49:アスタル家の真実
家を追い出されたはずのハンスの登場に、更に『アスタル家を奪い返す』という発言。
あまりの事にシャロンがどうして良いのか分からずにいると、「お母様」と声が掛かった。レイラとフィルがシャロンの元へと近付いてくる。
二人の表情はどこか楽し気で、驚いているシャロンを見ると笑みを強めた。小さい頃によく見た、奔放でいて悪戯っ子な双子の顔だ。
この顔をしている時、二人は必ず何かを企んでいる。そしてその企みが成功に近付けば近付くほど笑みが強まるのだ。……今がまさに。
「レイラ、フィル、貴方達はこの事を知っていたの?」
「えぇ、イザベラ伯母様と話して、エドワードに探させていたの。フィルが……いえ、アルドリッジ家の次期当主がどうしてもイリオを許せないって」
「フィルが?」
意外だと言いたげにシャロンがフィルへと視線を向け……次いで、厳しい顔つきでイリオを睨みつける彼の横顔に小さく息を呑んだ。
フィルは常に冷静沈着で、自分の感情をあまり外に出さない傾向にある。困ったと溜息を吐いたり呆れた表情を浮かべることはあるものの、嫌悪や怒りを抱いた時は内に潜めて冷静に対応する。
だが今のフィルは彼らしくない重い空気を纏っており、胸中が穏やかではないことが一目でわかる。静かに、緩やかな波を立てる海面のように、それでも佇むだけで胸の内の荒波を他者に感じさせる。
その姿も、纏う威圧感も、まさに名家を背負う男のものだ。
「フィル……」
いつの間にこれほど立派に……、とシャロンが見つめていると、視線に気付いたのかフィルがこちらを向いた。
途端にいつも通りの表情に戻り、それどころか真剣な表情を見られたからか照れくさそうに笑った。シャロンの知る息子の照れ笑いだ。
「お母様が受けた屈辱はお母様が晴らすべきだ。だけどそれだけじゃ済まされない。お母様への侮辱はアルドリッジ家への侮辱、だから僕も……いや、僕こそが動かなくちゃと思って」
「そうなのね。立派になったわね……」
息子の心遣いと成長。両方がシャロンの胸に響き、思わずフィルの頬を撫でたくなってしまう。
だがそれを「もう立派な殿方だものね」と押さえ、彼のスーツの襟を正すだけにとどめた。子供扱いされると思っていたのか、それはそれで恥ずかしいとフィルが笑う。
だが再びイリオ達へと向き直ると彼は途端に表情を厳しくさせ、いまだ対峙し睨み合う二人の元へと歩み寄っていった。
年の差で言えば、イリオ達とフィルでは親と子以上の差がある。むしろ――シャロンは認めてはいないが――関係だけで言えば祖父と孫でもあるのだ。
それでもフィルは臆することなく、それどころかイリオ達に負けぬ威厳を宿し、二人の間に割って入った。
「イリオ・アスタル。残念だが、貴方の得意な媚売りも小細工も、もうアルドリッジ家には通用しない」
「フィル様、それはどういう意味でしょうか」
「貴方のしたことは全て裏を取っている。兄であるハンスに濡れ衣を着せ、実の親をも騙して彼を陥れた。血を分けた兄を相手に、よくここまで出来るものだ」
フィルの声には嫌悪の色が滲み出ている。今まで彼がここまで負の感情を露わにしたことは無い。それほどまでに怒りを抱いているということだ。
シャロンの息子として、そして同じ『家を背負う男』として、全てにおいてイリオの行動が許せないのだろう。怒りの奥底には、そんな男と通じていた父親への怒りもあるのかもしれない。
だが怒りは声色と視線の鋭さにだけ乗せ、言葉や佇まいは落ち着きがあり品の良さを漂わせていた。それもまた名家当主の威厳となる。
さすが、とシャロンが小声で褒めれば、それを聞いていたレイラが「お母様に育てられたんだもの」と小声で笑った。
「……濡れ衣とは何のことでしょう。そこに居る男は確かに私の兄ですが、不正を行い、それを私が暴いたのです」
「今更何を言っても無駄だ。当時貴方に加担した者達からも言質を取ってある。貴方は今も昔も、アスタル家当主を名乗るに値しない」
「それは……。それなら、ハンスに返せとでも仰るのでしょうか。返したところでその男には子供はいない。どのみち後を継ぐのは私の息子だ」
兄に濡れ衣を被せたことは言い繕えないと察したか、イリオが開き直ったように笑う。
曰く、アスタル家を追い出されたハンスは己を知る者のいない田舎に逃げ、そこで一人の女性と出会い結婚した。だが二人の間に子供は生まれず、今も二人で暮らしているという。
つまり、今ここで過去を清算しアスタル家当主の座をハンスに還したところで、すぐさま跡継ぎ問題に直面してしまう。
順当なら、跡継ぎは血縁者の中から選ぶものだ。養子を取るという手段もあるが、ハンスの年齢では遅すぎる。
対して、イリオには男児がいる。
となれば、正当なアスタル家の血を引くイリオの息子が有力な候補になるだろう。
そのまま当主の座を譲るにしろ、一度養子として迎えるにしろ、どのみち再びアスタル家の実権はイリオの血筋に戻るのだ。
それをイリオが勝ち誇ったように話すも、聞いていたハンスが小さく首を横に振った。
「確かにイリオの言う通り、私と妻の間に実子は授からなかった。だが養子がいる」
「養子だと。馬鹿な事を言うな。そんなはずがない!」
ハンスの養子という言葉に、イリオが嘘だと断言する。
どうやらハンスの事を周囲には「行方が分からない」と言っていたが、裏では逐一監視していたようだ。
だが今この状況ではそんな嘘は些細なものでしかなく、誰も気にもとめていない。
「そんなことはあり得ない。どうせその場限りの嘘に決まっている……!」
「お前ならそう言うだろうと思って連れて来たよ。ほら、皆様に挨拶をしなさい」
ハンスが後方へと振り返り声を掛ければ、自然と誰もが彼の視線を追いかける。
シャロンも同様、この展開に唖然としつつもハンスが声を掛けた方へと向き……、
そこに居る青年の姿に目を丸くさせた。
黒色の髪と紫色の瞳。
目鼻立ちの整った涼やかな顔立ちとスラリとした四肢。背が高く程よく鍛えられており、仕立てのよいスーツがそれを更に引き立たせる。
男らしく、それでいて男くささは無い。さながら夜空からするりと姿を現したかのような魅力を持ち、見る者を虜にする。
麗しく、佇むだけでまさに貴族の子息といった風貌。
いや『まさに貴族の子息』ではなく『まるで貴族の子息』と言うべきか。
「……どうして、あなたが」
思わずシャロンが呟く。
それが聞こえたのか、それともこの状況が楽しいのか、青年は柔らかな笑みを浮かべ、自分に視線を向けてくる者達へと深く一礼してみせた。その仕草もまた品良く優雅で、社交界の手本になりそうなほどだ。
「初めてお目に掛かります。ハンス・アスタルの息子、エドワード・アスタルと申します。以後お見知りおきを」




