26:布と宝石の世界と住人
ロイド・オルソンは昔から人見知りする性格だった。
こんな辺鄙な場所に住居と工房を構えたのも、他者との関わりを必要最低限にするため。居住地を教えているのは昔から世話になっているワトール家を含めて少数のみで、仕事関係者には一切伝えていない。連絡はすべて知人に仲介を頼むという徹底ぶり。
だがロイドの名前は世界中に知れ渡り、彼を一目見たいと、会いたいと思う者達は日に日に増えていった。
まだそれがロイドへの好意や尊敬ならばいいが、必ずしもそういった者ばかりとは限らない。
ロイドの名声や名誉を利用しようと考える者や、才能のお零れを貰おうと考える者。そういった者達の嗅覚は凄まじく、一度湧けば後を絶たない。
「名前が売れれば売れるほど、僕の名声やデザインだけを目当てに会いたがる人が増えて、数年前からは親族を騙って近付こうとする者まで出始めたんです。果てには、古い友人にデザイン画を盗んで売られることまであって……」
「それで私達を騙したの?」
「しょせん理解されないものだと思い、それなら自分のドレスを見せるのも癪だと思っていたんです……。ミア様のご友人に失礼な真似をして、申し訳ありませんでした」
欲に目がくらんだ者達に集られ、はてには古い友人にまで裏切られ、その結果ロイドの人見知りは人嫌いにまで進化したのだろう。
他者のドレスを用いて騙したのも、シャロン達を疑うというより、周囲に対しての諦めに近いのかもしれない。散々集られ人間の嫌な部分を見せつけられたからこそ、今回の訪問もそれと同じだと考えてしまったに違いない。
己の卑屈さを改めて自覚したのか、元より低く暗いロイドの声が更に沈んでいく。最終的には項垂れ「お恥ずかしい話です」と肩を落としてしまった。
そんなロイドの話に、シャロンはどうしたものかと周囲の様子を窺った。
フィルは真剣な表情をしているが、かといって騙されたことへの憤りは感じられない。むしろ同情の色さえ見える。
エドワードはシャロンの視線に気付くと肩を竦めて見せた。彼もまた憤りや不快を抱いている様子はなく、どちらかと言えばロイドの卑屈さに対して参ったと言いたげだ。
そしてイザベラも同様、最初こそ厳しい表情をしていたものの、ロイドが項垂れると深く息を吐いて表情を緩めた。次いで隣に座るルーシーに視線を向けるのは、判断は真偽を言い当てた彼女に任せるつもりなのだろう。
ならばとシャロンは代表するようにルーシーの名を呼んだ。そもそも今日は、彼女をロイド・オルソンに合わせるために来たのだ。
「ルーシー、こんな事になってしまったけど、どうする? もし気分を害したならもう帰りましょう」
「ま、待ってください!」
シャロンがルーシーに問えば、項垂れていたロイドが慌てた様子で顔を上げた。
ボソボソと喋っていた彼らしからぬ大きな声だが、本人も意図せず発してしまったのか、はたと我に返ると声を荒げてしまった事を詫びだした。
「も、申し訳ありません。ですが、その……どうかもう少し、話を……」
しどろもどろで話し、ロイドがチラとルーシーに視線をやる。
曰く、これほどまでに自分のデザインを理解してくれた人物は今までいなかったという。だからこそもう少し話をと願う。もはや縋るような声色だ。
孤独な芸術家というのはよくある話だが、誰だって孤独になりたくてなっているわけではない。人見知りも同様、警戒心が強いだけで心を許せる人を欲する気持ちはある。
「……もしよろしければ、お名前を教えて頂けませんか」
ロイドがルーシーを見つめながら恐る恐る尋ねた。
むしろ『ルーシーだけを見つめながら』と言うべきか。誰が見てもわかるほど、ロイドの目にはもうルーシーしか映っていない。
「私はルーシー。ルーシー・アルドリッジよ」
「ルーシー様。大変なご無礼を、どうか許してください」
「そんな畏まらないで、私のことは気軽にルーシーと呼んで。それにちょっとした間違い探しみたいで楽しかったわ」
謝罪の姿勢を見せるロイドに、対してルーシーはあっけらかんと答えた。当然のことを当然に指摘したまで、労力など欠片も割いていないと言いたげだ。
その態度に、『間違い探し』とは簡単に言ってくれるとシャロンは小さく肩を竦めた。
ドレスの目利きなどそう容易に出来るものではない。それも、並べてあるドレスはロイド本人の作品でこそないが、どれもプロのデザイナーが彼のモデルを模して作った作品なのだ。
そんな中から真偽を、それも『ロイドのドレスは一着もない』などという事実を見出すのは常人には不可能である。
もっとも、それを話してもルーシーは理解しないだろう。彼女にとって、ドレスの真偽は観ればわかることで、そして所詮は『間違い探し』程度なのだ。
シャロンが改めてルーシーを見る。
ロイドを見る彼女の表情は穏やかで、それでいて瞳は輝いている。
これは帰る気はないだろう。むしろシャロンやイザベラが帰るよう促しても頑として拒否する表情だ。
ならば自分達は口を挟まず、彼等の語らいを聞いていよう。
そう考え、シャロンは用意された紅茶に口を付けた。
◆◆◆
口を挟まずに、と考えていたが、そもそも挟む隙も無い。
そうシャロン達が感じたのは、わずか数十分後の事である。
なにせロイドとルーシーはデザインに始まり装飾について熱心に語り合い、時には顔を寄せて一枚のデザイン画を覗き込む熱の入りよう。飛び交う単語はどれも専門的で、現代のデザインについて話しているかと思えば過去に戻り、今に至る流れを紐解きだす。
そのうえロイドもまた宝石や芸術品に長けており、二人揃って愛用のルーペを取り出して宝石を覗き込んだりするのだ。
これに加われというのが無理な話。
シャロンはすぐさま諦め、席を立つと並ぶドレスや壁のデザイン画を眺め始めた。
「……これを見定めたわけですか。今後ルーシー様に対しての考えを改めねばなりませんね」
とは、シャロンの隣に立ち、並ぶドレスを眺めていたエドワードの言葉。
ルーシーに聞かれまいと小声で話しかけてくる彼に、シャロンは同感だと頷いて返した。
試しにと先程の話を思い出しながらロイドのデザイン画と他のデザイナー達のドレスを見比べてみるも、当然ながら違いなんて一つも分からない。
「芸術に長けた名家令嬢を嫁にし損ねたわね。せっかく逆玉の輿のチャンスだったのに」
「またご冗談を。私ではルーシー様は手に負えません。彼らの会話だって、一時間同席しろと言われたら庭に逃げますよ」
「確かに。頭の中に布と宝石が詰まったルーシーの相手は、同じくらい頭の中に布と宝石が詰まってないと無理ね」
冗談めかして告げ、シャロンがルーシー達へと視線を向けた。
いまだ二人は熱心に語り合っており、先程見た時よりも布と糸、そして傍らに積まれた本が増えている。
その中の一冊をフィルが手に取り読みだしたが、捲る速さと表情から流し読みだと分かる。そのうえ、シャロンの視線に気付くと参ったと言いたげに分かりやすく溜息を吐いて訴えてきた。
イザベラも同様、熱心に語り合うルーシーとロイドに呆れたと言いたげな表情をし、時折はフィルと顔を合わせて肩を竦めている。だがふとした瞬間にルーシーへと向ける表情は母の優しさを感じさせ、その時の彼女の嬉しそうな表情と言ったらない。
思わずシャロンも苦笑を浮かべ、うまくいった際にはドレスの一着でもデザインしてもらおうかと考えた。
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