第二十三話 大連合パーティー出発
薄闇世界側の入り口、リーズリウム深緑ダンジョンから進入した南藤たちは、日本側から入って来た連合パーティーのメンバーと第一階層で合流して一路、第五階層を目指して移動を開始した。
「氾濫の危険もささやかれてますけど、南藤さんは第五階層の魔力濃度に耐えられるんですか?」
雪女たちのクラン『雪華』のリーダー深映が機馬の上の南藤に問いかける。
第一階層でもあり、南藤は機馬の上でもしゃんと背筋を伸ばして座っていた。手元には異世界貿易機構から借り受けた拘束具がある。注射器のような形のそれは対象に突き刺すことで針部分が折れて魔力を扱えなくするものらしい。原理については教えてもらえなかった。
「耐性の強化をこの間済ませたばかりなので、第七階層くらいまでは大丈夫です。まぁ、第六階層から一気に魔力濃度が跳ね上がったりすると厳しいですけどね」
深映に答えながら、上空で大蜂の群れと戦闘を繰り広げている『鞍馬』の天狗たちをドローン三機で支援する。
正面では橙香を筆頭に大塚、室浦、クラン『踏破たん』や『藻倉遠足隊』が暴れており、魔物は出会いがしらに死体に変わっていった。
戦闘力が過剰なため、サクサク第一階層を進んで第二、第三階層を下りて第四階層に到着する。
木造住宅が立ち並ぶこの階層で発見された階層階段はかなり奥まったところにあるらしい。
サトリが時折拾う心の声ときたら誰の物でもいっしょだった。
『獲物キタコレ』
『ッしゃあ、殺せ!』
『魔物は魔力!』
『可哀想になんてならない。だって魔物だもの』
哀れを誘う早さで命を散らしていく魔物たち。数の暴力を体現しながら一人一人の戦闘力が高い冒険者たち。
結果は目に見えていた。
しかし、第四階層ともなると魔力濃度も高くなっており、南藤は機馬の上に突っ伏してスマホ画面を確認しながらの移動となり、橙香も前線から戻って南藤の介抱を始めていた。
「芳紀、気分はどう?」
「気持ち悪い。だが、まだ何とかなる範囲だな」
顔色は悪いものの受け答えはしっかりしており、耐性の強化は成功している事が窺えた。
この調子で先に進もうと、時折進路を塞ぐ民家へ不法侵入して通り抜けていく。
そうしてほぼ足を止める事もないままに進んだ先に見えてきたのは、周囲を空堀に囲まれた小さな砦だった。
南藤がドローン毬蜂で砦の敷地を確認してみると、中には魔物が密集していた。
「相変わらず、ここは守りが堅いようだ」
上空から偵察してきた天狗の法徳が南藤のそばに着地して報告する。
日本の冒険者が最初に発見したこの砦は魔物が内部にひしめいているために攻略が難しかったのだが、傭兵クランを雇って強行突破して砦の地下に階層階段がある事が突き止められている。
階層階段を守るために砦や魔物が配置されているとしか思えない環境だった。
「基本的には鬼族が作る砦だ。天狗を警戒するため空からの進入が難しく、門から続く進入路には巨大な得物を振り回すことが可能な広場が点在する。すまぬが、我ら天狗衆は力になれぬ」
「俺の周囲で待機していてください。大塚さん、室浦さん、古村さん、荏田井さん、深映さんは当初の作戦通りに配置についてください」
「了解」
大塚たち日本の冒険者を前衛とし、深映たち『雪華』の雪女が魔力強化した水鉄砲で後方から支援を行う形だ。
正門から堂々と入城すると、魔物が殺到してくる。
『射撃開始』
『了解』
水鉄砲であるため発砲音は響かない。十人の雪女が一斉に水鉄砲を構えて引き金を引く。一瞬で彼女たちの周囲の温度が低下してうっすらと靄のようなものが彼女たちの姿を隠し、銃口の向きを魔物たちから隠した。
元より美人が多い雪女だけあって、統制が取れた射撃に荒々しさはない。たおやかさすら感じる彼女たちの射撃姿勢はその繊細さからは想像もつかないほどの戦果を挙げていた。
先頭行く魔物たちの足が凍りつき、その場で動けなくなる。後続の魔物たちが衝突し、足が鈍った所へさらに冷気を纏った水が注がれて身動きを封じていく。
仲間の魔物たちが正面で足止めされているために後続の魔物たちはなかなか進めずに大混雑を起こしていた。
『室浦さん、深映さん、現在ドローンが浮いている場所へ向かって攻撃をお願いします』
『了解』
室浦がバスタオルをぐるぐると手元で三回転させてドローンに狙いを定めて振り抜く。魔力強化されたバスタオルが蓄えていた水を一気に放出して大きな水の塊を射出した。
ひらりとドローンが水の塊を避けた直後、深映が放った冷気の篭った水が届く。
水の塊が一気に冷やされて魔物たちへ降り注ぐ。頭上から文字通り冷や水を浴びせられた魔物たちが混乱していた。
『飛行型魔物の接近を確認。クラン『雪華』は対処をお願いします。日本冒険者は切り込みをお願いします』
『了解』
『オッケー』
深映たちの銃口が上に向けられると、大塚や『踏破たん』、『藻倉遠足隊』の面々が魔物の群れに切り込んだ。
すでに雪女の銃撃を受けて身動きが取れないほど混雑し、身体の一部が凍結している魔物たちが抗する術はない。
大塚が得物の高枝切りばさみを横薙ぎに振り抜き、米沖が木刀に鋭い石を取りつけた自作武器で切り込み、裁ちばさみを短刀のように構えた古村と柄が延長する金槌を構えた紫杉が細かく動いて隙を埋める。後方からは和弓を構えた荏田井と保篠が狙撃で援護し、ラクロスのラケットで石を飛ばす『藻倉遠足隊』の後衛二人が進路上の難敵を先に仕留める。
戦場の上を飛び回る三機のドローンが戦況に応じて飛行型魔物や地上の魔物を減らしていく。
誰一人かすり傷を負う事もなく広場を制圧し、砦へとなだれ込む。狭い通路で雪女たちの統制が取れた射撃から逃れられるはずもない。サトリが物を投げつけてくるが、クラン『踏破たん』の勝屋がライオットシールドで受け止める。
戦闘の合間に魔物の死骸を回収して魔力の蓄積を図りながら、通路を進んでいく。
およそ五時間で砦内の魔物は壊滅し、南藤たちは第五階層へ続く階層階段がある地下室に到着した。
「統制が取れてない魔物じゃ、砦に籠っても宝の持ち腐れだよな」
せっかくの砦も内部構造を利用した待ち伏せや挟み撃ち、奇襲といった戦術が使えない魔物が篭ったところで棺桶と変わりがない。
南藤の隣に橙香と共に待機していたオルは肩を竦めた。
「いざとなれば、外から砦ごと私の魔法で燃やしてしまおうと思ってたんだけれどね」
どうせ地下に階層階段があるのなら、地上部にある砦を丸ごと焼き払っても問題がない。
消火の手間を考えると最善手とは言えないが、一つの選択肢として南藤の頭にもあった。
「ゴリ押しでも問題ない。魔力強化もできるしな」
オルに返事をして、南藤はメンバーを見回す。
「それでは、第五階層の探索に入ります。俺はこの階層以降、使い物にならなくなると考えてください」
「情けない宣言もあったもんだな」
大塚が腕を組んで呆れたようにそう言い返すと、連合パーティーのメンバーが揃って苦笑した。
出発前に各自の役割についての打ち合わせも済んでいるため、特に質問もないまま第五階層への階層階段を下りる。
「……れぇあ」
「はい、ハッカ飴」
「ねぁ」
小さな飴玉を直接口に入れてもらった南藤が橙香に礼を言う。毎度のやり取りに連合パーティーは誰一人反応を示さず、雇い入れられた傭兵クランは職業意識によるものか努めて無視を決め込んでいた。
ろれつが回らなくなった南藤を連れて第五階層に降りた一行は今までの木造住宅街とは一転した景色を興味深そうに眺めまわした。
「乙山ダンジョンの浮島とおんなじ感じだな。雲海じゃなく普通の海なだけで」
「海の中から魔物が現れるかもしれないから気を抜けない。空の上とは違って水の中を見通すことはできないからな」
紫杉と勝屋が意見を交わしながら注意深く辺りを見回している。
第五階層からは七歩蛇の他にも数種類の魔物が存在すると言われている。いずれも遠目からの目撃証言であり、詳細は不明だった。
また、幻覚を見せる蜃などの魔物が相変わらず出現する。多様な特殊能力を持つ魔物ばかりであるため、警戒は怠れない。
「では、陣形通りに」
法徳たち天狗衆が上空に飛びあがり、深映たち雪女が連合パーティーの左右に分かれて水鉄砲を構える。彼女たちの前には左右それぞれ『踏破たん』と『藻倉遠足隊』が前衛として立つ。
空から視点を確保する天狗衆と、左右からの攻撃に対応する『踏破たん』や『藻倉遠足隊』、これらを援護する雪女たちという陣形だ。正面に対しては大塚、室浦ペアがあたり、後方には南藤、橙香、オルが控えている。天狗が遊撃も行うため、全方位に対応力を発揮できる陣形だった。
連合パーティーの陣形が整ったのを見て、傭兵クランのリーダーが南藤に声を掛ける。
「俺らはこの階層階段を守ってればいいんだな?」
「あぇあ」
「よろしくお願いしますって」
「……お、おう」
雇い主が言語を話さない事に困惑していた傭兵クランのリーダーは、ひとまず橙香の指示に従う事にしたようだった。
「新しい階層への階層スロープを見つけたら一度連絡します」
「分かった。無線機はいつでも通じるようにしておこう。定期連絡も頼む」
「分かりました。では出発!」
南藤に代わって出発指示を出した橙香が拳を空に突き上げると、連合パーティーがクランごとにバラバラに手をつきあげて出発した。
海に左右を挟まれた砂州を渡り、小島へと移動する。
この階層から現れる七歩蛇、鎌鼬は砂州の左右に広がる海から奇襲してくる可能性もある飛行型魔物であるため、全方位を警戒しなくてはならなかった。
「……魔物の襲撃が全然ないね」
警戒はしているものの、南藤や天狗の警戒網に魔物が一切引っかからない。遠くにいる様子もなく、不気味なほどの静けさに包まれていた。
砂州を渡り切って小島に到着する。まばらに木が生えているだけで集団での行動にも支障をきたさない閑散とした小島。
しかし、その小島の中央にドローンを飛ばしていた南藤はいち早く新種の魔物の姿を捉えて、スマホを掲げた。
すかさず橙香が無線機を口元に近付けながら、画面を覗き込む。
「え、なにこれ?」
『どうかしたのか、橙香殿』
思わず呟いた橙香の独り言を聞きとがめた法徳が無線機越しに訊ねてくる。
橙香は困惑しながらも画面を見つめ、無線機でパーティーメンバー全員に知らせる。
『――なんか、ロボットが隊列組んでます』




