プロローグ
文庫本1冊相当、35話分で綺麗に終わります。
ダークな異能力バトル物ですが、気軽に読んでいただけると幸いです。
「先生、俺決めた。転職するわ」
これは俺の決意だ。否定なんてさせないぞ。
「ヒーローなんてさっさとやめて、マンハッタンでドッグ・ウォーカーになろうと思う」
俺のヒーローの先生&養親――日幸サガリ(27歳、独り身)は、じとーと俺を見て大きくため息をついた。
「アラスカでオーロラハンターの次はドッグ・ウォーカーか? てかドッグ・ウォーカーってなんだよ」
「金持ちの飼い犬を散歩する仕事」
「おら」
「いでぇっ!」
声とは釣り合わない強烈なチョップを頭に叩き込まれ蹲る俺を、まるでゴミを見るような目で見降ろしてきた。そんなに惨めか。
「デパート占拠した《踊るピエロ》共をついさっき殲滅したヒーローの言うセリフじゃねーぞ」
「やったのは先生だろ」
「アタシとあんたの二人、だろ?」
冗談きついって。先生が一人いればヴィランなんて手も足も出ずに殲滅される。馬鹿馬鹿しくなるくらい強い人なんだ、この人は。
「一応聞くが、どーしてヒーロー辞めたいんだ?」
「ぶっちゃけると、赤の他人のために痛い思いするのも死にそうになるのも嫌なんだよ」
「ぶっちゃけすぎだ。驚くべき程にヒーローの素質ねえぞこいつ」
だから言ってるんだ。
すると先生は胡散臭く笑顔を浮かべて肩を組んできた。
「んなこと言うなって。ほらガク、七歳んとき授業参観で将来の夢はなんつったか思い出せって」
記憶が正しければ、『日幸先生のようなかっこいいヒーローになることです』なんてバカ真面目に言ったっけ。
「戦う以外からっきしの27独身ヘビスモになんて誰がなりたいんだよ」
「あ? グーだな、グー出るぞ、出していいんだな?」
先生はガキ大将みたく俺の頬に拳を押し付けてくる。
孤児だった六つの俺を養子として育ててくれた先生とはすでに八年くらいの付き合いになる。世間では英雄だのトップヒーローだの持ち上げられちゃいるが、俺からしてみれば年の離れたうざい姉貴だ。
「なんつーか、肩の力ふにゃふにゃなのはガクのいいところだけど、もうちっと何かに全力になったほうがいいんじゃねえか? 人生は楽しむためにあんだよ」
先生はにしーっと歯を見せて笑って見せた。
「楽しくないから辞めたいんだって」
「犬っころ散歩するだけの仕事して人生何が楽しいんだよ」
ドック・ウォーカーの方々に謝れ。
「ほら考えて見ろ。あんたはヒーローやってて楽しい、嬉しいって感じたこと一回くらいあるだろ?」
正直、楽しいと感じる瞬間はある。
ただそれはきっと一般的にヒーローが感じる幸福とは異なるだろう。助けた人に感謝されたとか、クソみたいなヴィランを成敗できたとか、そんな瞬間ではない。もっと身近に転がってるこじんまりした、俺だけ感じることのできる時間に対してだろう。
だが、それを先生に直接言うのは気恥ずかしくて黙り込んでいると先生は見透かしたようににやにや笑った。
「ほ~ら、はいお前は腐れ口叩きながらもヒーロー続けまーす。アタシが保証しまーす。九十九ガクっていうクソガキはそういう奴だぜ」
がははは、と豪快に笑った。うざい。
先生は笑いながら胸ポケットから煙草を取り出して咥えると、「はふ(ガク)、ひ(火)」と指図しきた。
「はぁ、ガキの前で堂々と吸うなって……【灯】」
唱えた瞬間俺の人差し指から小さな炎がぽっと出て、煙草に火をつける。煙草は匂いも健康面でも好きではないし吸いたいとも思わないが、この行為だけは嫌いじゃない。
先生はぷかーと煙を吐き出して歩き出す。
「じゃあさ、ちょっとずつその『楽しい』を育てていこうぜ。ガクは大人ぶってすかしてる時より、年相応に笑ってる時のが可愛いんだから」
向日葵みたいに笑う先生を見て、頬が緩むのを必死に隠す。
俺の楽しいは――先生の隣にいるこの時間なのだろう。
痛くてもいい。死にそうになってもいい。人に感謝されなくても悪党を倒せなくてもいい。ただ、先生と一緒に居るこの時間が、多分俺は楽しいと感じている。
それだけで、俺がヒーローを続ける理由足り得る。それだけでいいと本気で考えていた。
それから少し経って、先生は死んで。
彼女の奪われた『四肢』を探す鬼と化した俺は、ヒーローを辞めた。




