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【完結】シャロン・アルドリッジは返り咲く  作者: さき


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27/52

27:薔薇を引き立てるイヤリング

 


 ロイドのもとを訪ねてから三ヵ月。彼とルーシーの仲は良好なようで、二人はほぼ毎日お互いの家を訪ねては熱く語り合っていた。

 この話に誰より驚いたのは、ロイドを紹介してくれたミアをはじめとするワトール家の者達である。

 人見知りのロイドが他者を家に招くどころか自ら会いに行くと知り、今度はミアの口から「それは本当にロイドなの?」と疑惑の言葉があがったほどである。


 そんな中、そろそろ頃合いかと考えたイザベラはルーシーに彼との結婚はどうかと尋ねたという。


「今まではどんな相手であっても生返事だったの。相手の名前を出しても『あぁ、あの方ね』だけで、よくて相手の服装を褒めるぐらい。結婚に興味がないにもほどがあるわ」

「確かに、ルーシーから男性の話は聞いたことがありませんね。男性の装いについては人一倍興味がありましたけど」

「装いにどれだけ詳しくても中身を見なきゃ意味が無いのよ。それなのにあの子ってば男性について話しても、二言目にはスーツがどうのカフスがどうの……」


 イザベラが当時を思い出して溜息を吐く。ルーシーについて相当悩まされていたのだろう。

 仮に己の結婚生活が上手くいっていれば「夫婦寄り添って生きるのは幸せよ」とでも説得できただろうか。

 だがイザベラの結婚生活はうまくいかず、他を例に挙げようとも周囲は政略結婚が常の時代の者ばかり。惰性や利害関係のもと婚姻関係を続けている夫婦が殆どとはいえ、愛情は枯れ果てているパターンばかり。

 そんな話をすれば、元より皆無なルーシーの結婚への興味がいよいよをもってゼロになる。


「そんな状態なんだもの、私もさすがに諦めかけていたわ。でも、ロイドの名前を出したときは満更でも無さそうだったのよ。彼と結婚すれば毎日ドレスについて語り合えるって。そのうえ『ロイドの世界に更に近付けるのね』ってうっとりとしていたわ。あの子がドレスや芸術品以外にあんな顔を見せるなんて初めてよ」

「それは良かった。ですが、結婚したらかなり濃い二人の世界になりそうですね」

「濃かろうが薄かろうが、うまくいけばいいのよ。これで肩の荷も下りたわ」


 良かったと安堵するイザベラの表情は随分と晴れやかだ。

 次いで彼女はティーカップを手に取ると、ゆっくりと一口飲んだ。

 普段よりいくらか動きが遅いのは、自分に注目しろと、次に発する言葉を心して聞けということだ。


「ルーシーも落ち着いて、アルドリッジ家もフィルが継いでくれる。これで安泰ね。気兼ねなく過ごせるわ」


 旅行にでも出ようかしら、とイザベラが上機嫌で話す。

 その話を、シャロンもまた微笑みながら聞いていた。うまくいってよかった、とこちらも心の中で肩の荷が一つ下りるのを感じる。


 本音を言えば、まさかルーシーとロイドがここまで順調に進展するとは思わなかった。

 そもそもロイド・オルソンに会えるとさえ思っていなかったのだ。

 ミアに彼との仲介を頼みこそしたが、駄目で元々、断られたら他のデザイナーにでも繋げてもらおうと考えていた。ツテを通じて芸術関係者をあたっていけば、いずれルーシーの審美眼に価値を見出してくれる人に出会えるだろう……と。

 だが事はシャロンが思っていたよりも早く、とんとん拍子で進み今に至る。


 シャロンやイザベラからしてみればルーシーは困った性格ではあるが、芸術の世界に生きる者達にとって彼女ほど優れた女性はいないのだろう。

 真価を見出したのが芸術の申し子ロイド・オルソンというのもまた面白い話だ。

 これはもしかしたら歴史に残る夫婦になるかもしれない。



 そんな話を紅茶片手に交わしていると、傍らで給仕をしていたエドワードが「おや」と呟いた。

 ティートロリーから茶器をワンセット取り出して注ぐあたり、立っている彼にはこちらに来る人影でも見えたのだろう。

 誰が来たのかとシャロンが問おうとする。だがそれより先に、エドワードが「このティーセットでご納得頂けるかどうか」とわざとらしく悩みだした。

 彼が手にしているのはアルドリッジ家で使用しているティーセットの一つ。もちろん一級品であり、そして用途と季節にも合っている。

 よっぽどの拘りとセンスが無い限り、出されれば当然のように受け入れる代物だ。


 ……だが今このアルドリッジ家には、よっぽどの拘りとセンスを持った人物がいる。


「お母様もシャロンもここに居たのね。お茶をしていたの? 私もご一緒していいかしら」


 弾んだ声と共にルーシーがアーチから顔を出し、誘われるように近付いてくる。


「ルーシー、今日はロイドのところには行かないの?」

「今日は彼がこっちに来てくれるのよ」


 楽しみ、とルーシーが笑いつつ、空いていた一脚に腰かける。

 ティーカップを手に取り紅茶に口付け「美味しい」と満足そうに微笑んだ。ロイドが来るのが待ち遠しく、そして待ち遠しいこの時間すらも楽しいと言いたげだ。――どうやらティーセットはお気に召したようだ――

 次いで彼女は持っていた小箱をシャロンへと差し出してきた。白い箱に赤いリボン。リボンには白い文字で店名が刻まれており、これだけでも高級品と分かる。

 それを見て、シャロンが首を傾げた。


「ルーシー、これは?」

「開けてみて」


 中身を答えずルーシーが促してくる。どことなく楽しそうな表情だ。

 ならばとシャロンは言われるままに小箱を手に取った。するりとリボンを解き純白の箱をそっと開け、中に入っているものを見て「これは……」と小さく呟いた。


 中にしまわれていたのは、金色に輝くイヤリング。


 細長い金の板に小さな赤い石が縦に三つ並んでおり、他の細工や加工はされていない。

 随分とシンプルなデザインだ。今でこそ真白な箱に収まっているから目立つものの、華やかなドレスやワンピースに合わせたら隠れかねない。


「シャロンにあげる」

「……でも、私にはこれがあるから」


 困惑しつつ、シャロンは己の右耳にそっと触れた。

 指先に触れるのは薔薇のイヤリング。

 十五年前から着けている思い出の品。

 どんな服装でも外さずにいた。色が合わない装いの時は髪や帽子で隠してまで着けていたのだ。

 いくらルーシーからの贈り物でも付け替える気にはならない。

 そうシャロンが申し訳なさそうに話すも、ルーシーは「知ってるわ」とだけ答えた。


「でも片方しか無いんでしょ。だから、もう片方に着けてもおかしくないようなデザインにしたのよ」


 ルーシー曰く、右耳だけイヤリングを飾るならいっそ左耳には引き立て役になるものを着けたほうが良いらしい。あえて派手さに差をつけることで、片方をより引き立たせるのだという。

 なるほど、とシャロンは頷きながら箱に入ったイヤリングに視線を落とした。

 随分とシンプルなデザインをしている。確かに、これを着ければ右耳に飾る薔薇のイヤリングを引き立ててくれるかもしれない。左右の違いは明白で、見た者も『あえて違うイヤリングを着けている』と感じるだろう。


「受け取って。ロイドと会わせてくれたお礼よ」

「お礼だなんて、そんな……」


 ルーシーとロイドを合わせたのは、イザベラが出した条件ゆえ。

 彼女にアルドリッジ家当主の座を諦めさせ、そして味方に着いてもらうためだ。

 これを善意とは言い難く、感謝されると居心地が悪い。とりわけルーシーの好意が純粋なものだから猶更。思わずシャロンの顔に躊躇いの色が浮かぶ。

 そんなシャロンに、ルーシーは「良いのよ」と告げ、ティーカップへとゆっくりと手を伸ばした。

 時間をかけて持ち上げて口元へと運ぶのは、己に視線を集めるため。母親譲りの所作である。


「私、知ってるから」

「え?」

「私の頭の中だって布と宝石が詰まってるだけじゃないのよ。……あら、あの馬車は」


 思わせぶりな言葉を口にするも、次の瞬間ルーシーがパッと顔を上げた。

 彼女の瞳が輝きだす。きっと覚えのある馬車を見つけたのだろう。言わずもがな、ロイド・オルソンの乗った馬車だ。

「ごちそうさま」という言葉で有無を言わさず話を終いにすると、待ちきれないと立ち上がった。


「ありがとう、ルーシー。ロイドと仲良くね」

「こちらこそありがとう、シャロン。今日は二人で庭を見て回るの」


 楽しそうに笑い、ルーシーがアーチを潜って出ていく。

 その後ろ姿は誰が見ても浮かれている。ふわふわと、スキップしているかのようだ。

 シャロンが肩を竦めて苦笑すれば、イザベラもまた微笑ましそうに表情を緩めて娘を見送った。



 唯一エドワードだけが眉を顰め、


「ロイド様とルーシー様ですか……。これはしばらく庭の大改装が続きそうですね」


 と苦々しい声を出した。




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