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レインハイトと魔法の門  作者: アマノリク
第一章 〜呼び覚まされた異分子〜
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一学年代表


「……ふあぁ」


 翌日。心地よい朝日と鳥の鳴き声に迎えられながら、レインハイトは気持よく起床した。柔らかいベッドで寝たお陰か、すこぶる体調がいい。長旅の疲れもどこかに行ってしまったかのようだ。

 軽く伸びをしたあと、お世話になったベッドから出る。シエルはまだ夢の中らしく、規則正しく寝息を立てていた。それを見て少し安心すると、レインハイトは部屋の出口に向かって歩き出した。顔を洗いに行くのだ。


 この部屋は、一階から続く階段に近く、更に水場にも近いというかなりいい位置にある。レインハイトもそれは既に確認済みであり、意気揚々と部屋を飛び出し、水場へ直行した。

 レインハイトは女子寮の一角にある水溜に向かい、それを使って顔を洗った。

 寮の外に井戸のようなものがあったので、恐らくそこから汲んできたものだろう。喉が渇いていたレインハイトは、何の疑いもなくそれを口にしようとした、その時、


「お待ちなさい」


 横からかけられた声により、レインハイトの動きは静止した。

 なにか悪いことでもしただろうか。レインハイトは手のひらに水を掬ったままの状態で声の主の方に顔を向けた。


「……何でしょう?」


 背中ほどまである長い髪は、少し明るめの茶髪。巻き髪というのだろうか、ふんわりと上品に髪が巻かれている。

 自信に満ちたその表情はきりっと引き締められており、幼いなりにもどこか気品を感じる佇まいだ。歳はレインハイトと同じくらいだろう。

 首からのぞく白いブラウスの上には茶色いセーターのような上着を重ねて着ており、青を基調としたチェック柄の短いスカートに、太腿のあたりまである長めのソックスを履いている。魔法学院の制服だろうか。


「その水はまだ浄化されていませんわ。そんなものを飲んだりしたらお腹を壊しますわよ」


「え? そうなんですか? ……それは親切にどうも」


 少女は得意そうに笑みを浮かべると、自らの胸に手を当て、ふふんと鼻を鳴らした。


「礼にはおよびませんわ。これも一学年代表の務めと言うもの。お気になさらず」


「そうですか。では、僕はこれで……」


 面白いしゃべり方をする人だなと思いつつ、さっさと部屋に戻ろうとするレインハイト。


「お待ちなさい」


 それを遮るように、少女は先程と同じようにレインハイトの動きを止めた。


(……デジャヴ……?)


 レインハイトが訝しげに少女の顔色をうかがっていると、その少女はまたも得意げな表情を浮かべ、口を開いた。


「今週は私が水溜の浄化当番なんですの。すぐに浄化して差し上げますから、もう少しお待ちになって?」


 すると少女はレインハイトの返事を待たず、魔法の詠唱を始めた。


「我が契約に従い、水の精霊よ、その力を持って、穢れを祓い清め給え――『浄化(エリクサー)』」


 右手を水溜に向けて差し出し、魔法陣を発生させた少女は、そのまま水溜に魔法を放った。


「……さ、終わりましたわ、飲んでみてくださいな」


「…………」


 腰のあたりに手を当て、得意そうに鼻を鳴らす少女に促されるまま、レインハイトは水を掬い、覗きこんだ。特に見た目の違いはよくわからなかったが、少女を信じて一気に飲み込む。


「美味しい……! すごいですね!」


「そうでしょうそうでしょう。ふふ、これくらい朝飯前ですわ」


 本当に朝飯前だ……と感心しつつ、レインハイトは浄化とやらが済んだ水を好きなだけ飲んだ。あの魔法には水を美味しくする効果もあるのだろうか。


「では、私も……」


 レインハイトが終わったタイミングを見計らい、少女も顔を洗い始める。

 少女は顔を洗い終わると、持ってきていた布で上品に濡れた顔を拭いた。因みにレインハイトはもちろんそんな布など持っておらず、自然乾燥である。


「ところで、失礼ですが貴方……男の方みたいですのね。ボーイッシュ……というのかしら?」


 顔を拭き終わりすっきりした様子の少女が、言い難そうに視線を逸らしながらレインハイトに尋ねた。

 この子は一体何を言っているのだろうか。少女の言葉を理解できなかったレインハイトは、至極当然といった風に言い放つ。


「……えーと、僕は正真正銘男なんですが」


「……はい?」


 何故か凍りつく少女を前にして、レインハイトは、自分は一体何をしでかしてしまったのだろうか、と首を傾げ、記憶を探った。


「こ、ここは女子寮ですのよ……?」


 後退りしながら震える少女の言葉を聞き、そう言えばそうだったと思い出したレインハイトは、さてどう言い訳したものか……と思い悩んだ。


「ま、まさか私の体が目当てなんですの……? そんな、私はまだ十三ですのに……はっ! その未発達さがたまらないと申しますの!? とんだ変態ですわね!」


 レインハイトが悩んでいる間に、何故か少女がものすごい被害妄想を始めてしまった。

 己の体を両腕で抱き締め、ふるふると首を振る少女をげんなりと見つめたレインハイトは、別に自分は隠さなければならないような悪事を働いているわけではないと思い至り、正直に話すことにした。


「あの、僕はシエルという女生徒の使用人でして。お嬢様のお世話のため、男なのですが、女子寮に住まわせていただくとこになったのです」


「……そこまで言うのならせめてお友達から……って、え? 使用人?」


 頬を染める少女に苦笑いを向けながら、レインハイトは淡々と答えた。


「はい、使用人のレインハイトという者です」


「そ、そうだったんですの……異性の使用人とは珍しいですわね……あ、私はソフィーナ・フォン・ミリシアスですわ。一学年代表を務めていますの」


「ご丁寧にどうも。ところで、その一学年代表というのは何なんですの?」


(おっと、語尾が伝染った……)


「一学年代表と言いますのは、今期の魔法学院一年生の代表ということですの。わかりやすく申しますと、一年生のリーダーということですわ」


 レインハイトの語尾は気にせず、少女は先程までの調子を取り戻し、得意そうな表情を浮かべ丁寧に説明した。


「それはすごいですね。是非シエルお嬢様共々、これからはよろしくお願い致します」


 学年代表とやらがどんな基準で選ばれるのかは分からないが、きっとすごいことなのだろう。レインハイトはとりあえず媚を売っておくことにした。


「ええ。困ったことがありましたら、何でも相談してくださいな」


 なんて扱いやすい子なんだろう。レインハイトは少し心配になったが、本人は満面の笑みを浮かべており、とても嬉しそうなので良しとした。

 すると、少女は唐突に眉を顰め、むっとした表情を浮かべた。レインハイトの悪しき心が透けて見えていたのだろうか。だとすればとんでもない洞察力である。


「レインハイトさん、もしかして、シエルお嬢様というのは……シエル・フェアリードという方ではなくて?」


 どうやら怒ったわけではなく、何かを思案していただけだったようだ。

 シエルは昨日学院に来たばかりだというのに、情報が早いなと思いつつ、レインハイトはソフィーナに問うた。


「そうですけど、どうしてソフィーナさんがそれを?」


「昨日の夜にアルハート先生が伝えに来てくれたのですわ。シエルさんという生徒が本日入学したので、是非学院内の案内を私に頼みたいと言っていましたわ」


 シエルの入学に際して、学院内の案内が必要だと考えたアリアが学年代表であるソフィーナにそれを頼んだということだろう。授業は明日からであるため、休日である今日中に案内をして欲しかったということか、とレインハイトは一人納得した。


「それでは、朝食の後にでも案内をお願いしてもいいですか?」


「もちろん構いませんわ。では、時間になりましたらお部屋を伺いますわ」


「はい、ありがとうございます。また後程」


 レインハイトは部屋の位置を教え、ソフィーナと別れた。

 美味しい水を飲んだせいかは分からないが、どこかすっきりとした気分で部屋に戻ると、ようやく起きたのか、シエルが眠そうにベッドから這い出るところであった。

 そんな出方をすれば落ちてしまうのでは……とレインハイトが心配した直後、シエルは頭から床に落っこちた。


「いたた……あ、レイン。おはよ……」


「おはよう、シエル。……大丈夫か?」


 手を伸ばし、恭しくシエルを起こしてやるレインハイト。ここだけ見れば、使用人という言葉がしっくり来る所作である。


「ありがと……どこ行ってたの?」


「ちょっと顔を洗いにな。朝食の準備しておくから、シエルも行ってこいよ」


「……ん」


 まだ眠いのか、シエルは手の甲で目をこすりつつよたよたと部屋を出て行った。

 その様子を妹を見る兄のような優しい目で見守りながら、レインハイトは朝食の準備に取り掛かった。


 朝食と言っても昨日の夕飯とほとんど代わり映えしないメニューであるが、贅沢は言っていられない。持ってきた食料はできるだけ早く処分していったほうがいいだろう。

 ふと、先刻ソフィーナが使用した水を清潔にする魔法は、食料にも使えたりしないのだろうかという疑問が浮かんできた。もしそれが可能であれば、常に食材を新鮮に保つことができ、わざわざ干し肉などにせずとも生肉の状態で食材を持ち運びできるようになるかもしれない。


 そんな便利な魔法があればぜひとも使えるようになってみたいものだが、恐らく、自分には使いこなすことができないだろう。

 というのも、ここ数カ月間で薄々勘付いたことだが、どうやら自分は四大エレメントを使用する「自然魔法」とは相性が悪いらしいのだ。

 この世界――ミリスタシアでは、四大エレメントを使用する自然魔法が最も普及しており、魔法といえば自然魔法が思い浮かぶという人間がほとんどである。他の魔法もあるにはあるのだが、自然魔法の前では必然、知名度は低い。


 要するに、最も実践的であり、最も使用されているのが自然魔法なのだ。恐らく、先日習得した『吸魔(ドレイン)』はマイナーな部類に入るのだろう。

 何故自分が知名度の低い魔法は使えて、自然魔法が使えないのか。気になったレインハイトは、そのことについて後々調べるつもりであった。

 この魔法学院という施設は魔法について調べるのにはもってこいの場所だろう。先程抜かりなくソフィーナから図書館の場所は聞いておいたので、試しに後で見に行こうと決意し、レインハイトはシエルの帰りを待った。




「干し肉飽きたー」


「そうだな……でも我慢しないと」


 そろそろ食料の備蓄も尽きそうだ。今日さえ干し肉で我慢すれば、明日からは少しは新鮮な食料にありつけるかもしれない。そう自分に言い聞かせ、レインハイトは黙々と干し肉を咀嚼(そしゃく)した。水分を抜ききっているためかなり硬いのだが、レインハイトは顎に局所的な練纏(れんてん)を行い、強力な力で無理やり引きちぎるという方法でワイルドに食べている。

 因みにシエルは魔法を使い、肉を一時的に少し柔らかくしてから食べていた。


「あ、そうだ。さっき顔洗いに行った時にソフィーナって人と知り合ったんだけどさ、一学年代表? ってやつらしくて、朝食のあと学院内を案内してくれるってさ」


「……ふーん」


 ソフィーナという人物について伝えるレインハイトを、何故だか少し不機嫌そうに睨むシエル。

 ジトッとした目を向けられたレインハイトは、首を傾げつつ、


「なんだよ」


 と問うた。お嬢様は今の自分の発言のどこが気に入らなかったのだろうか。

 頬をふくらませたシエルは、溜め込んだ空気をぷうと吐きながら口を開いた。


「また私が目を離した隙に知らない女の子と仲良くなったんだね」


「またってなんだ? ……アイシャさんのことか?」


「……しーらない」


 わけがわからない。レインハイトはお手上げだった。

 シエルはたまにこうしてよくわからない理由で拗ねる。レインハイトには原因を解明できないため、毎回どう対処すればよいのだろうかと悩む羽目になるのだ。


「別に、ソフィーナが女の名前だなんて一言も言ってないんだけどな」


 シエルの理不尽な対応にむっとしたレインハイトは、今回は苦しい抵抗を試みることにしたようだ。


「じゃあソフィーナさんは男なの?」


「……そうだよ」


 そんな聞き方をされればそう答えるしかあるまい。レインハイトはすぐにバレるだろう嘘をつくことになってしまった。


「へー、ソフィーナって名前の男の子なんだー珍しいねー」


 シエルは感情のこもっていない棒読みで対応した。


「信じていないだろ……じゃあソフィーナが男だったら謝れよ」


 そのレインハイトを一ミリも信じていない態度に少し苛つき、ムキになったレインハイトは少し暴走した。しかし、


「いいよ。じゃあ女の人だったらレインは私の言うこと何でも聞いてね」


「え? それは釣り合ってないんじゃ……」


 何でも言うこと聞くとはリスクが高すぎでは……と、そんなことを堂々と言ってのけるシエルに戦慄するレインハイト。先程の勢いはどこへやら。


「なによ」


「いや、あの……ちょっと条件が厳しすぎるかなーって……」


「やっぱり嘘だったんだ。じゃあ聞いてもらうお願いは一つだけでもいいよ」


「別に嘘なんて言ってないだろ! つーか一つだけでも釣り合ってねえよ!」


 二人がヒートアップし始めると、そこに割って入るかのように、コンコンと控えめな乾いた音が響いた。それに続いて、


「シエル・フェアリードさん、レインハイトさん。ソフィーナですわ」


 と可愛らしい女の子の声が部屋に響いた。声の主、ソフィーナが約束通り学院の案内をしに訪ねてきたのだ。

 シエルに冷たい視線を浴びせられ気まずそうに目を逸らしたレインハイトは、待たせるのも悪いので、扉を開けてソフィーナを部屋に案内した。

 レインハイトに案内され部屋に入ったソフィーナは、得意そうな顔で胸に手を当て、誰に促されるでもなく自己紹介を始めた。


「レインハイトさんからお話は聞いているとは思いますが、一学年代表、ソフィーナ・フォン・ミリシアスですわ」


「シエル・フェアリードです。……よろしくお願いします、ソフィーナさん」


 返すシエルの表情から若干の不機嫌さがにじみ出ている理由は、ソフィーナが女だったことに加え、美少女だったからである。更に、彼女の上品なお嬢様然とした雰囲気を目の当たりにし、現在のシエルの胸中は穏やかではない。

 レインハイトはそんなシエルと極力目を合わせないように意識しつつ、ソフィーナに笑顔を向けた。


「わざわざありがとうございます。では、早速学院の案内をお願いしてもいいですか?」


「もちろんですわ。ではシエルさん、参りましょう」


「は、はい。よろしくお願いします」


 人見知りがちなシエルは、恥ずかしそうに頬を染めながら頷いた。


「ソフィーナさん、シエルお嬢様をよろしくお願いします」


「お任せください、では、行ってきますわ」


「行ってらっしゃいませー」


 矛先がこちらを向かないうちにさっさと連れだしてもらおうと考えたレインハイトは、「一緒に来ないの?」と不安そうに見つめてくるシエルを無視し、二人を笑顔で送り出した。

 レインハイトは学院の生徒になったわけではないため特に案内は必要なく、他に一人でやりたいこともあった。故にシエルにはソフィーナと二人きりで楽しんでもらうことになったのだ。

 二人の背中が階段から消えたあと、レインハイトは部屋に鍵をかけ、目的地へと向かった。




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