三十一話:一夜明けて
太陽が昇りはじめた。街をあたたかい光が包み込む。
「おはようございます。早いですね」
大きな窓の前に立っていた瑛士に、ジェムが声をかける。一瞬通り過ぎようとして歩みを止めたということは、この先の、瑛士たちが借りた部屋に行くところだったらしい。
「まあ、なんというか目が覚めて……」
そう言いつつも、仰々しく飾り付けられた窓枠の前で瑛士は立ったまま、うとうとしていた。ジェムはそのことに気づいていたようで、くすりと笑う。それなのに「景色でも見てたんです?」と意地悪く聞いた。瑛士はああ、うう、と歯切れが悪い。
「起きたのはエイジくんだけですか?」
「ソーマのやつは寝てますね。ここ来るときに声かけたんですけど。あれは多分二度寝中かなって」
ああなるほどというようにジェムは頷く。
「じゃ、フウカちゃんと、アスカちゃんは」
「じ、女子の部屋に入れるわけないじゃないですか! 何言ってんですかジェムさん!」
「エイジくん、とりあえず落ち着いて」
必死になる瑛士に、ジェムは少し引いている。我に返った瑛士はすみません、と謝った。
「今日の会議のことなのですがね、もうすぐはじまるらしいです」
「あ、そうなんですか。早いですね」
「それでですね、君たちも来て欲しいとのことで」
「えっ」
俺たちが? そう言いたげな瑛士の表情を汲み、ジェムはさらに付け加える。
「昨日言った通り、白魔族と君たちについての話し合いです。なにせ特別な事例ですから、きてもらった方がいいのです」
「そうなんですか」
いよいよ大変なことがはじまる。瑛士は覚悟を決めた。
「おはよー。ああ、三上じゃん。あと、ジェムさんも。おはようございます」
「おっ、おはようございます」
そこに飛鳥と風華がやってきた。二人も目が覚めてしまったようだ。だが、見た目の雰囲気が変わっている。
「おは……なに、その服。どうしたの」
「着替えよ。三上もここに来るときに説明受けたでしょ。なかなかセンスいいと思うんだけど」
数日間にわたり滞在するであろうということで、瑛士たちは黒魔城の部屋二つと衣類数十着を借りることにしたのだ。クローゼットを開けるとそこには山ほどの服がかけられているのだが、瑛士はその存在を忘れていた。彼は、よれよれの服のままだ。
飛鳥の言葉は途中から瑛士の耳には入ってこない。彼の視線は後ろの風華の方へ行っていた。
「どう……かな?」
「うん、すごく、その、かわいいと、思います、はい……」
だんだん顔が下がり、小声になっていく。風華も恥ずかしそうに下を向く。「相変わらずね」と飛鳥とジェムはやれやれと互いを見る。
「そういうのはいいから、さっさと着替えてきなさいよ」
「あ、そうだな。じゃあね、江里さん」
瑛士と風華は手を振り合う。
「あ? みんなどうした? こんなとこで」
遅れてやってきた宗真。状況を把握できない。「なんでもねーよ」と瑛士は彼を部屋まで引っ張っていく。
「ちょ、俺、今来たとこだろ! おい!」
そんな宗真の言葉は無視だ。
「今から会議があるんだってよ。着替えて支度するぞ」
「会議ぃ……? こんな朝からかよ?」
「それは仕方ないだろ。俺たち、待たせてる側なんだからさ。急ぐぞ」
部屋に戻り、クローゼットを開く。勝手に触ってはいけないと思い込んでいた。
「うわ。こんなに……」
宗真が言葉を漏らす。瑛士も、自分の部屋のクローゼットとは比べ物にならないほどの広さに驚いた。棚が高く、たくさんの衣服がかけられている。まるで服屋だ。
とりあえず急ぐために、手近にあったものを取り、着替える。脱いだものは専用の場所に置くと勝手に運ばれていくようだ。
「オッケー! 行くぞエイジ!」
「おう、ソーマ!」
二人はばんと扉を開けて、部屋を飛び出した。さっきの窓までさほど距離はない。
会議内容はやはり白魔族との戦いのことだろう。瑛士の心はざわついていた。その理由は、昨日彼があることを知ってしまったからだった。
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昨日は楽しかった。風華とデートらしいデートをしたのは初めてのことだった。高ぶる気持ちを抑え、風華の前では平静を装おうとした。
黒魔族の街という未知の領域に足を踏み入れた二人。眼に映るものは新鮮なはずであったが、それはどことなく既視感のあるものだった。
はじめて黒魔族界にきた時、街の外れの廃屋街で見慣れた家電製品が廃棄されていたのを思い出す。
なんてことない普通の街、というのが率直な感想だった。ジェムから説明を受けた通り、魔法を使える人はほとんどいない。もし使えたとしても、重いものを持ち上げたり、手の届かないものを持ってきたりと日常的に使える便利な道具の一つという程度にしか認識されていないらしい。
「平和、だな……」
今までの張り詰めた城内の空気とは一変。活気ある日常が繰り広げられる城下街。それに触れた瑛士は思わずそう呟いた。
「……前にリックさんから聞いたんだけどね」
「ん?」
風華は言った。
「黒魔族と白魔族のこと。常にピリピリしてるのはお城の中の人たちだけなんだって。ここの人たちはその存在こそ知ってはいるけど、憎むことも嫌うこともなく、普通に過ごしてる」
「……うん」
「戦って、殺しあって……なんでそんなことするのかなって、ちょっと思うんだ」
「……」
理由なくいがみ合うことはありえない。だが、その理由を忘れてしまっているのだろうか。国の上層部と市民の意見は食い違うもんだな。瑛士は複雑な気分になった。
「ごめんね。なんか変なこと言っちゃって」
「いや、これからのことに必要な情報だったし、ありがと。それよりさ、どこに行こうか。まだ時間はあるし──」
彼は言葉ではそう言いつつも、心の中では切り替えられずにいた。
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「さてここから行きますよ。みんなもっと集まってください」
その声でふと我に返った。
ジェムは五人まとめて移動するつもりらしい。彼を取り囲むように四人は立つ。そして、ジェムが頷くと足元から光が円状に広がっていく。非魔族界と黒魔族界の間を行き来するときとは違い、今度は涼しい顔だ。
いざ、カッゾの会議へ。




