四十五話:侵攻中断
「侵入者!! 侵入者だ!!」
「直ちに排除しろー!」
護衛団たちが口々に叫ぶ。そのたびに瑛士たちには無数の魔法が放たれる。そしてそれぞれがそれを必死に避ける。
黒魔族たちやレグナは軽い身のこなしでかわしていくが、瑛士や風華、ザラルはそうはいかない。何度か死を覚悟する場面があった。
今、彼らは、オズマによって破壊された建物の壁と、崩れて落ちたた二階部分の間の隙間に隠れている。
「はあ。余計なことをしてくれたものだな、全く」
レグナがわざとらしく大きな声でそう言うと、他数名もうんうんと頷く。
「お、遅かれ早かれ、いずれにせよこうなっていたはずだ。何も問題はない」
テトが不機嫌そうに言う。いつもの圧が消え、自信に満ちた顔も見せなかった。隙間が狭くて隠れにくいために曲げた背筋が、より一層彼の意気消沈を際立たせた。
そう。こうなってしまったきっかけは彼、テト・ティムポスカルであった。
『すみません。今現在、中央街に凶悪な侵入者がおりまして。皆さんはどちらに行かれるんです?』
そのきっかけとなった出来事は、この台詞から始まった。
質問をしたのは白魔族界のあらゆるところから、中央街の危機を聞きつけて集まってくる護衛団の内の一人。その白魔族は、制服を着ていない瑛士らを中央街に住む一般市民だと勘違いしたようで、そう尋ねたようだ。護衛団として中央街市民の安全を守ることは当然のことだからだ。
だがそれを気に食わなかったのがテト。せっかくジェムが焦りながらも「ぼくらもその情報を聞いて逃げようとしてたところですよ」と返事しようとしたのに、それを遮るようにこう言ったのだ。
『お前たちは邪魔だ。第八位の魔力探査が利かなくなったじゃないか。どうせ奴に敵わないのだから、黙って逃げていろ』
その言葉のせいで不審に思われたのか仲間を呼ばれ、レグナの正体がばれ、瑛士たちが白魔族界の者たちではないことがばれ……。最終的にオズマの仲間と勘違いされて、排除の対象になってしまった。
血気盛んな者たちはかかってくる白魔族護衛団を返り討ちにしようとしたが、それはいけないとリックに止められてしまった。それに加えて、瑛士も元から自分たちを敵視している者以外は攻撃したくないという意思を示したことで、全員が渋々だが攻撃を諦めた。
攻撃できないので逃げるしか手はない。そのため瑛士たちは今、壊れた建物の陰で隠れている。
「ミカミエイジよ、さっきはよく納得してくれたな」
外で自分たちを探し回る護衛団が去るまでの時間つぶしか、レグナは小声で瑛士に話しかける。
「え?」
「エサトフウカのことだ」
「なっ……。てめー、またなんか企んでるのかよ」
風華の名前が出た途端、目つきが悪くなる。それを見て、こんなところで戦うのは勘弁だと言わんばかりに両手をこちらに向け、ふっと笑う。
「『ふ』じゃねーだろ、おい。どういうことなんだって聞いてんだよ」
「彼女が僕たちの大きな力に、はたまた切り札にもなり得るだろう、ということさ。……もしかしてまだ気づいていなかったのか、君は?」
「は?」
「なら、いい。余計なことだったな」
「あ、おい!」
レグナの服を掴む前に、彼はすっと離れてしまった。彼の言葉を頭の中で復唱し、すぐ後ろで身をひそめる風華に振り返る。
「なに、三上くん?」
「えっ。あぁ、いや。別に」
きょとんとした顔で尋ねられ、瑛士はあたふたしながら顔を背けた。
「こそこそ隠れながらオズマのとこにいくのは難しいですよ。それにこんな大人数だと、余計にですよ。まったく……」
「もうちょっと楽に済むかと思ってたんだけどなー」
「第四位、第七位! お前たちまでなんだその態度は!! 俺がこの非魔族に強く出られないのを見て、何か勘違いしたのか? お前たちは今でも俺の下だ! 口には気をつけろ!」
不満を漏らすサラとジェムに、テトが大声で怒鳴り散らす。二人はすっかりおとなしくなったが、ベリドは逆に焦り出した。
「ちょ、声でかいわ! なんかこっちに来るで──」
「ここにいたか!!」
「うわあああ! もうバレたあ!」
護衛団が崩れた建物の壁を覗き込んできた。瑛士たちは一目散にその場から逃げる。
「やっぱこそっとやるべきやったんちゃうんか! 誰や『正面から入ろ』ら言うたんは!」
「それってベリドがオズマの魔力を感じられなくなったからじゃんか。ま、俺も魔法が読み取れなくなったからでもあるんだけどさ」
「エイジくんのせいでもないですよ? 仕方ないことです。みんなもそれに同意したわけですしね」
ジェムがベリドと瑛士のフォローをする。そして「まさか誰もこうなるとは思わないじゃないですか」と付け加えた。
「第七位ィ〜? お前はすぐに調子に乗る悪い癖があるぞ。ペナルティを──」
「わわわ。みっ、見てください。白魔族の一般市民の人たちはこちらのことが何なのか分かっていないみたいです、よ!」
また空気が悪くなるのを察して、風華は周りに目を向けるようにした。そして一般市民は風華の言う通り、瑛士たちには目もくれずに被害中心地から逃げることに専念していた。
「そうよ。いがみ合いをしてるのはごく一部の人たちだけ。誰かから刷り込まれただけに違いないわ!」
「何がきっかけになったのか、本当に誰も知らないのかよ。そんなのおかしいだろ」
刹那、大きな爆発が起こった。
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瑛士たちが寄り道をしているその間にも、どんどんオズマは白魔族界を破壊していた。目についたものは全て右手に握ったナイフ一本で壊していく。
「コロー……ス! コ、ワー……ス! 白の世界をォ……! 崩すんだぁあああ……あっはっはっは」
中央街だけでなく、彼の精神もまた、崩壊寸前だった。過剰なまでに魔力を使っていても一向に疲れる気配がないのはこのためだった。
どおんという轟音と共に、また一つ建物が崩れ去った。瓦礫の風圧で、彼の髪や服が大きくばたばたと揺れる。
「ハアッハッハッハッハァァア!! これで……!! 俺は……!! 王だ……!!」
「待ちなさい」
高笑いをするオズマの前に、青い光と共に七人の魔族が現れた。
「誰……だァァアア!!」
オズマを取り囲むのは白魔族中央議会の最上階級の魔族たち。
そこはかつてレグナがいた場所。元は七人いたが、今は六人。メガをはじめとして、セル、セーレ、ハリー、ピト。そして新たに迎えたもう一人。
「あーあ、随分暴れてくれましたネ。これじゃあ俺たちも忙しくなっちゃいますネェ」
ピトはそう言って、んへへへと変な声で笑う。
「ひどい人!」「悪い人!」「殺してやります!」「ます!」
セーレとハリー、二人の少女は手を繋ぎながら、怒った顔でそう言った。
「黒魔族のくせによくやるものだ。我々がわざわざ出向くことになるとはな。褒めてやろう」
セルはそう言って、後ろに組んでいた腕をとき、オズマに向かって威嚇の破壊系を放った。
「ダメだぜ、そんなの。あいつが基本魔法だけでどうにかなる相手じゃないことは分かってるだろ、セル?」
「ふん。言うではないか」
別の男がセルの後ろからぼそりと言う。
「そんなことは分かっている。実力があるからと言って、新顔のお前が図に乗るな」
「はいはい」
オズマの前に白魔族たちがずらりと並んだ。だがオズマは表情一つ変えることなく「ツレイヴ」の呪文を唱えた。そして彼はその場でうずくまった。
「ほら、彼も自分一人だけでは戦えないと判断したらしいな」
「賢ーい!」「えらいえらい!」
「あんな複合魔法は初めて見ますネェ」
隙だらけの敵をそのままにしておくのは、彼らの余裕の表れだった。
一人だったオズマの身体は陽炎のように揺れ、気づけば二人に、そして三人に、次に四人に……と、増えていく。そして最後には白魔族たちと同じ分だけ、オズマも増えた。
「これで数は同じ……ということですか」
殺す、と壊れた人形のように連呼するオズマたちを前に、ついにメガはその目を開いた。
「返り討ちにしてしまいましょう」




