第二十一話 対策会議
「急進派の刺客の能力も分からないのか」
「顔を見ればわかるかもしれないけどね」
オル曰く、急進派と一口に言ってもダンジョンに頼らずその手で殺人を直接行う者はそう多くないという。
しかし、正面から戦って勝つ自信があるからこそ冒険者を殺害してまわるのだから、その戦闘力は折り紙つき。
オルもそう弱い方ではないが、不意を突かなければ返り討ちに遭う可能性が高いという。
「そんな状態でよく急進派を止めようなんて思ったな」
「放っておけなかったのだから仕方がないさ。それに、不意を突ければ大概の相手を即死に追い込む自信がある」
「例の奥の手か」
「そういうこと」
すっかり冷めてしまった残りのパスタを口に運びながら、オルはふてくされたように言う。
「私は鏡像世界の人間だ。魔法は光を扱うものだから、避けるのは至難の業だね」
「ねぇねぇ、魔力消費はどれくらいなの?」
消費量次第では南藤の魔力酔いを緩和できるかもしれないと考えて、橙香は興味津々に問いかける。
「かなり大きいから連発は出来ない。少なくとも、薄闇世界ではリーズリウム深緑ダンジョン周辺でさえ使えないね。二階層辺りまで行けば最高威力で使用可能だと思ってくれていい」
「第四階層だったら十発くらいで周辺の魔力を消費し切る感じ?」
「そうなるね。発動までに時間もかかるから間断なく連発とはいかないし、南藤さ――南藤君の魔力酔いを治す目的で発動するのはまず無理だと思って」
橙香に倣い、オルはさん付けを止めて言い直した。
橙香が満足そうに笑うと、オルは鬱陶しそうに手で払いのけるような仕草をする。
「私が知らない相手なら、逆もしかりだから素性に気付かれる事もないはず。けれど、私の事を知っている相手だとすれば奇襲さえ難しくなる」
「結構厳しい条件だね。仕掛けてくるとしたらダンジョンの中かな?」
「目撃されたら面倒になると向こうも思ってるはずだから、ダンジョンの中で仕掛けてくる可能性が高いわ」
「魔物との三つ巴になるって事だね。その上で相手を無力化する、と」
どんどん条件が難しくなっているにもかかわらず、橙香も南藤も顔色一つ変えなかった。
まるでピクニックの計画でも立てるように、南藤がハンバーグを食べながら思いつきを口にする。
「異世界貿易機構に連絡して魔法を封じる方法を教えてもらった方がいいな」
藻倉ダンジョンでアンデッド騒動を起こした裏ギルドこと異世界人の工作員を捕えた際、職員の杷木儀は魔法を封じる手段について仄めかしていた。
事情を説明すれば提供してもらえる可能性がある、と南藤は言うが、頭の中ではどうやって供出させるかの算段を巡らせている。
しかし、後手に回らざるを得ないため決められることもさほど多くはない。
「まずは仲間集めからだな。オルも来てくれ」
ハンバーグを食べ終えた南藤が立ち上がる。すでにパスタを食べ終えていたオルが素直に立ち上がると、いつの間にかフレィケルが会計を済ませていた。
「フレィケルさん、私の分まで払ったんですか?」
「若い頃を思い出させてもらったお礼よ。どうせ使う宛てのないお金だったから、気にしないでいいわ」
おっとりと笑ったフレィケルはオルの肩を叩く。
「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
少し照れくさそうに返したオルは店の外で呼んでいる橙香の元へ早足で向かうのだった。
※
日本から来た冒険者が集まる宿でクラン『鞍馬』の法徳やクラン『雪華』の深映、クラン『魔法探究班』の中井を呼んだ南藤は借り受けた一室で事情を説明した。
ことさらに興味を引いたのダンジョンが生まれる理由であり、ひいては帰還の扉と呼ばれる組織の内情についてだった。
「ふむ。話は分かった。ダンジョンなどというはた迷惑な代物を作ってくれた恨み言も多々あるのだが……今はそれどころでもあるまいな」
話を聞き終えた法徳が複雑そうな顔をしてオルを見るが、いまは南藤が狙われている事、急進派の刺客をいかに捕えるかに話の焦点が置かれているため自重した。
中井も同様に複雑そうな顔をしていたが、深映は含むところがないらしく興味がなさそうに欠伸した。
「ダンジョンは確かに人を殺しているけど、それを穏健派だというオルさんに言っても仕方がないわね。それに、ダンジョンのおかげで異世界との交流が可能になったという側面はあるわけだもの。そんな事より、今後の方針を決めた方がいいわ。ダンジョン内殺しの件は聞いてるのかしら?」
「なんですか、そのダンジョン内殺しって?」
橙香が首を傾げると、中井が説明する。
「先ほど日本から連絡があったのだよ」
「中二病モードで話すんだ」
真面目な時の中井を知っている橙香が思わず突っ込みを入れるが、中井は意に介さず説明を続ける。
「それが第五階層への階層階段発見の報と共に、ダンジョン内を殺人鬼が歩き回っている可能性についての指摘なのだ。日本、薄闇世界、双方の冒険者を殺して回っているらしく、最大で九人の冒険者が同じ現場で殺されていたという。殺害方法はおそらく魔法によるものだが、不可思議にも現場の魔力濃度は非常に高くなるそうだ。興味深いとは思わないか?」
「それって、第四階層の階層階段で起きた殺人事件と同一犯?」
階層階段前に魔物を集めていた冒険者集団が殺害されていたのを思い出して、橙香は確認する。
「如何にも」
横柄な態度で頷いた中井が法徳に目線を向ける。
「地図を渡されていなかったかね?」
「あ、あぁ、受け取っている。これだ」
中二病モードの中井が苦手な法徳はやや身を引きながらも一枚の地図をテーブルに広げた。
「第五階層は砂州で繋がる小島を移動する形になっている。全体的に海原だが、我ら天狗衆が空を飛ぶのが難しい」
「強風でも吹いているんですか?」
「鎌鼬と七歩蛇が出るのだ。迂闊に飛べばこれらの魔物に襲い掛かられる」
「鎌鼬は分かるが、七歩蛇とは何かね?」
中井が口を挟むと、法徳が地図の裏にさらさらと絵を描いてみせた。小さな龍のような姿をした生き物らしい。なかなか詳細に描かれたその絵は法徳の絵心を如実に反映していた。芸達者な天狗である。
「噛まれてより七歩歩けば死に至るとされるほどの猛毒を持つトカゲだ。霊界のモノは空を飛ばぬ猛毒のトカゲでしかないのだが、ダンジョンの中では魔法により空を飛ぶことが確認されている」
「本当に七歩で死ぬのかね?」
「強化されていなければ半日持たぬ程度だろう。日本の協力で薬が作られているが、ダンジョン内で噛まれてみようなどという酔狂者はおらぬゆえ、効果があるかは分からぬ」
第五階層ともなれば、戻るだけでも時間がかかる。毒を持っていると分かっている魔物に噛まれたがるものがいるはずもなかった。
天狗たちとしては、七歩蛇に噛まれて墜落する事態を避けるために迂闊に空を飛べないらしい。
第五階層は上空が開けているため、天狗たちが飛びまわればすぐにでも階層スロープが発見できそうなのが惜しい所だった。
「だが、クラン『雪華』の雪女たちならば対空射撃もできるのだろう?」
「造作もないわ。ただ、魔法で飛んでいる以上、翼を氷漬けにして墜落させるのは難しいかもしれないわね」
「仕留める必要があるという事か」
「日本にいるボク達の知り合いにも参加を要請するから、対空攻撃の手は集まるかもしれないよ」
「期待しておこう」
「――ふっふっふ、ここは我の出番であろうな」
唐突に不気味な笑い声をあげた中井に視線が集まる。
ニヤリと笑みを浮かべた中井がスマホを取り出し、写真フォルダから一枚の画像を呼び出して全員に見えるよう掲げた。
「これこそが、大蜂対策に開発されし対空射撃型殺虫剤噴霧器!」
「噴霧されては我ら天狗衆にも被害が及ぶのだが?」
「……改良しておこう」
意気揚々と繰り出した発明品を一瞬で否定され、中井は小さくなった。
「大規模連合パーティーでの遠征となれば、南藤殿を狙う急進派の刺客も手を出してこないのではないか?」
「搦め手を使ってくる可能性もあるけれどね。そのあたり、オルさんの見解を聞かせてほしいわ」
法徳と深映に水を向けられて、オルは南藤を見た。
「何人くらいになるのかしら?」
「『鞍馬』と『雪華』で二十人くらい。大塚さん、室浦さんの二人と『藻倉遠足隊』の四人と『踏破たん』の四人を加えて三十二、俺たちを足して三十五人か」
「確かに、それだけの人数がいれば直接仕掛けては来ないかもしれない。ただ、刺客はインターネット掲示板で殺害予告を出しているくらいの劇場型だから、目立たない搦め手を使用して来るとも考えにくい」
「だとすると、向こうも数を揃えてくるかもしれないな」
「芳紀が刺客だったらどうする?」
「ダンジョン内の魔物を集めてMPKを狙う」
「さらっとそういう発想が出てくるんだね」
「MPKを仕掛けるなら第五階層だ。他の冒険者の邪魔が入りにくく、砂州を移動する関係で退路が限定される分、先回りで罠を仕掛けられる。罠を仕掛けた後は第四階層へ続く階層階段を破壊する。後は魔物に始末されるのを待つなり、餓死するまで階層階段が修復されても破壊し続ける」
「悪質だなぁ」
「自らは一切手を出さない点が素晴らしい」
オルと中井の評価に南藤は肩を竦めた。
しかし、刺客が取り得る作戦としては効果的なのも事実だった。
「傭兵クランを雇い入れ、階層階段やスロープの警備に置いた方がいいやもしれぬ」
「色々と計画を立てる必要があるわね。私も『雪華』のメンバーと予定を調整しないといけないわ。南藤さん、計画をまとめてくれるかしら?」
「分かった。俺も魔法を封じる方法を異世界貿易機構に問い合わせる必要があるし、時間を貰えるのはありがたい」
計画立案の時間や各所の調整を含め、五日間の猶予を貰って場は解散となった。




