三十三話:瑛士の魔法
柔らかな風が頬を撫でる。空を見上げると、青空が広がっている。天気は良い。
瑛士がやってきたのは城の裏にある、闘技場だった。戦うなら是非ここで、ということらしい。
──なんかこういうの見たことあるぞ。あれだ、古代ギリシャ? いや、ローマか? の、コロッセウム。
闘技場を見たときの瑛士の感想はこれだった。
場外判定があるのかは分からないが、舞台は円状のものが中央に一つ。そしてそれらを囲むように観客席が段々に並んでいる。
世界史の授業を経た瑛士の知識によると、その昔に剣闘奴隷が戦わされて一種の娯楽になっていたらしいが……
「もちろん今は戦士が戦う、なんてことはないわ。過去には毎日のようにあったらしいけどね。今は黒魔衛兵団が時々使うくらいかしら」
「……別に聞いてないんですけど」
「そんな風に聞きたがってたような気がしたのよ」
相変わらずウィズは隙あらば瑛士の考えを読んでくる。全く油断できやしない。
「そうそう、これを渡しておくわ」
手渡されたのは五十センチほどの棒。軽くて脆そうな謎の素材が使われている。
「なんですか、これ?」
「武器よ。素手でやってもいいけど、それじゃあすぐに終わっちゃうでしょ。エイジくんの実力を見られないんじゃ意味がないもの」
「武器って……」
「魔力を纏わせてやると十分な強さになるわ。エイジくんの魔力、期待してるわよ」
にこやかな表情で言われても複雑な気分になるだけだ。瑛士も適当にあしらうことにした。
魔力を込めると強くなる、というのはベリドもやったことだ。宗真の傘を使って白魔族と戦ったらしい。
小声で強化系を唱え、武器を持つ手に集中すると、性質が少し変化した気がした。軽く振ってみても、全然さっきとは違う。
「みっ、三上くん……頑張ってー!」
ふと、観客席から声がした。
そちらを見ると、恥ずかしそうにしている風華が。さしずめ飛鳥に応援したげなよと言われた、といったところだろう。飛鳥は瑛士の方を見てサムズアップをした。
──一体なんなんだ、それは。
二人は危ないからとウィズに注意され、観客席の方に来ていた。城の中から移動する際、瑛士は彼女らに「せっかく自由時間があるんだから、どこかに行ってきなよ」と提案したが、二人は付いてくると言い張った。風華は瑛士のことが心配で、飛鳥は風華が心配だった。
慣れない大声を出して赤面する風華に、瑛士も「ありがとう」と手を振って答えた。
「もう、いいわね?」
ウィズが用意を促す。
「あっ、はい。すみません。じゃ、お願いします」
瑛士の相手はカッゾ第九位、マクー。人の良さそうな顔とは裏腹に、その手足にはごつい筋肉がついている。ウィズの心配通り、単純に魔法なしの殴り合いならば一撃で勝負が決するだろう。
位こそベリドよりも一つ下ではあるが、その力は未知数である。五位のウィズが代役として指名したのだから、中途半端な強さではないはずだ。
「こっちもいけるっすよー」
マクーの合図に、ウィズは頷く。
「今回は場外負けはなし。攻撃方法はその棒と魔法。どちらかが戦えなくなるまでやってもらうわ。では……」
ウィズがスッと右手をあげる。マクーは姿勢を低くする。その瞬間、空気が一気に変わる。風が止み、一瞬時が止まったような錯覚に陥る。
そして手は正面に振り下ろされる。
「はじめ」
ウィズが言い終わると同時に、瑛士はとんでもないものを目にした。先ほどまで数十メートル先にいたマクーが、目の前にまで迫っていたのだ。
「よろしくお願いします!」
「な!?」
眼前に現れる棒の幹。反射で体を横に曲げる。瑛士は間一髪で一撃目を避けた。
「お、やるっすね」
「た、ただの強化系です」
マクーは瑛士を見てにやりと笑った。今のはただの挨拶代わり、避けられて当たり前ということなのだろうか。瑛士はゾッとした。
「うわぁ。三上くん、今の危なかったよ。でもギリギリで避けられて良かったぁ」
「驚いた? マクーはうちの黒魔衛兵団の中で飛び抜けてすばしっこいの。素早ければ相手より先に攻撃ができる。戦いにおいてこれほど有利なことはないわ」
一安心する風華に、ひょいと客席まで飛んできたウィズが解説をする。飛鳥は一つ質問を投げる。
「……三上はそんな人を相手にして大丈夫なの?」
「それはエイジくん次第ね」
ウィズは風華のとなりに座り、二人の戦いの行方を眺めはじめた。
「ウィズさんほどじゃないっすけど、俺も頑張るっすよ!」
「わわ、わ!」
右、次は左……。魔法を体全身にかけて、相手の棒の動きに集中すればなんとか受ける、もしくはかわすことができる。相手のフットワークに合わせて、こちらも強化系で地面を蹴り、なんとか合わせる。
ふと、マクーの攻撃がやんだ。彼は棒を静かに下ろす。そして残念そうに一言。
「……さすがに殺しはしないっすけど、俺は殺すつもりでかかってるっす。エイジくんももっと実力を見せて欲しいっす」
「そうよ。受け身ばかりじゃ意味がないわ。エイジくんからも何か仕掛けてきてちょうだいよ」
観客席からもウィズの野次が飛ぶ。
──この二人は似てるな。
ウィズとマクー。自らの嗜好として戦いが、強くなることが好きなのだろう。ウィズがマクーを代役に抜擢した理由が分かった気がした。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
ふうと息を吐き、ぐっと力を込める。つい先日タールから教わった方法で、瑛士も魔法を解放した。非魔族界と違い、魔力に満ちている魔族界では、魔法を楽に使うことができる。
「いきましょーか、マクーさん」
「いよいよここからが本番っすね」
二人はにやりと笑い、棒を構えた。
「……これは」
「どうかしたんですか?」
風華の質問に、ウィズはいや、と返す。彼女はいまいち確信が持てなかった。だが、一つ感じた違和感は妙に胸に残り続ける。
「すごいっす……。まだ荒削りだけど、すごい魔力っす!」
「あんたもなァ……! あんたホントに第九位かよ」
本格的に魔法を使い出した瑛士の攻撃も、マクーは簡単にいなしてしまう。彼は単純に瑛士が魔法をどう使うかだけを見ていた。
「おっ、口調もちょっと変わるんすね。面白いっす。」
「余裕あんのかよ、マクーさんよ。まだまだ上げるぜ、ストロ!」
瑛士はまた一つ、足の蹴りの強さを上げた。
「すごく疲れてるみたいだよ、三上くん。でも相手の人はまだまだ楽々って感じがするし……」
「その辺は慣れよ。でもエイジくん、あれでホントに白魔族を撃退できたのかしら」
はらはらする風華。それに対しウィズはなぜかはじめの頃より冷めた態度で試合を観戦する。瑛士への興味が薄れたのだろうか。そう思った飛鳥はウィズに一つ、瑛士について教えることにした。
「実は三上、まだもう一つ姿変わるんですよ」
「姿が?」
「ええ、あたしたち見たんです。背中に羽が生えて、まるで──」
飛鳥がそこまで言ったところで、観客席のすぐ前でどんと大きな音がした。三人は試合の行方を確認する。
丁度その時、砂煙の中から観客席に向かって瑛士が飛んできた。それを追うように破壊系の魔法のエネルギー弾が次々に発射されてくる。瑛士が観客席の縁を走り、エネルギー弾はその丁度一メートル後ろ付近を通過する。
弾が当たった観客席はどーんと音を立てて壊れはじめる。慌てたウィズは魔法を使って弾を防ぐ作業にまわった。
「ちょっと! 壊すのはダメよ!」
だが瑛士とマクーは止まらない。ついに瑛士側からも魔法の弾を発射をはじめた。
二人は共にエネルギー弾を撃ち合う。
弾が弾をはじき、互いに決着がつかないと分かると、二人は接近戦をしようと走り出した。
「うおおおお!」
「はああああっ!」
二人叫びの残響が消えた時、二人はまだその場に立っていた。だが二人は動こうとはしない。もう試合は終わりであると二人は気づいていたからだった。
瑛士の武器は、ばらばらに砕けていた。それは同時に瑛士の魔力が切れたことを表していた。
「楽しかったっす、ありがとうございました」
「は、はい……」
瑛士はその場に尻餅をついた。
試合終わりに、ウィズは神妙な面持ちで瑛士の元へとやってきた。風華は小走りで瑛士に向かって走ってきた。
「三上くん!」
「平気だって。いつも江里さん、心配してくれてありがとう」
「そうよ。三上はこの程度で死なないって」
「……田口さん、それもなんか違うと思うんだけど」
「エイジくん、ちょっといいかしら」
ウィズが自分も戦うと言い出すかと思った瑛士は、慌てて断ろうとする。
「流石に連戦はやめてくださいよ。しかも俺、負けてしまいましたし。こんなもんですよ、俺は」
「違うの」
「え?」
ウィズは瑛士の後ろのマクーに視線を移す。あなたも何かわかったでしょ、とアイコンタクトを送っている。
まさかウィズから真面目な話をされるとは。瑛士は意外に感じた。
「エイジくん。あなたの魔法は私たちの知っているものとは違う」
「……というと?」
「それは、周りのものから力を得て放つ魔法──白魔法よ」
瑛士たち三人はえっと声を漏らす。マクーも確信がなかったのか、すうっと深呼吸した。
確かに風華と飛鳥が見た、レグナと戦った時に瑛士が暴走した姿は白魔族の姿そのものだった。黒魔法が効かないと自ら言ったレグナにダメージを与えられたのも、瑛士が白魔法を使ったからであった。
「……だから何かあるんですか? 俺はもう黒魔族界にいられない、とか?」
「いいえ、そうではないわ」
首を振り、再度瑛士の顔を見たウィズの表情は相変わらず硬いものだった。
「あなたをもっと調査したいの。今度は安直な一対一の戦いではなく、研究部のシド数十名と共に」




