第三章:BEAST WARS⑤
第二試合――北門よりカエデ・クズノハが現れ、対する南門よりアモスが姿を見せる。
アモス・ソルマン――人梟族の魔術師で無口で研究熱心な性格。新しい魔法の研究で必要不可欠な素材であるオリハルコンを手に入れるべく、そのオリハルコンが眠る鉱山へと入山許可を貰うべく武術大会に参加する……それが彼に与えられた設定だ。
四大元素である火、水、風、土の属性による攻撃を可能とし一見すれば呪術で戦うカエデとコンセプトが似ているがアモスの場合は主に設置系の攻撃だ。魔法による罠を仕掛けると言う一癖あるキャラではあるが、その効果は厄介な分だけ強力。如何に敵をそこまで運ぶかがプレイヤーの腕が大きく要求される。
同じ魔法を得意とする者同士の戦い。この戦いで両者に求められるのは魔力量は勿論、いかにしてそれを使いこなすか魔法を扱う者としての技量が問われる。
「四門開浄・灼焉洸咒」
「アクアボルト」
試合開始のゴングが鳴り響いて早々、両者の魔法が衝突した。
火にとって水は相剋関係にある。相殺され大量の水蒸気が空へと昇り消えていく。
魔法の応酬がリングの上で繰り広げられる。カエデもアモスも、お互いの手の内を瞬時に見切り相反する属性を以て迎え撃つ。その光景に観客達は盛り上がり鼓膜を破らん勢いで歓声を上げ闘技場を熱気で包み込む。
お互いに決定打を与えられぬまま時間が経過し――ここでアモスが動いた。背中に生えた双翼を羽ばたかせ空高く飛翔する。
「あの技は……超必殺技を使うつもりか!?」
アモスの持つ超必殺技――テンペスト。
この技は発動後アモスが三体に分身しながら上空へと飛翔し巨大な竜巻を起こすと言うもの。画面の三分の二を占める為に対戦者はガードされる事を強制させられてしまうが、体力が少なかった場合そのまま削り殺されてしまう。
一見すれば無敵のようにも思えるが、攻略方法はある。
攻撃を行うのは三体の内二体だけ、つまり本体の真下は完全に安全地帯である。その見切り方は上空へとアモスが飛び上がった瞬間地面に映る影を見れば一目瞭然である。発動直後のボタンの組み合わせによって任意で竜巻を発生させる事が出来ると言う大胆なシステムには当時驚かされたのは懐かしい記憶だ。
アモスの左右より現れる二体の分身。リングより見上げているカエデへと足元には本体の影がハッキリと映し出されている。つまりそこは安全地帯ではない。
「カエデ……!」
テンペストがくる事を知らせようと龍彦は声を上げ――今から強烈な竜巻が襲い掛かると言うにも関わらず、此方に顔を向け妖艶な笑みを浮かべているカエデの姿に、背筋がぞくりと粟立つ。
「テンペスト!!」
巨大な竜巻がカエデへと襲い掛かる。
「残念ですが、既に貴方は終わっていますよ――解」
右人差し指と中指を伸ばし呟いた瞬間、上空に浮いていたアモスから突然紅蓮の炎が燃え上がった。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!」
轟々と燃え上がるアモス。本体が攻撃を受けた事でテンペストは強制的に中断され、分身もまた消滅する。轟々と燃え盛る炎に包まれながら落下するアモス。そのまま大量の水で満たされたリングの外へと落ちた。
「最初の攻撃の時、水蒸気に紛れて貴方に灼焉洸咒の札を貼り付けておきました。呪符を飛ばすだけが……私の戦法ではありませんよ」
《し、試合終了! 第二試合はカエデ・クズノハ選手の勝利! 凄まじい魔法合戦は素晴らしいとしか言い様がありません!》
医療班に引き上げられ運ばれていくアモス。リングの上で観客達に丁寧にお辞儀をするカエデに、龍彦は戦慄を覚えた。
『WILD BLOOD FIGHTER』では見る事の出来ないカエデの新たな戦法。そして戦いの最中に見えた相手から視線を外し笑みを浮かべられる程の余裕。サブキャラとして使い彼女の動きは全て把握していたと……その考えは驕りであったと龍彦は思い知らされた。
エルトルージェの言う通り、カエデ・クズノハは簡単には勝たせてくれる相手ではない。
一通り観客席にお辞儀したカエデは北門には戻らず、そのまま西門の方へと向かって歩いてきた。
「ふふふ、ちゃんと勝ちましたよタツヒコさん」
「あ、あぁ……そうだな。とりあえずおめでとうカエデ」
「あの時タツヒコさんが私の身を案じ名を呼んで下さった時、本当に嬉しかった……そして絶対に結ばれるべき関係だとも改めて実感しました。だから次の試合……私が勝たせてもらいますね、タツヒコさん」
「……随分と余裕だな。カエデは恩人だけど勝負事で譲るつもりはないぞ?」
「問題ありません。全力で挑む貴方を倒し、あの貧相狼と脳筋虎にどれだけ私がタツヒコさんを愛しているか……見せつけてやりますから」
抱き着き妖艶な笑みを浮かべ見上げるカエデに龍彦は身震いした。
カエデより発せられる危険な雰囲気に感覚が麻痺しまるで金縛りにあったかの如く、彼女から目を離す事も振り解く事も出来ない。蛇に睨まれた蛙とは、今正にこのような状況を言うのだろう。
抱き着かれてから数秒後、名残顔を浮かべてカエデがゆっくりと離れる。それに伴い感覚が正常と化し肉体は自由を取り戻す。
「……それでは私は控え室に戻ります。タツヒコさん、準決勝でまたお会いしましょう」
「あ、あぁ……」
終始妖艶な笑みを浮かべながら立ち去るカエデ。その姿が見えなくなったと同時に龍彦は安堵の溜息を漏らした。
「……俺、カエデに勝つ自身なくなってきたぞ……」
《それでは第三試合を行いたいと思います!》
「っと、次はいよいよカルナーザの試合か……」
気持ちを切り替えて龍彦はリングの方に視線を向ける。
その横を一人の亜人が通り過ぎ――
「おや、君は確かタツヒコ君だったね」
門の出入り口前で立ち止まると声を掛けてきた。
カルナーザの次の対戦相手であるヨシュト・プリムル――猫人族の亜人で作中一の美形キャラ。その為数多くの女性プレイヤーが好んで使う人気のあるキャラクターであると同時に、男性からは妬みと殺意の対象として嫌われている事で有名である。
見た目はイケメンでクールな性格、とは裏腹に超が付く程のナルシスト。この世の全ての女性は自分の美しさの前に跪き従僕になると思っている。その為対戦相手が男性キャラであった場合は醜い等と罵り、女性キャラには自分の物になる資格があると上から目線の勝利台詞を吐く。
武術大会の参加理由も優勝する事で自分の美しさを世界に知れ渡らせる事。そんな設定と正確に男性陣からは顰蹙を買い、彼の声を担当した声優の家に抗議の手紙が送られたと言う珍事件まで起きた。
当然現役プレイヤーであった龍彦も幼少期より苛立ちを激しく覚えるキャラクターとして認識し、その怒りはある意味レオよりも真っ先にこの手で倒してやりたいと思ってしまう程である。
その相手から話し掛けられて、いい気分はしない。眉間に皺を作りながら龍彦はヨシュトを見据える。
「あの騎士団長を倒すなんてなかなかやるじゃないか。でも最後に勝たせてもらうのはこの僕だよ。この世には美しい女性で溢れ返っている……そんな女性達を守り抜き誰よりも愛する存在がこの世界には必要だ。その存在こそこの僕……ヨシュト・プリムルと言う訳さ。この大会で僕の強さ、美しさを知らしめて世の女性を幸せにする……僕はその資格を持った男なのさ――そしてタツヒコ君、君を叩き潰すのもまた僕の役目だ」
「は?」
「君には不思議な魅力がある。どうやったかは知らないが、君のようなブ男に女性が慕うのは罪だと僕は思っている。その罪を刈り取り罰を与えるのもまた、この僕と言う事だよ。君は決勝戦にて必ず僕が罰を与える」
「……へぇ」
ヨシュトの反応は、今まで好意しか向けられなかった龍彦には新鮮な反応だった。ここまで明確な敵意を向けられた事は初めてである。その理由が自分よりも女に慕われている事が気に食わないと、実に不純な理由だが。
「それで、お前はいつまでここで能書き垂れるつもりだ?」
「……なんだって?」
「もう試合始まるんだろ? 俺と遊んでいて逃げたって勘違いされてもいいのか色男」
「……そうだったね。僕とした事がすっかりと忘れていたよ。それじゃあ行ってくるかな、僕の愛で荒ぶる彼女の心を優しく包まないと」
「……あぁ、一つだけ宣告しておいてやるよ――お前はカルナーザに勝てない」
上機嫌な様子で鼻歌交じりにリングへと向かうヨシュトに龍彦は言葉を送った。
《それでは第三試合を行いたいと思います! まずは西門よりヨシュト・プリムル選手!! 対する東門からはカルナーザ・デ・バラン選手!》
声援が送られるカルナーザに対し、ヨシュトがリングへと現れた途端観客席は女性の歓声で包み込まれる。人種問わず彼が女性から多大な人気を集めている事が伺える。
「いよいよカルナーザの戦いか……あんな奴に負けたら承知しないぞ、カルナーザ」
《それでは試合開始!》
ゴングが鳴り、カルナーザは拳を構える。
一方ヨシュトは構えない。まるで散歩をするかの様に普通に歩き間合いを詰めていき、そしてカルナーザの前で礼儀正しくお辞儀をすると、
「カルナーザ・デ・バラン、君はとても美しい女性だ。本来ならこんな野蛮な大会に出場するべきじゃない……ここは僕に君の夢を託してはくれないだろうか? 必ず優勝し君の夢を僕が叶えてあげよう」
試合を始めずいきなり口説き始めた。
試合をしろとヨシュトに罵声を浴びせる男性陣と、どうしてあんな脳筋そうな女が口説かれるのかとカルナーザに嫉妬の声を上げる女性陣……二つの声が観客席で飛び交う。
《おぉっとヨシュト選手! 試合開始早々カルナーザ選手を口説き始めたぁ! 突然の甘い口説きにカルナーザ選手は……!》
「悪いが既にその夢は叶っている。それに我は貴様のような男には全く興味がない」
《カルナーザ選手これを拒否! 自分には愛している男がいるのだとヨシュト選手を冷たく突き放したぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「まぁ、当然だろうな」
カルナーザを褒め称える男性陣に龍彦は同意の声を漏らす。対してどうして拒絶するのかと言っている事が矛盾している女性陣に呆れ顔を浮かべた。
カルナーザに拒絶されたヨシュトはやれやれ、と言いたげに肩を落とすと――カルナーザの顔面目掛け鋭い蹴りを繰り出した。肉を叩く鈍い音に観客席は一瞬静まり返った後、直ぐに歓声を上げた。
《振られたヨシュト選手やれやれと言いた気に肩を竦めたと思った瞬間け、蹴ったぁ! 鋭い蹴りが無慈悲にも顔面へと放たれる! だがカルナーザ選手これをしっかりとブロック!》
「やっと本番が始まったみたいだな……ブッ潰せカルナーザ!」
「やれやれ、どうやら君のような女は口でわからせるより身体でわからせた方が早いらしい」
「我の夫はタツヒコただ一人だけだ。主など眼中にはない」
「……またあの男か。僕の前で他の男の事を口にするなこの阿呆が!!」
嫉妬を剥き出したヨシュトが下段、中段、上段と華麗な蹴り技を見せる。
カルナーザは辛うじてブロックするが、それでも完璧ではない。目まぐるしく放たれる連続蹴りはカルナーザの体力を少しずつ削り取っている。
《す、凄まじい蹴りの嵐! カルナーザ選手をヨシュト選手容赦なく蹴り続けるぅ!》
ヨシュトの最大の特徴は格闘ゲーム界初の追加コマンド入力を持つキャラである。
下段、中段の連続攻撃から前蹴りで相手をスライドダウンさせる中段、下段回し蹴りでダウンさせる下段、下段を意識してしゃがみガードをしている相手に上から攻める上段の三種類の派生技へと繋ぐ事が出来る。
更に任意でコマンド入力を送らせて発動する、所謂ディレイさせる事も可能。それを見切るのは至難の業である。初めて『WILD BLOOD FIGHTER』をプレイする人間の多くが初見殺しを味わった。
ランダムで繰り出される蹴りを浴びながらカルナーザも反撃に転じる。しかし攻撃に特化し、その反面速度が殺されている彼女の攻撃はヨシュトに掠りもしない。空振りをしたところに容赦ない蹴りを浴びてダメージを蓄積させる一方だった。
《速い速い! その長い脚から繰り出される華麗な蹴り技が間合いを取ろうとするライラ選手を逃がさない!》
「この世の全ての女性は僕を敬い慕うべきなんだ! それ以外の男に慕うなど許されない、許されない事なんだ!!」
「あいつ……あそこまでヤバいキャラだったのか」
絶対的な自信を持ち寸分の疑いも抱いていないヨシュト。女性は全て自分の物であると断言するその執着心と高慢な態度は狂気でしかない。そんな彼の狂気の何処がいいのか、黄色い声を上げる女性陣に龍彦は眉を顰めた。
「……主は哀れな男だな」
「なに!?」
「貴様のような男には……我でなくとも全ての女性は振り向かんと言う事だ!」
カルナーザの右腕が唸りを上げる。ヨシュトの繰り出された蹴りが当たる直前に繰り出した彼女の虎爪閃。
双方の攻撃が直撃し――遠心力を加えて打ち落とされたカルナーザの爪撃が、ヨシュトを顔面から地面へと叩き付けた。その衝撃で地面に亀裂が入り砂埃が舞い上がる。
技の速さと派生技の豊富さではヨシュトが優れてはいるが、こと攻撃力に関してはカルナーザの方が遥かに上を行く。相手の攻撃に怯まない耐久性に加えて相手の防御を容易く打ち崩す一撃、それがカルナーザの強み。
そんなカルナーザの攻撃を正面から受けんと防御をしたした時点で既に、ヨシュトの敗北は決まっていた。
「終わったな」
「が、がはぁ……ぼ、僕の美しい顔がぁ……!」
「無様だな自称色男よ。その程度でよく物になれと我に言えたものだ……」
もっとやれと煽る男性陣、これ以上手を出せば許さないと抗議の声を上げる女性陣。観客席で綺麗に分かれた意見。その答えを求めるようにカルナーザが此方に視線を向ける。
龍彦は満面の笑みを浮かべると、親指で自分の喉を掻っ切るサインを送った。
容赦なくヤれ。この場にいる全男性を代表して判決を言い渡す。
心得たと不敵な笑みを浮かべて頷く執行者。地面に伏し動けないヨシュトの頭を掴むと身体を強制的に起こす。
「今まで受けた分、きっちり貴様に返させてもらうぞ!」
「ひっ……!」
カルナーザが地面を強く踏み付ける。猛虎が顎を開く姿を連想させる動作から成されたその構えはカルナーザの固有超必殺技――一定時間移動速度及び攻撃速度を速める風神走の構え。
これを使用する事により必殺技から必殺技とコンボが繋げられる。その代償としてスーパーアーマー及びガードグラッシュ効果は失われてしまうが、虎爪閃を受けて足元がおぼつかないヨシュトにこれから始まる猛虎の連撃を避ける術はない。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
カルナーザが吼える。
虎爪閃から始まり牙を剥いた猛虎がその顎を閉じるが如く左右の腕を内側に振り払う虎刈鋏、下から上へ跳躍しながら腕を振り上げる対空技……昇○拳系統の虎翔撃、そこから繋ぐ事が可能である地上に向かって急降下する空中技の虎爆脚――流れる様な疾さで繰り出される連続攻撃を、カルナーザはヨシュトへと叩き込んだ。
「……がふっ」
《ヨ、ヨシュト選手ダウン! 猛虎の怒りの前にその美貌も崩れ去り一男として非常にスカッとする心境です! よって第三試合はカルナーザ選手の勝利!!》
ボロ雑巾のようになるまで痛めつけられたヨシュトの顔は見るも無惨な状態になっている。ブーイングコールを上げていた女性陣も、カルナーザの暴れっぷりに畏怖を抱いたのか完全に口を閉ざしている始末。観客席は男性陣の歓声のみで包まれていた。
運ばれていくヨシュトには目もくれず、カルナーザがやってくる。
「お疲れ様……結構やられたけど大丈夫か?」
「打たれ強さは我の取り柄の一つだからな。し、しかし気遣ってくれている事には感謝するぞタツヒコ」
「カルナーザだって女なんだから、もっと自分の身体を大切にしろよ?」
「う、うむ、そうだな――と、時にタツヒコよ。ぬ、主はその……き、傷だらけの女は嫌か?」
「いや別に。女性の人って身体に傷があったりするとやっぱり色々とコンプレックス抱え込むんだろうけど、男の俺から言わせてもらうとその人が本気で好きだって言う気持ちがあればどうでもいいな」
「で、ではやはりタツヒコは我の夫になってくれると!?」
「いやその理屈はおかしい」
「ふふふ、やはり我と主は相思相愛の関係にあるようだな――決勝戦が待ち遠しいぞタツヒコよ。では我はそろそろ戻る。あの駄狐に負けてはならんぞ!」
上機嫌で走り去っていくカルナーザに、龍彦は呆れつつも笑みを浮かべその後ろ姿を見送り、
《それでは第四試合に移りたいと思います!》
背後から聞こえてきた声にリングへと再び向き直った。




