表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/21

八話:水落石出・前 気の迷い


 珍しく璃君が話すから、余計な事を言ってしまった。そもそも彼の弱みを知ったところで、一瞬気分が良いだけだ。


 織実は、ついっと視線を逸らした。


「お昼の支度、しよ〜かな〜」


 不毛な会話で、身を削っても仕方ない。撤退も戦略の内なのだ。書庫から逃げるように出てくると、続き間を足早に横切っていく。


 そうは言っても、昼時はとうに過ぎているから、作るなら軽い物が良いだろう。薬のせいか、空腹をあまり感じない。しかし、それと飯抜きは別問題だ。


「何がいいか…………」


 正房の外に出てくると、天気は相変わらず良好だった。日もまだ高く、満月も空の真上に浮いている。ふと、裏山の異常な寒さを思い出し、腕を擦ってしまった。


「寒いのか?」


 ぎょっと振り向くと、何故か璃君も正房から出てくるではないか。家屋調査もしたいのに、一緒なのは問題だ。若作りな上、年齢不詳。冷たく整ったその顔で叱られるのは、流石に怖いし、ちょっと堪える。水切りを始めた責任は取るつもりだが、キレた璃君がやって来るのと、隣でキレられるのでは、話が違う。


「裏山は、寒かったなぁ〜って」

「食草は無かった筈だ」

「無かったです」


 せっかく登ったのに、山の幸は皆無であった。その点については残念だ。代わりに、見た事もない草や花が生えていた。


「氷室は此方だ。来なさい」

「え」


 相変わらず、返事も聞かずに歩きだす。付いて来るのが当たり前のような態度だ。何時か、振り返ったら居ませんでした、というドッキリを味あわせたい。


 後が怖いからしないけど。


 しかし氷室か。これ以上、璃君が変になったら、取り返しが付かない。即座に、白慈を巻き込もうかと考える。三倍くらいは、優しくなっても良いだろう。それもそれで後が怖いが。


 というか璃君に、自覚は有るのだろうか? いやまて、有ると言われても、全く責任が取れない!


「樒」

「はっ、はーい!」


 呼ばれて駆け寄る。歩幅の違いは、通常通り考慮されないようである。まだ救いはありそうだ。余計な事は言うまい。


「何を作る?」

「軽い感じで」

「軽いとは?」

「うーん…………芋でも蒸します!」

「芋か。南瓜かぼちゃにしなさい」

「は?」


 まさか、食べたいのだろうか。南瓜は、やや火が通りにくい。何と言っても皮が硬いのだ。物騒な中華包丁はよく切れるが、面取りついでに指まで取れてはシャレにならない。野菜の変更がしたくなる。


「あのー、南瓜、好きなんですか?」

「種が欲しい」

「タネ…………?」


 野菜の変更は難しそうだ。半分にぶった切ってワタを出し、そのまま蒸してしまおう。三十分もあれば、火は通るハズ。邪道だけれど、熱の通りを良くする為に、塩でも振ってしまおうか。


 幸い、朱鬼とミカンは、そこまで味に煩くない。


 その点は助かっているのだけれど…………璃君はどうか。そもそも、霧とか霞を食べている場面すら見た事がない。茶は飲むが。水なら何でも良いのだろうか?


 南瓜を小脇に抱える璃君の後を、織実は早足で付いて行く。種を渡したら、すぐに帰ってくれるだろうか。いや無いな。今までの彼なら、持って来いの一言だ。それが無いのだから、居座られる気がする。


 やはり南瓜が好きなのか。塩をかけたら怒ったりして? うう〜ん、と声を出して唸ってしまい、先行く璃君が立ち止まる。


「どうした?」


 そもそも、悩むなんて時間の無駄だ。本人は目の前に居るのだし、いっそ聞いてしまおう。今日は多分、機嫌がいいようだ。今のところは。


「南瓜に塩って、どうですか?」

「味は好きにするといい」

「そうですか」


 そんなに種が欲しいのか。ちょっと微妙な気分になってくる。というか、仙人が欲しがる種って、どうなのだろう? 俗世に行けるのなら、種も苗も選び放題では?


 まさか、普通の南瓜ではない?


 気付いて衝撃が走る。いくら環境が俗世に近くても、品種まで近いとは限らない。種が欲しいなんて、明らかに変だ。


 厨房で南瓜かぼちゃふかし始めたら、織実は適当な言い訳をして白慈のもとに走った。




 調合部屋に駆け込むと、彼は何時も通り、怪しげな色の胡麻油を加熱していた。


「白慈助けて。璃君が、氷室野菜を食べたがってる!」

「問題は無かった筈ですが?」


 そうなのだが、絶対に何かおかしい。あの璃君が、南瓜を持って歩いている時点で、既に大事おおごとだ。これ以上はヤバいと、警鐘が鳴る。


「一緒に来て!」

「嫌です」

「そこを何とか!」


 手を合わせて頼み込む。黄色に透けた瞳から、すとんと温度が抜け落ちた。


「行きません」

「なんでー!」


 織実は引かない。仙境で凄まれたら怖い人の頂点は、璃君だ。その人に、家屋破損で怒られる未来が確定しているのだから、ある意味怖いものナシだった。地雷なんて、何度でも踏めそうな勢いだ。


「一緒に来て〜っ!」

「しつこい!」

「知ってる! でも来て!」

「何故僕がッ!」


 声を荒げた彼は、炭火すみびを落として席を立つ。そのまま無言で、戸口に向かって織実を押した。力では全く敵わない。


「白慈〜っ!」

「璃君と仲睦まじくする事の、何に不満があるのです!?」

「なっ、仲睦まじいって、なんなのよ!? 変な妄想はヤメて!!」


 まさか璃君が好き過ぎて、そんな妄想に至るとは。信者怖い。行き過ぎた敬愛で疎まれるなんて、いい迷惑だ。


「そういうのは白慈に譲る! 妄想ごと持ってって!」

「ゆっ、ゆずっ!?」


 何故か、白慈はひどく狼狽えた。その隙に、背後に回って押し歩く。


「なんて事を言うのです! 月帝のお決めになった事を」

「恨みしかない!」

「無礼な…………!」


 一応、怖い神様と聞いたから、文句を口から出さないだけだ。織実にとって、感謝など欠片も有りはしない。グッと、肩を白慈に押し返される。


「離しなさい!」

「今日は、南瓜食べるまで、絶対に、イヤ!」


 負けじと織実は、目の前の腹に手をついた。肘を入れ、鳩尾みぞおちに容赦なく体重をかける。


「ッ樒!」

「今日はっ、引かない〜っ、から!」

「貴女に引いたためしなど、ないでしょう!」


 暫く押し合っていると、ミカンが時間だと呼びに来てしまった。屋敷が広いせいで、移動に時間を取られてしまう。


「白慈連れてくの、手伝って!」


 駄目もとで言うと、ミカンは喜んで白慈の頭に飛び乗った。


「いけー! 進めー! そーれそれ!」


 そう言ってクルクル踊りだす。味方にダメージが入るヤツ!


「僕に構うな!」

「今日は無理!」

「かぼちゃ! かぼちゃ!」

「何をしているのだ、其方達」


 璃君の登場で、白慈の意思がポキリと折れた。こちらにまで「火元から離れぬように」と、小言が飛んでくる。適当に返事をした織実は、一行を先導して正房前を通り、厨房に向かった。


 行きに抜かりなく、被害を調べた安全経路だ。


 置いていった朱鬼には、かなり嫌味と泣き言を言われたけれど、また裏山に行く事で話を付ける。石の水切り、今度は森に向かってしなくては。それから魚屋のじいさんに、防寒具の事を聞いてみよう。


 そんな現実逃避をしている内に、アフタヌーン南瓜パーティーは、無事にお開きとなったのだった。




 問題の食後なのたが、変化はびっくりする程何もない。むしろ白慈の好感度は、ただ下がったように思われる。当然の結果なので後悔はない。


「これで安心して、氷室使えるー!」


 そんな安堵に喜んだのも束の間。ミカンと屋敷の被害捜索をしていた織実は、表情をなく無くした白慈から「あるじ共々、夜もお邪魔致します」という、嬉しくない申し出を受けるのだった。




 朝の登山に、ダッシュで下山。屋敷の被害調査に急遽五人前の夕食と、珍しくハードな一日を過ごした織実は、早めに身支度をして部屋に引っ込んでいた。


 寝間着にしている白い浴衣のような着物で、ごろんと寝台にひっくり返る。足が筋肉痛になると思っていたのに、痛くも成らず、怠さもない。


 仙人の身体とは、どうなっているのだろう。しかし確かに疲れたようで、気付くと眠っていたようだ。


「樒」


 低い声に呼び起こされる。目を開くと寝台脇の卓で、薬湯が白く湯気を上げていた。すぐさま寝直したくなるが、視線を動かすと足下の方、寝台の上に璃君は腰を降ろして待っている。


「夜の薬だ」


 一回くらいは、サボらせて欲しい。そう思ったが、早くお帰り頂く為に身を起こす。肩から滑り落ちたのは、水色の…………璃君の背子うわぎだ。


「着ていなさい」


 彼はやや諦めた口調で言ってから、卓の薬湯を取りに行く。白い寝間着は、仙境の住人が満場一致で、下着と称するものだ。これの下にまだ着ている物がある為、織実にはその感覚が分からない。分からないが、仙境は朝に向かって冷えるので、羽織って損はなかった。


「失礼を承知で伺いますが…………もう少し美味しくなりません?」

「まともな部類だ、飲みなさい」

「うぐ…………」


 今日も懲りずに抵抗したが、あえなく瞬殺される。仕方なく薬湯を喉に流し込み、続いて水も飲み干した。一気飲みだけは、上達したような気がする。


「其方、今日は何をしていた?」

「何って、なんです?」


 唐突に聞かれて、せるかと思った。ぎこちく笑顔を貼り付けて、まずは、しらばっくれてみる。家屋破損は、まだバレていないと思いたい。


「白慈に、使いをさせた様だが?」

「あー、それは…………」


 一瞬迷ったが、今日の行動を追求されるよりは、璃君の行動を追求したい。織実は別方向に腹を括った。


「そのですね? 最近、以前にも増して過保護というか、気に掛けて頂いている、というか…………璃君に、変な物でも食べさせたのかなって、思いまして」

何故なにゆえ、私に聞かぬのだ」

「…………勇気がなくて」


 真面目な顔で言い返されて、つい本音を言ってしまった。仕方なく面倒を見ている風だったのが、気になって面倒を見ている、になれば、流石に突っ込んで聞きにくい。


 祖母家庭で育った為、父親という存在も疎遠なのだ。万が一、璃君に父親ぶられていても…………気付かないし、知りたくもない。実父と混ぜ合わせて、八つ当たりしてしまいそうだ。


「成程。望むならば答えるが、其方が望む答えでは無いだろう」


 答えてくれるあたり、明確な理由があるのだろう。気になるが、とても怖い。うわ〜っと頭を抱えてから、織実は白慈の報告を思い出す。


「あたしの予想では、料理を差し上げてから、変わったように思ってまして…………氷室野菜なのかなって、白慈に他の仙境を調べて貰いました。杞憂だったんですけど」

「そうか」


 璃君は少し、考える様子で窓の外を見ていた。感情の薄い横顔は、酷薄なうえ残酷そうな怖さと冷たさがある。彼はそんな人では無いと、一応理解はしていても、部屋の気温と一緒に血の気も引くようだ。沈黙が辛くなって、織実は口を開いた。


「その、すみません、でした」

「…………何故謝る?」

「白慈に頼んでは、駄目でしたよね」

「あれは、自分を見詰める頃合いだ。其方が顎で使っても、何も咎めぬ」


 そこまで言って、璃君は何故か、再び寝台の端に腰を降ろした。しかもさっきより距離が近くて、咄嗟に膝を抱えてしまう。確かにここは彼の家だし、寝台も天幕の付いた大きな物だ…………でも、気付くと璃君は部屋の中に居る事が多く、一応コチラは女性でもある。過去の自分を棚上げし、もう少し配慮を頂きたい、と思わずにはいられなかった。


「初めに」


 璃君は、一瞬眉を寄せてから、青い視線をこちらに向けた。整って冷たい印象を受ける顔には、珍しく迷いの気配がある。


「其方が此処に落ちたのは、私のせいだ。だから、出来()る限りの自由を与え、不便が無いよう計らった」

「はい?」


 終わった話を、掘り起こさないで欲しい。織実は渋面になった。


「だが料理を食してから、原因は其方にもあったと、気が付いた」

「あのですね? 壺は、実家にあったんですよ? あたしが触ったりしなければ」

「其方は、引きずり込まれている。よって私のせいなのだ。月帝つきがみは妻にと、其方を選定した」

「は? つま?」


 妙な単語が出て来た。何度か瞬いてから、冗談なのかと首を傾げる。


「夫婦という意味だ」

「誰が…………」

「其方と私だ」


 声も出せずに、あんぐりと口を開けてしまった。仙境ジョークだと言って欲しいが、最近の璃君を思い出すと、笑い飛ばせない何かもあって。織実は笑う事に失敗し、ぺたりと引きつった頬を両手で包む。


 確実に血の気が引いている。その時、肌が冷たいなんて、心底知りたくなかった。


「それ、いつからです?」

「初めからだ」

「初めって、落ちた時から?」

「そうだ」


 サクッと肯定されて、頭を抱えた。それは絶対に、教えてくれないと駄目なヤツだ。怒鳴りたかったのに、顔すら上げられない織実は、消え入りそうな声で文句を言った。


「早く教えてください」

「必要無いと考えた。地位さえ得れば、其方は何処へでも行ける。悪戯に結ばれたえにしとは言え、解消出来ぬ事では無かった」


 どうして過去形で語るのか。嫌な予感がヒシヒシとする。


「出来るんですか?」

「無理だ。其方は既に、修行の必要も無い程、気を練る事に長けている」

「は? 気なんて眉唾、あたし」

「見えず感じなくとも、有るものは有る。故に其方は、私との離縁も不可能となった」

「なんで!?」


 勢いで顔を上げたが、璃君が近くに居るせいで、結局何も話せない。動揺している自分に、動揺している。分かっているのに、どうして良いのかも分からない。


「無力な其方が、力を付けて此処を飛び出す事で、離縁の材料となったのだ。しかし其方は、力を既に持っている。現状、離縁の方法は皆無に等しい」

「璃君は、それで…………」

「其方を妻と受け入れた」

「!?」


 断固拒否して粘って欲しい。何故開き直ってしまうのか。割り切りの早い人だと、知ってはいたが、諦めが良すぎて、もう残念の部類だ。


「本当に、どうにも出来ないと?」

「出来ぬ」

「裁判は?」

「無い」


 俗世より人権を保障されないって、どういう事か。やっと怒る元気が湧いてきた。話を整理すると、気とかいう物を何処かで使った事になる。


「あたしは気なんて、知りませんから!」

「事実を言っている。無意識のようだが、料理中それを垂れ流す癖があるようだ」

「は?」


 落とし穴がそんなところに。璃君が変になった原因が、食材ではなく自分などと。


「其方の作る料理には、気が込められているのだ」

「知らないですよ、そんなの!」

「生まれ持った性質だろう。稀に居る。其方は病と無縁であった筈だ」

「それは、ウチの家系特性でして」

「家系? 其方のような性質は、血筋で引き継がれるものではないぞ」


 そんな事を言われても、我が家の女性は「健康なのが取り柄」と、代々言い伝えられるような血筋だ。ただ織実が家を出て一人暮らしに戻った祖母は、餅を喉に詰らせ、呆気なくこの世から旅立った。母の健康状態は、知る由もない。


「手を」


 濃紺の袖に包まれた、璃君の手が差し出される。これが夫と言われても、実感の「じ」の字もありはしない。眉間にシワが寄ってくる。


「また脈ですか」

「違う」


 出し渋っていると、右手を取られ、何故か指を絡めて繋がれる。


「ななな、何するんです!?」

「逆もだ」

「無理!」

「其方は、自身の気も分からぬのだろう? ならば、分かるようにすれば良い。いずれ視認出来る」


 それで、唐突に恋人繋ぎを要求される、理不尽さ。織実は座った目付きで璃君を睨んだ。


「見えて良い事なんて」

「少なくとも自衛が出来る」

「でも!」

「武術よりは手っ取り早い」

「くっ」


 そう言われると、弱かった。渋々左手も差し出すと、手の平の合わせて指を組まれる。実感出来ていなかった何かを、分かってしまいそうで怖い。体格差は男女というより、年齢差。圧倒的な年齢差。必死に言い聞かせても、気恥ずかしくて仕方なかった。異性と手を繋ぐなんて、小学生以来だ。


「ゆっくり息をしていなさい。右から左手に向けて気を流す」


 電気みたいな言い方だ。痛かったらどうしよう。この手が自力で離せない事は、嫌でも分かる。


「あ、あたしは何をすれば?」

「呼吸を乱さず、じっとしていなさい」

「それだけ?」

「そうだ」


 璃君が静かに目を閉じた。少し怖いが、織実も仕方なく目を閉じる。繋がれた右手が熱い。それは段々と腕の中に広がって、じわりと肩に這い上がる。鳥肌が立った。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 押し留めようと力が入る。身をよじったが、繋がれた手に力を入れられ、見えない圧が増していく。


「璃君! 待って! まっ」


 息が詰まった。どう頑張っても、押し返せない。


「息を」


 静かに璃君が言う。目も開かず、表情も凪いだまま。しかし見えない何かに、容赦は欠片も存在しない。


「まっ、まって」


 声に力が入らない。濁流に流される勢いで、右から左の指先に、熱が回った。


「これで一巡だ」

「い、いち?」

「次」

「は!?」


 止める間も無く、右手が熱くなっていく。唸って抵抗していたが、歯牙にもかけて貰えない。二巡目が無情にも過ぎていく。


「うぅ…………」


 やはり彼は、スパルタ教師だった。嫌な予感はしてたのに、武術が嫌だからといって、悪魔の手を取ってしまうとは。


「呼吸を乱さぬよう。消耗するぞ」

「す、すきでしてるわけしゃ」


 呂律ろれつも怪しいくらい、ごっそりと体力を削られている。右手が熱くなるだけで、身体が強張った。


「私の気など、普段から口にしているではないか」

「ふ、ふだ?」

「仙の薬が、ただの色水と?」


 何だそれは。つまりあの甘苦渋い薬湯に、璃君が数パーセント含まれていると。なんてものを飲ませんだ、こんちくしょう!


 反抗心は燃え上がる。しかし璃君は、心持ちでどうにかなる相手ではなかった。織実が前後不覚に陥るまで、気功修行は強行されたのだ。


「…………かたくなめ。やめろと言えば良いものを」


 夢の世界に行ってしまった彼女には、酷な事をした。房中術ぼうちゅうじゅつが女性に不向きな理由も知っている。だが、本人が無自覚だからこそ、確かめる必要があったのだ。


 この仙境は、清ければ半分引いて、よどんでいれば四倍をす。そこには、誤差など生じない。


 織実がよわい十六に見えないのなら、それはもう、本人の身体が滅んだ事を意味していた。今の姿は、生まれ持った特性により、無意識に急ごしらえしたのだろう。


 もし本当にその通りなら、恐るべき才能だ。


 意識の無くなった彼女を抱き上げて、そっと寝台に寝かせてやる。斑晶はんしょうが璃君となってから、これほど住人の面倒をみた事は無いだろう。妻と言われたから、多少は気にかけたのだ。


 それが多少では、足りなくなった。


 指先にすら侵入を許さない、神仙のような力量差。彼女は目覚めると、それを何処かに隠してしまう。ただの天仙とは言えない膨大なそれは、意識のない時間しか、守ってくれないようなのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ