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刻まれた傷痕

「刃様、ヴィクトリア様。合流できて光栄です」


人混みを割り、音もなく現れたのは、銀髪を揺らし無表情のまま深々と頭を下げるシオン(美園ねねちゃん似)だった。


相変わらず、メイド服の胸元がはち切れんばかりに主張を激しくしているが、今は街の喧騒の方が勝っている。


「……おう、シオン。お前もこの騒ぎを聞いたのか?」 


「はい」


ヴィクトリアは苦笑いしながらも、


「今日は祝いの日だ。少し歩こう」と、俺たちを促した。


街はどこもかしこも黄金色の旗が振られ、香ばしい肉の匂いが漂っている。


3人で出店を食べ歩き、だいぶお腹も膨れてきた。

次で最後の1件にしようと串焼き屋を目指す事になった。


「ほら、刃。ここの串焼きは絶品だぞ」


ヴィクトリアが屋台で買った串焼きを俺に差し出す。


脂の乗った肉を頬張ると、スパイスの刺激が鼻を抜け、昨夜のカレーに負けない快楽が口いっぱいに広がった。


「うめえ……! シオン、お前も食うか?」


俺が串を差し出した、その時だった。


「…………ッ!?」


シオンの体が、目に見えて強張った。


手に持っていたはずの串が地面に落ち、彼女の視線はある一点――路地裏の影に立つ、怪しげな外套を着た男に釘付けになっている。


「シオン? どうした?」


「はっ……ひゅっ、は……ぁ……っ」


シオンの顔から血の気が引き、その豊かな胸元が激しく上下し始めた。


過呼吸だ。


あの冷静沈着なシオンが、ガタガタと震え、俺の袖を必死に掴んでいる。


「おい、しっかりしろ! ヴィクトリア、そこの食堂に入るぞ!」



「……落ち着いたか?」


王都の隅にある食堂。


水を数杯飲み干し、ようやく呼吸を整えたシオンが、俯いたまま静かに口を開いた。


あの冷静沈着な彼女が、いまだに指先をわずかに震わせている。


「シオン、無理に話さなくてもいいんだぞ」


俺がそう声をかけるが、シオンはゆっくりと首を振った。


「いいえ。刃様には……私の過去を知っておいていただきたいのです」


シオンは遠くを見るような目で、淡々と、だが残酷なほど詳細に過去を語り始めた。


「……先ほど、屋台で串焼きを買った際、人混みの隙間に見えたのです。あの男……マルキス連邦の裏社会で、私を『商品』として管理していた男を。刃様とヴィクトリア様は、お祭り騒ぎに夢中で気づかれなかったでしょうが、私の目と身体は、あの忌まわしい存在を瞬時に識別してしまいました」


シオンは自分の豊かな胸元を、掻きむしるように強く押さえた。


「私はマルキス連邦の貧民街で生まれました。生活は苦しかったですが、両親を愛していました。……ですが、12歳を過ぎた頃、私の身体に『異変』が起きたのです。異常なまでの、胸の発達……」


「……12歳で、そんなに?」


俺の問いに、シオンは無機質に頷く。


「あまりに早熟で、あまりに扇情的なその肉体は、貧しさに喘ぐ両親の目に『愛娘』ではなく『金貨の袋』として映りました。ある夜、私は眠っている間に縛り上げられ、人身売買組織へと引き渡されたのです。売却価格は、金貨50枚。それが実の親がつけた、私の価値でした」


「……っ、クソッタレが……!」


俺はテーブルの下で拳を硬く握りしめた。


「連れて行かれたのは、窓一つない地下の『教育施設』でした。そこには私と同じように売られてきた少女たちが大勢いましたが、私は『最高級の苗床候補』として、あの男が管理する特別室に入れられました。そこから数年間、私は地獄を見ました」


シオンの瞳が、凍りついたように動かなくなる。


「朝から晩まで、男を悦ばせるための『技術』だけを叩き込まれました。指の動かし方、舌の使い方、腰の振り方……。さらには、媚薬を常用させられ、強制的に感度を上げられる処置も受けました。……実技こそ、処女の価値を守るために競り当日まで禁じられていましたが、器具を使った訓練は毎日欠かさず行われました。私は……心よりも先に、身体を『快楽の奴隷』として造り替えられたのです」


「……そんな、ことが……」


ヴィクトリアが、絞り出すような声で絶句する。


騎士として生きてきた彼女には、想像を絶する卑劣な世界。


「競りの当日。私は首輪を嵌められ、全裸で檻に入れられて壇上に立たされました。下卑た笑いを浮かべる男たちが、私の身体を品定めし、値を吊り上げる。……絶望で舌を噛み切ろうとしたその瞬間でした。リリアン様が密かに放っていた近衛兵たちが、その会場を包囲したのは」


シオンの無機質だった声に、わずかな熱が宿る。


「リリアン様は、他国で増え続ける人身売買の噂を独自にキャッチし、密偵を使って会場を特定していたのです。救い出された私に、リリアン様はご自分の羽織っていたマントをかけてくださいました。『もう大丈夫、あなたは今日から、私の誇り高い侍女よ』と……」


そこまで一気に話すと、シオンは再び静寂に戻った。


「……先ほどあの男を見かけ、過去の『屈辱』を思い出してしまいましたが、今の私は、……リリアン様のものです」


「…………」


俺の視界は、すでに涙でぐちゃぐちゃだった。


「最高級の苗床」なんて言葉で片付けられない、彼女が背負わされたあまりに重い傷。


「う、うぉぉぉおぉん……っ! シオン、お前、お前なぁ……っ!!」


俺は立ち上がり、周囲の目も構わず、シオンをその胸に強く抱きしめた。


伝わってくる彼女の体温と、かすかな震え。


「辛かったな……! もう、誰も、お前を道具になんてさせねえ! お前のその技術も、過去も、全部俺が受け止めてやる……! 」


「刃様……」


刃の熱い涙が、シオンのメイド服の肩を濡らしていく。


ヴィクトリアもまた、テーブルを叩いて涙を堪えていた。


「……リリアン様に感謝だな。……シオン、貴殿の忠誠の理由、しかと聞き届けた。貴殿もまた、我が国が守るべき大切な一員だ」


シオンは俺の胸の中で、初めて、ほんの少しだけ、幼い子供のように目を細めた。

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