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レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第三章 〜仮面を被りし者〜
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再会と再戦 前編

 ジョーカーは前方を走る襲撃者の背中に気を配りつつ周囲を見渡した。

 既に人通りの多い道からは大きく逸れ、競うように乱立していた建造物もかなりまばらになってきていた。

 無論、先ほどの大通りでは多く見受けられた町民の姿は全くと言っていいほど無く、暴れるにはちょうどいいポイントである。


「……この辺りで良さそうだな」


 現在位置を戦闘場所に選んだジョーカーは、今まで“敢えて落としていた”スピードを上げ、自己加速魔法の補助を受け一気に加速する。


 襲撃者は錬纏(れんてん)によって脚力を強化しているようだが、纏魔術をも超える圧倒的速度を得たジョーカーの前では意味を成さない。


 未だ諦めず逃亡を図る襲撃者の横を通り抜け、ジョーカーは進路を塞ぐようにしてその場で反転、急停止した。


 物理的には不可能な急減速だが、無論、これも魔法による補助あってこその現象である。

 流石にこれには驚いたのか、ジョーカーに習うようにして襲撃者も足を止める。


「武器を捨て投降しろ。俺から逃れることは不可能だ」


「……テメェ、何者だ?」


 襲撃者の男は、ジョーカーの放つ威圧的な魔力を受けるも怯むこと無く威嚇し返す。

 頭髪の色と同じ黒の装束で全身を包み、白と黒の仮面で素顔を隠した異様な人物の介入に、襲撃者の男は「こいつが自分の矢を撃ち返した魔道師か」と当たりをつけた。


「いきなり王女を襲撃しておいてよく言う。それはこちらのセリフだ」


「ハハハッ! 確かに、そいつァ違いねェ!」


 ジョーカーの鋭い返答がツボに入ったのか、襲撃者の男はゲラゲラと笑声を上げた。


「お前が王子派の回し者であることは既に割れている。暗殺を指示したのは誰だ?」


 問いかけると同時、ジョーカーは密かに『解析方陣(アナライザー)』を起動し、左手首に装着した《黄金の円環(ドラウプニル)》から映写されたディスプレイを眺めた。


「……いや、んな馬鹿正直に質問されてもよォ……ってか、俺が素直に吐くと思うか? いくらなんでもそんなに阿呆じゃねェぞ」


 ジョーカーの腕輪から出る光を訝しげに見ていた襲撃者だったが、自分に害をなす魔法ではないと判断したのか、やがて呆れたように嘆息しつつそう答えた。


 しかし、次に放たれたジョーカーの言葉により、襲撃者の表情は驚愕へと変化する。


「ほう、どうやら王子派の何者かから暗殺の依頼を受けたという予想は当たりのようだな。……では、その者の特徴は? 男か、女か。貴族か、平民か」


「ッ!? ……テメェ、何を言ってやがる?」


 襲撃者の理解が追いついていないようだが、ジョーカーにとってはどうでもいいことであった。


 相手の心を見透かす機能を持つ『解析方陣(アナライザー)』を使用すれば、対象に質問を投げかけるだけでその是非を問うことができるのだから。


「依頼者は貴族の男か。これで候補が少し絞れるな」


「コイツ……」


 質問に一切答えていないにもかかわらず、仮面の男は答え合わせでもするかのように淡々と話を進めていく。まるで会話が成立していない。


 それだけならば単に頭のおかしな人物だという話で収まるが、しかし驚くべきことに、やけに自信に満ちた仮面の男の発言は、その全てがことごとく的中していた。


(まさか、他者の心を読み解くことができるのか……?)


 襲撃者は「そんな馬鹿な」とは思いつつも、その疑念を否定しきれる材料を持ちえていないことに歯噛みした。


「では次の質問だ。その者の爵位は何だ? 男爵か、子爵か、伯爵か、それとももっと上の位か?」


 襲撃者が状況を理解できずに混乱する一方、ジョーカーは矢継ぎ早に質問を重ねていく。


 とにかく、返事をしなくとも答えを知られてしまうと言うのなら、いつまでも受け身でいるのは愚策だ。襲撃者の男は僅かな時間で頭を回し、考える。

 それができるのだと仮定した場合、こちらが仮面の男の声に耳を傾けた時点で心を盗み見られていることになる。


「チッ……少し黙りやがれ!」


 ただでさえ王女の暗殺に失敗したばかりだというのに、依頼主(クライアント)の情報までも盗まれては今後の信用に関わる事態だ。


 これ以上好きにやらせるわけにはいかない。襲撃者の男は勢い良く踏み出すと、前方の仮面の男の顔面に向けて全力の拳を放った。


 纏魔術の使い手である襲撃者の大振りな一撃は、その裏で豪快な腕の振りからは考えられないほど繊細な魔力コントロールが行われており、非常に強烈な威力を秘めている。


 武器を持っていない無手の状態であろうが、錬纏(れんてん)の行われた肉体はただの筋力では到底至れない出力を持つのだ。


 ごう! と風を切り唸りを上げる襲撃者の右腕を眺め、受けるのは危険だと冷静に判断したジョーカーは、素早く上体を反らして拳の外側に逃れた。


「『呼出(コール)』――《ロイ・ソード》」


 そして、ジョーカーは流れるように《魔法の門(マジック・ゲート)》から直剣を呼び出し、拳を振り抜いた襲撃者の隙を見逃すことなくすぐさま反撃へと移行する。


 回避と同時に剣を召喚したジョーカーは、右手に握った《ロイ・ソード》を振り払うようにして横薙ぎの一撃を放った。


 腕を伸ばしきった体勢の襲撃者に避ける術はない。


「ハッ! ンなもん効かねェよ!」


 しかし、襲撃者の男は意気揚々と自身の右腕を引き戻し、そのまま生身の右腕でジョーカーの斬撃を迎え撃った。


 常識的に考えれば、硬質な金属で作られた剣を生身で受け止めることは不可能だ。

 例え練纏によって腕の情報を改変したとしても、ジョーカーの方も斬撃に纏魔術を使用しているため差し引きゼロである。


 仮に襲撃者の男がジョーカーよりも数段上の纏魔術使いだったとしても、その差はほとんど縮まることはないだろう。


 当然だ。そもそも生身と金属では、その硬度に歴然とした差がある。纏魔術の技量の大小によって多少の影響はあれど、覆ることはあり得ない。


 纏魔術による情報強化に加え、防御魔法を併用することでもできれば話は違ってくるだろうが、襲撃者の男が魔法を発動させた気配はない。


 僅かな魔力の動きさえ検知する『観測方陣(オブザーバー)』の高感知領域内で気付かれずに魔法を行使することなど不可能である。よって、その可能性も否定された。


 利き腕は貰った! 確信とともにジョーカーは直剣を振り抜いた。しかし、その直後、


 ガギィン! と、金属同士がぶつかり合ったかのような激しい音が辺りに鳴り響く。


「ッ!? ガントレットでも仕込んでたのか……?」


 ジョーカーは、その人間の身体を斬ったものとは明らかに違う手応えに困惑した。

 数瞬後、僅かに遅れて自身の右手に収まる剣の感触が明らかに軽くなったことに違和感を抱き、ジョーカーは直剣の切っ先がある場所へと視線を移す。


「なッ!? お、俺の《ロイ・ソード》が!」


 そこには、無残にも根元付近から先が無くなってしまい、ほぼ取っ手のみと化してしまった《ロイ・ソード》があった。


 そして、ジョーカーがそれを認めるのとほぼ同時に、勢い良く吹き飛んでいった《ロイ・ソード》の先端部分が数十メイル先の地面に着地し、カランと虚しい音を立てる。


「そんな……ロイさんに貰った大事な剣が……」


 目の前で起こった現実を受け止めきれず、ジョーカーとしての演技すら忘れてしまうレインハイト。あまりにショックだったのか、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうである。


 今しがた真っ二つに折れてしまった《ロイ・ソード》は、シエルが魔法学院に入学するため王都アイオリアに向かうことになった際、護衛として共に王都へ同行する事が決まったレインハイトにロイが贈った剣であった。


 ロイはシエルの実兄であり、また、纏魔術師としてはレインハイトの兄弟子に当たる人物である。


 ロイから受け取った際には無銘の剣であったが、愛着を込め、レインハイト自身が《ロイ・ソード》という名を付け愛用していたのだ。


 記憶を無くしたレインハイトにとっては故郷とも呼べるエルフの村での思い出が詰まった大切な剣だったのだが、それが見るも無残に真っ二つである。ジョーカーとしての仮面が剥がれ、レインハイトという表の顔が現れてしまったのも無理は無いといえよう。


「オイ、オイオイオイ……! チビで細え癖にとんでもねえ馬鹿力持ってやがんなテメェ。まだ腕が痺れてやがる」


 剣撃を受け止めた右腕の手首を回しながら驚愕する襲撃者の男は、そんなジョーカーの消沈具合を気に留めることもなく、何故かやけに嬉しそうな声を上げた。


「今日はオーレリアとか言う女騎士が居ねえと聞いていたから期待してなかったが、コイツは久しぶりの上等な得物だぜ……ハハハハッ! 楽しくなってきやがった……!」


「何を一人で浮かれてるんだ、お前――」


 ぶつぶつと楽しそうに独り言を漏らす襲撃者の態度に腹が立ったジョーカーは、恨みと怒りを込めた視線を襲撃者の方へ向けた。


 その直後、《ロイ・ソード》が折れたことよりも激しい衝撃を受け、ジョーカーはたっぷりと数秒間硬直した。


「……何だァ? 黙って人の顔を見つめやがって、気色悪い。……ああ、俺の素顔が予想より良くて驚いてんのか?」


 燃えるような赤髪に、切れ長の三白眼。獰猛な印象を受ける笑みを浮かべた口元。

 目深に被っていたフードを脱いだ襲撃者の素顔は、間違いようもなくジョーカーに見覚えのあるものであった。


「……ったく、無視かよ。シラけるぜ。……オラ、テメエが冗談の通じねえガキだってことはわかったから、いつまでもンなとこで突っ立ってねえで、早くさっきの続きをやろうぜ」


 ジョーカーの動揺に気づいていないのか、襲撃者の男は一切空気を読まず急かすように挑発した。


 一方その頃、ジョーカー――いや、レインハイトは、自身がシエルとともに王都アイオリアに訪れた日の記憶へと思いを馳せていた。


 ヴィンセント。かつてレインハイトがアトレイシアと初めて出会った際、彼女の命を狙っていた殺し屋の名である。


 自身の肉体を鋼の如く硬化させる特殊な能力を持った男であり、その圧倒的と言える程の強さに、レインハイトは一度絶望させられているのだ。


 結果だけを見ればアトレイシアの命を守ることに成功しているのだが、それは決して勝利と呼べるような戦いではなかった。


 己が無力だったばかりに、自身だけではなくシエルとアトレイシアの命までもが脅かされ、最終的には全員無事で済んだものの、その代償として、魔法が使えなかったレインハイトが拠り所としていた《血の十字架(ブラッド・クロス)》という力を奪われたのだ。


 レインハイトは、あの時の敗北を忘れたことは一度たりとてなかった。


 もう二度とあのような思いをしなくて済むように、どのような理不尽をも跳ね除ける最強の術として《魔法の門(マジック・ゲート)》を生み出したのだ。


 つまり、はっきりと言ってしまえば、現在のレインハイトがあるのも、アトレイシアの身を守る騎士であるジョーカーが生まれたのも、ヴィンセントという殺し屋の影響なのである。

 ジョーカーは今一度眼前の男に目を移す。


 炎のように赤い頭髪に、鋭く光る三白眼。以前の邂逅からは既に二年程の月日が経っているが、奴の顔を見間違えるはずがない。


 自分の人生に大きく影響を与えた憎き男が、今再び自身の目の前に現れていた。


「ククク……ハハハハハハハハッ!」


 己の奥底から湧き出る感情に堪え切れず、ジョーカーは仮面を通して声を上げる。


 これは怒りなのか、恐怖なのか、それとも喜びなのか。どういったものであるのかはっきりと言葉に表すことはできそうになかったが、自身の衝動に抗うことはせず、ジョーカーはただひたすらに狂ったように笑い続けた。


「何だァ? 急にイカれちまったな、オイ」


 目の前に居る仮面の男の正体がレインハイトだと知るはずもない赤髪の男――ヴィンセントは、唐突に笑い出したジョーカーを困惑の眼差しで眺める。


「――ハハハ、ハハ……フッ……クククク……まさかこんなに早く会えるとは思っていなかったぞ、ヴィンセント……!」


 ひとしきり笑い続けたジョーカーは、確信を持ってその名を口にした。


「あん? ……何故俺の名を知ってる? 俺はテメエみてえな変態仮面野郎に会った覚えはないんだがな」


「何だ、忘れたのか? ……まあいいさ、すぐに思い出させてやる」


 訝しげな視線を寄越すヴィンセントの問いに明確な答えを返さず、ジョーカーは戦闘準備に入った。

《ロイ・ソード》が折れてしまった以上、もう剣を使用した戦いはできないだろう。


「――『閉門(クローズ)』」


 素早くそう判断したジョーカーは、後で先端部分も回収しようと堅く決意しつつ、取っ手のみとなってしまった《ロイ・ソード》を『異次元空間(ディメンション・ゲート)』に収納した。


「……へえ、おもしれえ魔法使いやがんな」


 目の前で披露された物珍しい魔法に興味を惹かれたのか、ヴィンセントが感心したようにそう漏らした。

 しかし、ジョーカーはそれに取り合うことはなく、代わりに魔法の詠唱を返答としてヴィンセントに返す。


「『呼出(コール)』――Assist(アシスト)−01――『三重加速(トリプル・アクセル)』」


 ジョーカー独自の詠唱法である速記魔法(ショート・スペル)を用いて紡がれた魔法は、無属性の自己加速魔法であった。


 全く同時に現れた折り重なる三つの魔法陣は、それぞれ違った速度で回転運動を行いながら世界の情報を改変する。


 一歩。たった一歩だけを踏み出したように見えたのだが、その一歩でジョーカーは一瞬にしてヴィンセントの懐へと潜り込んだ。


「ッ!?」


 突如として接近し肉薄するジョーカーに驚愕するヴィンセントは、自身の右頬を打ち抜く起動で近づく左腕をかろうじて視界に収めた。


 今の一瞬の間に一体何が起こったのかは全くわからないが、先ほど『硬化』を使用したにも関わらず強い衝撃を受けた奴の馬鹿力を生身で受けるのは非常にまずい。


 そう判断したヴィンセントは、半ば反射的に右腕を持ち上げると、凄まじい速度で迫り来るジョーカーの拳と自身の右頬を遮る位置で固定し、その肘から指先までを素早く『硬化』させた。


 しかし、ジョーカーの拳がヴィンセントの右腕に到達することはなかった。


 あと僅かでヴィンセントの腕に拳が接触するかという直前、ジョーカーが『加速(アクセル)』の二つ目の魔法陣による慣性制御を行い、強引に自らの拳の動きを止めたのである。


 寸止めによるフェイント。ジョーカーが行ったのはまさにそれであった。


加速(アクセル)』という術式は、何も移動速度を早くするためだけの魔法ではない。情報の改変により、近接格闘領域内で他者を圧倒する行動速度を得ることを目的として作られた魔法なのである。


 生身の肉体はおろか、纏魔術を使用したとしても到底成し得ることのできない急加速、急停止といった物理法則を無視した動きも、『加速(アクセル)』による慣性制御の補助があれば容易に実現できるのだ。


「フ……やはりな」


「な――ごぁッ!?」


 ジョーカーの発言を理解する前に、がら空きとなったヴィンセントの下腹部に恐ろしい勢いで飛び込んできた何かがめり込んだ。凄まじい衝突音が路地にこだまする。


 下方向から打ち上げるようにして振り抜かれたそれは、フェイクである左腕によって巧妙に隠された本命の一撃、『加速(アクセル)』を構成する三つ目の魔法陣、『質量制御』により異常なほど質量を増加させたジョーカーの右腕であった。


 腹部に突き刺さる右腕を支柱として、ヴィンセントの体がくの字型に折り曲がる。


 質量制御により何倍にも重さが増幅されたその一撃は、ジョーカーが本来持っている馬鹿力と相まって想像を絶する破壊力を生み出していた。拳がヴィンセントの腹を貫通していないのが不思議なほどである。


「ごふ……ぁ……ッ!」


 内臓がいくつか損傷を受けたのだろう。ジョーカーが腕を引いたことにより支えを失い、その場に膝をつくようにして倒れたヴィンセントは呻くようにして吐血した。吐瀉物と交じり合い水分を増した血液が、びちゃびちゃと音を立てて地面に流れ落ちる。


(何だ……? 一体何が起こった……?)


 何故自分は今血反吐を吐いているのか、ヴィンセントには全く理解できていなかった。


 数秒を要し何とか考えをまとめたヴィンセントは、自身がまんまと寸止めなどという古典的な方法に引っかかり、手痛い一撃を食らったのだろうと結論付けた。


(俺は最後まであの左拳がフェイクだと気付けなかった。……一体何なんだ、あいつのデタラメな動きは……!)


 ヴィンセントは歴戦の戦士である。この世に生を受けてから現在に至るまで、既に数えるのも億劫なほど戦闘を行ってきた。


 その膨大とも言える戦闘経験により、ヴィンセントにはだまし討ちなどの小手先の行為はある程度見破ることができる。


 しかし、ジョーカーが行ったそれはそういった小細工とは全くの別種の代物であった。ヴィンセントがフェイントを予測できなかったのはそのためである。


 種が明かされてしまえば簡単な話だろう。ジョーカーは魔法の補助によって物理的に不可能な動きを可能としているのである。そんな芸当を前にしては、せいぜい纏魔術が関わる程度の常識の枠内に収まる戦闘経験などは役に立たないというわけだ。


「……今のはシエルの分だ」


 ぼそり、とジョーカーはそう呟いた。


 以前ヴィンセントに傷つけられたシエルに変わり、二年前ヴィンセントが彼女に行った行為と全く同じ方法でやり返しを行ったのだ。


 こればかりでは以前のヴィンセントの行いを許すことはできないが、いくらか気は晴れた。ジョーカーは気を取り直して膝をつくヴィンセントに語りかける。


「ヴィンセント。お前は複数の箇所を同時に硬化させることはできない。そして、一度硬化を使用したら数秒間は硬化を使うことができなくなる。違うか?」


「ゴハッ! ……テメエ……何故俺の硬化能力のことまで知ってやがる……?」


「……まだ俺が誰だかわからないのか? 鈍い奴だな」


 ヴィンセントの察しの悪さに呆れて嘆息したジョーカーは、膝をつくヴィンセントと同じ目線まで屈みこむと、かつてヴィンセントがアトレイシアにそうしたように、右手一本で彼の首を掴み、締め上げながら強引に立ち上がらせた。


「ぐぁ……!」


 ジョーカーの身長では180センチメイルほどもあるヴィンセントの長身を足が浮くまで持ち上げることはできないが、ヴィンセントが抵抗することはなかった。それほど先程の一撃が効いたのだろう。


「『吸魔(ドレイン)』」


「な……!? が……あ……ッ!」


無詠唱魔法(サイレント・スペル)によって発動された紫色の魔法陣が効力を発揮し、ヴィンセントから強制的に魔力を吸い上げる。


「どうだ? 思い出せたか? ……特別サービスだ、ほら、この顔に見覚えがあるだろう?」


 自らの圧倒的優位に気分が良くなったのか、ヴィンセントを見下したジョーカーは己の顔を覆う白黒の仮面に手をかけ、それを半分だけ外してみせた。そして同時に、ダメ押しとばかりに変声魔法までもを解除する。


「レ、イン……ハイト……! テ……メエ……ッ!」


 ようやくジョーカーの正体に気がついたヴィンセントは、レインハイトを憎悪に満ちた赤眼で睨みつけた。

 ついでに一発反撃をしようと試みるが、急激に魔力を吸い上げられたためか思うように体に力が入らなかった。恐らく、レインハイトはこうなることを計算して『吸魔(ドレイン)』を使ったのだろう。


 自分がまだ意識を失わずに済んでいるのも、レインハイトが生意気にも手心を加えているからに違いない。そう激しく憤るヴィンセントは、何とか隙を突いて形勢を逆転させることができないかと考えを巡らせた。


 己の感情を隠そうともせずギラついた目を向けてくるヴィンセントからつまらなそうに手を放すと、ジョーカーは自身の左腕に身につけた金色の腕輪、《黄金の円環(ドラウプニル)》へと目を向ける。


「ほう……流石だな。そこらの魔道師とは比べ物にならない魔力保有量だ。……だが、自然魔法の元素適正が火属性のみなのは残念だな。……まあ、『加速(アクセル)』で使用した魔力の補填は十二分にできたし、大目に見てやろう」


 回転を停止した『吸魔(ドレイン)』の魔法陣に保持(ホールド)している状態のヴィンセントの魔力を『解析方陣(アナライザー)』によって解析したジョーカーは、仮面を元の位置に戻しつつ、ヴィンセントの魔力の分析結果を口にした。因みに、正体をバラしてしまった以上あまり意味が無いため、変声魔法は解除したままである。


 元素適正とは、自然魔法で使用する四大元素の素養を差す言葉だ。魔力を解析することで判明するそれは、その人物の自然魔法の才能を測る重要な要素の一つである。


 適正のある属性の魔法は使うことができ、逆にない属性の魔法は使うことができないというわけだ。つまり、ヴィンセントは火属性の自然魔法しか扱えないのである。


 しかし、ジョーカーが先ほど何度か使った『加速(アクセル)』や『異次元空間(ディメンション・ゲート)』などの魔法は全て属性の付与が必要ない無属性魔法であるため、例え吸収した魔力が火属性のみにしか適正がなかろうが関係ないのである。


 もっとも、自身のことを棚に上げてヴィンセントの魔力を残念だと称したジョーカーだったが、ジョーカーには元素適正以前に自然魔法の適正が無いため、例え無属性魔法であっても使うことができないという事実があった。


 そのため、ジョーカーは今しがた行ったように定期的に自然魔法の適正がある魔力を『吸魔(ドレイン)』によって補充しなければ速記魔法(ショート・スペル)を使用することはおろか、《魔法の門(マジック・ゲート)》を起動させることすらできないのである。


 非常に燃費が悪かった以前に比べて練度は上がり、九割以上の魔力はジョーカー自身のもので賄い、残りの一割未満に他者から奪った魔力を充てることによって魔力消費をギリギリまで削っているのだが、それでもやはり一月に一度程度は他者から魔力の供給を受けなければならなかった。


 これはジョーカーにとって非常に厄介な問題であり、現在は何とかして自身の魔力だけで《魔法の門(マジック・ゲート)》を安定起動させられるような方法を鋭意模索中である。


「さて、お前にはいろいろと聞きたいことがあるんだ。質問に答えろ」


「答える……義理は、ねェな……」


 意識を奪わない程度に抑えたとはいえ、声を発することすら困難なほど憔悴している様子のヴィンセントだったが、そんな状態にもかかわらず反抗的な態度を崩さなかった。


 ヴィンセントとはほんの僅かなやり取りを交わしたのみだが、この程度のことで素直に相手に従うような性格はしていないことは理解していた。


 故に、ジョーカーは――


「お前に選択権はない」


 直後、ジョーカーは躊躇することなくヴィンセントの腹部に右足のつま先をねじ込んだ。


「がはッ!?」


 両膝を付いてかろうじて姿勢を保っていたヴィンセントは、蹴りの衝撃に耐えかね再び吐血し、前のめりに蹲った。


 纏魔術を使用していない純粋な右足蹴りだったが、現在のヴィンセントには任意に自らの肉体を硬化させることができるような余力は残されていない。


 つまり、互いに条件は同じであり、当然ながらヴィンセントにダメージは通ることになる。


「ゲホッ! ゲホッ! ……この野郎……痛えじゃねェか、クソが」


「お前が状況を理解していなかったようだからわからせてやったまでだ。……さて、ではもう一度言う。俺の質問に答えろ」


 激しく咳込んだ後、痛いほどの敵意を内包した目を向けてくるヴィンセントに対し、ジョーカーは感情の窺い知れない平坦な声でそう告げた。


「チッ……」


 この状況で抵抗したところで無意味だと理解したのだろう。ヴィンセントは舌打ちを返しただけであったが、ジョーカーはそれを肯定と認識した。


「まずひとつ目の質問だ。俺が先ほど使った『吸魔(ドレイン)』という魔法だが、これについて知っていることを全て話せ」


「……それに関しちゃ俺の方がお前に質問したいところなんだがな。何故純粋種でもないお前に『吸魔(ドレイン)』が使えるんだ?」


「聞いているのはこっちだ、余計な口を開かずにさっさと答えろ。……それとも、もう一度蹴られたいのか?」


 ヴィンセントが発した純粋種という単語に興味を惹かれたが、ジョーカーは即座に自制した。話の主導権はあくまで自分が握っていなければならないのだ。


「チッ……わかったよ。俺に傷めつけられて喜ぶような趣味はねェ」


 ヴィンセントは諦めたように嘆息して一呼吸置くと、続けて口を開いた。


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