粛々とした初夜です!
「君は先に休んでいなさい」
「え?」
「私は今日中に済ませなければならない仕事があり、書斎に行く。何かあればミュンゼ夫人を呼ぶように」
「……はい?」
豪華絢爛な、皇帝陛下が指揮を取る異例の結婚式が終わって数時間後。
私はまさかの……初夜に一人、寝室に取り残される花嫁となった。
「…………絶好の暗殺チャンスが!」
参謀、宰相、文官肌とはいえイドラ・ギュンター公爵は軍人だ。
女の非力な力でどうこうできるとは思えない。
そんな私にとって、どんな男でも浮つくだろう花嫁との初夜は……!!考えられる限り最高の暗殺タイムだった……!!のに!!
「なぜ……どうして…………何が不満なの、イドラ・ギュンター……!」
私は薄暗い寝室にぼっちになり、鏡の前に自分の姿を写してはぶつぶつと独り言を呟く。
純白のネグリジェに金の髪はゆるく解かれ、美の女神のよう。
“ルーナ”のこの姿を見たがった若い男性がどれほどいるだろうか。
だというのに……!あの死神公爵……!!!!!
ウェディングドレス姿のルーナを見たときもそうだったが、眉一つ動かさない!!
噂通り、死神公爵には感情などないのでは?
「……警戒されてる、のかしら?」
冷静になって考えてみて、私は少し納得もいった。
私は旧王朝の忌み子だ。死神公爵に嫁ぐことで旧時代の人間たちへのけん制や何やら、政治的役割は大きい……と思う。けれど、それはそれとして、私が噂のデスノート、じゃなかった、死神公爵のメモ帳を盗って反皇帝派閥に駆け込む……とか、そういうことを警戒されているのではないか。
だから裸にならないのでは?
初夜と言えば裸になるものだと聞いている。
寒くないのかと、伯爵家の令嬢二人に聞いた時は不思議に思ったが、貴族の家なのだから寒いはずがないと二人は笑っていた。
「つまり……北風と太陽みたいなものかしら?」
私は彼を裸にして無防備にしたい。が、彼は手帳を奪われると警戒して脱がない。のだろう。
「……よし!」
私は呼び鈴を鳴らして私の世話をしてくれるというミュンゼ夫人を呼んだ。
ミュンゼ夫人はとても感じのよい中年女性で、執事のボルドさんと夫婦だと顔合わせの時に教えてもらった。
「はい、奥様」
「遅い時間にごめんなさい」
「いいえ、いいえ。よろしいのですよ。始まる前にちょっとした女同士のおしゃべるが必要だと思っておりました。奥様はまだお若い方ですものね。えぇ、今晩は奥様にとって大切なよ……………………………旦那様は????」
「それが……その。お仕事があるみたいで」
「…………」
くわっと、ミュンゼ夫人が目を見開いた。
「なんですって!?お仕事……!?この大事な夜に…………花嫁である奥様をかわいがる以上に優先することなど……この国にあるとでもいうのですか!!!!!!!!!!」
「え、えぇ……えぇっと。あるんじゃ、ないかしら?」
「あるもんですか!皇帝陛下が変わろうと変わらず太陽が昇ってくるこの国ですよ!」
王位簒奪を経た国民は大変性根が強い。
妙なことに感心していると、今度はワッ、と夫人が泣き始めた。
「なんてことでしょう……!あの旦那様が……あの、他人に全く興味がなくて……うちの息子の焦げたパンを朝食に出しても全く顔色一つ変えない人間味のない旦那様が……ついに人間のようなことを……こんなに綺麗なお嬢さんを奥様に迎えるなんて奇跡が……すべて台無しじゃありませんか!!!!!」
「お、落ち着いて……」
「うぅ、うぅうう……あぁ、奥様、奥様……どうかこのお屋敷を出ていかないでくださいませ……奥様がいらっしゃると聞いて、私共はやっと……やっと……「あぁ」とか「よろしい」以外を話すお方にお仕えできると思って……!!」
大丈夫かこの公爵家。
貴族が使用人を人間扱いしない、という話も聞いたことがあるし、伯爵家は実際そういう所があったが……主人が人間扱いされていないパターンは初めて聞く。
ミュンゼ夫人はめそめそと泣いていたが、暫くして私が用があって自分を呼んだのだということを思い出してくれた。
「……えぇ、それでね。お願いがあるんだけど……その。公爵様はお仕事で書斎に籠られるようだから……その、しょ、初夜なのに……夫婦が別々の場所で過ごすのはよくないと思うの」
「それはそうですとも!」
「だから、温かい毛布とスープを用意してくれないかしら?書斎には公爵様が使っていらっしゃる椅子があると思うんだけど、私が座れる椅子はある?」
夫人は私が何をしたいのか察してくださった。
うるうると、夫人の瞳に涙が浮かぶ。
「なんてけなげな奥様でしょう……!」
夫人の中では、私は初夜をすっぽかされたがそれでも夫の傍にいたいいじらしい花嫁になった。
私はにっこりと微笑んで、夫人の想像したいままにさせる。
どちらかと言えば「怖いくないですよ~~警戒しないでください~~」というアピールのためなのだが、まぁいいだろう。
*
「……休むように言ったはずだが」
「その、申し訳ございません…………一人では眠れなくて」
用意してもらったスープをお盆に乗せて、私が書斎に姿を現すとイドラ・ギュンター公爵は不快げに眉を動かした。
「……添い寝をしろとでも?」
「一緒にいてもいいでしょうか?お邪魔はしません。本を読んでいますから」
「……」
私が邪魔にならないアピールにぎゅっと身を小さくすると、公爵閣下は目を細めた。
「この書斎は広い。君一人が居座ったところで狭くなりはしない」
「はい……もちろん、わかっています」
「いつまでそこにいるのかね」
出ていけということだろうか。
私が「太陽作戦失敗!?」と狼狽えた顔をしてしまうと、公爵閣下は軽く首を振る。
「こちらに来なさい。そこでは体を冷やすだろう。なぜそんなに薄着を?」
「初夜だからですが」
「…………意味がわかっているのかね」
初夜はこういう格好をするものだということなら、年頃の娘はみんな知っていることだ。そんなに物を知らないと思われているのだろうか。私がむっと唇を尖らせると、公爵閣下は溜息を吐いた。
「その手に持っている毛布を使いなさい。二枚あるのなら肩と足にかけるように。私にだと?不要だ。君は私が君よりも寒さに弱い男だと思うのか」
……思ったより、公爵様はよくしゃべる方のようだ。
ミュンゼ夫人は「あぁ」とかしか言わないとおしゃっていたけれど……私があんまりにも察しが悪いから仕方なく口を開いているのかもしれない。
……ちょっと馬鹿なふりをした方が気が引けるってことかしら?
それならそんなに難しくなさそうで、私は「太陽作戦続行!」と心の中で叫んだ。




