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【完結】シャロン・アルドリッジは返り咲く  作者: さき


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30/52

30:歓迎する恋

 


 レイラとフィルが手を握り寄り添い、互いの別れを悲しむ。

 その光景をシャロンは眺め、そういえばレイラは昔から自分の考えに一直線の子だったわね……と思い出に浸った。

 彼女を育てる中で、何度「レイラ、良い子だからお母様の話を聞いて」と宥めただろうか。時には大泣きし、時には落ち込んで部屋に閉じこもり、自分の中で一つ結論を出すとそれに突き進んで外野の声が聞こえなくなってしまうのだ。

 対してフィルは冷静な子なのだが、どうにもレイラに引っ張られやすい。今も彼女の手を握り、痛々しい表情を浮かべている。


 若さゆえかしら、とシャロンが小さく呟いた。

 隣を見れば、いつの間にか涼し気な笑みに戻ったエドワードが「若さですね」と断言する。彼も双子を幼い頃から見守っており、そして熱が入ると話を聞かなくなる二人を落ち着かせるのに協力してくれていた。

 おかげで、打ち合わせずとも次に取るべき行動が分かる。もうお手の物だ。

 エドワードと顔を見合わせ一度深く頷くと、次いでシャロンは大袈裟な溜息を吐いた。


「私から可愛い娘を奪うなんて、その男が許せないわ……! なんて恨めしいのかしら!」


 大袈裟な素振りと口調でシャロンが嘆く。誰が聞いても嘆いていると――嘆いているように見せたいと――わかるだろう。そのうえ指先で目尻を拭う仕草もつけておく。

 これは二人の世界に入っていたレイラとフィルにも届いたようで、二人は「お母様……?」と声を揃えてこちらに向いた。


「あぁ、大事な娘を奪う男が、カミーユが憎いわ!」

「シャロン様、どうかお気を確かに」

「二度とレイラに会えなくなると思ったら胸が張り裂けそう……。倒れてしまうかもしれないわ……!」


 手の甲で額を押さえ、ふらりと一度頭を揺らす。

 眩暈のジェスチャーである。見ていたエドワードもまたわざとらしく「なんてことだ……」と深刻な声をあげる。

 もちろん彼も演技だと分かっている。分かったうえで、解決策を察して茶番に乗ってくれたのだ。

 演技だと分かっていないのは、「お母様!」「大丈夫ですか!」と案じてくれるレイラとフィル。シャロンは内心で「純粋な子に育てすぎたわね」と自分の育児を省みた。


「エドワード、まさかこんな悲劇が起こるなんて……。悲しくて胸が張り裂けそう」

「シャロン様……。胸中お察しいたします」

「どうすれば良いのか分からないわ。どうしましょう、神に祈るしかないのかしら……」


 痛々しい声でシャロンが問えば、エドワードが僅かに言い淀んだ。

「方法が一つあります」と小声で告げる彼に、シャロンが――わざとらしく――顔を上げた。さながら、絶望の中に一筋の希望を見出したという表情だ。


「本当? 教えてちょうだい。可愛い娘のためならなんだってするわ!」

「それはシャロン様が……」


 エドワードが勿体ぶった口調で話す。だが肝心の部分を口にする前に、ふいと顔を背けてしまった。

 シャロンが「教えてちょうだい、エドワード!」と大袈裟に促す。いつの間にかレイラとフィルまでもが食い入るように彼を見つめている。

 美しい薔薇に囲まれた一角。隔離されたこのエリアにだけ、爽やかな庭園には似つかわしくない緊迫した空気が漂う。

 ――その時、庭をデートしていたロイドとルーシーがアーチの前を通りがかったが、「あれは何をしてるんでしょうか?」「放っておいた方がいいと思うわ」と通り過ぎてしまった――


「方法はあるのですが、シャロン様には過酷かと……」

「過酷だろうと何だろうと、娘のためなら何でもするわ!」

「そうですか。それなら……この事態を解決するには、シャロン様が……」

「わ、私が……!?」


 シャロンが、それどころかレイラとフィルまでもが固唾をのんでエドワードの言葉の続きを待つ。

 そんな三人の視線を一心に受け、エドワードは真剣な顔つきでゆっくりと口を開いた。


「シャロン様がレイラ様を失わずに済む方法、それは……レイラ様が花屋の青年カミーユと結婚する事を受け入れることです」

「それで可愛いレイラを失わずに済むなら、喜んで受け入れるわ!!」

「あぁ、なんて慈悲深く愛情にあふれた方なのでしょう!」


 大袈裟なシャロンの言葉に、エドワードがこれまた大袈裟な素振りで返す。

 次いで二人は揃えたようにレイラへと視線を向けた。彼女はフィルと寄り添ったままぽかんとした表情でこちらを見ている。


「レイラを幸せにしてくれるなら、肩書や爵位が無くても私には最高の婿だわ」

「それならこの件は解決できそうですね」


 良かった良かった、とエドワードがほっと胸を撫でおろす。

 シャロンもまた安堵したと言いたげに深く息を吐いた。この茶番で冷めてしまった紅茶を一口飲み、優雅な所作でティーソーサーに戻す。

 小さくカチンと鳴る音は、まるで芝居の幕引きを示す合図かのようだ。


 先程との温度差といったらないが、そもそも茶番なのだから終われば冷めて当然。

 むしろこの温度差こそ、熱くなって話を聞かなくなった二人の頭を覚ますのに必要なのだ。

 現に食い入るようにこちらを見ていたレイラとフィルがはたと我に返り顔を見合わせた。今度はゆっくりとシャロンへと向き直るのだが、それも二人同時なのだから思わず笑えてしまう。その仕草も、唖然とする表情も、さすが双子と言えるほどに同じだ。


「お、お母様、本当に良いの? 私とカミーユのこと……」

「えぇ、もちろんよ。自分達より過剰に振る舞う人がいると冷静になるところ、昔から変わらないのね」


 恐る恐る尋ねてくるレイラに、シャロンが微笑んで返す。

 ツンと頬を突いてやれば、照れくさくなったのかレイラが頬を染めてはにかんだ。

 彼女が自分の考えに一直線になり周りが見えなくなった時は、無理に落ち着かせたり諭すのではなく、自分もそれに乗ってやる。むしろより過剰に演技してやるのだ。そうすればレイラは我に返り、「私ってば」と恥じらってはにかむ。

 昔から変わらず、なんて愛おしいのだろうか。

 そしてこんな愛おしい娘を手放すなど出来るわけがない。もしも本当に二度とレイラと会えなくなったら、眩暈どころでは済まないはずだ。


 レイラの頬を軽く突きながらそう話せば、恥ずかしさに耐えられなくなったのか、レイラが「もう、分かったわ」と身を捩ってシャロンの指から逃げた。

 昔はこの仕草も愛おしく、たまらず抱きしめたものだ。そうするとレイラはキャーと高い声をあげて逃げ、それを追いかけて抱きしめて……。

 いつの間にかフィルも加わって三人でじゃれあっていた。懐かしい。時には庭に逃げることもあった。それを話せばエドワードも過去を思い出して懐かしむ。


「懐かしい。あの小さくお転婆だったレイラも恋をしたのね。立派な淑女になって。なんて嬉しいのかしら」

「お母様……!!」


 感極まったレイラがシャロンに抱き着く。

 その衝撃でガタとテーブルが大きく揺れ、エドワードとフィルが慌てて落ちそうになった茶器を押さえた。幸い落ちたのは角砂糖一つで済んだようだ。

 それを横目に、シャロンは抱き着いてくるレイラの背をそっと撫でた。ふわりと柔らかな銀の髪が手の甲に触れる。


「お母様、カミーユに会ってくれる?」

「えぇ、もちろんよ。そうだわ、レイラにだけ教えてあげる。貴女のお母様は、素敵な花束を用意してくれたらすぐにカミーユの事を好きになるわ」


 こそりと耳打ちしてやれば、レイラが嬉しそうに笑った。




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