二十一話:降り立つ二人
「おい! 僕のことはもっと丁寧に扱え! お前より立場は上だぞ! 聞こえているのかピト!」
高く掲げられた椅子の上、身動きの取れないレグナはなんとか逃げようと悪戦苦闘していた。だがピトはそれを無視してひたすら歩いてゆく。
「うるさいですネェ。そのメガネかち割りますヨ? なんか勘違いしてるみたいですから言わせてもらいますけど、あんた、もう俺の下ですヨ? 一度、自分のこと見つめなおした方がいいですネ」
「なんだとォ!」
ピトの足が止まる。どうやら目的の場所に着いたようだ。
「いつまで僕を閉じ込めるつもりだ」
「あれ? 元ナンバースリーが知らないんですカ? ここに入れられたら永久にさよならでス」
「結局僕は殺されなくちゃならないのか」
「違いますネ。死にはしないでス」
「どういう意味だ」
「そーゆーのは自分の目で確かめるのが一番ですヨ」
床に転移系の穴が作られた。神殿の中のどこかにある隔離室に繋げられているのだ。そこは特殊な魔法で、魔力を強い魔法に変換できなくなっている。レグナはそんな牢に、椅子ごと放り込まれた。
「うぉあっ!」
ガツンと音を立てて落ちる。結局最後まで拘束が外されることはなかった。衝撃が体全体に響き、瑛士につけられた傷が痛む。
「ぐ……」
レグナが目を開けるとそこには数人の顔があった。
「なッ!? 誰だ、お前ら!」
レグナが驚きの声をあげると、頭上の顔もレグナを覗き込むのをやめて離れる。
「おいどうした。新たに放り込まれた奴がいるのか……?」
「誰だ?」
「おい、俺、この人みたことがあるぞ」
「この人は」
隔離室の中の人々がざわざわと騒ぐ。一つの檻に何人か収容されているようだ。
──なんだ? こいつらは。こんなにいるものなのか、閉じ込められているやつらが。
レグナは一人眉をひそめた。
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瑛士は夏休みに入ったばかりだ。
スーパーのビニール袋を手に持って、じりじりと照りつける太陽と熱を反射するアスファルトに挟まれ、彼は歩いていた。
そしてその隣には、風華がいる。彼女もまた、近くのスーパーに買い物に行った帰りだった。彼らはそこでばったりと出会った。
晴れて交際を始めた二人だったが、この一週間メールでのやり取りしかしていない。互いに、こうして顔を合わせるのが恥ずかしかった。
「江里さん、夏休みは何か予定入ってるかな」
「私は、特に。三上くんは?」
「僕も、特に」
会話はそこで終わる。黙ってしまう二人。
「どこか、遊びに行こうか。その、どこか」
「……うん」
静かなやり取りが二人らしい。
「また、今日の夜にでも、メールで決めよう。どこに行くか、とか。あと、日にちも」
「うん」
歩道を歩く二人。風が通り抜けると、木の葉がざわめく音がする。数メートル先には別々に別れる道がある。
せっかく会えたのに、何を話していいかわからない。瑛士の頭は気温と思考で熱くなっていた。
ふと瑛士は音がなくなる感覚を覚えた。蝉の鳴き声が、風の音が、聞こえなくなった。
「……? どうしたの、江里さん」
「三上くん、あれ!」
「……なっ!」
風華が先に異変に気づいた。彼女が指差したその先。木の葉が空中で止まっている。
──バカな! 時間が止まっているのか。
「なんだよ、これ」
「お前が、ミカミエイジか」
「……!?」
後ろから声がした。名前を呼ばれたことで反射的にばっと振り返る瑛士。
そこには男女二人が立っていた。どちらも真夏には暑すぎるような格好だ。だが、瑛士はその雰囲気にデジャブを感じた。
「丁度、エサトフウカも居るようです。いかが致しますか」
彼らの頭上に浮いている輪っかが目に入る。
──こいつら、まさか!
瑛士は風華を庇うように前に一歩出る。
「先ずは力を確認する必要があります」
「はっ」
男の方が瑛士に向かって歩いて来た。
「おい、あんたたちいったい誰だ、何者だ? レグナの仲間──白魔族なのか?」
「よくわかっているではない、か!」
「ぐっ……」
男の拳が瑛士の腹に入る。袋を落とし、瑛士はその場にうずくまる。
「俺はセルという者だ。お前の力を見せてみろ」
「やっぱり……。も、もういいだろ、そういうのは」
瑛士は痛む腹を抑えながら、うなだれた。
「どうした。レグナを圧倒した力を見せてみろ」
セルは瑛士を前に立つだけだった。瑛士が立ち上がるまで、それ以上のことはしなかった。
「生憎だが、知らない。俺は、そんな方法! うおおお……!!」
瑛士はセルにやり返すように殴りかかる。だが瑛士の攻撃は簡単に止められてしまう。
「お前からは何の魔力も感じない。レグナの報告は嘘だったのか?」
「うがっ!」
瑛士をもう一度地面に押し付け、彼は退屈そうな顔を浮かべた。
「では、お前はどうかな」
彼は風華の前に歩き出す。
「ひ……!」
風華は買い物袋を落としてしまう。足が震え、恐怖で動けない。セルは風華の目の前に立ち、拳を握る。
「やめろ! 江里さんに暴力はッ!」
瑛士はセルの足を掴んで、彼の歩みを妨げようとする。
「!」
止まった時の中、瑛士は見た。風華の周りに出来たバリアを。
──また、あの時の。
「ほう……こっちの方が優秀だったか。ふん!」
セルは足にしがみつく瑛士を、バリアに向かって蹴り上げた。
「ぐがあ!」
瑛士はバリアに思い切りぶつけられた。
「三上くん!」
風華の叫びと共にバリアは粉々に砕けた。破片は地面に落ちる前にすうっと消える。
「持続は本人の精神状態による、と」
セルが冷静に分析する。
「だが、この程度では全くの期待はずれだ。やはり非魔族の魔力など、あてにはできん」
セルはやれやれと風華たちに背を向けた。
「おい、俺はまだ終わってねぇぞ」
「ん?」
一方的にやられ、倒れていた瑛士は、風華の前に立っていた。
「魔力が……? ほう、ようやくお前も力を見せる気になったか」
「さっさとこの変な現象を元に戻せ。もうお前らとは関わりたくないんだ」
「では手短に終わらせてやろう。」
二人のバトルが始まった。




