番外編1 表の顔
授業が終わった。
軽い眠気とかったるさで、席を立つのが億劫になる。
とはいえ、放課後には予定があるため、そんなに悠長にもしていられない。
俺は蒼――水瀬蒼のもとへ寄っていった。
「帰るよー」
「めんどくせー。動くのだりー。布団入りたい」
「家に帰ってゆっくり寝なよ。ここで寝たら腰痛めるよ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
長いため息をつく蒼の腕を掴み、上へ引っ張り上げる。
そうでもしないと動かないからだ。
「帰るよー。俺、このあとバイトだから」
「先帰れよ。俺一人で帰るから」
「そんなことしたら、この場で寝るでしょ。先生に叱られるよ」
「……だるっ」
渋々席を立つ蒼。
隣では、葉月さん――葉月翠が心配そうにこちらを見ていた。
「いつもこんな感じだから大丈夫だよ。ゲームのしすぎで眠いだけだから」
「そっか、よかった。てっきり体調が悪いのかと」
「大丈夫。蒼は風邪ひかないから。ほら、なんちゃらは風邪をひかないって言うし」
「バカじゃねぇけど」
蒼は舌打ちをしながら、鞄を背負った。
「葉月さんは自習してから帰るんだね」
「うん。もう少しやっていこうかな」
「そっか。じゃあ、また明日。無理しないでね」
「うん、ありがとう。また明日。水瀬くんも、また明日」
「……あぁ、また明日」
隣の席の彼女に別れを告げ、俺たちは教室を出た。
あくびが止まらず、目をしょぼしょぼさせている蒼に、辛口のミントガムを手渡した。
それに気づいた蒼は何も言わず受け取り、口に放り込んだ。
「口の中だけ起きた気がする」
「頭と目も起きてほしいかなぁ」
「お前いるし、なんとかなるだろ。轢かれそうになったらよろしく」
「人任せも甚だしいね」
「今更」
高校からアルバイト先までは、歩いて五分程度。
学校から直接向かいやすいという理由で、ここを選んだ。
元々、人当たりはいい方だと自覚している。
そのおかげかアルバイトの面接もすんなり通り、数日後にはバイトデビューを果たしていた。
業務内容は、カフェのホールスタッフ。
ホール業務とドリンク作りが主な仕事だ。
ドリンクの作り方は、一通り覚えた。
週に三回くらい入っているので、自然と身についたのだと思う。
今では、頭で考えるより先に身体が動くようになった。
ホールでは、お客さまが食べ終えたあとの食器を下げるバッシングと、呼び出しへの対応がメインになる。
各席には注文用のタブレットが置かれていて、そこから注文が入ることがほとんどなので、その点はだいぶ楽だった。
蒼にも一度、バイトをやらないかと誘ったことがある。
けれど、人前に出るのが苦手なのと、ゲームの時間を削りたくないという理由で断られた。
確かに、人付き合いが得意なタイプでもない。
仮に一緒に働き始めたとしても、すぐに辞めてしまっていたかもしれない。
「今日のバイト、何時まで?」
「今日は二十時。テスト期間は入らないか、入っても数回の予定だから、今のうちに稼がなきゃね」
「ほーん。大変だな」
「慣れるとそうでもないけどね。クレーム対応は頭使うけど」
「俺、絶対無理」
「蒼は面倒くささがすぐ顔に出そう」
「だりーもん」
「そろそろ大人にならないとね」
「嫌」
そんなこんなでバイト先にたどり着いたので、彼とはここでお別れだ。
「じゃ、また明日」
「あいよ」
蒼はそのまま、すたすたと帰路についた。
それを見送り、俺はバイト先の裏口へ向かう。
さて。
切り替え、切り替えっと。
口角を上げ、喉を整える。
一度深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけた。
「おつかれさまでーす」
今日もまた、完璧な『表の顔』を作り上げる。
人生は、要領よく溶け込むことが大切だと知っているから。
そうして俺はまた、戦場へ足を踏み入れた。




