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黙々とした毎晩です!


「……」


 夫となったイドラ・ギュンター公爵は、お屋敷にほとんどいらっしゃらない方だった。


 まぁ、それも当然だろう。

 新王朝は始まったばかり。皇帝陛下の足場固めはもちろん、やらなければならないことは多くあって、その上、ステラの村が滅びることになった隣国との戦争だって……休戦しているだけで、終戦したわけじゃない。


 皇帝が変わってドルツィアがどう出るかを見定められている時期に、宰相であるギュンター公爵が新婚生活を満喫できるわけがない。


「してもらわないと困るんですが……!!」


 私は今夜も「先に寝ているように」と短い文を寄越した公爵閣下に文句を言いたかった。


 せめて「夕食には間に合わない」とか、そういう一文を前に持ってきてもいいのではないだろうか。ハナっからこちらと一緒に食事をとる予定はなく、私に妻として待っている必要はないと……義務的に告げてくるだけだ。


 もういっそわざわざお使いを寄越さなくてもよくないか?

 朝食は一緒に取るのだから、その時に言っておけばよくないか?


 毎日来る伝令のお兄さんが気の毒になってきた。


 しかし私は暗殺計画をあきらめない。

 というか、死神公爵様に死んでいただかないと……もしかして、私は一生この……公爵家のお屋敷ですごすことになるのではないか。あ、いや、その前に原作通りなら二年後くらいに公爵様はお亡くなりになるのだが……。


「思い出した!!!!!!反逆罪!!!!!!!!」


 あぁああぁああ、と、私は顔を覆う。


 原作の死神公爵様の死因……!国家反逆罪!!


 横領とか領地関係とかではない。

 原作では……イドラ・ギュンター公爵は、なぜか自分が王位につけた皇帝の暗殺を試みるのだ。


 結果失敗して、公爵閣下は処刑される。

 

 つまり……私が殺す前に原作通りに殺されてしまうと私はただの未亡人、ではなく……反逆者の妻……!!


 まずいのでは??


 原作のギュンター公爵に奥さんはいなかった、はずである。

 なので彼は処刑されるときに一人きりだった描写があったと思う。なぜ国家反逆罪など犯したのか……何をしたのかは思い出せないが……。


「……わ、私が……先にやらないと」


 私が暗殺できたら陛下はうまく隠ぺいしてくれるはず。

 もしかしたら陛下も、いずれギュンター公爵が裏切るとわかっていて、私に暗殺を命じられたのかもしれない。つまりこれは……正当防衛?違うかも……。


 しかし私はぎゅっと目をつぶり、ぱしん、と自分のほほを叩く。


「寝てる場合じゃない!」


 私は呼び鈴を鳴らしてミュンゼ夫人を呼んだ。





「おかえりなさい、公爵様」

「…………遅くなると、あれは伝えなかったのか」


 シンデレラが門限破りで全裸になるだろう時間に、きっちりと乱れ一つない黒髪をなでつけ、ぴっしりと軍服を着こんだままの公爵様が帰宅された。


 私はすっかり明かりを落とした公爵家の玄関ホールに長椅子とお茶のセットを用意してもらって待っていた。本は二冊ほど読み終えて、今はランプの明かりを頼りに刺繍なぞしている。


 帰ってきた公爵は出迎えた執事と会話をしてから私に近づき、眉間にしわを寄せる。あれとは伝令のお兄さんのことだろう。


「私を待つ必要はない」


 私の所為で伝令のお兄さんが職務怠慢を疑われ気の毒なので、私は微笑んで「聞いておりますけど、わたくしが起きているのは刺繍をするためですので」と答えた。


「……明るいうちにやりなさい。それにこんなところでは体を冷やす」

「ここの人たちはみんな親切にしてくださっていますのよ。わたくしがここで刺繍をしたいとお願いしたら、寒くないようにとたっぷり石を入れた壺を用意してくださいましたし、毛布も毛皮も、足元には絨毯だってありますわ」

「……」

 

 どこからどう見ても、今の私はぬくぬくと温かい、冷感対策ばっちりだ。なんなら暑いくらいである。

 だというのに公爵様は私が凍え死ぬと信じていらっしゃるのか。国のトップを挿げ替えることすらできた宰相様とは思えない。


「失礼します」

「……」


 私がどれほど「暖かいですけど?」と言っても信じてくれない顔なので、私は公爵様の手を取った。手袋をしていたのに氷のように冷たい手を握ると、公爵様が目を細める。まぁ、振り払われないのでいいだろうと、私はそのまま手を自分の頬に寄せた。


「温かいでしょう?わたくしより、公爵様の方が氷のようですわ」

「……なるほど」


 パッと、手を払われた。


 ッチ……さすがにまだ警戒心を解いてくれないか……なので夫婦の時間が必要なのだが……朝食タイムしかないのが本当に難しい……。


 そのままスタスタと行ってしまう公爵様のあとを追いかける。


「公爵様」

「……」

「今日は一緒に休んでくださいますか」

「…………少し書斎で仕上げる書類がある。先に休んで、」

「わかりました、書斎ですね」


 ぱちん、と私が指を鳴らすと、夜勤スタッフのメイドさんたちが「承知しました!」と大変手際よく……私の「旦那様スタンバイセット」を書斎へ移動してくださる。


「…………随分と、この屋敷に馴染んだようですな」

「一人で過ごすより皆さんと一緒にいる方が楽しいので。日中は一緒にお料理したり、花の手入れをしたりしています」

「報告は受けている。怪我のないように」


 ……普通ここは、その私の手料理に興味を示すとか、育てた花の種類を聞くとか、社交辞令でも何か言うべきではないのか?


 しかし背中は完全拒絶。

 無駄口をたたく気はないと一切合切、私に対してのATフィールドが解除されないどころか強化されてしまっている気がする。


 こんなにけなげで可愛い新妻の何が不満なのか?


 殺意がちょっと漏れてしまっているからとかか?


「……」


 私はちょっとした出来心で、くいっと……公爵様の服の端を引っ張った。


 階段の途中。スタスタ行く公爵様。

 背の高い男性で、私の力ではびくともしないなどわかりきったことだ。けれど引っ張られてびっくりしないかと、ちょっとしたいたずらでそう思って行った。


「!!」

「え……」


 くいっと、引っ張った一瞬後。


「……え?」

「……」


 私はいつの間にか腕を掴まれて、公爵様に抱きしめられていた。


「……」


 ドッドッドドドド、と、心臓の音。


「……」

 

 私のもの、だけではない。


「あ、あの……」

「……怪我はないかね」

「……」


 …………。


 あ!


 私は質問の理由がわかった。


 階段から落ちそうになった、ので、私が反射的に公爵様の服を引っ張ったと思ったのだ!


 慌てて、助けようとしてくれたのか。


「あ、はい。あの……ありがとうございます」

「……このように、夜は足元が暗くなる。――今後は一階で私を待たないように。無論、夜に玄関ホールで刺繍をすることも止めなさい」

「……」


 私が落ちると慌ててくれた動揺は一瞬で過ぎ去ったようだった。すぐにスン、といつもと変わらないご様子で淡々と私に指示を出す。


 ……抱きしめられたそのまま、体の力を抜いて階段から一緒に落ちたらよかったのでは、と私が気付いたのは「念のためミュンゼ夫人に足をよく見てもらいなさい」と言われて寝室で検査を受けている時だった。




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