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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
死人に梔子
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死人に梔子 3


「ずっるぅ〰〰〰〰い!」


 雪が降る町。道路のど真ん中で成人男性の怒りの声が反響する。


「俺達が寒い思いをしながら待っているときに? ケーキを食べていた? 俺らを呼べよ! そこで話を聞けよ!」


 ずび、と鼻をすすりながら叫ぶジョーダンに申し訳なさを覚える。警察から彼らの話を聞くまでずっと自分達とは別の喫茶店で待っているものだと思っていたのだ。

 黒い毛皮の耳当てをつけているウエリもコートの内側に入れている猫を抱えながら恨めし気にこちらを睨んでいる。半目の琥珀が四つ。怖い。


「すみません。別の場所で待っているのかと……」

「すぐ来ると思ったんだよ。四十分も待つとは思わなかったよ!」

「うちのニニは寒がりなんだ。どう落とし前つけてくれるんだい?」

「返す言葉もございません……」


 二人の怒りをただ受け止めるしかない三人。ラマンの勤務先が近くにあったため、そこに案内できたのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 ラマンが既に話を通してくれたようで、すぐ食堂に案内された。ジョーダンが鼻をすする音が酷くなる。

 近くに置いてあったティッシュを差し出す。肌に優しい紙で、これもユイの小説から生まれたものだ。硬い紙で鼻水をかむのは肌に優しくない。かといって布だと使い回せない。本当に便利だ。

 ぢーん、と盛大に鼻をかむジョーダンの隣でウエリは使い魔らしき大型の長毛猫をコートから出して、体を温める生活魔術をかけていた。いや本当にデカいな。十ィロもありそうなその猫をよく抱えられたな。


「大切なんですね。その猫」

「私の友人だからね。何よりも大切にするに決まっているだろう」


 ——使い魔に家族のような情を持つ魔術師は少なくないが、それでも人のように言うのは珍しい。それくらい身近だということなのか。


「すみません。ポタージュを二人分。後、猫にも大丈夫な温かいものもお願いします」


 遅れた元凶たるベルンハルトが近くの者に食べ物を頼む。猫に優しいものまで頼む姿に感心する。

 レナートの中では犬とか猫は死肉を漁り、腐臭や感染病をまき散らす畜生以外の何者でもない。ペットのように可愛がろうとはどうしても思えなかった。丸呑みしてくれる分、まだ蛇の方がマシだ。


「相変わらず、猫は嫌いなままなんだな。レナート」


 猫を嫌悪する気持ちが顔に出てしまったのか、ジョーダンに指摘された。数年ぶりの友人に会ったような指摘に、眉間にしわを寄せる。

 レナートは恩人である知恵の魔女を殺した後『ヨースター』に在籍していたらしい。

 らしい、というのはそのときの記憶が一切ないからだ。戦争で活躍する兵士を育てるため、徹底して『命を殺す』訓練をサリバン達は選別した冒険者に課してきた。記憶をなくすことで人格を守るものがいるほど、過酷な訓練だったらしい。

 レナートも、記憶をなくした一人だった。


「気にしないでくれ。彼は賢いからね。君を不愉快にさせないようにむやみやたらに近づいたりはしなかったから、特に何もなかったよ」

「それを聞いて安心しました。私ならうっかり切り殺しかねないので」

「ははは。そうなったらサリバンの言葉を無視しても私が君の尊厳を侮辱していたよ。

 友人を傷つける生き物にかける情けなんて、必要ないからね」


 快活に笑うウエリの表情は自然で、自分の発言が至って普通であると信じているようだった。彼の目の前に座っていたベルンハルトが眉を寄せている。警察として気に障ったらしい。

 魔術で浮かされたポタージュがウエリとジョーダンの前に置かれた。


「そういえば御者さんはどうしたのですか?」

「彼ならまだ事情聴取中だよ」

「運転する立場だったからな。やっぱ俺達以上に時間かかっているみたいだぞ」


 ラマンの質問にウエリ達が答える。何となく予想できたが、やっぱり警察にまだいたみたいだ。

 緑色の目がベルンハルトへ動く。何が言いたいのか分かったレナートもラマンに続いてベルンハルトを見る。

 視線に気付いたベルンハルトの顔が歪む。苦虫より十倍苦いものを噛み潰したかのような渋面だった。


「ビビちゃん」

「……やだ」

「そこをなんとか」

「やだっつってんの! 俺は警察だぞ! ロバートみたいに情報を落としたりするもんか!」

「うっそ……あの警察そんなことしてるの?」


 ウエリが口を押さえて上体を少し仰け反った。マズいことを言ったことにベルンハルトは気付いたのか忘れてくださいとすぐに返したが、それは一種の回答だ。

 ——もしそうなら、警察としての立場はない。あくまでも疑惑で、公に動けないのだろう。その情報漏洩に先生が関わっている。警察側(ベルンハルト)はそれに気付いているから、あのとき一緒にさせないで欲しい、といったのか。

 レナートがユイとロバートの関係性について考察している間にジョーダン達の話を聞く流れになったらしい。

 ベルンハルトが質問を始めた。


「最初にサリバンに気付いたのはどちらですか?」

「ジョーダンだね。御者台の窓から降りるのかってくらい身を乗り出していたからね」

「悪かったよ。信じられなさ過ぎて俺も驚いてさ~」


 匙で掬ったポタージュを冷ましながら飲むジョーダンの顔に申し訳ないという感情は全く見えない。ウエリも分かっているのか、それ以上追及することはなかった。


「俺、リヒト、ウエリの順で気付いたな」

「正確に言えば、ジョーダンとニニ、馬、リヒト、私だね」

「馬いる?」

「馬超いる」


 ——このやりとり、既視感があるな。


「馬を順番に入れたということは、御者の手元の狂いが原因ではないということですか」

「いい質問だね、ブラウンさん(パン・ブラウン)。馬が急に嘶いてね。あのままだったら死人が出るくらい暴れていたんじゃないか」

「あー確かに。あれは恐怖だったな。そんな感じの味だったな」

「その例えはやめなさい」


 馬が本能的に恐怖した。

 ——なら、死体に魔素が入って魔力に変異した結果、死体が動くようになった屍体(アンデッド)か。いや、それを警戒してこの国は火葬にしている。屍体はありえない。

 だが、辻馬車という人と多く接する機会がある馬がいきなり恐怖したりするだろうか。


「警察に何度も聞かれたと思いますが、確認として聞きます。——見間違いではないんですよね?」

「それはない。ジョーダンがあれをサリバンと断定した」

「あれを見間違える俺じゃないぜ」


 やけにきっぱりと断定する。そこまで言い切るのなら、相応の根拠があるのだろう。


「理由をお伺いしても?」


 茶色の瞳が輝く。流石警察。取り調べがプロそのものだ。取り調べを見たことないけど。

 琥珀の目がジョーダンへ動く。ジョーダンはウエリに対して頷いた。何の確認か分からないが、承諾を貰えたようだ。


「……ジョーダンは相手の魂を知覚できる。そういう目を持っているんだ。魂は一人一人違う形をしている。だから、サリバンの魂が同一のものである、と気付いたんだ」

「だから、一番に身を乗り出したんですね」

「そういうこと。ラマンさんに十点あげる」

「結構です」


 ジョーダンの顔から口に入れていたポタージュが垂れた。もったいない。

 ——サリバンが同一人物という線は確実なものとなった。なら、死人がどう復活したのか探らなければならないな。


「屍体の線はゼロでしょうね。火葬していますから」

「魔術による変身の類もないだろうね」

「そもそも他人に成り済ます変身は禁止だろ。犯罪や間者の問題があるからな」

「動物への変身もね。脳味噌への負担が大きいから」


 ジョーダンやウエリと一緒に死人同一人物問題に取り組む。だがいくら考えたところでこれといった納得できる答えが出てこない。


「……リヒトを待つしかないか。馬を制御していたから、何か知っているかもしれない」

「そんな考えでいいのかぁ? お前はもうちょっと思考できる人間だろ」

「挑発する思考を別に回してくれないか」

「俺は考えられるだけ考えました~」


 両手を振って降参の格好(ポーズ)をするジョーダン。彼を見るウエリの琥珀が細くなった瞬間。

 ジョーダンが消えた。


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