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第二章:双極の誓い⑤

 例えるならば水道の蛇口を捻るようなものである。そのイメージを魔力を解放する条件としてイメージに定着させてから、龍彦は短期間で魔法を習得した。

 人間が魔法を使う場合必要とされる詠唱。詠唱とは魔法を発現させる際術者の想像力を高める儀式であるとスカアハより説明を受けた。ただ、龍彦の場合この世界よりも遥かに文明が進んだ地球と言う世界で生きてきている。

 魔法と言う文明がない代わりに今も尚成長し続けている科学と言う力。何故火は燃えるのか、何故水は凍るのか、学校に通っている者ならば理科、化学と言った授業で必ず勉強する。その原理を知っているからこそ、龍彦は想像力のみで魔法を発現する事が出来た。師匠であるスカアハが逆に教えを乞う程、無詠唱による魔法の発現は神の御業とまで言われる程の領域である……らしい。


「しっかし、属性が水って言うのがな……それにこの異能も本当になんなんだよ」


 魔法の属性で何がいいか。龍彦が最初に思い浮かんだのは火属性であった。

 火とはアニメやゲームで様々な男心を擽らせる演出を見せてくれる。ただ相手を燃やし尽くすと言う効果でも炎の色が変わる、たったこれだけで充分な魅力を生み出すのだ。加えて主人公キャラの属性は火である事が多い。

 水と言えば、龍彦の中では主に補助……味方の体力を回復したり状態異常を治す系統の能力が主な役割だと認識されている。だから火属性ではない事を知り落ち込んだのと同時に、何故水属性なのかその理由も理解してもいた。

 東洋の龍が司る属性は水。その龍と深い関係にある葉桐一族だからこそ、扱える魔法も水なのかもしれない。とは言え水には様々な扱い方が存在する。化学の力を魔法によって具象化させれば、それは正しくこの世界の住人に匹敵する最強の武器とも化すだろう。

 だからと言って目立つ事はしない。魔法と言えど人の命を奪える殺傷能力は充分にある。何より思い付いた魔法は下手をすれば周囲を巻き込む恐れがある。これから武術大会と言う一般客もいる中で本気を出せば大惨事は避けられない。

 何より飛び道具技を一切持たない純粋な格闘キャラクターを龍彦は好んで使用していた。炎や雷が出る演出エフェクトは兎も角として、自身が武術をしているだけに飛び道具技に頼る事を邪道として捉えていた。

 ゲームとは言えやはり本物の武術家なら飛び道具に頼ってはいけない。それが葉桐龍彦の流儀である。

 その為に編み出した第二の異能。スカアハ曰く、異能は一人につき一つしかないとされているが、龍彦は水魔法の使い方を考察している中で思い付きにより第二の異能を開眼させ彼女に驚愕の声を上げさせた。

 異能とは血統や素質によって大きく左右される。凡庸性でない分扱い方が極めて難しいとされるが、一度型に嵌れば絶対的な効果を発揮する。魔法の詠唱とは異なりただ魔力を解放させる……たったこれだけの工程アクションで発現出来る扱い易さが異能の利点。

 その異能の一つは、スカアハですら小首を傾げる程原因が不明だった。

 そう、雌の動物にのみ作用する獣に好かれる程度の体質と思っていたのは魅了チャームの異能だった。異能は魔力が解放し術者の意思一つで効果を発動する……のだが、この魅了チャームに関しては全く違っていた。と言うのも最初こそ魔力を放出しすぎている事を心配したスカアハだったが魔法の知識を学んでいく内に、魅了チャームの異能は“術者の意思や魔力とは無関係に自動的に発動している”と彼女は説明した。

 即ち、術者である龍彦の意思も魔力も及んでいないところで魅了チャームの異能が勝手に発動しているのである。

 その原因は不明。魅了チャームの異能が何らかの原因で一人歩きしているとしかわからず、今後一生このはた迷惑な異能のろいと付き合っていく現実に龍彦はその日だけで大きな溜息を十六回も吐いた。


「……そう言えば、カエデは今頃どうしてるのかな」


 不意に脳裏に浮かぶ恩人の顔。

 クズノハの里を出てから数日、龍彦はカエデの夢ばかりを見るようになった。場所は決まって広大な平原。そこでちょっとした追いかけっこをする。逃げるカエデを捕まえて、そのまま夢から覚めるまで後ろから抱き締める――所謂あすなろ抱きをしながら、彼女の心地良い香りとぬくもりを堪能する……そんな内容だ。

 最初こそ何故こんな夢ばかり見るのか。そう疑問を抱くも、人間の持つ適応能力は恐ろしいものだと龍彦は他人事のように感心した。

 三度も見れば疑問は綺麗になくなり、逆に待ち遠しく思うようになる。


「……早くエルデニアに行って、カエデに会いたいな――そろそろお暇するとしようか」


 スカアハの館にて魔法の使い方を学ぶ事一週間。予定していたよりも早くに魔法の習得とそれを用いた新たな戦法の考察及び修練を行いながら過ごしてきた。

 そろそろ頃合である。龍彦は荷物を纏めた鞄を手に取り貸し与えられていた部屋を後にする。

 向かった先は図書室。元より読書が趣味であると言っただけあり、その部屋は自室よりも広く設けられ大量の書物と言う書物が所狭しと保管されてる。そこで彼女が過ごす時間はこの館の中で最も多い。図書室こそ彼女の自室と言っても過言ではないだろう。

 それ程読書する事ならばいっそのこと図書室に自室を設けるなりすればいいのでは、と尋ねてみたところ図書室とはあくまで本を読む場所であって住む場所ではないと正論を返された。そう言いながらソファーに寝転がったり飲食類の持ち込みは気にしていなかったりと、彼女のこだわりがよくわからない。


「……ん!?」


 不意に窓から向けられる殺気に龍彦はその場から飛び退いた――次の瞬間、窓を勢いよく破り中へと侵入する複数の怪物が姿を現す。


「なんだ……こいつは」


 刀を抜き、龍彦は怪物を見据える。

 闇が形を成しているかの様な、人の形をした漆黒の肉体。輝きを宿さない中獲物を捉える両目は炎の様に赤く不気味に輝いてる。そんな怪物を龍彦は知らない。

 修行の一環としてたまに館の外に出て襲ってくる魔物のみを対象に実戦を行っていた。その中にこの館へと侵入してきたような魔物は一匹として出会った事がない。何より館全体がスカアハの張った結界魔法によって守られている為侵入する事など不可能の筈。その証拠に滞在している中で今回のようなアクシデントは一度として起きなかった。

 行く手を遮るように対峙する漆黒の魔物。

 不意に、轟音と激しい振動が館に襲い掛かる。発信源は、今から向かおうとしていた図書室の辺り。


「……お前らが何者かは知らないが、通させてもらうぞ!」


 龍彦は走り出す。

 不快感を与える奇声を上げながら襲い掛かってくる魔物。

 人間と同じように二足歩行をしている。従ってその動きは獣のような本能に身を任せた単調的な動きではなく、無駄のないフットワークにフェイントを織り交ぜた戦法を見せつけてくる。見た目に反してそれなりに武術の心得がある魔物と言うのは珍しい。

 ただ、珍しいと言うだけでそれが強さに繋がる訳ではない。

 魔物達の攻撃を掻い潜りながら龍彦はカウンターの斬撃を浴びせ両断していく。


「どけどけどけどけどけぇぇぇぇぇぇっ!!」


 次々と襲い掛かる魔物を斬り伏せながら、龍彦は図書室を目指し廊下を駆け抜けた。




◆◇◆◇◆◇◆




 謎の襲撃者を退け、龍彦は図書室へと着いた。荒々しく破壊された扉。その先に待ち構えていた光景は、彼にとって信じ難い光景であった。

 丁寧に本棚に収められている本は床に散らばり、破け散ったページが宙を舞っている。

 その中央、地に伏しているスカアハを見下ろしている一人の人狼ウェアウルフ族の少女。今回の事件の首謀者であろう彼女は無慈悲にも既に戦闘不能になっているスカアハを踏みつけ、遠くへと蹴り飛ばした。


「そんな……どうして、お前がこんな事を……」


 現実を否定するように、亜人に向かって龍彦は呟くように尋ねた。その質問に対する返答はなく、ただ静かに冷たい眼差しを向ける。

 白く綺麗な肌に張り付く濡れた長い銀色の髪、それは炎……生命の源でもある血の様に鮮やかな赤い瞳が合わさりどこか神秘的な美しさを醸し出している。

 エルトリージェ・ヴォーダン――人狼ウェアウルフ族の少女で好奇心旺盛で血気盛ん。村では一の強者として名を馳せており自分の腕がどこまで通用するのか王都エルデニアで開かれる武術大会に参加する事を決意する――それが彼女に与えられた設定プロフィール

 そのエルトルージェが、目の前にいる。

 『WILD BLOOD FIGHTER』を始める切っ掛けを与えてくれた、本作の主人公であり初恋の人である彼女とようやくの邂逅。本来ならば出会えた事に普段信じてもいない神に感謝し、歓喜と興奮に身体を震わせていたに違いない。

 しかし今目の前にいる彼女は、自分が知っているエルトルージェ・ヴォーダンではない。


「おいこんな出会い方って有りなのか……。この世界じゃ、本当のお前はそんなにも冷酷な事が出来る奴なのか? なぁ答えてくれよ……なぁ!」


 彼女は答えない。

 次の瞬間、龍彦は刀を表切上に振るった。エルトルージェの姿が消えたのを視界の隅に捉え、攻撃的な殺気が向かってきた事を察知し防御を取ったのだ。

 けたたましい金属音が図書室に反響する。喉元に目掛け繰り出された爪撃を刀で弾き返し、龍彦は改めてエルトルージェと対峙する。


「くそ……!」

「タ、タツヒコ……駄目……に、逃げて……」

「スカアハさん! 意識が戻ったんですね!?」

「彼女は……誰かに魔法で、操られ……てる」

「操られてる? だったらその魔法を解けば元に戻せるって事か!」


 龍彦は安堵の息を漏らした。何者かによって操られているのなら、今前にしている彼女は本来のエルトルージェ・ヴォーダンではない。洗脳さえ解く事が出来ればまた、恋心を抱いた時の彼女を目にする事が出来る。


「待っていろよ……今お俺が前を解放してやるエルトルージェ!」


 初恋の人を救うのは他の誰でもない。自分の役目だ。それは誰にも譲るつもりはない。



 龍彦の持つ刀が、純白に染め上げられていく。それは彼が異能を発動した証だ。

 果たして、あの純白の刀にはどのような能力が秘められているのか。痛む身体を動かしなんとか壁に凭れ掛かったスカアハは、弟子と襲撃者の戦いに目を向ける。

 人狼ウェアウルフ族の最大の武器はなんと言ってもその速さにある。

 圧倒的な速さで相手を攪乱し、反撃する暇を与える事なくその命を刈り取る。鋼鉄並みの強度に相手の肉と切り裂く刃のような爪と、咬筋力と合わさり骨をも噛み砕く牙は彼らの持つ最大の武器だ。

 エルデニアの中で最速と言われる人狼ウェアウルフ族と、スカアハは初めて邂逅し一戦を交えた。龍彦の元へ向かう途中突如この深闇の森には生息しない魔物を引き連れ襲撃してきた彼女と戦い、最速の称号が伊達ではなかったとその身を以て思い知らされた。

 その相手と今、龍彦は互角に渡り合っている。

 正確に言えば、人狼ウェアウルフ族の少女の速さに龍彦は劣っている。それでも目にも留まらぬ攻撃に対処しきれているのは彼の剣術家としての力量が劣っている部分を補っているからだろう。相手の殺気や大気の流れ、それを察知する事で彼女の動きを先読みし迎撃している。


「あっ……!」


 スカアハが拳を強く握り締めた。

 人狼ウェアウルフ族の少女の爪撃を刀の柄頭で弾き返し、流水のような動きで間髪入れず純白の刃を袈裟に浴びせた。避ける事も防御する事も間に合わなかった彼女は龍彦の振るう刃に切り裂かれて――いなかった。

 無傷のまま飛び退き間合いを開けて、そのまま龍彦を見据える。


「ど、どうして……」


 スカアハは驚きを隠せなかった。

 まともに斬撃を浴びたのなら、当然その先に残る結果は彼の勝利と死体となって転がる彼女の敗北だった。だと言うのに斬撃を受けた人狼ウェアウルフ族の少女の身体からは血が一切流れていない。それどころか衣服すらも裂かれてはいない。

 外れてはいない。龍彦の刃が人狼ウェアウルフ族の少女を捉えた場面をスカアハはその目で収めている。

 しかし、無傷である人狼ウェアウルフ族の少女に異変が起きた。

 斬られた部分を庇うように左手で抑え、鉄仮面の如く無表情だった顔に冷や汗が浮かび呼吸も乱れ始めている。まるで、本当に斬られたかのように。

 人狼ウェアウルフ族の少女が咆哮を上げた。それに伴い彼女から暴風のように魔力が解放される。

 収束されていく高密度の魔力。今から繰り出される魔法は彼女にとって最大の技であると理解したスカアハは、辛うじて動く右手を動かし握った杖の先端を人狼ウェアウルフ族の少女へと向ける。

 魔法には魔法を。龍彦の師匠として良いところを見せなければ彼の心を堕とす事が出来ない。不健全な理由でこそあるが、この動機がスカアハに動く力を与えていた。

 詠唱に入るスカアハ。


「スカアハさん!」


 それを、龍彦が制止する。


「俺なら大丈夫です。スカアハさんはゆっくりと、身体を休めていて下さい」


 戦いの中であると言うにも関わらず、相手を気遣う優しさに満ちた言葉にスカアハは胸がときめいたのを感じ――同時に、人狼ウェアウルフ族の少女が魔法を発動した。

 狼が鋭い牙を剥き顎を開くようにして構えられた両手より放たれたのは、白く燃え盛る体毛を生やした七体の狼に模した膨大な魔力の塊。その破壊力は、一体に込められている魔力量を見れば一目瞭然だ。人間が当たれば、例え一体であろうと五体はおろか肉片すら残ることなく吹き飛ぶ。

 その破壊の魔法が目の前から迫ってきていると言うのに、龍彦は微動だにしない。落ち着いた様子で七体の狼を見据え刀を静かに振り上げる。すると純白だった刀が漆黒に染め上げられていく。


「ふっ!」


 一閃。次々と襲い来る狼をその漆黒に染まった刃で全て切り裂いた。


「う、嘘……」


 目の前で繰り広げられる激戦。魔法を習得してから一週間しか経過していない男が、師匠である自分が勝てなかった相手と互角以上の実力を披露し、その性質が皆目見当つかない異能を用いて闘う龍彦に、スカアハはただただ唖然とした表情を浮かべ見守る。



「ぶっつけ本番だったけど、無事成功したな」


 初めて実戦で使う異能。その効果が目論見通りに作用してくれた事に龍彦は小さく安堵の息を漏らす。

 双極之太刀――人を殺めたくない、しかし己の実力を本気で試したい、そんな強い思いから偶然として後天的に編み出された異能の名。

 その効果は大雑把に言えば不殺と殺人を使い分ける能力。

 対人用である純白……陽之太刀には人間や亜人を傷付けない効果を持っている。如何に鋭い切れ味を誇る剣であろうと魔力を付与コーティングすれば殺傷能力はなくなるが、相手にははっきりと斬られたと言う擬似ダメージを与える。エルトルージェが肉体を斬られていないにも関わらず、斬られたかのような反応を見せているのは擬似的に痛みを味わっているからだ。

 そして対魔用である漆黒……陰之太刀には魔物に対して高い殺傷能力を宿す。そして最大の特徴は魔力を用いた攻撃、つまり魔法を相殺する効果を持っている。先程エルトルージェが繰り出した、彼女自身の超必殺技であるソウルハウリングを切り裂いたのも魔力を相殺させてゼロへと戻した。

 相手が人間もしくは亜人であった場合、術者は陽之太刀で戦わなければならない。その絶対の誓約を遵守する限り己のステータス……身体能力を底上げすると言うオプションも兼ね備えている。

 万が一この誓約を破れば、相手に与えたダメージが術者自身にも跳ね返ってくるよう龍彦は設定プログラムした。

 俗に言うチートのような能力は必ず術者に慢心を抱かせやがて堕落させていく。故にご都合主義な能力には何かしらの危険も必要である。何より己を律する為の枷ともなってくれる。

 これが双極之太刀の能力。不殺ころさず相手に己の力を全力でぶつける事を可能とした、龍彦の為だけの異能。


「そろそろ終わりにしようぜ……エルトルージェ」


 陽之太刀へと切り替え、龍彦が地を蹴る。

 エルトルージェも合わせて地を蹴り上げ迎撃に出る。しかし袈裟斬りを受けダメージが残る彼女の動きは遥かに鈍くなっている。

 勝機は此方にある。龍彦は更に強く、地を蹴り上げた。


「これで終わりだ!」


 縮地による加速に加え放った龍彦の胴薙ぎが、エルトルージェの攻撃よりも迅く打ち込まれた。

 地に倒れるエルトルージェ。その身体から漆黒の煙が立ち上り、やがて消える。

 もう大丈夫だろう。龍彦は刀を鞘へと納めると、直ぐに彼女の元へと駆け寄った。


「あの……私……は?」

「……あ、そ、そうですね! まずスカアハさんの治療が先ですよね!」


 エルトルージェと出会えた事に対する喜びと悲しみによる複雑な心境に加えて、異能を用いての実戦からくる魂の高揚にすっかり忘れていた、とは己の中だけに留めておき龍彦は不貞腐れるスカアハの治療を行った。

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