魔法学院『スレイプニル』
王都アイオリアは、王都というその名に相応しい街であった。
背の高い建造物には尖頭形の窓や物々しい矢狭間が覗き、その奥には暗い闇が広がっている。恐らく、反乱や侵略に対するものだろう。
酒の匂いが仄かに漂ってくる看板のかけられた建物は酒場だろうか。その他にも宿屋と思われる建造物や、幌のかかった屋台が並ぶ市場だと思われるものが見受けられた。どれも長耳族の村で見たものとはスケールが違い、無意識の内に目を奪われる。
やがて前方に聳える巨大な建物を発見し、レインハイトとシエルは僅かに声を漏らした。
「……おお……」
「……わあ……」
王都の内部に入る際に必要な身体検査と持ち物検査、入市税の支払いなどを終え、アトレイシアの道案内をもとに所々石畳で舗装された道を歩き回ったレインハイトとシエルは、無事に王立アイオリア魔法学院――通称『スレイプニル』に到着した。
その外観は、壮観の一言に尽きる。とんがり帽子を被ったかのような青い屋根が連なるその建造物は、まるで魔法使いの帽子を再現しているかのようだ。壁面は白く、屋根の青さと相まって、シンプルだが見事な色彩美を演出している。壁のそこかしこから観音開きの戸が開け放たれており、風通しも良さそうだ。
正面に見える大きなエンブレムには、八本脚の馬が描かれている。あれは恐らく、この学院の名称の由来である「スレイプニル」という神話に登場する軍馬を象っているのだろう。
その猛々しいエンブレムのせいだろうか。魔法学院は、この青と白が織り成す美しい外観からは想像できないような威圧感を放っていた。
アトレイシアと別れた付近にあった王城と思われる城とまでは行かないが、その次に大きいのではないかと思えるほど巨大な建物である。敷地の広さだけで言えば、王都で一番の大きさを誇っているだろう。
レインハイトとシエルは、暫くその厳かな建造物に見入っていた。まだ門を潜る前だというのに、これでは先が思いやられる。
「……よし、じゃあ行くか」
「う、うん!」
レインハイトを先頭に、二人は魔法学院の門に足を踏み入れた。どこに何があるのか一切把握していないが、正面から入って誰かに聞けばいいだろうという行き当たりばったりな思考で歩き出す。
やがて二人は出入口と思われる金属製の扉に到着した。左右の扉の端部に軸があり、恐らく押しても引いても開けることができるタイプだろうということが見て取れる。レインハイトの二倍近くあるその巨大な扉は、彼の華奢な腕によってゆっくりと押し開けられた。
学院の内観の様子は、その厳かな外観に見合った雰囲気を醸し出していた。
まず目が行くのは、入口正面から迎える大きな階段である。二階へと続く白亜の階段にはチリ一つなく、よく手入れが行き届いていることが見て取れる。
階段の元から左右に広がっていく廊下には、等間隔に燭台が配置されており、所々照明用の魔法具も配置されている。この辺りは、さすが魔法学院といったところか。
全体的に余計な飾り気が少ない瀟洒な作りで、学び舎としての静謐な雰囲気が漂っている。
本来ならば数多くの魔道師たる魔法学院の生徒達がひしめいているであろう校内は、現在人影が全く無く、辺りを静寂が包み込んでいた。これだけ広い空間だというのに、人の存在が感じられないというのは少々不気味である。
「……ちょっと怖い」
レインハイトは思うだけにとどめておいたのだが、シエルは我慢しきれず、そう漏らした。
「誰も居ないのか……?」
きょろきょろとあたりを見渡し、呟くレインハイト。受付のような場所もあるのだが、やはり人影はない。
勝手に歩き回る気にもなれず、二人が途方に暮れていると、右側の通路の奥から、僅かにだが足音が聞こえてきた。
「あなた達、そこで何してるの?」
声をかけてきた女性は、背中のあたりまである長い藍色の髪をなびかせ、颯爽と登場した。
スタイルの良い美人という風なその女性は、清潔感のある白いシャツにぴっちりとした黒いタイトスカートという出で立ちで、レインハイトとシエルの前に立っている。
顔立ちはあどけなさをわずかに残しつつ、大人びた雰囲気を持っていた。ずれたメガネを片手で直す仕草は、少しの色気と、気品を感じさせる。
そのレンズ越しの瞳には、僅かな警戒の色が見て取れた。
「勝手に入ってしまってすみません。僕達、この学院に入学したくてきたんですけど……あ、シエル、紹介状出して」
「あ、うん……これ」
シエルは肩から下げた小さめの鞄の中から、高級そうな白い封筒を取り出した。ミレイナに書いてもらった紹介状である。
ミレイナはこの魔法学院の卒業生であり、貴族であるグライア家の出だ。彼女は優秀な成績を残してこの学院を卒業したらしく、それなりに口を利ける立場にある。
要するに、シエルは親のコネを使って入学するのである。
既に学院には事前にその旨を伝える手紙を送ってあり、話は通っているはずだ。
女性は渡された封筒の封を切ると、手紙を取り出し、内容を読み始めた。
見たところまだ十代後半くらいの年齢なのだが、上司とかに確認しなくても良いのだろうか、とレインハイトは少し心配になった。シエルには咄嗟に紹介状を出させたが、まだ彼女がこの学院の教師という確証すら無いのだ。
レインハイトの心配を他所に、女性は紹介状を読み終えた様子で、手紙を丁寧に折りたたみ元の封筒にしまった。
再度こちらに目を向けた女性は、レインハイトとシエルに人の良さそうな笑顔を向けた。その瞳には既に先程までの警戒の色は無く、二人を歓迎しているようだ。
「紹介状は確認させていただきました。私はこの魔法学院で教師をしているアリア・フォン・アルハートという者です。ようこそ、王立アイオリア魔法学院『スレイプニル』へ」
アリアと名乗った女性は正真正銘の教師だったようだ。レインハイトは静かに胸をなでおろした。
アリアはレインハイトに目を向けると、少し困ったように切り出した。
「シエルさんの紹介状は確認できたのですが……えーと、君の紹介状はある?」
「あ、僕はシエルの護衛です。レインハイトと言います」
「護衛……? ……使用人、ということでいい?」
「はい、そんなようなものです」
魔法使いは貴族の出の者が多く、貴族というのは、使用人というものを雇っていることがある。学院に通うのを機に一人で生活する者も居るのだが、そうでない者ももちろんいる。
使用人とは主人である貴族の側につき、身の回りの世話などを行ったりする者のことだ。生まれた頃からそんな者が側にいれば、そういったことができなくなる者が居てもしかたのないことだろう。故に、学院では生徒一人につき一人だけ使用人を付けることを許可している。
つまり、「自分は使用人だ」とレインハイトが言い張れば、シエルと一緒に魔法学院に入ることができるのだ。
シエルは使用人を雇ったことなどもちろん無いし、身の回りのことは一応独りでできるのだが、村を出る前に『そう言っておきなさい』とレインハイトはエリドに言われたのだった。
アリアは少々訝しげな顔をしたが、特に何か言うこともなく、レインハイトに頷いた。恐らく使用人にしては幼すぎるとでも思ったのだろう。
「わかりました。では二人共、付いて来て……ああ、荷物が邪魔でしたらそこの荷物置きに入れてもいいですよ。鍵もかかりますし」
二人の大荷物を見て流石にこのまま連れ歩くことに抵抗があったのか、アリアは近くの荷物置きを指さした。
レインハイトとシエルは素直に従い、大きな荷物を全て荷物置きにしまい込み、歩き出したアリアの背を追いかけた。
「今日はどうして人が居ないんですか?」
ただ黙って歩くのに耐えかねたレインハイトは、先頭を歩くアリアに話しかけた。学院の内部を歩いているはずなのだが、やはり人影が見当たらないのだ。
「今日は学院が休日なんです。寮がある棟の方に行けば生徒は居ますよ」
「そうだったんですか。えっと……アリア先生はどうしてあの時こちらに?」
「この学院は人が来るとわかるようになっているんです。魔法の技術を盗もうとする輩も居ますから」
なるほど。休日なのに正面入口に不審な人物が侵入したから見に来たというわけか、とレインハイトは納得した。
(侵入を察知する魔法か何かか? 興味深いな……)
魔法を使う才能がないとわかっていてもそういうことが気になってしまうレインハイトは、少々研究者気質なところがあるのかもしれない。
「少し待っていてください」
そう言うとアリアは木製の扉を開け、部屋に入っていく。
一分程度で部屋から出てきた彼女は、その手に数枚の紙を持っていた。
アリアは出てきた部屋の隣にある同じような部屋の扉を開け、中に誰も居ないのを確認すると、レインハイトとシエルを招き入れた。
「ではここに必要事項を記入してください。文字は書けますか?」
「う……文字……」
シエルはびっしりと文字が書かれた用紙を目にし、嫌そうに目を逸らした。
一応聞いてみたものの、アリアはシエルが文字を書けるとは期待していなかった。この反応も見慣れたものである。
この国で主に使われる言語であり、世界的にも普及しているダラム語は、魔法とも相性が良く、魔法を使えるものであれば誰しも使うことができる言語だ。一般庶民でも話せるものがほとんどである。
しかし、読み書きのできる者の数は少なく、必然的に識字率はかなり低い。
日常的に文字を使うことはなく、魔法を使う際も詠唱さえできれば問題なく発動できるため、業務上文字を扱わなければならないような仕事についてない限り、読み書きを覚えようと思うような物好きはなかなかいないのだ。
学院に入学する貴族たちもご多分に漏れず、文字を書けるものは少なかった。
そういった貴族たちと同じく、読めないであろう用紙と睨めっこするシエルを見かねたアリアが、「では私が代筆しましょうか」という決まり文句を言おうとしたその時、
「ほら、そこに名前を書いてくださいって書いてあるだろ?」
「え? レイン、文字が読めるの? ……シエル・フェアリードっと」
驚いたように横で見守るレインハイトを見上げたシエルは、アリアに渡された羽ペンにインクを付け、指示された場所にぎこちなく自分の名前を書いた。読み書きが苦手と言っても、流石に自分の名前くらいは書けるようだ。
「ふっ、読めるし書けるぜ。……次は年齢と……種族なんてのも書くのか。面白いな」
「十三歳……っと。レイン、長耳族ってどうやって書くの?」
「書いてやるよ。貸してみ」
用紙を見て楽しそうに呟くレインハイトの様子は、とても演技をしているようには見えない。どうやら本当に読み書きができるようだ。アリアは思わず感心せずにはいられなかった。
「読み書きができるなんて、レインハイトくんは優秀な使用人なんですね」
「そうですか? まあこのくらいは、シエルお嬢様の使用人として当然の嗜みですよ」
必要事項をスラスラと書き上げるレインハイトは、調子に乗ってそんなことを言い出した。口元にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「シエル、次は使える魔法の系統だってさ。……へえ、纏魔術も魔法の系統って扱いなのか」
纏魔術は魔力を使用した身体強化術であるため、厳密には魔法とは違うものだ。しかし、自然魔法にあまり突出した適正がなくとも、纏魔術の実力があれば魔法学院に入学できることもあるため、入学願書などの記入欄では纏魔も一応魔法のくくりに入っているのだ。
レインハイトが興味深そうに紙上の文字を黙読している一方、シエルは、レインハイトの「シエルお嬢様」という呼び方のなんとも言えない心地よさに浸っており、少し呆けていた。
「……シエル? ……聞いてた?」
「……うぇ? あ、えっと……自然魔法は、一応全属性の下級魔法が使えて、風属性は中級までかな。治癒魔法も下級は使えるよ。……あと、纏魔も少しだけなら……」
おかしな声を上げて我に返ったシエルは、手の指を折りながらレインハイトの問いに答えた。その仕草は子供っぽく、とても可愛らしい。
父であるエリドの指導のもと、シエルも以前からロイと同じように纏魔の修行を行ってきたため、兄やレインハイトと同じくらいとはいかないまでも、多少の心得はあるのだ。
「全属性の下級に風属性の中級ですか。それに治癒魔法に纏魔術まで……流石ですね」
「そうですか? ……えへへ」
アリアの賛辞に対し、シエルは照れたようにはにかんでみせた。レインハイトとは違い、可愛げのある反応である。
優秀(?)な使用人のサポートもあり、シエルとレインハイトは順調に用紙を書き上げていった。
「……よし、終わりました」
見直しを終えたレインハイトは、ほとんどの項目を自分が書いた書類をアリアに手渡した。
アリアは一通り目を通すと、「不備はないようです」と満足そうに頷き、書類を大切そうに封筒に仕舞い込む。
「では、これが部屋の鍵になります。空きがないので一人部屋しか用意できませんでしたが」
アリアは、銀色に輝く二つの細長い金属製の鍵をシエルに手渡した。王立アイオリア魔法学院は全寮制である。「部屋の鍵」とは、二人が住むことになる寮の部屋のことだろう。
因みに、アリアが渡した二つの鍵は別々の部屋のものというわけではなく、片方は合鍵である。レインハイトはシエルの使用人なので、当然部屋も一緒になるのだ。
(レインと……相部屋……!)
その事実に、ゴクリと大きく喉を鳴らすシエル。
一方、レインハイトはさして興味がなさそうだ。十月ほど一緒に住んでいたせいだろうか。
「シエルさんはこれから簡単な試験を行いますので、私に付いて来てください」
「はい。……あ、レインは先に部屋に行ってていいよ」
「了解。じゃあ荷物は運びこんでおくよ、行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
彼女たちの背中が曲がり角から消えるまでしっかりと見届けたレインハイトは、来た道を引き返し、二人分の荷物を回収したあと、自分達に割り当てられた部屋を目指した。
アリアに指示された通りに暫く歩き、最初に訪れた校舎を抜けると、その奥にもう一つの建物が現れた。壁面は白く、屋根は茶色い横長の建造物だ。かなり大きい。
これが恐らく寮というやつなのだろう。レインハイトは寮の扉を開け、中に入った。
入り口から見て右手の階段が男子、左手の階段が女子の寮と分けられているらしいのだが、レインハイトは迷わず女子寮の方へと進んだ。
部屋の主はあくまでシエルであり、レインハイトはそのおまけのようなものである。シエルと部屋が同じということは、必然的にレインハイトは女子寮に住むこととなるのだ。
少し気が重いが、我儘は言っていられない。レインハイトは早々に気持ちを切り替え、素早く女子寮へと続く階段を上がった。
アイオリア魔法学院の寮は六階建ての巨大なものであり、一階が食堂で、その他の二から六階は全て生徒が暮らす部屋になっているらしい。
幸い、二階にある自分達にあてがわれた部屋に着くまで誰とも会うことはなく、無事に到着することができた。レインハイトは鍵に魔力を流して錠を外し、部屋に入り込む。よくわからないが、鍵が錠に対応した特殊な作りになっているらしい。魔法によって第三者に鍵を開けられないための対策だそうだ。
「……結構広いな」
ベッドが一つしか無いことから見て、やはりアリアが言っていた通り一人部屋なのだろうが、その部屋は二人で住むとしても十分な広さを誇っていた。
部屋の隅に荷物を置き、レインハイトは今一度自分が住むこととなる部屋を見渡した。
床は無垢材を使った木製のフローリング。壁は白く、大きな窓も付いており、風通しも良さそうだ。調度品は最低限のものしか用意されていないが、部屋の奥には机と椅子が置いてあり、ここで読み書きすることもできるだろう。
生徒に貴族が多いせいなのか、部屋全体がかなり上等な作りになっているようだ。
レインハイトはベッドに腰掛け、静かに目を閉じた。
(俺はここで……強くなる)
レインハイトがシエルに付いて魔法学院に来た理由は、単に彼女が心配だったということだけではない。村を出た時までは、学院にまで付いて行くつもりはなかったのだ。
しかし、王都に到着した時点で、レインハイトには確固たる目的ができた。魔法学院に入り、己の腕を磨き、強くなるという目的だ。
あのヴィンセントという理不尽な男との戦闘により己の無力さをまざまざと感じさせられたレインハイトは、理不尽を振り撒くあの男ではなく、何よりも弱い自分を呪った。
ヴィンセントのような人間はきっとこの世界にはたくさんいる。彼よりも強く、理不尽な人間も必ず居るに違いないのだ。もしそのような者と対峙した時、己が弱いままでは、何も救うことができず、大切なものを失うことになる。
今回だって、運が良かっただけである。もしあの時、ティツィーとヴィンセントが二人がかりでレインハイトを片付けようとすれば、一瞬で亡きものとされていただろう。それほどの実力差が、確かにあったのだ。
だが、不思議とその事実を目の当たりにしたところで、世界の理不尽に屈する気は起きなかった。圧倒的な実力差があるのなら、その差を埋めればいいのだ。
この世界では、「力」と言えば魔法である。魔法こそが力なのだ。力をつけるのであれば、やはり魔法について色々と調べる必要があった。たとえ己が魔法を使えないのだとしても、魔法について理解を深めるというのは避けては通れない道である。
そこに魔法学院などというものが転がってきたのだ、このチャンスを逃す手はない。今後はシエルのサポートをしつつ、魔法の研究をし、自分を鍛えよう。そしてゆくゆくは、この学院の最強の座にまで登り詰めるのだ、とレインハイトは右手を力強く握り、決意した。
「……一人で何してるの?」
「うわっ! ……何だシエルか……脅かすなよ」
レインハイトが驚いて振り向くと、ジトッとした目をしたシエルが背後に立っていた。
一体いつの間に……と驚愕しつつ、恥ずかしい想像の最中に声をかけられた事によって激しくなった動悸を落ち着かせ、レインハイトは息を吐いた。
「……で、試験どうだった?」
「バッチリだったよ! アリア先生も褒めてくれた」
「ほー、そりゃ良かったな。お疲れ様」
得意そうに笑うシエルを軽く労い、レインハイトは立ち上がった。
「学校は二日後からだってさ。一緒に頑張ろうね、レイン」
「頑張るのは主にシエルだろ? ま、俺も頑張るけど」
レインハイトとシエルは顔を見合わせ、二人で笑い合った。
急に使用人になることになってしまったが、シエルともうまくやっていけそうだ。レインハイトはほっと胸をなでおろした。
流石に二人部屋になると聞いた時には文句を言われるかと心配だったのだが、今のところは特に気にしてはいないようだ。
「……今日はちょっと疲れたね」
僅かに目を伏せたシエルは、レインハイトの胸に頭を預けるようにもたれかかった。
エルフの村にいた時はこういったことはあまりしてこなかったのだが、村を出てからは、シエルはこうしてレインハイトに甘えることが多くなった。
レインハイトはそれを拒むことはせず、優しくシエルの頭を撫でる。
家族と離れたことによる寂しさ、ヴィンセントやティツィーとの戦闘、学院生活に対しての不安。シエルと数カ月過ごしたレインハイトには、少しではあるが彼女の気持ちが理解できるようになっていた。故に、彼女を拒む理由もなかった。
シエルが慰めて欲しいと望んでいるのであれば、自分はそれに応えてあげよう。そんな風に思えるようになった己の変化を少し意外に思いつつ、レインハイトは、シエルが満足するまで彼女の頭を撫で続けた。
「さてと、そろそろ暗くなってきたし飯にするか」
「ほんと? 私、外で食べたい!」
シエルが目をきらきらさせながら窓の外を指差した。魔法学院は割と街中にあるので、外に出ればすぐに商店の建ち並ぶ道へと出ることができる。
きっとそこには、王都アイオリアの名に恥じない数々の名店が軒を連ねており、食料を売っている店や料理を振る舞ってくれる店も間違いなくあるだろう。できることならば、レインハイトもそういった店に行ってみたくはあった。しかし、
「だーめ。予定より早く着いちゃったから、まだ食いもんが残ってるんだ。まずはこっちから先に処理していかないと」
予定の一日前に王都に着いてしまったので、多めに持ってきた食料がまだ少し残っていた。もちろん、中身は保存の効く塩漬けされた干し肉や、腸詰めされた肉などである。決してまずくはないのだが、やはり少々の物足りなさは否めない。
「えー、レインのけち」
流石に六日間も保存食ばかりでは飽きたのか、シエルは頬を膨らませ、唇を突き出した。
「我儘言うんじゃありません。お金だって多めにもらったとはいえ、節約していかないと……何が起こるかわからないからな」
「何かレインってお母さんみたい……」
失礼な物言いをするシエルは無視し、黙々と食事の準備を始めるレインハイト。
部屋の隅にあった簡素なテーブルの上に食事を用意し、レインハイトとシエルは早めの夕食をとった。
淡々と干し肉を咀嚼しながら、「温かいスープが飲みたい」などとレインハイトが贅沢な悩みに耽っていると、手を止めていたシエルが口を開いた。
「ごちそうさまでした……おやすみなさい」
食事が済んだのか、シエルは椅子から立ち上がり、ふらふらと歩き出すと、そのままベッドに倒れ込んだ。
「こらこら、食べ終わってからすぐ寝たらだめ……ってもう寝てるし……」
今日はいろいろあって疲れたのだろう。シエルは本当に一瞬で寝てしまったようだ。レインハイトは「仕方のないお嬢様だ」と呟き、靴を脱がしてやり、シエルの上に毛布をかけてやった。
思えばちゃんとした場所で寝るのは久しぶりである。旅の最中は硬い馬車の中で夜を明かすこととなり、満足に熟睡もできなかった。
それに比べ、今日はこんなふかふかの白いベッドで寝られるのだ。まさに天国、さぞかし気持ちよく熟睡できるに違いない。
レインハイトは食事の後片付けを終えると、わくわくしながらシエルの反対側からベッドに入り込んだ。
果たして、レインハイトの予想していた通り、そこは天国であった。
潮の如く押し寄せる睡魔に抵抗する間もなく、レインハイトは夢の世界へと誘われていった。




