16:消火後のブレークタイム
「どうりでハミルトンがクラリスにぴったり張り付いて離れないと思った。シャロン、あんたやりすぎよ」
ケラケラと上機嫌で笑うのは、シャロンの友人ミア。
やりすぎとは言っているものの傍から見れば随分と楽しそうで、挙句に笑いすぎて涙まで浮かべている。貴族の夫人とは思えない態度ではあるが、長年の友人を前にして気が緩んでいるのだ。
そんなミアの正面には、酒の入ったグラスを手にするシャロン。事の顛末を話し終えてコクリと酒を一口飲んだ。酒の苦みと果実の甘さが合わさった良い酒だ。
場所はミアの友人が主催するパーティー。シャロンも彼女を介して招待されており、儚い未亡人を演じつつ招かれることにした。
もっとも、その儚い未亡人もミアと二人でバルコニーに出た瞬間に一時休演だが。
「どうやら、シャロン様のお叱りが相当身に染みたようですね。ハミルトン様のあまりの変わりように、『質の悪い美人局に引っかかり身包みを剥がされた』とまで噂されていますよ」
ミアのように笑ったりはしないものの、彼女に負けず劣らず楽し気に話すのはエドワードである。
今日のパーティーも彼は御者としてお供をしており、最中は庭を見せてもらうと離れて行った。だがシャロンとミアがバルコニーに出てくるとどこからともなく現れ、こうして会話に加わっている。
「嫌ね、美人局だなんて。ちょっと叱ってやっただけよ」
「ちょっと、ですか。しかしシャロン様がご自分で対応されてよかった。いざとなれば私が……」
言いかけ、エドワードが手にしていた手帳をパタンと閉じた。
いそいそと胸ポケットにしまう。次いで浮かべる笑顔は相変わらず見目が良く、まさに好青年だ。
もちろんその笑みが言いかけた言葉の誤魔化しなのは言うまでもない。むしろ、不穏な言葉を途中まで口にし誤魔化すまでが彼のパフォーマンスである。
おおかた、調査ついでにハミルトンの弱みでも握ったのだろう。有事にはそれを使って脅すつもりだったのかとシャロンが問えば、見目の良い笑顔で「なんのことでしょう」と返してきた。
「虫を追い払うのは庭師の仕事。有事にそれをするだけです」
「虫を追い払う、ね」
「えぇ、それが庭師の仕事ですから」
愛想の良い笑顔のままエドワードが言い切る。その白々しさと言ったらない。
思わずシャロンとミアが顔を見合わせた。相変わらずで、もはやそれを言葉にする気にもならない。
「……あら」
そんな中、ふとシャロンが小さく声をあげたのは、少し離れた先の通路をクラリスが通りかかったからだ。
スカート部分にボリュームを持たせたオレンジ色のドレス。編み込みされた髪には鮮やかな花が飾られ、彼女が歩くとスカートの裾も花もふわふわと揺れる。人形のような愛らしさの彼女だが、今はふわりと浮かぶ妖精という表現の方が適している。花が咲き誇る庭園の中でクルクルと回れば、さぞや絵になるだろう。
彼女はシャロンの視線に気付くと、ふわりとしたスカートの裾を摘まんで深く腰を下げた。美しく愛らしく、そして優雅な敬意だ。
その後ろにいるのは……ハミルトンである。
優雅な仕草を見せるクラリスとは真逆、彼はシャロンを見るや遠目でもわかるほどに体を強張らせ、深く一礼するとそそくさとクラリスの後ろに隠れてしまった。
だがハミルトンが小柄なクラリスの後ろに隠れきれるわけがない。
殆ど見えている。それは当人も分かっているはずだ。それでもクラリスの背に隠れ続ける姿がより情けなさを増す。
かつて見せた貴族然とした態度が嘘のようだ。今のハミルトンから、いったい誰が『女遊びが過ぎるやんちゃな子息』を想像できるだろうか。
「いくら叱られたとはいえ、あんな情けない姿を婚約者の前で晒すなんて」
「他所ではもう少し冷静を保てているようですが、さすがにシャロン様を前にすると取り繕えないのでしょう。それほどまでに……ということですね」
それほどまでに何なのか。重要な言葉をあえて濁すエドワードに、シャロンは肩を竦めることで返した。
よく見れば、ハミルトンが小さくクラリスの服の裾を引っ張っている。きっと早く立ち去ろうと訴えているのだろう。シャロンの視線がよっぽど居心地悪いようだ。
会釈をしてクラリスが歩き出せば、ハミルトンが身を縮こまらせたままその後を追う。その姿は情けないの一言に尽きる。
「あの怯えようは、確かに質の悪い美人局に引っかかったと噂されても仕方ないわね」
納得だと言いたげにミアが頷く。
それに対してシャロンは反論しようとし……口を噤んだ。反論しようにも何も言えない。
逃げるように去っていくハミルトンの後姿は情けなく、過去の栄華の名残りは欠片も無い。もしも自分が何の事情も知らず彼の変化だけを目の当たりにすれば、あまりの変わりように驚き、いったい何があったのかと探り、そして美人局説を信じてしまうだろう。
それほどまでなのだ。
やりすぎたかしら、とシャロンが小さく呟いた。
シャロン・アルドリッジの初陣は、少々気合が入りすぎてしまったようだ。




