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事故物件ガール6

『その子アンタに気があるわね』

「ないでしょ絶対」

『好きでもないバイトの子にチロルチョコあげる?物で釣ろうって魂胆が見え見えよ、食い意地が顔に出てるアンタにはてきめんじゃない』

「相変わらず妄想逞しいなー」

バイトの休日、私はどこへも行かず部屋で寛いでいた。電話相手は叔母さん。彼女には事故物件で体験した出来事や、謎の花束の存在も報告している。現状アドバイスを仰げる相手が他にいないのだ。

『で、霊現象の方はその後どうなの。進展ないならその子にボディガードに来てもらえば』

「おばさんさー、話聞いてないの?もし花束おいてったのがあの子なら、前の人は元カノ……って事になるじゃん。キミの元カノが化けて出て迷惑してるからボディガードお願いって、どんだけ血も涙もない無神経よって話よ」

元カノのあとに一呼吸間があく。

鋭いおばさんはそれを見逃さない。

『実は本気でときめいてたりする?』

「ただのバイト先のお客さん、しかも現役高校生にそれはない絶対」

『離れてるったって10歳位でしょ?余裕余裕』

「簡単に言うけどね……」

肩を竦めてぼやいた時、窓の向こうで物音がする。なんだろ。

「ごめんまたかけ直す」

『ちょっと南、』

通話を一方的に切ってベランダに出、眼下の光景に息をのむ。川べりの道で若い男性が暴れている。正確には、例の花束をめちゃくちゃに蹴り付けてるじゃないか。

「なにしてんの!!」

矢も楯もたまらずドアを飛び出して階段を駆け下りる。脳裏を過ぎるイケメン君のはにかみ、レジに花束をさしだす姿……

花束はあれから絶えることなく、週一ごとに新しい物と取り換えられている。

それは彼がバイト先に来る日と被っている。

花束を買った足で直接手向けにきてるなら、バイト中の私がその瞬間を目撃するのはまず叶わない。

「はあっ、はあっ、はあっ」

花束を手向けてるのが彼かどうかわかんないし、前の人の為に手向けたかどうかすらわかんないけど、あんなの見ちゃったらほうっておけない。

「やめて!!」

アパート前の道に踊り出し、通行人の度肝を抜く大声で制止する。花束を蹴り飛ばし、地面で踏みしだいた男が振り向き、「あァん?」と胡乱げにこっちを見る。

「アンタ誰」

「このアパートの住人よ」

「俺もだよ」

「えっ」

思いがけぬ返しに凍り付き、傍らのアパートを仰ぐ。

「そうなの?全然知らなかった」

無理もない、いまどきはアパートの住民同士の付き合いも希薄なのだ。現に隣に住んでる人ともすれ違った事がない。

「あーいや、それはともかく……なんで花束めちゃくちゃにしてんの、お供え物でしょ」

「目障りだからだよ」

「意味わかんない……鳥よけの目玉とかならまだ共感の余地あるけど、花なんてどこにでも生えてるでしょ。別に誰の迷惑にもならないし、ほっときゃいいじゃない。ベランダに出なきゃ気付かない」

男が忌々しげに舌打ちする。

「アイツの知り合い?」

「アイツって……ひょっとして私の前に住んでた?」

「ンなの知らねえよ、会った事もねえ。アイツったらアイツだよ、こっちを犯人扱いして怒鳴りこんできやがったガキ」

意外な暴露に思考停止。

「待って、何それ……どういうこと」

「301に住んでた女がべランダで転んで死んだ後、ソイツの知り合いだって高校生が、アパートの部屋を一軒一軒訪ねて回ったんだよ。生前に暗証番号聞いてたとかで、勝手にオートロック解除してよ……思い出しても胸糞ワリィ、寝入りばな起こされて最悪だった。そっこー叩きだしてやったが、今でも当て付けがましいまねしやがって」

あの子、そんなことまでしてたの?

レジでの穏やかな印象を塗り替える過激な一面に、なかなか想像が追い付かない。

「何か知らねえか見てねえか聞かれてもなんも答えられねーっての、挙句後ろ暗いトコがあるから隠すんだとか、人殺しと決め付けやがって」

男はさも憎々しげに花束を蹴散らす。ただ同じアパートに住んでただけ、名前も顔も知らない隣人を殺した犯人として疑われたのだ。気持ちはわかるけど……

「あん?」

勇気をふるって男の腕を掴み、引き止める。

「あなたの言ってることがホントでも、花に当たり散らすのはおかしいでしょ」

誰かが誰かの冥福を祈って捧げたのに。

言外にそう糾弾すれば、男は下卑た笑みを満面に広げて開き直る。

「じゃあ道端に物を捨てるのは罪になんねーのかよ、人が捨てたゴミをどうしようが自由だろ。関係ねー女は引っ込んでろ」

「関係あります。それはウチのコンビニで売ってた花だし、私は301号室の今の住人です。この手で売った商品が同じアパートの人にめちゃくちゃにされるの見てられません」

それに、本音をいうと、この頃は少しだけ楽しみになっていたのだ。

たとえ私に捧げられた花じゃなくても、前の人に手向けられた花でも、ベランダから見える川沿い、川面に金色の残照がきらめく柵の根元に花束がちょこんと横たわるのは、まんざら悪くない眺めだったから。

ちょっといいなと思った名前も知らない男の子が、あの花を届けにくる光景を想像すると、心があったまった。

「うぜえ、離れろ!!」

「きゃっ、」

激昂した男が乱暴に腕を振りほどく。私はあっけなく吹っ飛び、アスファルトに叩き付けられ―

「巻波さん!」

……寸手で誰かに抱き止められた。

「痛っ!」

視界が反転、背中をクッションが受け止める。私を抱えた少年が派手に転倒、苦痛の呻きを漏らす。

「うそっ!?」

反射的に起き上がって叫ぶ。あの子がいた。学ランを着ている。

「お前性懲りもなく……」

私を突き飛ばした男がさらに罵声を浴びせかけた時、眩いフラッシュが瞬く。

「暴行の瞬間激写。それ以上したら通報するわよ」

気付けば周りに人だかりができていた。

スマホを掲げて撮影したのは極端な痩せぎすの若い女の子、地面に突っ伏す私たちと仁王立ちの男をウンザリ見比べる。

「くそっ」

毒突いて退散する男を誰も追わない。スマホを下ろした女の子が「だいじょぶ?」と駆け付け、一緒に男の子を助け起こす。

「あ、ありがとうございます。あなたは」

「401の三枝」

「上の部屋の」

「ベランダから見てたけど、いよいよヤバそうだからとんできたの。アイツ相当キてるね」

ずっと見てたならもっと早く来てくれてもいいのにとほんの少しひっかかるが、トラブルに巻き込まれたくない気持ちも理解できる。

ましてや若い女の子、路上で喚きまくる男は普通に怖い。

「いてて……」

男の子が顔をしかめて上体を起こし、手首をおさえる。

「見せて」

学ランの袖口をめくる。右手首が倍に腫れていた。用心深く手を這わせて確かめ、呟く。

「折れてはない。捻挫ね」

「足じゃなくてラッキー」

「じゃないでしょ全然!なんでここに」

彼が花を買いに来るのは、決まって私がシフトに入る水曜日。

それに何かこだわりがあるのかもしれないと疑っていたが、今日は金曜日。男の子は手ぶらだし、花を取り換えにきた風でもない。

「と、とりあえず部屋いこ。人目も増えてきたし、ずっと蹲ってちゃ邪魔よ」

男の子に肩を貸して立ち上がり、手伝ってくれた三枝さんに会釈。

けれど彼女の顔は晴れず、うなだれる男の子を冷たく睨む。

「アイツの気持ちもわかんなくはないかな」

「どういう意味ですか」

「新しく来た人は知らないだろうけど、その子301号室の人が死んだ件で住人を質問責めにしたのよ。何か知りませんか、変な音聞いてませんか、見てませんかって。私ンとこにも来たのよね、上の階のベランダから何か見てませんかってすごい剣幕で」

蓮っ葉にため息、あっさりと踵を返す。

「カノジョがあんな死に方したのは同情するけど、関係ない人間巻き込まないで」

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