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灰色ノ世界  作者: 新井真
第一章 突如現る白黒魔族!?
20/62

十九話:伝わる思いと帰り道

 

「早く来いよ、エイジ」


 人通りの少ない、暗い道を走る宗真の声。ぽつんぽつんと点在する街灯が人影をつくる。


「待ってくれよソーマ。お前、せっかちだぞ」


 瑛士は彼の後を追う。


「ちんたらしすぎなんや、お前は」


 瑛士と並走して、ベリドは彼に文句を言う。特に魔法を使っている訳ではないが、ベリドも走るのが早い。涼しい顔をして、楽々宗真についてゆく。

 ベリドたちは、すっかり怪我が治っていた。散々レグナに痛めつけられたものの、すぐに回復した。それもリックの治癒系(クア)あってこそだ。


#


「……!」

「目が覚めた?」

「ここは……あいつの部屋か? り、リック! あの白魔族はどうしたんや!?」


 リックの治癒系魔法を受けたベリドはがばっと起き上がった。「まだ寝てなさい」とリックがベリドの体を倒す。

 瑛士の部屋には瑛士、風華、リック、ベリドがいた。宗真は、瑛士の部屋狭くなっちまう、と部屋の外で待っている。飛鳥もそれに同意し、宗真とともに外に出ていた。


「安心して。ベリドくん。私も気絶していたから見られなかったんだけど、なんとエイジくんがレグナを倒してくれたんだって」

「こいつが?」


 きょとんとした顔をして、瑛士を指差す。すかさず、指を差すな、と瑛士は彼の右手をおろさせた。


「うん。よく分からないけど、魔力に目覚めたみたいなの。今はもう力は消えちゃったみたいだけど、私たちが寝てる間に大活躍だったらしいの。ね、フウカちゃん」


 リックの言葉に、風華はこくこくとうなづく。


「三上くん、ほんとにすごかったんですよ。それに……かっこ、よく……」


 風華は途中から照れて言葉にならない。少し紅潮した顔を手で隠した。瑛士も思わず横を向く。


「ほぉん。そうなんや。お前にそんな力があったんやな。今回ばかりは俺らがお荷物になってもてたってこったな」

「いや、俺が力に覚醒したのはベリドがいてこそだ」


 瑛士はうつむいたベリドに言う。


「お前が俺と契約した時から、俺が覚醒するきっかけを生んでくれてたんだ。おかげで江里さんを守ることができたし。まあ、なんと言うか、ありがとうな」

「……ふん。どういたしまして、エイジ(・・・)


 二人はにやりと笑い合った。


「ねえ、もう話終わった?」

「おい、ちょっと待てって!」


 ドアを開けて飛鳥が入ってくる。その肩には宗真が手を置き、引き止めようとしていた。そんなことは御構い無しに飛鳥は話しはじめる。


「ソウマとあたしとで話してたんだけど、もう二人の仕事終わっちゃったじゃない?だから再来週、みんなでお祭りに行かないかって。ソウマもノリノリで──」

「おい、俺は別に……ゔっ」


 撤回しようとした宗真の脇腹に肘が入る。


「いいね! おもしろそう!」


 リックがはしゃぐ。その隣でベリドは迷惑そうにしている。


「と、その前に来週はテストあるだろ。まずはそこを乗り切らないとな」

「なんで俺を見て言うんだよ、エイジ」


 部屋は笑いに包まれた。


#


 ……毎年この時期には祭がある。いわゆる夏祭りだ。屋台がたくさん出て、賑やかだ。瑛士は、祭りというものにはしばらく来ていなかった。だが、それ以上に、宗真は一度も来たことがない。


「今日は頑張れよ、エイジ」

「お? おう……。てか、人ごみ嫌いなソーマがくるなんてな」

「まあな。アスカのゴリ押しだよ」

「お前、田口さんといつそんなに仲良くなったんだよ。名前呼びって。田口さんもお前のことソーマって呼んでてちょっとびっくりしたぞ」

「あ、いや、これは、別に」


 慌てる宗真。足がもつれて転びそうになる。


「あ、いたいたぁ! ソウマ! 三上!」


 屋台の光の逆光で、手を振るシルエットだけが見える。


「あっ、合流できたみたいだな。お待たせ……。わっ」


 瑛士は驚いた。


「ふふーん。どう? かわいいでしょ? リックさんに頼んであたしたちの浴衣つくってもらったの。魔法って便利よねー」

「馬子にも衣装ってやつだろ? 痛った!」


 宗真はまた余計なことを言って叩かれた。全く学習しない。


「で、お前も着んのかい」


 ベリドはリックに言う。


「い、いいでしょ。フウカちゃんとアスカちゃんのをみてたら私も着たくなったんだから」

「ええんちゃうか? 今日くらいは。なんて言うても祭やからな」

「うん。」



「ねぇ、三上くん。私、変じゃないかなぁ」


 照れる瑛士に尋ねる風華。


「へ、変じゃないない! 全く! むしろ、いいと思うから、すごく!」


 瑛士の焦点は合っていない。風華を直視できない。風華の浴衣姿はかわいい、美しい。


──やばいやばいやばいやばい。


「せ、せっかくお祭りに来たんだしさあ! 何か買おう、よ! 江里さん何か欲しいものあるぅ!?」


 沈黙はまずいと思った瑛士は会話を切り出した。緊張で声が上ずった。


「あっ、えっと、かき氷……とか?」

「かき氷ね! 暑いもんね!」


 瑛士のテンションは既に迷子。二人は屋台を探して歩き出す。


「あった。店あったよ」


 瑛士はポケットから財布を取り出そうとする。それを見た風華は慌てて言った。


「い、いいよいいよ、三上くん! 自分の分なんだから!」

「そうはいかないって。今日くらいは、さ。お祭りだから。 ね?」

「う、うん。ありがとう」

「さぁて。あたしたちは向こうに行きますか」

「えっ、人多いって! 嫌だ! 正気になれアスカっ!」

「つべこべ言わなーい!」


 瑛士と風華のやりとりを見届けた飛鳥は、うんうんと満足気に頷いた。そして抵抗する宗真を連れて別方向へ行こうとする。


「ん? ええんか? あいつら周り見えてへんけど?」


 ベリドが尋ねる。


「いいの。フウカと三上を二人にしてあげないとねー。そのためにこれを企画したんだし」

「アスカは多少強引なとこあるよな」

「うっさーい、ソウマ! ほら、あたしに何か奢りなー!」

「うぇえ」


「……ああ、エイジのためか?」


 黒魔族二人が残ってしまった。ふと気づいたベリドはリックにそれを確認する。瑛士が風華に好意を持っていることは前から知っていた。


「ふふ、エイジくんのためでもあり、フウカちゃんのためでもあるのよ」

「はぁ? ……あっ」


 何かを察したベリド。


「ふふ、私たちも楽しみましょうよ。下界のお祭り」

「ああ、せやな」


#


「あいつらいないじゃん! もうすぐ花火始まるってのに」


 元いた場所に戻って来た二人。そこには誰の姿もなく、ただの静かで暗い道だけがあった。


「……三上くん。ここで二人で見ようよ、花火」


 屋台の通りから少し離れた場所。人影は全くなく。花火を見るにはとても良い場所だ。


──ふ、二人で……だと……⁉︎ そんなの俺の精神持たねーよ!


「う、うん。二人で。二人でねー」


 瑛士は緊張の汗が出て来た。


──もうすぐ花火っつっても、何か話さないとまずいか? ど、どうすればいいー! あっ……。


『今日は頑張れよ、瑛士』『お? おう……』


 宗真との会話を思い出した。


──あれはそういうことか⁉︎ そういうことなのかー! 夏祭り! 女子と一緒に祭ぃ! 二人きりで花火ぃ! これはそういうことかー⁉︎


 瑛士はなんとかして心を落ち着かせようとする。表面ではいつも通りにしているが、心の中では大騒ぎだ。


──深呼吸。深呼吸だ、俺。よ、よし、これは告白の時だ。大丈夫、だよな?


「三上くん」

「ふぁっ!どうしたの江里さ──」


 不意に話しかけられ、変な声が出る瑛士。そして口に入れられるかき氷。甘い苺の味がした。


「!?!?」


 瑛士の顔がみるみる赤くなる。目が回る。もう何も考えられない。


「み、三上くん暑そうだったからそれで、冷たいものをって……」


 風華も顔が赤くなって、顔を伏せた。二人ともすっかり黙ってしまった。


「あ、あの、三上くん。あの、私、中学校の時から三上くんとこうやって二人で会話、したかったんだ」


 沈黙を破ったのは風華。その内容に瑛士は違和感を覚える。


「えっ? 中学? 確かに同じ中学だったけど、そのとき、江里さん、僕と会ったことあったっけ」

「やっぱり、覚えてないよね」

「えっ、えっ」


 風華は語りだした。


#


 江里風華は恋をしていた。

 彼女の恋の相手はこの春から同じクラスになった三上瑛士。クラスで浮くこともなく、ただ普通に過ごすモブキャラ、のはずなのだが、彼女の目にはそうは映らないらしい。

 昨年仲良くなった、今では親友の、田口飛鳥にそのことを相談した時には、かなりの理由を求められた。瑛士の印象はあまりにも薄く、いい評判も悪い評判も特に耳に入らず、どんな人物か想像もつかなかったからだ。

 偶然にもその時期に、飛鳥は瑛士が風華に好意を寄せていることを知っていた。家が隣同士で幼馴染の佐田宗真から情報を得たのだ。


 彼女が瑛士のことを意識しはじめたのは、瑛士側よりも早い、中学生の頃だ。今でこそ可愛いと評判がある彼女だが、昔──小学生の時にはただの地味な少女だった。それが原因でからかわれたこともあった。

 そして中学の入学式の日、式が終わったあとのこと。右も左も分からない彼女に声をかけ、一緒に校内を歩いたのが──


「……あれ? どうしたの? 君も新入生、だよね?」


 三上瑛士だった。

 瑛士は昔から人見知りせず話せる人間だった。


「君、何組なの?」

「……」

「へえ、四組かあ。なのに教室は一組と隣なんだよね、四組。おかしいよね」

「……」


 風華は瑛士と対照的に、慣れた人としか話すことができなかった。それも彼女がからかわれていた原因の一つだった。

 だが、瑛士は風華に話し続けた。沈黙の、重い空気が嫌だったのだ。

 次第に、風華はだんだん瑛士に心を開いていった。はじめは全く聞こえないくらいか細い声しか出なかったが、聞き取れる程度の大きさで話せるようになっていた。


「あ、ここっぽいね」


 そして二人はいつの間にか教室の前に着いていた。


「あ、あの……」

「おーい、三上ぃ!! こっちこっち。遅いぞぉー」


 風華が瑛士に話しかけようとしたが、一組の教室から顔を出した男子生徒に阻まれてしまった。


「じゃあ、僕は隣だから」

「……」


 瑛士はそのまま隣の教室へ消えていった。

 風華はその後もその場に立ち尽くしていた。今までと全く違う自分の扱われ方に戸惑っていたのだ。そしてその先には、彼女の初恋があった。


 彼女は数日間、何も考えられなかった。


 そして風華は、中学にあがって親に買ってもらった初めての携帯電話で、イメチェンの方法を模索した。今までの暗い雰囲気は払拭して、可愛くなれるように。

 いきなり雰囲気が変わってしまったが、風華はあまりクラスに馴染めていなかったので、イメチェンの件に関しては騒ぎにならなかった。だが、今までこんなに可愛らしい女子がいたことに気づいていなかった、という感じで大きな騒ぎになってしまった。

 それは四組からどんどん広がり、学年全体に、そして更には学校全体にまで広がった。

 情報をキャッチするのが遅い瑛士が、風華の噂を耳にしたのはこの頃だった。


#


「えっ、あの時の子が……江里……さん?」


 瑛士は驚くばかりだった。


「覚えててくれたんだ。私、変わったんだよ。どう?」

「いや、どうって……。い、いいと、思います」

「えへへ」


 また照れる風華。


──なんだこれかわいすぎんだろ。


 瑛士は精神の限界を迎えていた。姿勢を正して風華に言う。


「あ、あの! 江里さん! 僕と──」


 付き合ってください。

 同じタイミングでわあっと上がる歓声。屋台の奥からひゅるるると空に飛ぶ花火。ぱあんと開いた花火はすぐに消えた。


──た、タイミングミスったぁぁああ!


「ごめん! もう一回言わせて! あの、えっと」

「大丈夫。私も同じ気持ちだから。分かるよ」

「えっ」

「好きです、付き合ってください」

「……!」

「へ、返事、は?」

「っ!! こ、こちらこそよろしくお願いします……!」


 二人とも顔が真っ赤になる。片思いが両思いになり、成就した。二人とも向き合ったまま何も言えない。


「は、花火! 打ち出したし、見ようよ。二人で!」


 今度は瑛士が話しかける。


「うん! 二人で!」


 風華が笑いかける。花火が打ち上がる約20分間。二人は幸せな時を過ごした。


#


「よかったなぁ、エイジ」

「よかったけど……お前ら性格悪いぞ。俺と江里さんの気持ち知ってながらにやにや見てただけなんてさ」


 祭の帰り道、瑛士は宗真と飛鳥に文句を言った。


「いや、これは本人たちが解決すべきじゃん。あたしたちがどうこうするものじゃないじゃん?」


 水ヨーヨーをパシパシ叩きながら飛鳥が言う。瑛士は何も言い返せない。


「よし、俺たちはこっちの道だ。じゃあな、エイジ。またな」

「おう」

「フウカも。またねー」

「うん。アスカちゃん、ばいばい」


 そこからは宗真と飛鳥とは別の道だ。二人はまた何か言い合いをしているのか、賑やかな後ろ姿だけが見えていた。


「さて、もうこれで全部やろ。俺らも近々元の世界に帰るとするわ。エイジから取った魔力も溜まって来たしな」

「あっ、でも、今日じゃないわ。そろそろってだけよ」

「明日で学校も一旦終わりなんやろ。明日あたり、どうや」


 帰り道、残った四人は歩く。ベリドたちが自分たちの世界に帰る時の話をしていた。ベリドに課せられていた仕事も終わったため、戻らなくてはならない。

 明日は一学期最後の日となる。ようやく夏休みに入る。


「明日の放課後、俺たちが二人を見送ることにしようか?」

「うん。それでいいと思う」


 瑛士と風華もベリドに賛成した。


「私たちはここね。楽しかったわ。じゃあね、ベリドくん、エイジくん」

「じゃあね、三上くん。また明日!」

「うん。また明日」


 瑛士は風華に手を振る。


 二人きりになった帰り道。ベリドは瑛士に肩を組みにいった。


「エイジ、おめでとー」


 ベリドがにやにやしながら言う。


「な、なんだよベリド」


「素直に祝ったったんや。お前の恋愛成就をな。喜べや」

「へへ、ありがと」

「うわ。お前の今の顔、気持ち悪いわ」

「な、なんだと!」


 ベリドが瑛士をどんと押す。そして瑛士がベリドを追いかける。二人はそのまま走って家に帰っていった。


#


 次の日。修業式が終わると集まる六人。いよいよ二人の魔族の見送りの時だ。


「いろいろありがとう、みんな。いい夏休みを過ごしてね」

「さよなら、リックさん、ベリド」

「二人も元気でなー!」

「体に気をつけてください」

「なんやかんやで楽しかったよ」

「おう、俺もや」


 瑛士とベリドはがっちりと握手した。


「……っ!」


 その瞬間瑛士は急に力が抜けた。立っていられなくなり倒れそうになるが、風華と宗真が支える。


「おま……最後に魔力吸うな!」

「へへ、またな」


 ベリドがゲートを開く。ベリドも瑛士も、歯を見せ笑う。

 二人は帰っていった。


──じゃあな、ベリド。


 二人が通ったあとの、青いゲートは静かに消えた。


「ついに帰っちまったか」


 瑛士はぽつりと呟く。


「いざいなくなると寂しくなるってか、エイジ? 大丈夫さ。俺たちがいるだろ」

「ソーマ、なにカッコつけちゃって。あんた、別にそんなことしてもかっこよくないよ?」

「なっ! 今くらいは許せよ!」


 笑いあう四人。


 二ヶ月半に及ぶ魔族との生活は終わった。

 瑛士は少し寂しい気がしたが、もう平気だった。きっとこの体験は忘れることはないのだから。

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