五十四話:大天使の会
ブレッジとザラルは、変化形魔法で自身を透明化させ、かつ居ないことに気づかせないように精神系魔法を使い、戦いの中を避けて中央議会の建物の中に侵入していた。
白魔族界中でたくさんのトラブルが起こったからか、警備が手薄になっており侵入は容易だった。
「こっちが階段で、こっちが昇降機です。構造が変わってなければですが、この道の先の正面玄関前の大広間は吹き抜けになっているので、そこから飛んでいくのが一番早いかもしれません」
「ふむ。感謝するぞ、ザラル。お前はもう隠れておけ。誰かに姿を見られては危険だ」
「はい。王もお気をつけて」
ザラルは一礼し、自らの姿を消した。そしてブレッジはザラルの言った通り正面玄関前の大広間から上に行こうと、道の先を目を凝らして見た。行く手に阻むものはなし。
その時だった。
「うああああああああ!!!」
フロア全体にまで届きそうなほどの叫び声が、ブレッジの背後から届いた。
振り返ると、片腕が捥がれたザラルが、ブレッジの足元まで滑ってくる。右腕があった場所からは煙が出ており、酷い火傷痕が残っていた。粗末な服は血に濡れ、床と擦れることで破れていた。
「ザラル!?」
ブレッジはその場にしゃがみこみ、ザラルに向かって名前を呼ぶ。
腕を失った痛みで返事どころではない。足をばたばたとさせながらひとしきり苦しんだ後、彼は意識を失った。
「くっ……今治して──」
掲げた右手は、固まったように動かない。腕の力だけではどうにもならない。魔力を込めてみても動かない。
「……!? なぜだ……!」
「そんなに大事?」
謎の声。ブレッジはその声に聞き覚えがあった。周りをばばっと見渡す。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
ブレッジの耳元で囁かれる言葉。彼は自分を髪を巻き込む程の近さと速さで拳をふりあげた。声の主はすでに彼の正面に移動していた。
「……ルコ」
ブレッジの声は低く、抑揚がない。時が止まったかのように目の前の魔族を凝視する。体の軸はほんの少しも動かない。が、拳を強く握ることで腕は若干震えている。
「僕の名前、今はルシフェルっていうんだ。この世界を治める役目をしてる。そして今日から──」
「ザラルは、お前がやったのか?」
ブレッジはルシフェルの言葉を遮り、立ち上がる。
「ま、そうだよね」
「貴様ァ!」
掴みかかろうとするブレッジ。ルシフェルはそれを避ける。
「相変わらず乱暴だな。さっきも聞いたけれど、そんなに大事かい? なんでそんなに怒れる? 白魔族は、今の君にとっては敵じゃないか?」
「違う。それはお前がそうなるように仕向けたのだろう!? 黒魔族界での認識も変わってしまっているのも!」
「そう、それ。よくも僕の大事な大事な監視役くんをやってくれたね」
「……我が眠っている間に、どれだけお前がのさばっていたか、よくわかる。貴様の悪行は数えきれん」
議会の建物が揺れる。窓が割れ、柱にヒビが入る。メガたちが起こした爆発ですでにダメージが入っていたところに、黒魔族と白魔族の強大な魔力がぶつかる。議会本部は他の建物よりも数段強く作られ、さらに魔力も込められているが、当然これには耐えられるわけがない。
まず彼らに一番近い一階の天井が耐えきれずに壊れた。ブレッジとルシフェルはものともしない。天井の破片が落ちてくる中、二人は会話を続ける。
「そのまま眠っていればよかったのさ。わざわざ首を突っ込んでくることなんてなかった。傀儡の王様として過ごしていればなにもなかったんだ」
「我々を捨てて次は白魔族を利用するか。今のところは全てお前の企み通りになっているのだろう? 前回は油断したが、今回は本気だ。お前を殺してでもお前を止める」
「ハハッ。今度は封印なんてもんじゃない。殺してやるよ」
ルシフェルは半笑い状態だった口をぐわっと広げ、魔力開放とともに翼を広げた。
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議会にヒビが走ったのは、外から見るとすぐに分かった。地鳴りがした直後に、議会が縦に割れたのだ。
「これ……王の魔力だ」
瑛士はブレッジの存在を思い出した。ぼろぼろと外壁や窓ガラスが落ちていく、その建物を見つめた。
「あの中で、こんな魔力を出してる……」
「おい、落ち着いている場合か!? 崩れる前に離れるぞ」
「ちょ、待てよレグナ! 落ち着いてるわけじゃなくて! てか、みんなを連れてかないとだろ!」
瑛士が怒ってそう言うと、レグナは面倒くさそうに操作系魔法を使って、瑛士が担ごうとしていたジェムをヒョイと持ち上げた。呆然とする瑛士に「どうした」と言わんばかりの顔。メガネをくいっと上げ、その奥の目は不思議そうだ。
「魔法……。俺たちに割く魔力なんてあったのかよ」
「丁度エンゼリングを拾ったところなんだ。偶然そこら中に落ちていたのでな」
レグナの腕には、またいくつものエンゼリングがあった。それを見せびらかすかのように両腕を広げてみせる。
「いつの間に……」
ふと瑛士の意識はレグナを外れて地面に移った。メガの魔法が解けてから、まともに周りを見ていなかった。気づけば周りには、エンゼリングのかけらであると思われるものがポツポツと落ちていた。
瑛士はまだ完全な形を保っていた一つを拾い上げた。レグナは不思議そうにそれを見つめる瑛士に、ちょこっと解説をした。
「ここはもともと護衛団の宿舎だ。あれほど大きな建物だったにも関わらず、人がいないだろう? 皆、僕たちやオズマを殺すのに駆り出されたところだったのかもしれないな」
辺りからは金属でできた机の引き出しや、焦げた布団の切れ端なども見つかった。
「君もエンゼリングを持っておくといい。どうやら君の魔法は魔力を多く食うみたいだからね。あのうるさい黒魔族から聞いたぞ、君が使う魔法のことを。ま、僕は非魔族界で君の姿を見ていたから、そのことはもう知っていたのだけれども──」
レグナの声がぶつ切りになる。辺りにばりばりばりと大きな音が響いた。議会のヒビが大きくなっている。そして、ゆっくりと前面の一部が剥がれ落ちた。
「だああああ! 崩れてきたぁあ!」
「はぁ……全く。のんびりしている暇はないと言ったのに」
「のんびり話してたのはお前じゃないか! ベリドとテトさんとリックさんとザラルさん、さっさと見つけないとヤバイって!」
一面が崩れると、残りの三面も同時に、まるでバナナの皮ように剥がれていく。議会は、瓦礫が周りに飛び散ることはなく、あくまで中心に沿ったまま、上から潰されるかのように崩れた。天を衝くほどの超高層建造物は、いともあっさりと小高い山へと変わり果てた。
間に合わないと思って身を丸めた瑛士も、衝撃や壁の破片が飛んでくる直前にバリアを張ろうと準備していたレグナも、拍子抜けだった。
「あんまりこっちに被害なかったな……」
「いい方に転じたのだから、よかったじゃないか」
「そうだけどさ。崩れ方なんかおかしくなかったか? あまりに垂直過ぎたというか。不自然な感じがさ」
瑛士が大袈裟なジェスチャーでレグナに説明する。
風が砂埃を運んできた。レグナはメガネを外し、ふっと吹く。そしてもう必要ないと、ジェムを下ろした。
「お前、聞いてないだろ?」
「君はなにを言ってるんだ?」
「あああああ! もう! なんでもねーよ! ……ん?」
ふと、崩れ落ちた建物のあって場所から、何かが落ちてくるのが見えた。
「おい。あれ、なんだ?」
「……なにも見えないが? まだ君だけメガの魔法にかかっているんじゃないのか?」
「いや、見えたんだって。メガの魔法は解けたはずだろ?」
メガはまだ一人で苦しんでいる。隙だらけで、今攻撃すれば絶対に倒せるのに、謎の力でどうにも手を出せないのが歯がゆい。
「あいつもまだあそこで……」
メガの方を親指で指し、自身もそちらを見る。瑛士の表情が固まる。レグナもそれに気づき、メガの方に視線をやる。
そこに立っていたのは一人の男。
長身で、物理的な力が強そうな腕。腕を回し、ついでに地上にいる瑛士たちを一人ずつ見ていく。
「なんだあいつ……」
瑛士は唸る。目の前に現れた男の頭上にエンゼリングが浮かんでいるところを見るに白魔族だ。中央議会から現れたが、護衛団の制服を着ていない。そして逃げ惑う人やナレス・ジェオスのような質素な服でも、レグナやザラルのような小汚い服でもない。
──一般の魔族じゃないなら、こいつは……?
「だ……だ……大天使の会!」
そう叫んだレグナの目は濁り、絶望の色に染まっていた。
「大天使……?」
先ほどまでの威勢はどこにいったのか、膝をつくレグナ。彼を一瞥し、もう一度大天使とやらに目をやる瑛士。
と、彼も瑛士の方を見ていた。瑛士は魔力を全身に込めた。レグナがああ言うのだから、実力は折り紙つきなのだろう。油断は禁物──
「やっぱ俺が出てきちまうとこうなるよなァ」
──え?
背中に感じる掌の感触。聞いたことのない声がすぐ近くで聞こえる。
──バカな。だって今、目が合って。目の前にいる……いない!?
「買い被りすぎなんだよなァ、ウリエルもルシフェルも。大天使の会にはこんなやついらねンだわ」
いつでも一撃必殺のトドメをさせる状態。心臓の鼓動は相手にも伝わるほど強く、早くなっている。
「ミカミエイジッ! 離れッ……!」
「お前たちもしつこいよなァ。議会の最高幹部を相手取って勝つってさ。無茶苦茶かよ、と」
レグナが叫ぶが、男はそれを遮るほどの大きな声を出す。ただの暇つぶしのように無駄話は続いていく。
瑛士は逃げられないでいた。呼吸が荒くなっていく。背後の男は一向に魔法を放つ気配はない。少しでも、ほんの少しだけでも動くと、命が奪われるような気がしていた。
「──ま、こっちの手間も一部省けたっちゃァ省けたんだが。……さて、そろそろメガも落ち着く頃合いだろうな。二人対二人でやろうや」
男は瑛士の背から手を離した。メガのとなりに一瞬で移動する。
瑛士は緊張がとけ、その場に倒れ込んでしまった。




