クローク連合国
イデアは事の顛末を国王とメロウに話した。
炎龍が勇者と名乗る男に殺されたこと、それと同時にアルセリアが魔物に滅ぼされたこと、騎士団が壊滅したこと。そのすべてを真剣な眼差しで聞き及んだメロウは口を開く。
「…今の情報を聞いたうえで単刀直入に申し上げます。申し訳ありませんが、現状、我が国が貴国民を受け入れるメリットがないのです。」
先述したようにアルセリアは最早国としての体を為していないため、リーンにとって避難民を受け入れるメリットがない。労働力として迎え入れたとして、飽和状態になることは明らかであった。
「であれば、メリットが見出せるならばご一考いただけるということですかな?」
国王の発言に微かに眉を振るわせたメロウ。
「そうですね。しかし現状のアルセリアにそのようなご提案がおありで?」
全てを奪われたアルセリアの民にとってリーンが納得できるような交渉材料はないに等しかった。しかし国王はメロウの発言を勝機と捉えた。
「現状はありませんな。ただ今後は十分にありえますぞ。」
発言にイデアは国王の横顔を見つめる。国王はイデアに目配せをした。その意味を瞬時に理解したイデアはメロウに提案を持ちかけた。
「我々はアルセリアを取り返します。」
「ほう。今や強力な魔物犇く死の都と謳われるアルセリアを取り戻す算段がおありで?」
「時間はかかりますが、必ず。」
意外にもイデアの口から出たのはハッタリであった。取り戻すという意思には間違いはない。しかし取り戻す算段など見当もついていないのだ。しかし、そんなイデアの発言に国王は満足そうな表情を浮かべた。
「ふむ・・・。して、アルセリアを取り戻したとして、我が国にどのようなメリットが?」
「それは儂から話そう。そうじゃな・・・鉱山の採掘権と龍の鱗などはどうじゃ?」
アルセリア王国の領土内にある鉱山、つまりアルス霊峰の麓でとれる鉱石は希少鉱物が多く、品質も高い。また、龍の鱗は市場に出回ることは限りなく無いに等しく、商業で栄えるリーンにとって大きな魅力であった。
「たしかに。その二つは非常に大きな利益を我が国にもたらすでしょう。・・・だがまだ足りませんな。」
メロウは外交官である。商業を生業とする国の外交を一人される男である。自国にとって大きなメリットを生み出す提案をしない限り首を縦には振らないだろう。
「炎龍の亡骸。」
「…は?」
「炎龍の亡骸を頂戴したい。それをもって避難民を受け入れとしよう。」
「…貴公とて我が国アルセリアが炎龍様を守護獣として称えているのは知っての発言でありますな?」
「ええ、存じております。愚弄しているつもりはありませんよ。」
龍の血は万能薬となり、龍の肉は寿命を延ばす。そんなまことしやかなお伽噺が大陸中で噂されていた。事もあろうかメロウはアルセリアが崇める炎龍を食わせろと、そう言ってきているのであった。
「…あい分かった。」
しばしの空白の後、国王が条件を飲んだ。
「し、しかし!」
「イデアよ。背に腹は代えられんのだ。民の命がかかっておる。」
強い憤りを覚えた。今にも掴み掛りたい衝動に駆られたが、国王の言うとおりであった。イデアは腕を下げたまま拳を握り、怒りを抑え込んだ。
「…承知いたしました。アルセリアを取り返した暁には炎龍様の亡骸を引き渡します。」
炎龍の亡骸は今もア炎龍の棲家に眠っている。アルス霊峰の山頂に位置する炎龍の棲家は通年して絶対零度から気温が上がることはなく、事実上、炎龍の亡骸は冷凍保存されている状態である。多少の劣化はあるかもしれないが、腐ることは無いだろう。
「では交渉成立ですね。私はこれからリーンの議会を説得します。夕刻過ぎには順次受入を開始できると思います。」
メロウが胡散臭く笑い席を立つ。退席すると思われたとき思い出したようにイデアに声を掛けた。




