三十二話:決定事項
カッゾは黒魔族の中でも特別な存在である。全員の身分は隠されており、一般にはそのような階級があることすら知られていない。そのため、彼らが一同に会する時には誰からも目撃されることのないように、城の中の、出入り口がない部屋にて行われる。カッゾに選ばれた時点で皆、転移系程度は使えるのだ。
「着きましたよ」
ジェムは小声で言う。一瞬不思議に思ったが、すぐに納得した。静かで厳かな空間で普通に話す勇気はない。
部屋は長く、床の中央には違う色がまっすぐひかれていて、それに沿うように人が配置されている。その奥には階段。半階上がったほどで段は終わり、そこにいるのは……ルシルだ。
そして同時に瑛士は、何人かに見られていることに気がついた。風華や飛鳥らは彼らにぺこりとお辞儀をする。瑛士も焦って、失礼のないようにと一同に軽く会釈をした。
ジェムはカッゾ第七位。正面には八位のベリドがいる。瑛士はそれで、なぜか安心した。
「はあ、こいつらが非魔族か」
階段に近い方から、野太い声がした。声の主は大柄でいかにも力が強そうな男。意味があるのかわからない位置までずり落ちた小さな丸メガネが部屋の明かりを反射して怪しく光る。
「そんなに強そーじゃないし。本当に呼ぶ必要があったのかなあ?」
今度は幼く高い声。大男の正面、瑛士からは少し見えにくい位置だ。ちらりと見えるひらひらした格好の雰囲気からするに……瑛士と同じか少し年下の女の子、といったところだろう。
「あら。見る目がないのね。私の精神系も耐えるほどの子よ?」
聞き覚えのある声。ジェムの隣、カッゾ第五位はウィズだった。服装が違っていて気づかなかった。昨日会った時は汚れが目立つラフな格好だったが、今は色こそ地味ではあるが多少は女らしい格好になっている。
瑛士は彼女を認識した瞬間、反射的にヒッと声が出た。無意識に助けを求めたのか、思わず風華にしがみつく。瑛士たちを庇うように見せて、やはり本心では戦おうとする。彼女はこちらを見てウインクをしてみせた。
「それはあんたがその程度ってことなんじゃないの? だったら、さっさとカッゾから降りなよ、オバサン」
「口の聞き方がなってないわね。あんたのその顔、ぐちゃぐちゃにしてあげましょうか?」
「やれるもんならやってみろって」
ウィズを挑発するにつれて、その高い声は鋭くなっていく。
「はぁいはい。やめましょうね」
ルシルが二人の間に入る。
最初からそうしてくれ、と瑛士は呆れた。冷静になったと同時に、自分が今なにをしているかを認識した。
「わーっ! 急にごめん、江里さん!」
「い、いいよ」
声こそ小さくしたが、その焦りようは全員から見えていた。どこかで失笑が聞こえる。瑛士と風華は顔が赤くなった。
「始めまぁすよ。まずは白魔族に関して。……といってもぉ、今回は連絡だけとなりますが」
「連絡? だったら俺たちをわざわざ集める必要はないはずだろ。それとも何だ、非魔族の紹介でもするつもりだったか?」
ルシルの声を遮ったその声を皮切りに、場がざわつき始める。ジェムも小声で確かにそうですよねえ、などとため息混じりに言っている。
「王からです」
その一言で部屋は沈黙に包まれる。ピリッとした空気に、瑛士は緊張する。皆黙ってルシルの次の言葉に耳を傾けている。さっきまで文句を言っていた大男も、ずっと瑛士の方をチラチラ見ていたウィズも、いつも口元を緩めていたジェムも、今はいつになく真剣な表情だ。
「『今はまだ待つ時だ。奴らが非魔族界に降りたその時に奴らを潰す』……とのことでぇす」
流れる時間。今なお張り詰める空気。そんな中、沈黙を破ったのは宗真だった。
「ち、ちょっと待ってくれ。それじゃダメなんですって」
その場の全員がこちらを見る。驚いた丸い目、刺すようなつり上がった目、不安そうに泳ぐ目。それぞれの感情は一致していなかったが、心理は一つだった。王の言葉を否定することは考えられないことであり、許されるはずのないこと。それを非魔族の少年がやすやすと破った。
「そ、ソウマくん!? ななな何を言って……!」
ジェムは慌てて宗真の口を抑えようとするが、本人はそれを退けて続ける。
「白魔族が俺たちの世界に来たら、その時点でアウトなんです。もしそうするとしても、白魔族が現れると同時に行かなきゃならない。被害は最小限にしたいんです」
「王の決定に異を唱えるのか……?」
部屋の一番奥の男がそう呟くと、どこからともなく火球が飛んで来た。瑛士たちはそれを咄嗟にかわす。
「ソーマっ! 余計なことを言うな!」
「余計なもんか! エイジはそれでいいのか? 下手したらお前の家も、江里さんの家も、学校だって消えるぞ!」
「それは嫌だ! だけど……今はその時じゃない!」
「保守的なんだよエイジは! それじゃできるものもできなくなっちまう!」
「ソーマ、落ち着きなさい……!」
「アスカは黙ってろって!」
その時、急に宗真の身体が光り出した。魔法をかけたのは斜め方向の男、ホーマーだ。彼は宗真を黒魔族界に連れてくることにはあまり肯定的でなかった。そして至って冷静に、諭すように言った。
「少年、立場をわきまえろ。その小さい被害を諦めないと、非魔族界全てがなくなってしまうことになる。今は私たちの方が立場は上だぞ」
宗真は何も言い返せない。がっくりとうなだれたところを、ホーマーによって部屋外に転送された。
「君たちの口論に水を差すようなことをしてすまない。だがあのままでは会議が滞ってしまう。仕方のないことだと割り切ってくれ」
瑛士は黙って頷いた。
その後、会議は近況報告に移り、各々当たり障りのないことを話した。
「──会議は終わりです。今日は集まってくださってありがとうございまぁす。そぉれではァ、解散」
そう言うと、ルシルは階段の上に戻り、消えた。そして、集まったカッゾの人たちも消えていく。瑛士はベリドに声をかけようとしたが、彼もすぐに去ってしまった。
部屋に残ったのは七人。残った彼らは瑛士たちのもとにやってきた。ウィズと、大男と、あとは先ほどの会議では瑛士たちの隣にいた男。それぞれ瑛士に用事があるようだ。
「ね、エイジくん。もういいでしょう? 少しだけ私とつきあってよ」
漢字の変換的には突き合う、の方が近いのだろうか。ウィズは我慢できない様子だ。狼狽える瑛士の腕に風華がぎゅっと抱きつく。そんな様子を見てウィズは「なによ、かわいいわね。そんなに痛めつけたりはしないわ。心配しないで」と笑った。
「おい」
話に割り込んできたのはあの大男。不機嫌そうな声とは裏腹に、口元は笑っている。
「会議中に喧嘩をするのはよくねえよなあ? お前、どうやら魔力があるらしいじゃないか。もう一人のガキの分まで没収だ」
「あ、いや……」
「やめてくださいよ、テトさん。エイジくんにもぼくたちと同じように振る舞うつもりですか」
庇うジェムのことは無視して、かつてベリドにしたように、テトと呼ばれた男は瑛士の身体めがけて掌を向ける。そしてどんと押すように瑛士に叩きつけようとした。
だが、その手は瑛士に届かない。伸ばされた太い手を掴んだのはウィズ。指が腕の皮膚に食い込んでいる。
「さっさと仕事に戻ったらどうなの? 今は新たな土地を作っているんですって? 作業員たちも現地であなたを待ってるんじゃないかしら」
「こっちの野郎どもはお前のとこの兵隊よりも優秀だ。考えてから発言しろ」
ウィズの手を払い、男の声色が変わる。
「その言葉、そのまま返してあげる。思ったことばっかりぺらぺら喋ってると、エイジくんたちからのイメージが悪くなっちゃうわよ──」
その瞬間、ウィズの姿が消えた。と、同時に部屋の反対側からどおんと大きな音がした。ウィズが壁に打ち付けられたのだ。かなりの力がかかったと思われるが、壁には傷がついていなかった。倒れこむ彼女に、もう一人のカッゾの男が駆け寄る。
「それがどうした。非魔族のガキに何を思われようが、大したことないだろ」
「……い、いきなり何すんのよ」
「余計なことを言うからだ」
そして萎縮する非魔族三人に対し、テトは言った。
「……そうだ、お前たちは俺のことを知っておくといい。カッゾ第三位、テト・ティムポスカルのことをな」
そう言い残すと、彼は満足したように消えた。
「テトさんはいつもあの調子なんです。慣れるか、常に避けるしかないです」
「あいつは当分城には来ないわ。さっき私が言ったでしょ? あいつには仕事が残ってるのよ」
ウィズはこちらに歩いてきた。男に肩を貸してもらっている。
「さ、あなたの実力を見せてもらおうかしら」
「その怪我じゃ、無理ですよ」
「そうね。なら……」
彼女は傍にいる男に視線を向けた。男の方は困惑している。
「この子が私の代わりにエイジくんと戦うわ」
「ええっ、俺っすか!?」
自分は全力で戦えなくても、なんとしてでも瑛士の戦闘スキルを見てみたいらしい。代わりの役を出してきた。
ふと宗真のことを思い出した。瑛士だって、できることなら妥協はしたくない。無傷のままで非魔族界を取り戻したい。
だったら、どうする。ここのカッゾに俺を認めさせて、王からも一目置かれるような存在になるしかない。瑛士はそう思った。
「……いいですよ。やりましょう」
瑛士はウィズの提案を承諾した。




