25:真偽のドレス
ルーシーの言葉を最後に、室内がシンと静まりかえった。
布と本で溢れた一角だけ華やかなドレスで飾られた、ただでさえちぐはぐな部屋の中、緊迫した空気は更に歪さを増させる。
愛想の良い笑みを浮かべていたエドワードが途端に表情を厳しくさせ、隣に立つ青年を睨みつけた。手にしていた茶器を素早く机に置いて両手を空けるのは、不審な行動を取れば即座に応戦するためだろう。
彼は庭師でありながら護身術も嗜んでおり、シャロンが外出する際には護衛として付いて回ることもある。細枝のロイド――ロイドを名乗る青年――ならばすぐにでも取り押さえられる。
シャロンの前にさっと伸びたのはフィルの腕だ。こんな状況でなければ、咄嗟に母を庇う息子の優しさと頼もしさに感動できたのに。
「……ルーシー、どういう事?」
らしくなく警戒と戸惑いの声でイザベラがルーシーに尋ねる。
そっと彼女に近付きその腕に触れるのは、突然おかしなことを言い出した娘を案じ、そして有事の際には身を挺してでも守るためだ。
この屋敷に到着し青年からロイド・オルソンの名前が出たとき、誰もが疑惑の念を抱いた。
ロイドの輝かしい功績とセンス、芸術の申し子という異名、それらと目の前に立つ陰鬱とした猫背の青年がどうにも繋がらなかったのだ。
だがルーシーだけは彼を信じ、疑う様子一つ見せていなかった。
だというのに、彼女は今になって疑いの言葉を口にした。それも誰よりはっきりと、青年をまっすぐに見据えて「あなた誰?」と。
「ここに並んでいるドレスは、貴方がデザインした新作ドレスなのよね?」
「え、えぇ、そうです。まだ未完成の製作段階ですが、すべて僕の作品です」
「ならやっぱり貴方はロイド・オルソンじゃないわ。でも今貴方が着てる服装はロイドの着こなしだから、ロイドの真似をする偽物ね」
青年を『偽物』と呼ぶルーシーの口調に迷いはない。それどころか、普段よりもはっきりとした意志を感じさせる。
これにはシャロン達はもちろん当の青年も虚を衝かれたのか、伸びた前髪の下から躊躇いの瞳を覗かせた。
「偽物って……」
「偽物は偽物よ。だってこれはロイド・オルソンのドレスじゃない。確かに彼のデザインを倣ってはいるけど、所詮は真似事、別のデザイナーのものよ」
「どうしてそんなことを」
「だって、刺繍の入れ方も布の重ね方も、ロイドのやり方じゃない。この金ボタンだって彼なら選ばない。でも壁に貼ってあるデザイン画は全部ロイド・オルソンのものね」
「……それは」
「なにより、他のデザイナーにとっては新作かもしれないけど、ロイド・オルソンだけはこれを『新作』とは呼ばないわ」
並ぶドレスを眺めながらルーシーが話す。
最後に「どれも素敵だけどね」と付け足すのは、ドレスを考えたデザイナーへのフォローというより、否定してしまったドレスそのものへのフォローに近い。
だがそれを聞いても、シャロン達は彼女の言わんとしていることを理解できずにいた。
それも当然だろう。刺繍の入れ方や布の重ね方など、素人に見分けがつくわけがない。むしろデザイナーを判断するほど手法があるのかと思えるくらいだ。
果てには、他のデザイナーなら新作と呼ぶものをロイドだけは呼ばない等と、同じドレスに対してそんなことありえるのだろうか。
そんな周囲の疑問に満ちた視線に気付いたのか、ルーシーが「だってそうじゃない」と話を続けた。
「ここに並んでいるのは確かにロイド・オルソンのものをベースにしたドレスよ。ロイドモデルの新作だわ。今の流行のど真ん中」
「それなら、やっぱり彼がロイド・オルソンでしょ」
「違うわ。だってロイドは流行を生み出すの。むしろ流行が彼を必死で追いかけているのよ。いつだって彼の新作は斬新で例を見ない物。だから流行りの真っただ中にある既存モデルを『新作』なんて言わないわ」
まるで当然のことだと言いたげに話し、ルーシーが再びドレスに向き直った。
一着をじっと見つめ、袖を手に取り、スカートを捲り、果てには愛用のルーペを取り出して飾られた宝石を覗く。
そうして真剣な顔つきでなにやら呟くと、また次の一着へと移ってと繰り返していった。
口にしているのはどれも人の名前だ。もしや並ぶドレスの真のデザイナーを言い当てているのだろうか。
これにはシャロンも口を挟むことが出来ず、ルーシーと青年を交互に見た。イザベラやフィルも同様、この空気をどうすべきかと困惑の表情を浮かべて何も言えずにいる。
そんな中、ロイドを名乗り、そして偽物と暴かれた青年が「申し訳ありませんでした」と謝罪の言葉と共に頭を下げた。癖の強い髪がはらりと落ちる。
「騙すような真似をして不快にさせたこと、心よりお詫びいたします」
「別に良いのよ。それで、貴方は誰なの?」
「正真正銘、僕がロイド・オルソンです。そしてそちらに並んでいるドレスは、貴方が仰る通り他のデザイナー達の作品です」
ロイドが申し訳なさそうに話し、俯きながら「すべてお話しします」とソファに座るように促してきた。




