再会と再戦 後編
「……『吸魔』は、俺達みたいなバケモノが人間から安全に魔力を抜き取るために開発された魔法だ。馬鹿正直に血液ごと抜き取っても効率が悪ィし、加減を間違えれば簡単に死んじまうからな、人間ってやつは」
まあ、俺は直接血を吸うのも嫌いじゃねえがな、とヴィンセントは続けたが、ジョーカーには彼の話した内容がよく理解できていなかった。
「バケモノ? 魔力を抜き取る? 一体何の話をしているんだ。わかるように話せ」
「あん? ……ああ、お前、記憶を無くしたとか言っていやがったな。すっかり忘れてたぜ」
以前話した内容を思い出したのか、ヴィンセントは疑問符を浮かべるジョーカーの様子に得心がいったのか、面倒くさそうにそう呟いた。
流石に記憶喪失の件についてまるまる忘れてしまうというような残念な記憶力ではなかったようだ。
「その言い様だと、俺の以前の記憶と関係があるようだな。詳しく教えろ」
「ケッ……じゃあまずちっと確認するけどよ、お前、吸血鬼については何か覚えてるか?」
「吸血鬼? 人の血を吸うって言うお伽話に出てくるようなバケモノのことか? ……それが今の話と何の関係がある」
ジョーカーは唐突に逸れた話題に困惑しながら、それでも何か意図があるのだろうと考え正直に返答する。
嘘を言っているような素振りもないジョーカーの様子を目の当たりにしたヴィンセントは、実にわかりやすく溜息をつくと、頭痛を感じているかのように眉根を寄せた。
「こりゃァ重症だな、オイ。……仕方ねェ、回りくどいのは面倒くせえから単刀直入に言うけどよォ……俺もお前も、今言ったその吸血鬼ってやつなんだわ。わかるか?」
「……お前、俺を馬鹿にしているのか? あまりふざけていると命にかかわるぞ」
ヴィンセントと自分が吸血鬼? 何を言い出すかと思えば、つくにしてももっとマシな嘘をついたらどうだ。
ジョーカーは怒りを通り越して呆れた声を発したが、しかし、次の瞬間――
「ふざけているのはテメエだ、レインハイト」
「っ――!?」
突如としてヴィンセントから放たれた強烈な殺気に、ジョーカーは仮面の奥で息を呑んだ。
「いくらテメエに昔の記憶が無いっつってもよ、今までの生活で何度か違和感を感じたことぐれェはあるはずだ。そこらの下等な人間どもに比べて桁外れな身体能力、食事も睡眠も取れないような悪環境下でも平気で活動が可能な生命力、異常なまでに速い傷や体力の回復速度。……テメエみてェな勘のいいガキならもう薄々気付いてるはずだ。大方、ただ認めたくなかったってだけなんだろ? 自分が既に人間じゃなくなってるってことをな」
確信に満ちた問いかけだった。ヴィンセントは、お前の心の中など全て見透かしている、とでも言いたげに暗い仮面の眼窩に目を向ける。
ジョーカー、もといレインハイトは、自身の存在の根本を揺るがすようなその発言にひどく動揺した。激しい運動をしたわけでもないのに全身から汗が吹き出し、動機が激しくなる。
ヴィンセントに突きつけられたそれは、まさしくレインハイトが今まで気づかないふりをし、直視しないよう必死になって目を逸らしてきた問題であった。
魔物や人間と戦闘を行った際、体格では完全に負けているのにもかかわらず、逆に圧倒できるほどの強烈な膂力を発揮したことが何度もある。
食事や睡眠についてもそうだ。エルフの村から王都に移動してきた際、毎晩夜通しで魔物から馬車を守り、申し訳程度に数時間ほど浅い睡眠を取るという生活を繰り返してきたが、驚くべきことに、体は何の不調も訴えることはなかった。
シエルの付き人として魔法学院で生活するようになってからも、その体質には何度も助けられた。《魔法の門》が短い期間で完成したのも、数日に渡りほぼ飲まず食わずの状態で作業をし続けられたおかげである。
そして、これまでに何度も目にしてきた、薄ら寒さすら覚えるほどの驚異的な回復力。本来であれば完治まで数週間から一月程度はかかるような大怪我をしても、レインハイトは気付けば一日と経たない内に正常な体調に戻っていた。ほんのちょっとした切り傷や擦り傷程度の損傷であれば、物の数秒あれば傷が塞がってしまう。
ヴィンセントが口にした内容は、その全てがレインハイトに強く心当たりがあるものばかりだった。
以前切断したはずのヴィンセントの右腕が完全に元通りに生えていることに対し言及しなかったのも、内心で自身とヴィンセントが”同類”であることを認めてしまっていたせいなのかもしれない。
「お前は……何を、言っているんだ……? 俺が……人間じゃない…‥?」
だが、それでも、とレインハイトは震える声に縋るような思いを込めてヴィンセントに問う。
が、しかし、
「そうだ」
ヴィンセントはそのたった一言でレインハイトの問いを肯定すると、続けて補足するように喋り出した。
「普通、大抵の吸血鬼は定期的に襲ってくる吸血衝動で否が応でもそれを自覚するもんなんだが……。理由はわからねェが、その様子だと今までは運良く吸血衝動は起きなかったみてェだな。……幸せなやつだぜ、全く」
最後の一言の後、なにか思うところがあったのか、ヴィンセントはレインハイトから視線を外し、虚空を見つめた。
「俺が、吸血鬼……? な、なら、どうして俺は陽の光を受けても身が焼かれたりしないんだ? 専門的な知識はあまりないけど、吸血鬼には太陽の光以外にも弱点がいくつかあったはずだ。確か……十字架とか、真水とか、銀とか、にんにくとか。俺は全部平気だったんだ、そんな俺が吸血鬼だなんておかしいだろ!」
必死で頭を回転させ、何とか自身と吸血鬼という存在を結びつかせないように知恵を絞ったレインハイトは、恐らくは記憶を無くす前からあったであろう吸血鬼の知識を披露した。
「んな情報、良く知ってやがんな……記憶はなくしても知識まではなくしてねェってとこか? まあ、弱点に関して言やァその通りだ。俺達吸血鬼は陽の光を浴びたらその身を焼かれて死ぬことになるし、銀によって傷つけられた肉体は傷の修復が困難になる。……その他の弱点には個人差があるがな」
「なら、何故俺もお前も今まで日に焼かれずに済んでるんだ!? 王都の近くでお前と戦ったあの時、俺達は陽の光に照らされていたはずだ!」
「当然、俺やテメエが今まで無事でいられたのには理由がある。だが――」
と、意図的に一度言葉を区切ったヴィンセントは、勝ち誇るように獰猛な笑みをレインハイトに向けて、
「――お喋りの時間はもう終いだ。話に夢中で警戒を怠ったな」
「ッ――!?」
直後、『観測方陣』から脅威の襲来を告げる警報を感覚的に受けると同時、レインハイトの周囲を囲うようにして荒れ狂う魔力が世界の情報を改変し、姿を変えた。
辺りの空気の温度を下げつつ形作られたそれは、先端を鋭利に尖らせた手のひら大の氷塊であった。それらはレインハイトを取り囲むようにして数十個発生し、次の瞬間、一斉に標的に向かって直進を始める。
逃げ場はない。どうにか体をひねることで多少は被害を減らせるだろうが、誤差程度の違いである。
万一にも得物を逃がさぬよう狡猾に生成された氷の鳥籠は、一瞬の内に中の得物を惨たらしい氷の彫刻へと変化させるだろう。
「チッ……容赦ねェな!」
自身とレインハイトを囲む氷塊の大群を瞳に映したヴィンセントは、僅かに回復してきた魔力を使用して片腕に硬化を行い、間もなく訪れるであろう衝撃の余波に備える。
――が、しかし、
「……ほう、少しは考えたようだな」
場違いなほど余裕を感じさせるレインハイトの声を耳にしたヴィンセントは、その直後、眼前で起きた光景に目を疑った。
標的であるレインハイトを向かい、我先にとばかりに飛び出した大量の氷塊。そのうちの一つが、今まさに終着点へとたどり着こうとした、その刹那。
レインハイトは右手を顔のあたりまで持ち上げると、その親指と中指を擦り合わせるようにして構えた。そして、
パチン、という乾いた音が鳴り響いたかと思うと、辺りを埋め尽くすほどの氷塊に対抗するように、レインハイトの周りに一瞬にして大量の青白い魔法陣が現れた。その数は、有に十を超えている。
別に指を鳴らさずとも魔法陣は自動的に現れたのだが、レインハイトは相手にインパクトを与える演出(格好つけとも言う)として敢えてその行動をとったのである。
「な――」
またあの得体の知れない魔法か、とヴィンセントは歯噛みするが、標的の周囲に劇的な変化が訪れたところで、一度撃ちだされた魔法が止まることはない。
風を切りながら突き進む大量の氷塊は、一つ、また一つと突如として現れた青白い魔法陣――『異次元空間』へと飲み込まれていく。
そして、辺りの氷塊が全て撃ち尽くされた後。その場には、無傷のまま平然と立っているレインハイトと、『異次元空間』が全ての氷塊を飲み込んでしまったことにより流れ弾の被弾を免れたヴィンセントだけが残されていた。
「一方向からの遠距離攻撃は通用しなくとも、全方位からの同時攻撃ならば防ぎきれないだろうと考えたわけか。着眼点は悪くないが……その程度の攻撃パターン、俺が想定していないとでも思っていたのか?」
レインハイトは足元に転がっているヴィンセントではなく、今しがた氷魔法を放った第三者に向かって問いかけた。だが、返答はない。
先ほど魔力を計測した際、ヴィンセントには火属性のみにしか自然魔法の元素適正が無いことが判明している。そのため、レインハイトのような荒業を用いない限り、ヴィンセントに火属性と水属性という二つの元素適正が必要な氷魔法を使うことは不可能なのだ。
恐らく、ヴィンセントの放った矢に風属性の魔法を付与したのも同一人物だろう。
「黙りか。……まあいいさ、今ので場所は割れてるんだ。自分から顔を出すのが恥ずかしいって言うんなら、俺の方から出向いてやるよ」
そして、話の最中に横槍を入れてきた無粋な輩を無力化してから、もう一度ゆっくりとヴィンセントに質問をすればいい。
レインハイトはヴィンセントを一瞥し、まだ立ち上がることすらままならないほど衰弱しているのを確認すると、己の両足に力を込めた。
まだ先程自身にかけた自己加速魔法、『加速』は生きている。通常であれば既に『世界の干渉抵抗力』によって消滅させられていてもおかしくないほど時間が経過しているが、レインハイトが持つ『理外の魔力』を使用することによりその常識を無視できるため、理論上は術者からの魔力供給が尽きるまで延々と効果を継続させることが可能である。
「ッ――! 逃げろ、ティツィー!」
「もう遅い」
レインハイトが次に何をするのか見当がついたのだろう、ヴィンセントは珍しく慌てたような声を出して物陰に潜む仲間に撤退を命令するが、しかし、それを伝えるには時が経過しすぎていた。
ヴィンセントの指示を一言で切り捨てると、一瞬爆風かと勘違いするほどの衝撃を残し、レインハイトは伏兵が潜む場所へ猛然と突進した。
二年前、確か、ヴィンセントと行動を共にする一人の少女が居たはずだ。レインハイトはヴィンセントが口にした名を耳にして、初めてそのことを思い出す。
果たして、『解析方陣』が導き出した伏兵の潜伏場所にたどり着いたレインハイトの前には、二年前に目にした時と同じ青みがかった銀髪をツインテールにした少女、ティツィーが驚愕の表情を浮かべ立っていた。
「くっ――『空撃』!」
読んで字の如く瞬く間に眼前に現れたレインハイトに凝然としつつも、焦燥した声を漏らしたティツィーはかろうじて迎撃態勢に移行した。
ティツィーが手に持つ長大な杖、《空撃の杖》を振りかざし、魔力を込める。たったそれだけの行為により、注がれた魔力は形を変え、今まさに世界の情報を改変する魔法へと進化しようとしていた。
その現象を引き起こすために必要な代償は、魔法を形作るための魔力と魔法名を呟くという行為のみである。杖を振ったのは照準を定めるための動作であり、実質無詠唱魔法と同程度の早撃ちが可能である。
風属性の魔法の威力を高めるという効果も持つその杖により強化された目で捉えることのできない風の塊は、確実にレインハイトの意識を刈り取るだろう。
しかし、
「それは既に見た技だ」
つまらなそうにそう吐き捨てたレインハイトは、自身の側頭部付近で魔法へと形を変えつつある魔力の塊を、右腕から魔力を放ちつつ正確に振り払った。
練纏の対極に位置する、魔力を己の体外へと放つ纏魔術――放纏。その初歩的な技術である放纏式体術『魔衝波』により乱されたティツィーの魔力はあえなく霧散し、ついに魔法として世界に顕現することは叶わなかった。
『魔法の核』となる魔力の塊が『魔法』としての形を得る前に魔力をぶつけることにより、その発動を阻害する。
それは超一流の魔道師であっても実現は難しい離れ業なのだが、『観測方陣』の補助によって以前よりも遥かに正確に周囲の魔力を感じ取れるレインハイトにとってはいとも容易いことである。
「え――?」
何が起こったのか理解できないのか、呆けたまま直立するティツィーは、自身の背後へと忍び寄る影に最後まで気づくことはなかった。
自己加速魔法により人類を超越した速度でティツィーの背後を取ったレインハイトは、未だ状況の飲み込めていない少女へと右手を伸ばし、その背中に触れる。
ティツィーに触れた右手には、既に紫色の魔法陣が起動し、等速回転を行っていた。
「『吸魔』」
「あ……ぅ……」
先刻ヴィンセントに使用した時とは違い、一切の手加減無しで放たれた『吸魔』は、恐るべき速さでティツィーという少女の魔力を根こそぎ吸い上げた。
あまりの衝撃に意識まで奪われたティツィーは、レインハイトの右手に吸い寄せられるかのように体勢を崩す。
そのまま放置すれば勢い良く後頭部を地面に強打するだろうが、意外にもレインハイトは意識を失ったティツィーの体を支え、背中と膝の裏に腕を通して少女の体を抱え上げた。
いわゆる、お姫様抱っこというやつである。
「テメェ! ティツィーに何をした!?」
大量に魔力を失った事により顔を青くしたままま眠りにつくティツィーを抱えたレインハイトが元の場所へと舞い戻ると、血相を変えたヴィンセントが問うてきた。
「この女にはさほど恨みはないが、話の邪魔をされると困るからな。悪いが眠ってもらった」
「まさか……『吸魔』を使ったのか!?」
「確かに使いはしたが、今はそんなことはどうでもいいだろう? それよりも先ほどの話の続きのほうが大事だ。……確か、吸血鬼の弱点についてだったな?」
ヴィンセントが他人に対してこうも必死になるのは少々意外だったが、レインハイトにとってはそんなことよりも優先すべき事項があった。
そもそも、ティツィーはただ魔力を過剰に喪失しただけであり、個人差はあるが数十分程度で意識が戻り、数時間程休めば体調もある程度は元に戻るはずである。
これは今まで『吸魔』を使い続けてきたレインハイトの実証データから割り出した数字であり、彼女もその例に漏れずそのうち回復するだろう。
にも関わらず、気を失った原因が『吸魔』であることもわかっている様子のヴィンセントの態度が怪訝であるといえばそうなのだが、やはりレインハイトの優先順位は覆らなかった。
「そんな話なんざどうでもいい! 今一番重要なのはティツィーの方だ!」
「……ヴィンセント……お前、今自分が置かれている状況を理解しているのか? お前が俺に意見できる権利なんかないんだよ」
明らかに平静ではないヴィンセントががなりたてる様子を目にしたレインハイトの心奥で、ついに怒りの炎が燃え上がった。
以前はああも容易くシエルやアトレイシアを傷つけたくせに、自分が被害者になった途端にそれはないだろう。ヴィンセントの様子に呆れるレインハイトの心中で、ドス黒い憤怒の感情が膨れ上がっていく。
加えて、レインハイトから際限なく湧き上がる怒りを体現するかのように大量の魔力が発生し、抑えきれずに体外へと溢れ出た。その異様なほどの魔力量を感知し、ヴィンセントが息を呑む気配が伝わってくる。
しかし、かと言ってレインハイトは自身の怒りに飲まれ、感情的に行動してしまうというわけではない。ヴィンセントに対して激しく憤る自分がいるのも確かだが、一方でそれを怜悧冷徹に俯瞰するもう一人の自分がいる。
久しく感じていなかったその感覚は、シエルが魔法学院に入学して間もなく、ヴィンセントに《血の十字架》を奪われたことを知り、癇癪を起こしたあの時以来のものである。
「……テメエに自覚はねェんだろうが、ティツィーに『吸魔』を使っちまったのは最悪だ。ただでさえ俺たちにとって魔力の喪失は命にかかわる大問題なんだッつうのに、ティツィーはもともと吸血鬼として不安定な個体なんだ。このまま放っておけば死んじまうかも知れねェ……」
「……嘘を言っているわけではなさそうだな」
ヴィンセントも必死なのだろう。レインハイトの怒りを買わぬよう注意を払いつつ、みるみる顔色が悪くなっていくティツィーの身の危険について説明を行った。
それを聞いたレインハイトは、左腕の《黄金の円環》から送られてくるヴィンセントの身体データを見やり、偽りの情報を口にしているわけではないと判断する。
「――だが、それが何だって言うんだ? そいつは俺を殺すつもりで魔法を使った。なら、逆に俺に殺されたとしても文句は言えないだろう。……まさか、自分達が殺される覚悟もなしに殺し屋なんてやってるわけじゃないよな?」
「ッ――!」
しかし、ティツィーという少女が死にかけていると知ったところで、レインハイトにはそれに取り合う理由など無いのだ。
ただの行き倒れだったならともかく、ティツィーにはヴィンセントと共謀し、殺傷能力の高い魔法を放ってきているという事実がある。この時点でティツィーという少女はレインハイトにとっては明確な敵であるのだ。
確かに先程まではレインハイト側に彼女を殺す意思はなく、『吸魔』によって眠らせる以上の攻撃意識はなかったわけだが、だからといってそれがティツィーを助ける理由にはならない。
平たく言ってしまえば、このままティツィーが死んでしまったとしても、レインハイトとしては一向にかまわないのだ。
「それは……お前の言う通りだ。人殺しを生業にしてるからには、俺にだって死ぬ覚悟はある。……だが、こいつは違う。ティツィーは俺が巻き込んだんだ。俺は何をされてもいい、だから、そいつだけは助けてやってくれねェか」
屈辱で己の唇を噛み切りながら、ヴィンセントはレインハイトに請い願う。自分の考えが甘すぎたことを、ヴィンセントは今になって後悔していた。
自身が近接戦闘を受け持ち、ティツィーが遠距離からサポートを行う。自分達二人が協力し合えば、無敵の殺し屋としてずっとやっていけるのではないかと、そんな夢物語を思い描いていたのだ。
ティツィーを殺し屋の道へと導いた責任は自分にある。ヴィンセントの口にしたそれは紛れも無く彼自身の本心であった。
「お前、自分がなにを言っているのかわかってるのか? 他人には好き放題振る舞うくせに、自分の要求だけは通したいだなんて虫がよすぎるんだよ」
「……ティツィーの安全を保証してくれるなら、テメエの質問にも答える」
「ハッ、生意気に交換条件でも出したつもりか? だが、それだけじゃ到底足りないな。……ああ、そうだ。お前が俺の腹の中をほじくり回して取り出したあの魔道具、《血の十字架》……だっけ? アレを返してくれるって言うなら、考えてやってもいいぜ」
レインハイトがティツィーという少女の意識を奪ってからというもの、いつまでも腑抜けたことばかり口にするヴィンセントにいい加減嫌気が差してきた頃、ふと二年前に奪われた十字架の形をした魔道具のことを思い出したレインハイトは、これ幸いとばかりにティツィーを救命することに対しての条件としてそれを提示した。
あれからずっと肌身離さず持っていたのか、よく見るとヴィンセントの首に黒光りする十字架のアクセサリーのようなものがかけられている。あれが《血の十字架》なのだろう。
それにしても、吸血鬼が十字架を身につけるとは、なんともおかしな話である。
「……わかった。持っていけ」
「意外とすんなり返すんだな。そんなにその子が大事なのか? ……確かに、これはあの時の魔道具で間違いないみたいだ」
僅かに逡巡した様子を見せるも、ヴィンセントは紐で縛って己の首にかけていた漆黒の十字架を豪快にむしり取ると、レインハイトに向けて放り投げた。
受け取ったそれを『解析方陣』によって素早く解析し、何らかの力を秘めた魔道具であることを確認したレインハイトは満足そうに頷くと、服のポケットへと漆黒の十字架をしまいこむ。
「さて、前払いしてもらったからにはきちんと約束を守らないとな。そのティツィーって子を助けるにはどうしたらいいんだ?」
「ティツィーは今、テメエに魔力を奪われたお陰で魔力喪失状態にある。自分の意志で魔力を使いすぎた場合なら、無意識の内に抑制がかかって体調を維持できる程度の魔力は残るもんなんだが、今回は外部から容赦なくスッカラカンになるまで吸い取られちまったみてェだからな、そうも言ってられねェ」
「お前、この状況でよくそんな態度でいられるな……。それで? 具体的にはどうしたらいい」
「魔力喪失から体調を正常に戻すには、失った魔力を補充してやるしかねェ。だが、ティツィーは俺やテメエと違って『吸魔』が使えねェからな。意識が戻り次第、どちらかの血をくれてやる必要がある。つっても、俺は今こいつほどじゃねえが十分な魔力が足りてない状況だ。……ってなわけで、テメエの血をティツィーに分けてやってくれねェか」
「血を分けるって……本当に吸血鬼みたいな話だな」
「ああ? テメエまだ信じてねェのかよ? 仕方ねェな……この際だ、証拠ってやつを見せてやるよ」
レインハイトの疑い深さに嘆息するヴィンセントは、何とか動かせるようになってきた両手で這うようにして少し移動すると、建物の影から伸びる光、太陽光が差す場所へと左手を伸ばした。
「何を――」
意図の読めないヴィンセントの行動を警戒しその真意を問おうとするレインハイトだったが、それよりもヴィンセントの左手が陽光に照らされる方が早い。
そして次の瞬間、光に触れたヴィンセントの人差し指と中指の第一関節部分に炎が燃え上がった。驚くべきことに、それは魔法のような超常の現象ではなく、自然発火である。
「――ガァアアアアアアアアッ!」
激しい熱と痛みに耐え切れず叫ぶヴィンセントは、すぐさま陽光に晒していた左手を引っ込めた。すると、指先を焼いていた炎が不自然なほどあっさりと消え去ってしまう。
しかし、一瞬とはいえ太陽に焼かれたヴィンセントの指は悲惨な状況だ。煙を上げ、黒ずんで焼け焦げてしまった指は火傷を通り越し炭化してしまっているように見える。恐らく修復できるのだろうが、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「指が……燃えた……?」
「……テメエがさっき言っていた通り、吸血鬼が陽の光を受けるとこうなっちまうのさ」
「何故今になって急に……」
現在レインハイトがいる場所はたまたま民家と見られる建造物によって作られた影で覆われているが、ヴィンセントは建物の屋上からアトレイシアに弓を射った際や、この場所まで逃走してきた際に何度もその肌を直射日光に晒していたはずである。
それなのにもかかわらず、どうしてヴィンセントは急に太陽に焼かれることになってしまったのか。可能性としては、自分の意志で任意に太陽光から肌を守るというような何らかの方法があるといったところだろうか。
そこまで考察したレインハイトは、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。
先程までのヴィンセントと今のヴィンセントでは何が違っているのか、ヴィンセントが『吸魔』によって魔力を奪われたティツィーの様子に尋常では無いほど焦っていたのは何故だったのか。
レインハイトは、それらに共通する一つの要因に気付いたのだ。
「なるほど、原因は“魔力”か」
「……勘がいいのは相変わらずか」
器用にも嫌悪感と感嘆を織り交ぜた声を発したヴィンセントは、続けて告げる。
「正解だ、レインハイト。テメエが睨んでる通り、吸血鬼である俺やテメエが今まで忌々しい太陽に焼かれてこなかったのは魔力のお陰だったってわけだ。つまり、吸血鬼にとって魔力を失うことは死ぬことと同義なのさ」
これまでのヴィンセントの発言を踏まえ、レインハイトは黙考する。
平均的な魔道師と比べ遥かに多くの魔力量を持つレインハイトだが、今までに訓練の一環として己の限界ギリギリまで魔力を酷使したことが数度ある。先程までは、その際に陽光に焼かれることが一度もなかったことに疑念を感じていた。
しかしその疑念は、自分の意志で魔力を使いすぎた場合は無意識でストッパーがかかる、というヴィンセントの弁を信用すれば解決することになる。
今まで自身が吸血鬼だと知らなかったレインハイトが無事で居られたのは、その自己防衛本能とでも言うべき存在のおかげだったとすればひとまずのところ辻褄が合うだろう。
もっとも、レインハイトはまだ自身が吸血鬼であることを完全に認めたわけではないのだが。
「……まだ俺は自分を吸血鬼だとは認めていない」
「かーッ! 強情だなァオイ。『吸魔』と《血の十字架》が使えてる時点で確定してるようなもんだろォが」
「うるさいな。俺にその記憶が無い以上、お前の話をそのまま鵜呑みにする訳にはいかないんだ」
例えそれが偽りのない情報であるとわかっていても、とレインハイトは心中で付け加える。
「……うぅっ!」
その時、レインハイトの足元に仰向けで眠るティツィーが呻き声を上げた。顔色は蒼白なのだが、額には汗が浮き上がっているのが見て取れる。
「……あまり猶予はなさそうだな」
「あァ。これ以上の話は後だ。さっさとティツィーを叩き起こして血を飲ませねェと」
頷くヴィンセントは、ティツィーに向かって手を伸ばす。しかし、レインハイトは右手でそれを遮った。
「その必要はない」
「あン? 今更何言って――」
怪訝そうに目を眇めるヴィンセントが全てを言い切る前に、レインハイトは口を開く。
「要はそのティツィーという少女に魔力が戻ればいいんだろう? それなら血を飲ませるよりも手っ取り早く済む方法がある」
レインハイトは、解析のためにティツィーから奪った魔力を「保持」してある状態の魔法陣――『吸魔』をヴィンセントに見せた。
「イマイチテメエが何を言いてェのかわかんねェんだが……」
「ティツィーから奪った魔力はまだこの魔法陣の中に留めてある。それを持ち主に返そうって言ってるんだ」
「魔力を留めるだァ? 何だそりゃ、『吸魔』にそんな機能があるわけが……」
ぶつぶつと何事かを呟きながら首をひねるヴィンセントを差し置き、レインハイトは苦しそうに呻くティツィーのそばに片膝をついた。そして、ちょうど胸の下の辺りに魔法陣のある右手を近づける。できれば胸の上に置いたほうが理想的なのだが、敵対している存在とはいえ、やはり女性の胸板に触れるのには抵抗があったのだろう。
「急激に魔力を失った今なら、生体干渉抵抗力は弱まっているはずだ……」
ヴィンセントに大口を叩いたレインハイトだったが、『吸魔』で吸い上げた魔力を持ち主に返還することなど実際に試したことはなかった。ぶっつけ本番の一発勝負である。
しかし、これまでに検証してきた実権データから鑑みて実現は八割方可能だと告げていたため、本人はあまり躊躇することなく右手の魔法陣に意識を集中させ、魔力を徐々に放出するイメージを思い浮かべた。
すると、紫色に発光する魔法陣はゆっくりと回転を始めた。それと同時に、少しづつではあるがティツィーの中に魔力が流れていくのを感じる。
どうやらうまくいったようだ。レインハイトは僅かに口端を釣り上げるが、すぐに表情を引き締めた。油断は禁物だ。
なにせ、この行為には人一人の命が懸かっているのだ。いくら敵として相対していた少女のものとはいえ、一度救うと決めた以上は責任を持たなければならない。
その上、抜く時とは違い、生物に魔力を流し込むという行為はその危険度からして段違いである。
勢いが強すぎれば魔力の流れる血管――魔力回路を傷つけてしまうため時間を掛けてゆっくりと注入していくのが理想だが、今のティツィーの容体ではそう悠長にしていられるほど時は残されていないのだ。
「……うまく行きそうなのか?」
「今は話しかけないでくれ」
静寂に耐え切れなくなったのか、ヴィンセントが声をかけてくるが、レインハイトはすげなく切り捨てた。
常人離れした魔力操作能力を持つレインハイトとは言え、この初めての試みが成功するという絶対の保証はないのだ。
「……よし」
それからおよそ三分ほどが経過した頃だろうか。集中を乱さぬようヴィンセントが辛抱強く無言を貫く中、『吸魔』に保持してあった魔力を全てティツィーに注ぎ終えたレインハイトは、静かに息をつきながら呟いた。
「終わったのか……?」
「ああ。……体調も正常に戻りつつあるようだ、そのうち勝手に目を覚ますだろう」
心配そうなヴィンセントの問いに、レインハイトは『解析方陣』の解析結果に目を通しながら答えた。
先程までとは打って変わって顔色も良くなっており、ティツィーの容体は素人目から見ても回復の兆しが見て取れるほどだ。
吸血鬼にとって魔力は生命線であるというヴィンセントの言は、まさしくその通りであったのだろう。
「そうか……助かった、のか……」
「安心しているところ悪いんだが、そろそろ質問の続きを始めても――」
血が通った顔色で安らかに寝息をつくティツィーの表情を、ホッとした顔で見つめるヴィンセント。
しかし、そこで空気を読まずレインハイトが容赦なく現実に引き戻そうとした、その時、
轟音が、レインハイトとヴィンセントの耳朶を打った。
「何だ……?」
「爆発音……みてェだが」
音の発生源は比較的近いようだ。レインハイトは嫌な予感が背筋を撫でるのを感じた。
「ヴィンセント、今回の王女暗殺に派遣されたのはお前達だけなのか?」
「……いや。詳細には聞かされてねェが、俺達だけじゃねェのは確かだ。俺がお前達の張った警戒網に引っかからなかったのも、その警戒に当たる人間の中にこちら側の協力者が紛れ込んでいたお陰だしな」
ティツィーを救ってもらった手前偽りを告げるのに気が咎めたのか、解析方陣を持つレインハイト相手に隠そうとしたところで無駄だと悟ったのか、ヴィンセントは正直に返答を返した。
「チッ……少し護衛の配置が乱れてるな」
『観測方陣』によって護衛達の位置を確認したレインハイトの胸中を焦燥が埋め尽くしていく。
もし先ほどの爆発が単なる事故でないのならば、アトレイシアとフロードの側に王子派の連中が用意した別部隊が攻撃を仕掛けたのだと判断するべきだろう。
メインプランであったヴィンセントによる超遠距離狙撃での王女暗殺が失敗に終わった今、今回の作戦に紛れ込んだ人員を総動員して王女暗殺を狙うというサブプランへと移行したというわけだ。
「クソ……まだ聞きたいことは山積みだっていうのに……」
シエルと出会う以前の記憶が一切無いレインハイトにとって、その過去を知るヴィンセントとティツィーという人物は現状唯一と言っていいほどの手がかりである。
今回の再会はまさに千載一遇の機会だ。これを逃してしまえば、次があるという保証もない。個人的な利益だけを優先するのであれば、レインハイトは先程の爆発音を無視してヴィンセントとの問答を続けるべきだとさえ考えている。
しかし、現在のレインハイトの立場は、アスガルド王国第一王女――アトレイシア・エレアノール・ミラ・アイリス・フォン・アスガルドの第二の騎士、ジョーカーだ。
護衛対象であるアトレイシアに危険が迫っている可能性が僅かでもある以上、素早く現場に急行し、その身を守らねばならない。
「ヴィンセント、今後二度と王女派に対して攻撃を行わないと約束しろ」
「……あァ、またテメエに邪魔されたんじゃ割に合わねえからな。言われなくてもこれを最後に手を引くつもりだ、心配すんな」
流石に二度も暗殺を妨害されて懲りたのか、ヴィンセントはひらひらと手を振りながらうんざりしたようにそう告げた。
殺し屋という裏稼業とはいえ、ヴィンセントはそれで生計を立てているプロだ。
いくら金を積まれたところで、実力で敵わないレインハイトのような危険人物が傍に控えていることが判明した今、これ以上王女派に手を出すのはリスクが大きすぎると判断したのだろう。
「残念だが、俺はもう行かなきゃならない。事が済んだら戻ってくるからここから動くな……って言っても、どうせ逃げるよな……」
「ッたりめーだろ。テメエの顔はもう二度と見たくねェからな」
レインハイトを忌避するように睨めつけたヴィンセントは、シッシと右手首を振って追い払うような仕草をした。
「……言っておくが、これは“貸し”だぞ」
レインハイトは、やろうと思えばいつでもヴィンセントとティツィーの息の根を止める事ができた。それは、今なお変わらない事実である。
そんな状況にあっても、あえてお前達を見逃してやるんだという念を込め、レインハイトは捨て台詞を吐いた。
ヴィンセントがそれをどう受け止めたのかは『解析方陣』を解除してしまった今となっては分からないが、それを確かめている余裕は現在のレインハイトにはない。
「ハッ、勝手に言ってろ」
「……そうだ、最後に置き土産を置いていってやるよ」
「あン?」
発言の意味がわからず首を傾げるヴィンセントは、レインハイトの仮面の奥の邪悪な笑みに気づくことはない。
「たかが口約束だけでお前を縛れるとは思えないんでな。信用してやりたいのはやまやまなんだが、一つ”枷”を付けさせてもらう。要望通りその女を助けてやったんだから、それくらい問題ないだろう?」
「枷だァ? 一体何の話を――」
レインハイトはヴィンセントに近寄り、背中のあたりに手を添える。そして、
「なに、すぐに済む。……『付与』」
レインハイトが告げると同時、《魔法の門》から呼び出された紫色に光る魔法陣が起動し、ヴィンセントに魔力を流し込み始めた。
作業自体は先ほどティツィーに行ったものと同じだが、今回は流し込む魔力が全くの別物である。
変化は、すぐに訪れた。
「ぐ……ああ、ああぁぁあああああああああああああああああああああああ!」
体内に魔力が流れ始めた直後、内側から直接肉を引き裂かれるような強烈な痛みを感じたヴィンセントは、尋常ではない苦悶の声を上げる。
「……がはっ! ……テメエ、俺に何をした……?」
「その状態で喋れるのか? すごいな」
異物の侵入によって全身を流れる魔力回路が悲鳴を上げ、想像するのも恐ろしい激痛を感じていることだろうに、ヴィンセントは全身からおびただしいほどの汗を流しながらも意識を保っていた。
その凄まじい精神力に、レインハイトも思わず称賛の声を上げる。
「少しだけ質問に答えよう。俺が今お前に何をしたのかだったな? ……まあそう身構えるなよ、別に大したことはしていない。さっきそのティツィーって子にやったのと同じように、お前に魔力を流し込んだだけだ」
悪びれる様子もなく、レインハイトは呼吸すらままらなぬ様子のヴィンセントに淡々と告げた。
自分が敵だと認識した相手に容赦は必要ない。下手に手心を加えては足をすくわれる危険もある。レインハイトはその血のように赤い目に冷酷な光を宿し、のたうつヴィンセントを見下ろす。
むしろ、そんな相手の願いを聞き入れティツィーの命を救ってやったのだ。ここまで譲歩しておいて、これ以上ヴィンセントに便宜を図ってやる必要はない。
せめて最期の慈悲として説明だけはしていってやろうと、レインハイトは再び口を開いた。
「吸魔による魔力喪失で生体干渉抵抗力――あらゆる生物が生まれながらに持つ直接的な魔法の干渉を拒否する能力が弱まることは先程のティツィーの治療の際に確かめさせてもらったからな。予想通り、付与も正常に作動したようだ」
通常、生体干渉抵抗力は肉体が外傷などにより傷ついた場合に弱まるとされており、その特性を利用した最も有名な魔法系統が治癒魔法である。つまり、生体干渉抵抗力が健在な限り、他人の使う肉体に直接作用するような魔法は治癒魔法も含め全て弾かれてしまうことになるのだ。
しかしそれと同様に、魔法の使い過ぎなどで体内の魔力を著しく喪失した場合も、肉体が損傷を受けた場合と同じく生体干渉抵抗力が低下するとされており、それはどうやら吸魔などによる他者からの強制的な魔力喪失であっても有効に作用するようだ。
しかし、そうなるとなぜ自身の使う吸魔は直接肉体に作用するような系統の魔法であるにもかかわらず生体干渉抵抗力を無視して効力を発揮しているのかという疑問が生じるのだが、考察しようにもレインハイトはそもそも吸魔についての知識がほぼゼロなため、その件については後回しにすることにした。
「……まあ、わかりやすく簡単にまとめると、お前から奪った魔力に他人の魔力を混ぜて流しこむことによって拒絶反応を誘発させ、魔力回路にダメージを与えたって訳だ。……確実な保証はできないが、一応加減はしたから今後一切魔法や纏魔術が使えないってことにはならないはずだ」
付与は本来、魔力喪失した他者に魔力を分け与えるために作られたものだが、使い方を変えれば恐ろしい効果を持つ魔法である。
魔力には個人差があり、その性質は多岐にわたる。先程は吸魔にティツィーの魔力を保持してあったためそれを放出するだけで事足りたが、付与を正しい用法で使用する際、まず最初に対象の魔力と性質が同じになるよう魔力を調律する必要がある。しかし、レインハイトは敢えてその工程を挟まずにヴィンセントへと魔力を分け与えたのだ。
その結果、ヴィンセントに流し込まれた魔力は魔力回路に異物と判定され、激しい拒絶反応を起こしたのである。
魔力同士の相性によっては異なる魔力を混ぜて注入したところで拒絶反応が起きない可能性もあるが、今回ヴィンセントに与えたのは《魔法の門》内部に貯蔵してある様々な魔力を幾つか適当に混ぜ合わせることで強引に生成した合成魔力なため、拒絶反応が起きることは明白であった。
拒絶反応によって傷ついた魔力回路は治癒魔法を用いても治療が難しく、完治はほぼ不可能だと言って良い。以降は魔力を操作する度に魔力回路が刺激され、激しい痛みを伴うだろう。
無論、確率は低いだろうが、魔力回路が完全に破壊されレインハイトが言及したように今後一切魔力操作ができなくなる可能性もないとは言い切れない。
「……レインハイト……テメエいつかゼッテーぶっ殺す……」
「意外と元気そうだし、大丈夫みたいだな。……その痛みを感じる度に俺との約束を思い出せ。お前に次はないんだからな。これからはせいぜい俺の大切な人たちに手を上げたことを後悔しながら生きてくんだな」
「クソガキ……が……!」
恨みがましいヴィンセントの声を背中に受けながら、過去の因縁に決着を着けたレインハイトは自己加速魔法を発動させ、足早にその場から走り去った。
目指すは、先ほど轟いた爆発の音源である。




