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灰色ノ世界  作者: 新井真
第三章 波乱と幻想の白魔族界!!
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五十三話:VSメガ!


 白魔族界に夜が近づいていた。それにつれて天候も怪しくなりつつある。雲は徐々に明度を下げ、地上に注ぐ僅かな光を遮ろうとしていた。

 赤く染まり始めた世界の中、白魔族界中央議会の建物だけが静かに佇む。

 ふと、建物の最上部からひとりの白魔族が現れた。魔法を使って空中に小さな足場を作っている。しばらく歩き、ふと雲だらけの下を見た。夕日の光が反射し、もともと赤みがかっていた髪の色が更に深くなった。


「メガ、お前に更に力を与える……。ヤオユーべ・ガ・ストラミスルヌ・レク──」


 目では捉えられないほど下にいるメガに向かって魔法をかけた。ぶつぶつと詠唱しているところに邪魔が入る。


「ふっ、ずるいね。パワーアップだ?」


 もう一人、外にやってきた。モニターを使って地上の様子を見ていた魔族だ。中央議会内の白魔族たちは白を基調とするのに対し、彼だけは全身を黒くしている。服だけでなく、瞳や髪まで真っ黒である。

 この魔族は自分に魔法をかけて浮いている。エンゼリングを使用しているとはいえ、消費する魔力は足場を作るよりも明らかに多い。

 赤髪は振り返ることなく、呼びかけた魔族に返事した。


「楽しませようという心遣いだ。今魔法をかけてもすぐに効果が現れるわけじゃないからな。嫌なら、発動するまでにメガを殺してしまえばいいだけだ。それができなければ、黒魔族たちがその程度だったということだ」

「ま、メガが強くなったとして、あいつら全員を殺せる……僕はそう思えないね」


 彼も地上に顔を向けた。


「随分メガに手をかけているようだけど、もう伸びしろないんじゃないかな? その点、僕はちゃんと見極めているよ」

「俺はあいつ(・・・)がそこまで使えると思っていない。今回の件でどこまでできるのか見させてもらう」

「彼は晩成型なんだよ。上手くいったら僕らの仲間に入れてあげるのはどうだい?」

「却下だ。そもそもさっきの『非魔族を仲間に加えたい』というのは冗談だ」


赤髪はふわふわと周りをうろつく黒髪を無視して詠唱を再開する。


「それより、さっき言ったこと、本気かい? 黒魔族界に侵攻するのはまだ早い気がする。ラフィはノリノリだったけど、急ぎすぎなんじゃないかな?」


 ラフィとは、瑛士たちの相手をすることを考え、準備運動に勤しんでいる肉体派白魔族のこと。窓から建物内を見ると、地上の現状には目もくれず、未だに念入りに準備運動を続けている。

 赤髪は詠唱を続ける。黒髪は先ほどと同じようにくるりくるりと赤髪を中心にまわってみたり、肩を叩いたりする。


「ねえ。聞いてんだけど」

「何度も言わせるな。黒魔族界を滅ぼし、それを白魔族界として新たに作り変える。それだけだ」


 詠唱を終わらせた赤髪は、そう言った。


「それだけだって?」

「なんだ? 本物の黒魔族王(・・・・・・・)がそんなにこわいのか?」


 赤髪はにやりと笑う。黒髪は一瞬たじろいだが、唇を噛み首を振った。彼の背に三対の翼が現れる。いつもの半笑いの表情は溶け、代わりに目を見開いた鬼の形相が現れていた。


「そんなわけないだろう。あんなやつ、僕とまともに戦えるはずがない」


 黒髪はふと我に返り「ごめんよ」と顔を伏せて表情を直し、思わず溢れ出た魔力を抑えた。


「もう中に入るよ。僕はモニターがないと地上の様子見られないし。どうする? そこにいたら自慢の目が悪くなるんじゃないの」

「俺は必要ない。紛い物の太陽なんて、美しくも眩しくもないからな」


 黒髪は「ああそう」とどうでもよさげだ。

 そして彼が建物へ入る直前、赤髪は彼に言った。


「どうやら思った以上に黒魔族の王との因縁が深いようだな。ラファエルだけに任せるつもりだったが……どうだ? ルシフェル?」

「ああ。行かせてもらうよ」


 黒髪──ルシフェルはそう返事した。


#


「まだ一般の白魔族もたくさん残ってるだろうに……なんてことすんだよ」


 白魔族たちの攻撃によって、またもや建物の密集地で爆発が起きた。前回と比べると規模は半分以下だが、瑛士たちへの影響は今回の方が大きい。

 砂埃のせいで未だに視界が悪い。議会本部の方角すらもうわからない。とにかく爆発の中心から離れる。それが瑛士の今できる行動選択だった。


「大丈夫か!? みんな──」


 背後から口を押さえられた。奇襲に驚き、なんとか逃れようとする瑛士。暴れるな、という声から、その正体がわかった。


「レグナ……? お前、大丈夫だったのか」

「大丈夫にきまってるだろ、非魔族の君が生きているのだからね。それと、やめてくれるかな、大声出すの。居場所を教えているようなものだ。とにかく自分たちの位置を知る必要がある。ついてこい」


 レグナは姿勢をぐんと低くし、足元に転がる建物の一部やタイルの破片、その下の土なんかを見て素早く移動した。そのくらい地面と近づかないと足元が見えないのだ。しゃがんだ状態でしゃかしゃかと動くのはなかなかにコミカルだ。

 瑛士はそれについていくだけだった。


「なあ、ところで他の人たちは? ベリドとか、リックさんとかさ」

「知らないな。君は魔力の探知ができたんじゃないのか?」

「そうだけど……なんにも感じないんだ。お前の輪っかから出てる魔力はわかるよ? ちょっと足に魔法かけて、そんな変な姿勢でも早く動けるようにしてるのとかな」

「僕を馬鹿にしているのか?」

「いや、全然?」


──レグナの背中に乗っていけば楽出来るな。肩とか座れそうだけどな。


「変なこと考えていないか?」

「いや、全然?」


 そんなやりとりをしつつ、しばらく時が経った。


「おかしい……いつまでたっても視界がはれない……。あれから何分経ってんだよ。レグナ、お前の進行方向、合ってんのか?」

「議会前の地面の色は変わっているはずなんだ。だが、どうもそれが見られない。全て破片が飛んでいったか、それとも僕らが同じ場所を回っているか」

「変なこと言うなよ」


「すでにあなたたちは私の魔法にかかっているのですよ」


「!?」


 突然の声に飛び上がる二人。ばっと同時に振り返った。辺りを覆い尽くしていた(もや)の一部だけがはっきりと地面まで見える。そこに立っていたのは見覚えのある白魔族だった。


「め、メガ!?」


 一歩後ずさるレグナ。声を荒げて一歩前に出る瑛士。


「メガァ! 非魔族界を元に戻せ! 田口さんも返せ! ……『トロイ』!」


 瑛士が破壊系魔法を撃つ。メガは妖しくふふっと笑って余裕を見せる。魔法弾が命中すると、その姿は揺らぎ、かき消えた。


「……どこだ? そこか!?」

「やめろ」

「っ!」


 レグナは、焦って魔法弾を撃ちまくる瑛士の襟を掴み、引っ張って後ろに倒した。瑛士は尻餅をついた。


「なにすんだよ!」

「落ち着け、ミカミエイジ。魔法にかかってしまった以上、もう僕らの攻撃は届かないと考えるべきだ」

「なに諦めてんだ、てめえ」


 拳でレグナの膝裏を叩き、転ばせようとする。彼はそれを避け、違う、と首を振り、続けた。


「メガの魔力量が大幅に上がっているが、僕と君ならば、なんとか倒せるはずだ。挟み撃ちをすればメガも対処できないだろう。君が囮になって正面から奴の相手をしろ。僕が後ろから倒す。いくら奴の魔法下でも、攻撃の瞬間は実体のはずだからな」

「倒すって……やっぱ殺すのか?」


 瑛士はレグナを見上げ、そう尋ねた。


「当然だ。あいつらは殺しに来ている、僕たちをな。こちらもそのつもりで迎え撃たなければ負ける──死ぬぞ。今、メガに魔法を使った君からは殺意が感じられたが?」

「殺すつもりなんてなかった。もしそれで、二度と非魔族界が元に戻らないなんてことがあったら、困るから」


 瑛士の声は小さくなっていく。話していることと、先ほど自分がとった行動とに矛盾を感じたからだ。瑛士はうつむき、立ち上がる気も失せてしまった。


「非魔族界のあの時も僕を殺すつもりだっただろう? 今更何を言っているんだ君は」

「それは……! それは、意識がどうかしてたんだ」

「どうせ直接やるのは僕だ。君は何も気にするんじゃない。黙ってメガと戦っていればいい」

「ああ……そうだな。けど、殺すのはダメだからな!」


 レグナに指を指す。すると、バンと大きな衝撃が右手の甲に走った。


「痛っつ……。骨に響く……」

「危なかったな、ミカミエイジ。僕が気づがなければ君の手首から先は灰になっていた」


 瑛士の手が当たったのは、レグナが創造系魔法で生み出したバリアの板。メガの破壊系魔法を防いだ衝撃で、瑛士の手に猛スピードでぶつかったのだった。


「サンキュー……だけど、空中に固定するくらいは出来るんじゃねえのかよ」

「君のためにこれ以上魔力を使いたくないのでね」

「あーそうかい」


 瑛士とレグナは背中を合わせ、次にメガの攻撃がどこから来るかに集中した。靄がかかって薄暗くなっている中、エネルギーの関係でぼんやりと光る魔法弾を見つけることは容易だ。

 だが、次に現れたのは魔法弾ではなく、メガの声だった。


「レグナ、あなたは私たち中央議会を裏切ったのですね?」


 何もない空間に響く声。


「裏切った? オズマとかいう黒魔族が暴れているときに、僕たちを貧民街に捨てたお前たちが言うことか? というか、僕が白魔族界(ここ)に戻った時にはもう仲間じゃ無くなっていたはずだ」

「私たちに楯突くことが裏切りです。あなたは黙って死んでおくべきでした」

「生憎僕は死ぬつもりはない。そこまでお前にも、この世界にも、自分自身を捧げるつもりはない!」

「ならば、ここで裏切り者として死になさい!」


 ついに姿を見せたメガ。両端が鋭い刃になっている杖を持ち、瑛士とレグナに襲いかかった。


「二対一だ。お前に勝ち目はない」


 レグナは『二対一』の部分を分かりやすく強調して言った。先ほどの作戦通りに、という意味なのだろう。瑛士は少し馬鹿にされた気がしたが、何も言わずにスルーした。そんな場合ではない。


「さて、そうでしょうか」


 メガはその辺の靄を手のように操り、瑛士を押さえつけた。まるで大きな手で握るかのように、靄は瑛士にまとわりつく。


「操作系魔法……か!?」


 かつて対峙した時、彼女がベリドを足止めするのに使っていたのと同じものだった。瑛士の手足の自由は奪われ、その場に転がるかたちになった。


「これで一対一ですよ?」

「……ッ!」


 瑛士と戦っている間にメガの死角に入ろうとしていたレグナは、瑛士が無力化されるという計算外のことに焦っていた。

 レグナは素手で、武器持ちのメガに立ち向かうことになる。準備段階から魔力量まで、どう考えても不利だ。

 私怨で、メガは自分の手で殺したいと思っていたために、トドメをさす役目を選んだレグナ。不意打ちならなんとかなるが、正面から戦っては二進も三進もいかない。ナンバーワンとナンバースリーの明確な実力差だった。


「拳や蹴りは私には届きません」

「黙れ!」


 レグナの放った数個の魔法弾は、杖の一振りで全て、真っ二つに切れた。


「魔法弾もこの通り。当たりません」

「〜〜〜!! ならばッ!!」


 レグナはメガに手を向け、魔法をかけた。外からの攻撃が無駄ならば、対象に魔法をかけてしまおうという作戦だ。


「……ぐっ」

「残念ね」


 返り討ちに遭った。操作系魔法でメガを掴もうとしたが、どうしたことか姿が捉えられない。そればかりか、瑛士と同じように体の自由を奪われた。


「こちらからも行きますよ」


 メガの刃が、棒立ちのレグナの服を破く。足首から先だけでなんとか体の軸をずらして(かわ)す。次の攻撃は髪の先を捉えた。そしてついには、腕を捉えた。


「ぐ……ッ!!」


 レグナの皮膚の表面が抉り取られた。赤い鮮血が迸る。


「終わりです!」


 杖に魔力が込められ、最後の一撃が振り下ろされる。


「があっ!!」


 瑛士が二人の間に割って入った。手にありったけの魔力を込めて、メガの攻撃を素手で防いだ。


「あら。丈夫なのですね」


 レグナに操作系魔法を使ったため、瑛士にかけられた注意が薄れた。その隙をついて、瑛士は靄から脱出したのだった。

 防いだ、といっても完璧ではない。豆腐が消しゴムの硬さになっても、包丁には勝てない。徐々に鋭い刃がぐいぐいと食い込んでくる。


「非魔族・ミカミエイジ。あなたから先に死になさい!」


 もう一度武器を振りかざす。


「うっ、うわあああああっ!!」


 叫んだのは攻撃を受けた瑛士ではなく、メガの方だった。


「な……なんだ?」

「あっ……あああ……」


 瑛士は思わずつぶった目をそろそろと開ける。

 突然メガが苦しみだした。武器を手放して頭を抱え、身をよじる。彼女の武器が地面にぶつかると、光のように消えてしまった。

 これを好機と捉えたレグナは転移系(ポート)を使い、背後からメガに向かって魔法を放とうと現れる。が、彼の姿は瞬く間に消えてしまった。否、地面に押しつぶされていた。

 その姿に気づいた瑛士にも、強い重力が襲いかかった。膝が逆方向に折れ曲りそうになり、首にも酷い負担がかかる。

 強化系(ストロ)の呪文を唱え、全身の筋力と魔力で体を支えようとする。だが、それは不可能だった。瑛士はレグナのように地面に倒れた。


「これはなんなんだ……! 一体何が起こっている……! おいミカミエイジ、これは何の魔法だ……?」

「すまん。さっきので体力使い切って、もうメガの方を見れもしない……。てか、なんかヤベーぞ。そこらへんが……」


 苦しむメガの姿が消える。それと同時に、周りの靄も晴れていく。瑛士たちにかけられた、メガの魔法が消えていく。


「また幻覚だったのか……! 一体何重に魔法をかけていたんだ……」

「……レグナ、周り見えるようになってきたぞ。空が赤──もうこんな時間に!?」


 メガは案外遠くにいた。彼女の悶える声が聞こえるぎりぎりの距離だった。


「あんなところにいたとはね。僕たちはずっと踊らされていたみたいだ、奴の魔法にな」


 議会の建物は、路地裏から見た時から大きさを変えていなかった。つまり、爆発が起きてからずっと同じ場所にいたことになる。レグナの予想通り、大移動も無駄だった。

 彼は立ち上がり、メガの方に破壊系魔法を撃ってみる。メガより手前5メートルほどで破裂した。


「どうやら衝撃を受け付けないらしいな。ミカミエイジ、一度君も魔法を……。ん? どうした?」


 瑛士はそれどころではなかった。周りの状況を見て、ただただ愕然としていた。

 何もない平地と化した舞台に、倒れた人影がぽつりぽつりと点在する。それは黒魔族たちと、白魔族たち。瑛士とレグナがメガの相手をしているうちに、外で激戦が繰り広げられていたらしい。


「みんなが、これ、おい」

「ああ。どうやら残りの奴らを始末してくれたらしいね。助かったよ。ついでに静かになってよかったじゃないか」

「助かったじゃないだろ。手当てしないとじゃんか」


 一番近くにいたジェムに駆け寄る。肉体的な怪我も心配だが、魔力が空っぽに近いことがより心配だ。

 ジェムは意識を取り戻すと、焦点の合わない目で瑛士の方を見て、か細い声で話しかけた。


「ああ、エイジくん……随分と長かったですね。ぼくらは……勝ったですよ。こちらもかなり消耗しちゃって、もう立ってられないほど……ですが」

「全員殺したのか?」


 レグナが興味なさげに質問する。


「セルさんとベリドくんが……やってくれたですよ。ぼくはちょっとの補助程度しかできませんでしたよ、ふふ」

「無理すんのやめてください、マジで」

「じゃあ、少しの間休むことにしますよ。目を開けるのもしんどいですからね……」


 ジェムはそう言って、静かに目を閉じた。死んでしまったわけではない。だが呼吸は弱い。体力の低下が著しい。彼の情報によると、テトやベリドの方が重傷かもしれない。


「ど、どうする?」

「どうするといってもね……。手当てしようにも道具はないし、誰も治癒系魔法も使えない」

「多分唯一使えるリックさんも、死にかけてるよな!? どうすりゃいいんだよ!」


 メガの苦しむ声だけがかすかに聞こえる夕暮れの中、瑛士は叫んだ。


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