初夏に照らされ
カラオケは気持ちよく終わり、やることもなくなった。
軽音楽部に入るのは確定だが、まだ入部届の期日ではなく、正式に入部できないからだ。
四月十四日。
私は今日もまた自転車をこいだ。
天気は曇り。まだ四月だというのに蒸し暑く、雲から顔を出す太陽はアスファルトを焦がす。
汗をかきながら背負ったギター。顧問曰く、
『まだ正式に入部してないけどダメとか言われてないから持ってきていいよ』
とのこと。
ちなみに、その後先輩にギターや軽音部について教えてもらったが、ギターを借りてすぐ先生は職員会議に遅刻ということで呼び出しを食らっていた。
学校について、靴を履き替え、階段を上り、教室の隅にギターを置いた。
そして今日が初めての授業。何が始まるのだろうか、ワクワクする。
「初夏」と言うにはまだ早い。しかし、どうも気温がそれを言わせるのだ。
やっと始まる授業たち、その裏で、静かに時は過ぎていく、友人も自分も気づかず大人へなっていく。
夢をあきらめないといけない時が来るのだろう。でも、そんなときに、みんなといるのなら、私はそれでいいかな。「気が付かない」それは、小さなようで大きなこと。今も昔も、この先も。きっと変わらぬ違和感を感じていかなくてはならないのだ。
私たちが望むのは、笑顔しかない世界。みんな、他人を分かり合えるような、そんな世界。意味の分からない歌詞がはやっているこの国で、また歴史を動かそう。
「おっはー!」
「あ、朝日、おはよ」
飛びついたのにつまらない反応をした奏は、静かにポケットからスマホを取り出した。
「ところで、朝日これ知ってる?」
魅せられた画面に映ったのはアーティストだった。名を「終末病棟」ボーカロイドプロデューサー、そしてシンガーソングライターだそう。
そういえば、姉も聞いていた気がする。どうやらその「終末病棟」という方は大人気なようだ。
「知らない。どんな人? どんなジャンル?」
首を傾げる朝日に、奏は優しく説明した。
「オールジャンル。というべきかな。チルっぽいのからロックまで。多くの曲を作り上げる天才」
「そうなんだ……って登録者2000万?!」
「うん。もうすぐワールドツアーもするんだって」
「そ、そうなんだ……奏はなんて曲が好きなの?」
「うーん、選べないけど『偽物ノ小鳥』って曲かな。有名になる前の曲」
いつも通り、静かな奏は少し間を開けた後に理由を答えた。朝日は、それを意外と真面目に聞いていた。
彼女の「終末病棟」への愛は強く、途絶えることなく、ホームルームまでの12分。きっちりと説明を続けた。
そんな彼女の話は朝日の心に深く残った。
「次は体育館で新入生歓迎会です。13:30からなので、25分くらいには整列していてください。では、初めてのお昼を楽しんで!」
先生の話も聞かず、「終末病棟」について考えていた。
放課後のこと。
部活動体験はこの日はなく、ただまっすぐ家に帰るだけだった。
でもどうしても、その人が気になった。どのような活動か。
自転車を降りた。
スマホを取り出して、ミュージックアプリを展開。検索欄に、「偽物ノ小鳥」と入力。イヤホンを接続し再生。
流れた音楽は、メタルだけれどクリーンで、だれにも作れないような曲だった。
さらにさかのぼると、何十もの曲があった。でも、検索エンジンにかけても、数件しかヒットしない。
何十万と、何百万と登録者を抱えているのに、それなのに誰も聞かない。
確かに、曲としては未完成のまま不自然で、ただ無理やりメロディを作って、つなげて、ぶっ壊して。
その繰り返し。
でもこの曲たちと、偽物ノ小鳥には共通点があった。
それは……
「んでさー、そこであいつがさー」
「えーマジー?」
「てか何あの子。中二病?」
「アハハ、ウケる。やめなってー」
通りすがりの生徒が、私を笑う。
イヤホンして、立ち止まっていただけなのに。
そう、この感情。辛くて苦しくて、胸がはじけ飛びそうだけれど、何も言い返せずただ止まることしかできない感情。
それを、この曲には感じるとともに、この曲を最後に感情にまみれた曲はない。
でも皆はそんな曲が好きなのだ。
私を笑った彼女らのように、人をなくしても幸せになれるんだ。みんな。みんなそうなんだ、きっとこんなの、私だけなんだ。
そう思うと、涙があふれた。手をダムのようにしてもあふれた。
少女らの言う「中二病」に近づいた気がした。不思議と、悪い気はしなかった。
それはきっと、この春の風が優しく髪を撫でたから。
あの夕日が、追わなくてはならないと思わせてきたから。
ただ。そんな気がしたから。
それだけで私は笑顔になれた。
それがあったから。私は大丈夫。
「……大丈夫」
「……朝日?」
「ひゃ?! 奏?」
「よっすー。かわいい奏ちゃんでーす」
「なんでここに? 先行ったと思ってた」
「いろいろとあったからね。遅れちゃって」
「そっか」
納得して、前を向いて歩き出した。
彼女が雨を知らないといいな。




