五十五話:復活の黒魔族
白魔族界は日が沈み、夜になった。まだ地平線近くの空はほのかに赤い。
メガはついに苦しむ声も出すことなく、その場でじっとしているだけになってしまった。だが、静かになったわけではない。辺りからは地を揺らす轟音が暴れまわり、暴風のように叩きつける魔力の流れが瑛士たちの周りを渦巻いていた。
瑛士には見当がついていた。黒魔族王ブレッジだ。彼が何かと戦っている。繰り出される魔法は複雑で、いちいち解析する暇がない。そんなことより、今はこちらだ。
「暗くなっちまったな。明かりがないと不安か? 目に魔法かけりゃ見えるだろ?」
レグナが大天使の会と呼んだその男は親指と人差し指で輪っかを作り、そこから瑛士たちを覗き込みながら、そう語りかける。彼の言う通り、近くにあった建造物は軒並み潰れ、確かな光源は頭上に散らばる星のみになっていた。
「そうピリピリすんな」
そう言われても、二人は何も返さない。いずれ始まるであろう戦いに向けて、少しでもマシな状態で挑もうと体を休めている。
大天使の会の男は、見た目だけならば今まで瑛士が出会った魔族の中でも最も強そうである。背が高く、それでいて見える範囲では筋肉がすごい。魔法だけでなく、ただのパンチキックにも気をつけなくてはならない。
「そうだな……まずは名乗っておくか。俺はラファエルって呼ばれてる」
「ラファ……」
瑛士の体がぴくりと動く。ラファエルはそれを見逃さなかった。瑛士を指差しニヤリと笑う。瑛士は、何か魔法が放たれると思い、目をぐっとつぶった。
「やっぱり反応するよな、非魔族は。なにせ、この名前はお前たちの世界の神話からとったもんらしいからな。大天使の会なんて名前もそうだ。ま、俺は両方とも気にくわねえが」
瑛士がちゃんと聞いているかは確かめない。質問も受け付けない。ただ自己満足と暇つぶしのために、ラファエルは淡々と喋り続ける。
「なんの未練か知らんが、非魔族に影響されすぎなんだ。明確な指針もなく──」
「ラファ……エル……。これ……は……?」
メガの変化が終わった。魔力の乱れもなくなっている。変化といっても外見の差は全くなく、以前と変わったところは見受けられない。
「ウリエルからのプレゼントなんだと。えー……お前は……なんだったか。……そうだ、メタトロンだ」
「プレゼント……ですか……?」
ラファエルはどこからともなく新たなエンゼリングを取り出し、差し出した。
「そう名乗れ、とウリエルからの伝達だ。あの非魔族と落ちこぼれはお前がやれ。俺はここから見てる」
「あなた……」
彼女は、鋭くなった目を更に細め、怠慢な彼を見つめる。
「俺は見極めたいだけだ。ウリエルのお気に入りのお前をな」
「……分かりました」
彼女はしぶしぶ頷き、足元に落とした杖を拾い上げる。そして、エイジたちの方を見て、一歩足を踏み出した。
「時間だ、ミカミエイジ。戦えるかい?」
「ああ、お前こそな。なんか知らんが、二人対二人じゃなくなったみたいだ。今度は精神系に引っ掛かんじゃねえぞ」
「ふん。君は一体誰に物を言っているんだ」
瑛士とレグナはよろめきながらも立ち上がる。そして棒立ちのメガ──メタトロンに向かって、走り出す。
「うおおおおおおおおおお!!」
叫びながら二人同時にエンゼリングの魔力を引き出す。二人の背に魔力が羽根の形のオーラとなって現れる。
飛びかかろうとしたその時、メタトロンは落ち着いた様子で杖を掲げた。
「ツレイヴ」
杖を地面につき、カンッと音を鳴らす。空間が歪んだかのようにメタトロンの姿が揺らぎ、二人に増えた。
「な! お前、オズマみたいなことを!」
「ふっ、馬鹿め! 白魔族にとって膨大な魔力の消費は命取りだ。理解することと実践することは違うんだ」
「私は、一度見ればどのような構造の魔法を使っているかが分かるのです。一体だけで、しかも完全な知能ではありませんが、あなたたちを殺すことはできますよ」
空中の二人を杖で弾き、二人と一対一の状況を作り出すメタトロンたち。二人にじりじりと歩み寄る動きは、どちらもさながら本物だった。
「はァ、魔翼六枚か。なるほど、ウリエルもルシフェルも注目するわけだ」
ラファエルは瑛士の姿を見て感心したように顎を撫でた。
そんなことは耳にも入らない瑛士。素早く立ち上がり、目の前のメタトロンの片割れに集中している。
「操るのは得意分野ですよってか? 『ストロ』!」
瑛士はいつも通り、自身に強化系魔法をかける。エンゼリングをいくつか持っていたこともあり、初手の魔法はかなり強固なものにできた。メタトロンの猛攻をものともせず、自分の拳が届く距離まで近づいた。
「はっ!」
突き出した右手は本体に届かない。魔法で防がれてしまった。
そしてバランスを崩した瑛士に、メタトロンは杖を振る。
瑛士はそれを、体を反らせて避ける。後ろに倒れそうになり、そのまま勢いで数歩下がる。
「なかなかやるではありませんか、ミカミエイジよ。私が強化する前ならばもう決着はついていたかもしれませんね」
「余裕かましやがって……!」
息を切らす瑛士。手で口元を隠して静かに笑うメタトロン。
「『トロイ』!」
魔力の確保によって普段より多くの魔法弾を連続発射できるようになった。それだけでなく一発一発の威力も大きくなっている。
──はずなのによ……!
全て撃ち落とされてしまう。
持てる技術の全てを使い、右から左からと出てくる場所や軌道を変えてみる。
だが、無意味。
何より恐ろしいのは、既に分裂でかなりの魔力を使っているはずであること。分身の維持にも常に魔法を使っていること。そしてその状態であるにも関わらず、瑛士の魔法弾をまとめてではなく一発ずつ防いでいること。
「まるでお遊び……!! くっそォォッ!!」
瑛士は、魔力が空になったエンゼリングを捨て、次のリングに手を出した。
一方、レグナは。
「ぐああああああああっ!!」
レグナは、メタトロンの圧倒的な力の前になすすべなく、サンドバッグ状態になっていた。
使う魔法の差は歴然。背中の四枚羽根のオーラも消えた。あれほど溜め込んでいたエンゼリングは全て無駄になった。
「うっ、うわァ!」
立ち上がろうとすると杖で殴られる。その度に口の中は切れるし、そのうち鼻血も出る。眼鏡のレンズが割れて視界も悪くなる。
ついに目眩がして、レグナはその場に手をついた。
「弱い、ですね」
馬鹿にするでもがっかりするでもない、ただ心の底から出た感想だった。
しばらくしてレグナの反応がないことを確認すると、次に彼女は煽りを始めた。
「静かになってしまいましたね。私に噛み付いていたあの頃のあなたはどこに行ってしまったのでしょうか。あの元気は、隔離室に置いてきてしまいましたか?」
レグナは何も返事しない。
メタトロンは杖を握った。
「もう、構いませんね」
すっと表情が消えた。杖に魔力が込められていく。レグナに向けた杖先の装飾から、魔法陣が現れる。いつかオズマに放たれたアレの簡易版だ。
「あっさり殺すのも可哀想ですから、派手にやってあげましょう」
この魔法は魔力を溜めるのに時間がかかる。だが、動かない的相手ならばそのデメリットは消える。
巨大な魔法弾が放たれた。ドウと空気を押しのける音。
「レグナ!」
瑛士はもう一人のメタトロンの杖を掴んで攻撃を加えていたところだった。意識が逸れた瑛士から、彼女が逃れるのは容易だった。
瑛士はすでに手に力が入っていなかった。
むしろそれを反動にしてレグナのもとに走っていった。
──そうだ、転移系! ……ダメだ、こんな緊急で発動できない! 強化系……も今のが限界だし。
「間に合わないッ──」
直後、眩しい光が辺りを包む。そして爆音、振動がやってくる。
「あッ……」
レグナのいた場所は、もうなにもなくなっていた。
「そんな……」
「隙を見せてよろしいのですか?」
「!」
背後から近づくメタトロン。瑛士は魔法弾を出し、その反動で彼女から離れた。
「くっ……これじゃダメだ……」
「焦んな。落ち着けや」
「えっ」
馴染みのある関西弁。瑛士は振り返った。そこにいたのは黒魔族、彼が最初に出会った男。そしてそのとなりには大柄な男。二人とも服はボロボロだが、どうやら傷は治っているようだ。
二人はレグナの相手をしたメタトロンにかかっていく。
「ベリド!? テトさん!?」
瑛士はあっけにとられる。が、二人は瑛士に声をかける様子はない。彼らの目標は、メタトロンだ。
「お前たちは面白いものを開発しているな。エンゼリング、と言うのだろう?」
「使わしてもらうで!」
テトとベリドは、レグナが落としたエンゼリングをガバッと掴んでいく。
「無駄です。エンゼリングは、黒魔族には使えません!」
「ほんまかァ?」
レグナの相手をしていたメタトロンは、二人に向かって魔法弾を放つ。彼らはそれを素手で弾いていく。
「なに!?」
「確かに白魔族に向けて作られた魔力は黒魔族には合わん。輪っか一個からはちょびっとだけしか魔力は得られへん。けどな、こんだけあったら違うんや。分かるやろ?」
「塵も積もれば、だ。覚悟しろ、白魔族」
ベリドは振り向き、瑛士に向かって叫ぶ。
「エイジ! レグナやが、そろそろ落ちてくるはずや! 受け止めろ!」
「はあ!?」
瑛士がバッと空を見上げると、降下してくる人の影が見えた。
「わっ!!」
慌てながらもなんとか受け止める。それは紛れもなくレグナだった。彼はまだ生きていた。
「どうして……」
「ま……魔法だな。僕に攻撃が当たる瞬間、空中に移動させたんだ……」
「なるほど。てか、お前はもう喋らない方がいいぞ」
瑛士はレグナを地面に優しく寝かせた。
瑛士の相手をしていたメタトロンは困惑する。目の前で起こっていることが理解できない様子だ。
「なぜです!? あなたたちは既に倒されていたはず! セルらと相打ちに──」
「それをボクが治してやったんだよ」
戦場に届いた得意げな声。声の主は、別の黒魔族だった。
「あ!」
瑛士は驚き、そして安堵した。
白魔族界突入組の中で行方が分からなくなっていた二人がついに現れた。
サラと風華。二人は無傷だった。
「ち、ちょっとサラさん。わざわざこちらに気づかせなくても……」
「あー……ごめん。ボク、目立つの好きだからさ、つい……」
「つい、じゃないですよお」
サラの肩をぽこぽこ殴る風華。
「気づかなかった」
ラファエルは呟く。
それも当然。風華とサラは姿を消して戦場に近づいたのだ。魔力を感じることができる者で、かつ彼女らを見つける余裕のある者はいなかった。
「江里さん! 今は危ないって! 早く、離れて離れて!!」
「大丈夫だよ、非魔族。キミは知らないかもしれないけど、こいつ頑丈だからさ──わっ!!」
「きゃっ!!!」
急に爆発が起きた。と、同時に風華が頭を抱えてその場にしゃがみこむ。サラもかなり驚いた様子。いつものように、風華を包み込むようにバリアが作られていた。
「へェ……。防ぐのか」
ラファエルは興味深そうに風華を見た。風華に向けられたその指から魔法が放たれたことは明らかだった。
「お前ェ、ラファエル!! 江里さんに手を出すな!!」
「三上くんっ! 私は平気だよ! それよりっ!」
「ぐう!!」
ラファエルに気をとられる瑛士の背中に瓦礫が飛んできた。慌てて視線をメタトロンに戻す。
「お話ししている暇はありませんよ!」
「くっ!」
びゅんと空を切る杖の軌道を、瑛士は間一髪で避ける。足を、腕を。それぞれを狙って突かれる杖も、魔法弾も避ける。
「動きが良くなっている……?」
「当然だ。江里さんがいるからな。俺って結構単純なんだよ」
「ふざけていますね!」
瑛士は先ほどよりも身のこなしが軽くなった。互角、むしろ押され気味だったメタトロンとの差が埋まり始めた。
瑛士の攻撃が命中する。ついに、メタトロンに一撃を与えることに成功した。
そして、ベリドとテトの戦況。
「はあッ!」
「りゃああああ!」
メタトロンの魔法に押し勝つ二人。
「二人がかりとはいえ、負けるのですか!? 私が!? あり得ません! セルらが死んだのは当然のこと? いいえ、そんなはずは!」
「そういやお前はエイジらの相手してたから知らんねんな」
ベリドは首をコキコキと鳴らす。
「お前の手下どもは俺らに向かって自爆かましてきたんやで」
「そんなもので俺が死ぬわけがない。もっとも、第七位・第十位はかなりのダメージだったわけだがな。そのせいで第四位が復活させられたのは俺と第八位だけ」
「なんて命令したんか知らんけどな、俺らを甘く見過ぎなんや!」
ベリドたちはまたメタトロンに攻撃を仕掛ける。
それを見つめる瀕死のレグナは、ある決意を固めていた。




