~んダーリーン! 私負けちゃいましたぁ!!」
「あ、あぁ……まぁ、頑張った方だと思うぞ俺は」
「うぅぅ……これじゃあダーリンと一緒にロンモンでおしどり夫婦として働けないですぅ……」
「ま、まぁ次があるって。次頑張れ」
「それじゃあダーリンが他の女に手篭めにされちゃいますぅ! 私……ダーリン以外の人と結婚するなんて、絶対に嫌ですぅ……」
「そ、そんな事言われてもな……」
「……ダーリン」
「な、なんだ?」
突如泣き顔を浮かべていたライラが真剣味を帯びた顔で見上げてくる。その姿勢に龍彦は困惑しながらも彼女からの言葉を待つ。
その口がゆっくりと、開かれる。
「既成事実って、知ってますかぁ?」
「却下!」
「ちょっとアンタ達何やってんのよ!」
「きゃん!」
顔面血だらけのパームから飛び降りエルトルージェがライラに向かって飛び蹴りを放った。鈍い音と共にライラは地面をスライドするように数メートル吹き飛ばされるも、両腕をしっかりと交差し蹴りを受け止めた為にダメージは入っていない。
そもそも結界が張られていない場所でのダメージは現実として肉体に蓄積される。これ以上エルトルージェがライラに暴力を振るう事を懸念した龍彦は彼女の前に立ちはだかる。
「い、いきなり何するんですかぁ!」
「それはこっちの台詞よ! アタシに無様に負けたくせに随分といいご身分じゃないの」
「お、落ち着けよエルトルージェ。別にライラとは何もしていないから。それにここにはリアルラって結界魔法は張られてないんだろ? だったら暴力沙汰を起こすのは駄目だ」
「……ふ~んアンタはその無駄に胸に贅肉がある牛乳女の味方をするって訳ね。アタシの事が惚れてるとかどうとか言いながら結局巨乳の女が好きなんでしょ! 勝手にすればいいわアンタみたいな男巨乳に押し潰されて窒息死しちゃえば!?」
「いや味方とかどうとかそうじゃなくて……あぁもう! だったらこれでどうだ!」
不貞腐れるエルトルージェを、龍彦は優しく抱き締めた。
「ちょ、な、きゅ、急に何すんのよアンタは!!」
「見ての通りハグだけど?」
「そりゃ見ればわかるわよ!」
「これで俺が胸だけで判断してないって伝わらないか?」
「そ、そんなの……その場を凌ぐだけなら誰でも出来るじゃない」
「じゃあエルトルージェが納得してくれるまで続けるだけだ」
エルトルージェを抱き締めながら龍彦は、好機とばかりに髪の触感と匂いを楽しんだ。
髪から香る匂いは気持ちを落ち着かせ、解けば指に絡まる事なく流水の如く間をすり抜けていく。嫌がる様子を見せる事も抗議の声を上げる事もなければ、逆に自分から要求するように身体を密着させてくる。
そんなエルトルージェに龍彦も応え、この腕から離すまいと抱き締める力を強めた。
「ず、ずるいですぅ! ダーリン私もハグしてほしいですぅ!!」
「負け犬……いいえ、負け牛のアンタにはそんな資格無いわよ。首を洗って出直してきなさい!」
「う、うぅっ……うぇぇぇぇぇぇぇんダーリンの浮気者ぉぉぉぉぉっ!」
「えっ!? 俺が悪いのかコレ!?」
泣きながら走り去っていくライラに龍彦はツッコミを入れた。
「そ、それで? いつまでアタシを抱き締めるつもり?」
「あ、納得してくれた?」
「ぜ、全然に決まってるじゃない!」
「じゃあまだ抱き締める」
この時がいつまでも続いて欲しい、そんな実に在り来りな願望を抱いた事に龍彦は心中で自嘲気味に笑った。
そんな時間に、突如終わりが告げられる。
「何をされているんですか……お二人共」
次の準決勝戦にて一戦交える相手、東門で待機している筈のカエデが現れた。
瞳から光沢が消え焦点が合っていない虚ろな目でゆっくりと、その手に呪符ではなく何処で調達してきたのか一本の鉄パイプを携えて近付いてくる。その姿と彼女より放たれる黒い負のオーラは見る者全ての心に恐怖を植え付け、並大抵の者ならば一目見ただけで戦意喪失し裸足で逃げ出すに違いない。
「言った筈ですよね? 人狐族の女性は一度でも“惚れた”相手を絶対に諦めないと……どの種族よりも嫉妬深いと……」
「カ、カエデ……お前、どうしてここに」
「私はタツヒコさんの事をこんなにも愛してるんですよ? それなのに相変わらず貴方はその貧相狼に構いっぱなし……。高級な宿で二人きりになるなんて……どうして私じゃないんですか?」
鉄パイプを床と擦り合わせる音を不気味に鳴らしながら一歩、また一歩と近付いてくる。その目が捉えているのはエルトルージェ。
「やっぱりその女がいるから、貴方は私を見てくれないんですよね? だったらいっそこの場で……」
「カエデ!」
《え~色んなアクシデントがありましたが私は大丈夫ですよ皆さん。え? そんなのどうでもいいって? ……さぁ気を取り直して準決勝を行いたいと思います! まずは東門よりカエデ・クズノハ選手の入場です!》
まるでタイミングを見計らったかの如くパームの声が闘技場に響き渡った。
「……次は私との試合でしたね、タツヒコさん」
「…………」
「……タツヒコさん、私は貴方を愛しています……が、試合では手は一切抜きません。貴方に全力で打ち勝ち、そこの貧相狼を地に伏し……貴方を貰います――ではお先に失礼します」
鉄パイプを投げ捨て、カエデはリングへと赴く。
「ちょ、ちょっとアイツ本格的にヤバくなってきたんじゃない? アンタ本当に大丈夫なの?」
「……さぁな。そればかりはなんとも言えないな……だからと言って逃げるという選択肢は、俺にはない」
遅れて龍彦もリングへと赴く。
《え~どうしてカエデ選手が西門より現れたのかはさておき! 聞くところによるとタツヒコ選手は何やら女性関係で揉めている様子。それを正妻である私が夫を正しき道を歩ませるとカエデ選手意気込んでおります!》
「おいいつの間にホラ吹き込んだんだカエデの奴!」
「ふふふ、それももう直ぐ真実へと変わりますから問題ありませんよ」
既に正妻のつもりでいるカエデの証言を既に周囲は信じてしまっている。観客席から飛び交うのはカエデを応援するものばかり。そしてその嘘を信じ悪者扱いされてしまっている自分には女の敵、浮気をする男は最低だと言う罵声が容赦なく叩き付けられる。
実に理不尽だ。龍彦は大きな溜息を吐いた。
《第一試合にて洗練された武術で我々を驚愕の渦に巻き込んだタツヒコ選手。第二試合ではアモス選手と魔法による激しくも見事な応酬を披露してくれたカエデ選手。力と技、武術対魔法と言う対極の技術を極めている両者は果たしてどのような戦いをこの試合で見せてくれるのでしょうか!》
「この試合が終わったら一緒に子供の名前、考えましょうね」
「いや気が早すぎるだろ……」
カエデが呪符を指間に挟み、龍彦は刀を鞘に収めたま対峙する。
《それでは準決勝戦。カエデ・クズノハ選手対タツヒコ・キトラ選手――試合開始!》
開始を告げるゴングが今、鳴り響いた。
瞬間、龍彦は地を蹴り上げる。
この試合が行われる以前から勝負は一瞬で終わると龍彦は確信を抱いていた。
縮地で間合いを詰めて一気に斬る。これが龍彦の立てた最初の作戦だった。
だがアモスとの戦闘で見せたゲームでは見る事の出来ないカエデ・クズノハ本来の戦闘方法にその策は直ぐに白紙へと戻す事となる。
元よりカエデ・クズノハと言うキャラクターは近接戦闘を得意としない。通常攻撃も他のキャラと比べて低く設定されており多数コンボを繋ぐよりは通常攻撃四回に必殺技、と運ぶ方が補正も入らず多くのダメージを与えられる。
そしてカエデの弱点は防御力だけではない。それは技を発生し終えた後にあった。
カエデの必殺技は全部で四つ。
飛び道具技の灼焉、設置式の水焉、対空迎撃用の風焉、攻防性能が備えられた地焉……この四つの必殺技を使い分け相手に近付けさせないスタイルがプレイヤーには強要される。
その必殺技をどれか一つでも発動すると、次の呪術を発動する為に札を手元に用意する必要がある。即ち単発式拳銃のように、呪術を使用する度に新しい呪符を装填をしなくてはならない。
これがカエデの弱点であり、彼女と戦った場合の勝機である。
その呪符を投擲する、地面に設置する、手に持ち突き出すと言った行動だけでなく相手に貼り付けて発動させる方法を彼女は見せつけた。更に脅威と認識すべきは初撃の際ヨシュトだけでなく周囲にも気付かれる事なく呪符を仕掛けたその早業。
加えて唯一設置技であると思っていた水焉以外でも、相手に貼り付ける事も可能であると新たに浮上した事実。
今も試合開始の合図と共に既に、瞬きをしたその瞬間に呪符を仕掛けているかもしれない。地面か、或いは己にか。いずれにせよ近接戦闘に持ち込まれる事を苦手としている以上間合いを詰めさせない対策を既にカエデは施していると考えるのが妥当である。
対して龍彦はレオとの試合で彼女に見せた手の内は二つ。
一つは双極之太刀。その本質までは見抜けていなかったとしても、陰之太刀が相手の魔力を用いた攻撃に対し絶大な効果を発揮する事はカエデ程の実力者ならば安易に想像が付くだろう。
二つ目は魔法と体術を組み合わせた水勁。これが水の魔法であると言う事は、魔法に長けたスカアハが見抜けなかったのだからエルトルージェ達を含むこの場にいる全員がその絡繰に気付くとは考えにくい。
それはカエデにも、そして決勝戦で戦うであろうエルトルージェに対しても大きな武器となる。絡繰がわからなければどの属性に位置する魔法なのか知り得ない。そしてその用法は近接戦闘にて効果を発揮すると彼女は推測している。
つまり近距離攻撃と思わせているところに飛び道具として遠距離攻撃を放てば相手の意表を突く事が可能と言う事だ。だがそれは外した、もしくは一撃で仕留められなかった後の危険があまりにも大きい。
水勁と違い飛び道具としての魔法は相手に属性を完全に知られてしまうからだ。司る属性が水だとわかれば、カエデは相克関係にある土属性……地焉で対応してくる。そうなってしまえば魔法は使えない。どれだけ魔力があろうと相手が相克属性で挑んでくる以上、抵抗すればするだけいたずらに魔力を消費し、下手をすれば双極之太刀すら使えなくなってしまう。
故に龍彦は短期決戦――一発勝負に打って出る。
罠が既に仕掛けられている事を理解しながら、あえて自ら間合いを詰めた。
一方カエデも疾風の如く向かってくる龍彦を見据えて構える。
レオの試合より見せた優れた身体能力と剣術の腕前。俊敏性に関しては人狼族であるエルトルージェに勝るとも劣らず。
カエデにとって間合いに入られる事は不利となる。特に注意すべきは鎧をも簡単に吹き飛ばしたあの拳打。魔力が働いている事はまず間違いない、がそれが果たして異能なのか魔法なのかカエデは知り得ない。
いずれにせよ近接戦闘に持ち込まれた時点で敗北は確定する。
試合開始と同時にカエデは地面に四門開浄・水焉洸咒の呪符を仕掛けた。特殊な呪術で地面に擬態させている為余程注意して見ない限り気付かれる事はない。
そしてその事を悟られない為にゴングが鳴るまでにカエデはわざと呪符を掲げるように取り出し龍彦の注意をそちらへと誘導させた。結果として例え一瞬でも彼の視線が其方に向けた時点でカエデは安全を確保する事に成功し、己の勝利を確信した。
龍彦の異能、或いは武器には相手の魔力を用いた攻撃を相殺する効果を持っている。その合図となるのが刀が闇夜の如く漆黒に染まりし時。この力がある以上全ての呪符は相殺されてしまう。しかしその為には相手の間合いを入らなくてはならない。
間合いを詰め仮に仕掛けておいた四門開浄・水焉洸咒に対応出来たとしても、その瞬間に別の呪符を発動させる事はカエデにとって容易い。
だが、四門開浄・水焉洸咒はカエデにとってはただの保険に過ぎない。
呪術を得意とし間合いに入られる事を苦手としている者が、近接戦闘に持ち込んでくる相手への対策を持っていない訳がない。その事を龍彦は恐らく気付いている。その為に彼は居合と言う構えを取った。
居合とは適度な反りを持つ日本刀と鞘の構造と、腰に差すと言う携帯方法を利用する事によって成せる技術の事である。
抜刀と斬撃、二つの動作を同時に行えるこの技術の最大の強みは相手に攻撃のタイミングを図らせない事にある。
即ち龍彦は居合の構えを取る事で相手の心理にいつ攻撃がくるかわからないと言う不安を煽らせ、その焦りから攻撃を仕掛けさせるつもりでいる。龍彦の狙いは先の先ではなく後の先、初撃を躱してしまえば次の攻撃へと移る瞬間一気に鞘から抜き放ち刃を当てる。それが彼の狙いなのだ。
しかし、それでも己の勝利は揺らがない。
龍彦は……純白の太刀で仕掛けてくる。漆黒の太刀には魔力を運用する攻撃を相殺する事しか出来ない。第一試合にてレオのセイグリッド・グラディウスを相殺した後、わざわざ刀を純白に染め直した。つまり漆黒に染まっている状態では相手に直接的なダメージを負わせる事が出来ないデメリットを持っている。そうでなければわざわざ純白に染め直す必要はない。
四門開浄・水焉洸咒を避ける、もしくは漆黒の刀で相殺させたとしても純白に染めるまでに掛かる時間は一秒丁度。
それだけ時間があれば攻防一体の効果を持つ四門開浄・地焉洸咒を発動させる事が出来る。
後は攻撃が繰り出されるタイミングを見誤らないだけ。
カエデは限界まで目を見開く。この目は絶対に閉じないと、そう固く誓いながら。
二人の距離が縮まる。
刀をまだ抜かずリングの上を駆ける龍彦。呪符を手にしたまま見据えるカエデ。
そして互いの間合いへと入った――刹那。
「なっ!」
最初に驚愕の声を漏らしたのはカエデである。四門開浄・水焉洸咒が仕掛けられている上を龍彦の足が踏みつけた瞬間、その姿が彼女の視界より姿を消したのだ。
龍彦にとっての勝機、カエデにとっての失態。それは縮地と言う技術にある。
クズノハの里でレティヘロと交戦した際に龍彦は縮地をミカゼの前で披露した。当然九羅嘛衆の一人である彼女が長であるカエデに事の一件を報告しない筈がない。しかしその術理を理解していない第三者の主観から見た情報では仮説こそ立てられても本質へ辿り着く事は極めて難しい。
そこで龍彦は“カエデは縮地を知らない”と言う前提で、レオの試合でもあえて縮地を披露しなかった。
その判断は龍彦にとって吉と出る。
実際カエデはレティヘロの一件をミカゼより報告を受けていた。だが何が起きたのか理解していなかった彼女の証言は“気が付けば敵が倒れていた”と言う実に単純な報告であった。カエデ自身何が起きたのか事の詳細を龍彦に尋ねるべきと判断してはいたが、里を出ると口にした彼の衝撃的発言に頭の中からすっかり抜け落ちてしまっていたのである。
それが今、カエデにとって凶となって出たのだ。
最速だと見誤っていた走行から突然の爆発的な加速。言うなれば緩急のフェイントに幻惑されたカエデの思考は冷静な判断を失う。クズノハの里の長として場数を彼女はそれなりに踏んでいる。過去エルトルージェやカルナーザのように、自分よりも強い相手とこの武術大会で手合わせをし世界の広さを知った。それ故に慢心してはならないと、日々精進あれと心に誓い遵守してきた――だと言うのに。
「タ、タツヒ……コ……さ……」
まだまだ未熟である。背中を駆け抜ける衝撃と熱にカエデは意識を静かに手放した。
《……あ、えっと……な、何が起きたのでしょうか!? 試合開始と同時にタツヒコ選手が間合いを詰め、そして消えたと思った瞬間カエデ選手背後よりタツヒコ選手の斬撃を浴びてそ、そのままダウン……! 動く気配を見せないカエデ選手――よって準決勝の勝者はタツヒコ・ハギリ選手!》
地に倒れたカエデを見て、龍彦は安堵の息を漏らした。
長期戦に持ち込まれる事を恐れての一発勝負。カエデは縮地を知らない……その賭けに勝った。だからこそ意表を突き、そこから生じた隙に乗じてカエデに攻撃を浴びせる事が出来た。カルナーザならば一太刀浴びたとしても耐え切り戦闘を続行出来ていただろうが、打たれ弱いカエデでは耐え切る事は出来ない。
気を失い救護班に運ばれていくカエデに龍彦は見送り西門へと戻った。
「よ、予想通りの結果になったわね」
「あれ? もしかして心配してくれてたのか?」
「な、なんでアタシがアンタの心配なんかしなくちゃいけないのよ! 逆にあの駄狐に負けたらどうしてやろうかって思ってたのよ!」
「決勝戦で戦うって約束したからな――次はいよいよライバル同士の対決だ。エルトルージェこそ気を抜くなよ?」
「ふん、言われなくてもわかってるわよ」
《それでは準決勝戦第二試合を行いたいと思います! まずは北門……と言っても多分西門にいるだろうから、西門よりエルトルージェ選手! えっ? なんで西門にいるんだって? 男の勘ってやつですよ畜生! 彼女のいる奴は皆爆発すればいい!》
「おいいいのか実況があんな事言ってて」
「どうでもいいわ――さぁて、派手に暴れてやるわよ!」
「行ってこいエルトルージェ!」
拳を打ち合わせ闘気に満ちた笑みを浮かべながらリングへと向かうエルトルージェを龍彦はサムズアップをしながら、その背中を見送った。
◆◇◆◇◆◇◆
リングの上で繰り広げられるのは力と技、精神と肉体の極限までのぶつかり合い。
準決勝戦第二試合――エルトルージェ対カルナーザ。好敵手と言う設定の元生み出されたキャラクターだけあり、現実でも彼女達はその設定以上の戦いを観客達の前で繰り広げる。
鍛え抜かれた筋力から繰り出される一撃で大気を轟と唸らせるカルナーザ。
両足に加え両手を用いた狼本来の動きで地上を疾走しつつ技術で応戦するエルトルージェ。
試合開始から早五分が経過する。しかし両者共に決定打を与えられていない。
互角の戦いに魅せられ興奮が最高潮にまで達した観客達の声援が闘技場を震わせる。
それは龍彦とて例外ではない。
実際に戦っている訳でもないのに試合を目にしているだけで彼女達の魂の高揚が自然と伝わってくる。エルトルージェもカルナーザも、ただ目の前の好敵手に勝つと言う事だけに己の全てを賭して戦っている。
休む間もなく戦い続けた彼女達の呼吸は乱れ、その額には汗がうっすらと浮かんでいる。それでもその顔から笑みは消えない。いつまでもこの時が続けと、そう言っているようにも見受けられる。
長きに渡る戦い。その戦いに遂に終わりが訪れた。
「ソウルハウリング!」
超必殺技であるソウルハウリングをエルトルージェが発動した。白く燃え盛る体毛を生やした七体の狼が一斉にカルナーザへと鋭い牙を剥き襲い掛かる。
「ぐぅぅぅっ!!」
直撃と同時に爆発。高密度に収束された魔力が直撃した事で炸裂し、凄まじい魔力の奔流が闘技場内に吹き荒れる。その中心にてカルナーザは両腕を交差し防御をする。
カルナーザの速度ではエルトルージェのソウルハウリングを逃れる事は不可能。従って持ち前の打たれ強さを武器に耐え抜く事を彼女は選択した。
魔力の奔流が収まり、リングは砂煙に包まれる。
《エ、エルトルージェ選手のソウルハウリングは炸裂! 果たしてカルナーザ選手無事なのでしょうか!?》
静寂に包み込まれる闘技場。
やがて一陣の風がリングを包み込んでいる砂煙を吹き飛ばしていく。
晴れていくリング。
拳を構えたまま警戒態勢を解かないエルトルージェ。
両腕を交差したままエルトルージェのソウルハウリングに倒れる事なく耐え切ったカルナーザ。
観客達の叫び声に闘技場は再び包み込まれる。
《す、凄いぞカルナーザ選手! エルトルージェ選手の放ったソウルハウリングを真正面から全て受け止めそ、そして耐え切ったぁぁぁぁぁぁっ!》
「……いや、耐え切った訳じゃない」
エルトルージェは静かに構えを解いた。
その行動に観客達からどよめきが起きる。
《え、えっと……これはどう言う事でしょうか。エルトルージェ選手突然構えを解いてカルナーザ選手に背中を向けて……北門へと帰っていく!? これではエルトルージェ選手試合放棄になってしまいますが!》
「おい審判、よく見てみろよ――カルナーザの奴、たったまま気を失ってるんだよ」
見兼ねて、龍彦はパームに知らせた。
《えっ? えぇっと……こ、これはカルナーザ選手! タツヒコ選手の言った通りたったまま気を失っております! 不敵な笑みをその顔に残したまま、しかし彼女は倒れず両足でしっかりと立っています! なんと言う執念! なんと言う誇らしい姿! 準決勝戦の勝者はエルトルージェ選手ですが、どちらが勝っても可笑しくない素晴らしい試合でした。皆さんどうか二人に盛大な拍手をお送り下さい!》
観客席から万雷の拍手が既に退場したエルトルージェと、今救護班の担架に乗せられるカルナーザの二人に送られる。龍彦も混じって拍手を彼女達に送り、リングを見据える。
準決勝戦が終わり、この大会も終盤を迎えた。
決勝戦はエルトルージェとの対決。スカアハの館で戦った時の彼女は例の亜人によって操られていた。葉桐龍彦を殺せと言う命令に従い殺戮機械と化していたが今は違う。
本来のエルトルージェ・ヴォーダンと戦う事が出来る。それが今は嬉しくて仕方がない。龍彦は口元を緩めると、まだ呼ばれていないにも関わらずリングへと姿を現す。
《おおっとタツヒコ選手まだ呼ばれてもいないのにリングへとその姿を現しました! 彼からは凄まじいやる気を感じられますが……決勝戦の前に一度小休止を挟みます。なので呼ばれてから出場するようにお願いしますね!》
「……そりゃ残念だ」
観客席から笑い声が上がる中を踵を返し元来た道を戻る。
今まで繰り広げられる戦いに意識を集中させていたのが小休止と言う言葉に反応したのか、尿意を催した龍彦は選手専用のトイレへと向かう。
「トイレが貸切って言うのはなんかいいなぁ」
選手専用男子トイレを利用する人間は自身を除いて他にいない。完全貸切状態を満喫しながら排出されていく感覚の心地良さに吐息を一つ漏らし――扉が開く音に龍彦は何気なくそちらへと向ける。
従業員か何かだろう。そう思っていた龍彦は、二つの意味でトイレにやってきた相手に目を見開いた。
漆黒の闇を体現しているかのような光沢のある禍々しいドレスアーマーに魔物を思わせる異形の左腕……エルトルージェを操り命を狙ってきた謎の亜人が姿を現した。そして女性でありながら男子トイレに堂々と踏み込んでくるその神経に、龍彦は驚愕せざるを得なかった。
「ちょ、おまっ! ここ男子トイレだぞ……じゃなくて! お前がエルトルージェを――」
「うるさい。とりあえずさっさとトイレを済ませろ」
「わ、悪い……ってなんで俺が悪者扱いなんだよ!」
例の亜人の理不尽な要求に腹を立てながらも用を済ませる。
「さぁ済んだぞ。それで改めて――」
「先に手を洗え。この不潔男」
「ぐぅっ……滅茶苦茶腹立つなこの女!」
苛立ちと怒りに顔を歪ませながら手を洗い、改めて刀を抜き放ちながら龍彦は亜人と対峙する。




