表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
26/26

買い物で買ってはいけないもの 1

 軍帽越しに頭上の太陽の熱を強く感じるが、肌に触れる風は秋そのものの冷たさだ。おかげでそこまで暑く感じない。

 喫煙所のベンチに腰掛けてレナートは火をつけた煙草を大きく吸う。健康に良くないとフランチスカや軍曹、中尉は眉を顰めそうだが、吐き出した煙は上手く使えば変換対象になるということに気付いたので止めるつもりはない。

 変換の対象条件は『レナートの支配下にあること』だ。それは対象物に触るだけでなく、自身の体から離れた——例えば切った髪の毛や出血で体外に出た血とか——そう言ったものは、もとはレナートの一部だったから彼の支配下にある。

 そう考えるならレナートの口の中にあった空気が出たら、部分的に支配対象となる。それが視認できるなら、煙草を吸わない理由がない。


「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」


 聞き慣れた声が、聞き慣れない言葉を並べた。

 顔を上げれば、赤いキャスケットを被った女性が立っていた。目には見慣れた黒い丸眼鏡。

 煙草を消して敬礼をしようとして、止める。自分達は問題を提供する者、解く者の関係性でもある。故にその対等性を重んじて軍人特有の態度は無しということになったことを思い出したのだ。

 護衛の象徴として軍服は着てもいいことになった。ユイは服に頓着していないようだったというのも理由の一つかもしれない。


「煙草吸ってる~。体に悪いんだぞ~」


 ユイの黄色い唇がにんまり歪む。


「喫煙者に言われたくありませんね。それより、今のはなんです?」

「あちらの世界の文化の一つで、短歌と言うものです」

「啖呵?」

「喧嘩売ってどーすんですか。短い歌と書いて短歌ですよ。限られた文字数で詩を詠むんです。

 五・七・五・七・七の三十一文字で」

「短すぎじゃないですか」

「これより短い五・七・五の俳句と言うものもあります」

「どうやって言葉詰めるんですか」

「こことは言語が違うから、上手く説明できないですよ」


 困ったように頬をつつくユイに返す言葉をなくしてしまう。

 ユイは、四年前までこことは違う世界で生まれ、生きていた。それが何の因果か価値観だけでなく言語や文化、何もかもが違う異世界、この世界に来てしまった。原因は未だに不明らしい。

 異世界での生活は楽なものではなく、特に向こうになかった魔力という存在は、ユイを苦しめた。

 ここでは魔力はなくてはならないものだし、魔力を使った魔術がある。その魔術に対する自衛手段がユイには全くない。そのため、レナートが護衛として同行することになっている。

 ——それだけが護衛の理由じゃないけれど。

 『ユイを暴く』という挑戦をユイから受けたレナートは、それに答えるためにこうして一緒にいる。

 何と返せばよいか分からず、レナートは黙ってしまう。


「……俳句と短歌、て文字数だけが違うんですか?」


 ようやく言えたのはそれだけだった。


「文字数だけじゃなく色々な違いがあるんですよ、季語とか、生まれた時代とか。俳句は短歌よりずっと後に生まれてきたんですよ」

「記号……?」

「そっからか~」


 ぺちん、と額を叩いてたはーって笑う彼女はいつも通りだ。いや、そう振舞っているのかもしれない。

 郷愁の念は、数年程度で消えない。


「季語とか、そういうのは推理の休憩にでも話しますよ。今は、事件について調べましょ」


 空気を切り替えるようにユイは颯爽と歩き出す、。前を開けている緑色のジャケットの裾が勢いでふわりと揺れた。

 レナートはまだ残りのある煙草を握り潰し、自身の皮膚へ変換してユイの後を追った。




「今回の事件の被害者はサリバン・シャウエル。三十八歳で冒険者ギルド『ヨースター』のギルドマスターです。

 ……だった、と言った方がいいのかな?」

「どちらでもいいのでは?」


 道中見つけた肉屋で揚げ物を買い、食べながらユイは依頼された事件の内容について話す。

 口に入れたものを呑み込んでから話す姿は育ちの良さが見える。花街の娼婦達も、そこは徹底していた。『品』というものに繋がるから。

 レナートも串に刺されている唐揚げを無言で食べながら続きを待つ。


「死因は頸椎骨折による窒息死。犯行時刻は午前十一時半から午後十二時頃だろうと警察は推測しているようです」

「短いですね」

「不在時間がそのくらいしかないそうです。十二時過ぎに用事ができた幹部が執務室に向かったら死んでいたそうです。

 私への依頼主はヨースターの受付担当で、事件が発覚してからすぐに依頼したそうです」

「受付が? 昨日の今日で?」


 いくらなんでも早すぎる。歌姫の一件は依頼者が異常だったが、今回も依頼者がなりふり構わず依頼したのだろうか。

 そう思って質問すれば首を振られた。


「どうやら私の活躍が少しずつ広まっているようで、編集部に依頼の電話がかかってきているんですよね。『うちはジェームズの探偵事務所じゃねーんですよ』、てヴィットくんに怒られました」


 今は新しく連絡先を作って受付を用意したようだ。人気作家だから編集部が用意したのかと思って聞けば、ユイが人を雇って場所を用意したとのことだ。どんだけ金があるんだ。


「あの家で受付を?」

「まさか。依頼用の携帯を持たせ、依頼を聞くだけですよ。部屋も何もいりません。依頼が来たら私に文書で連絡するように言っています。私だと時間が難しいので、その方に依頼を聞いてもらっているんです。聞いてまとめたものを文書通信で送る。効率的でしょ?

 あの歌姫の一件は流石にまずい、と思って急いで雇ったんです。求人広告は編集部に任せてますけどね」

「へぇ……どんな方かお伺いしても?」


 真ん中にある唐揚げを何とか口に入れる。揚げたてというだけあって噛んだ瞬間、熱い肉汁が舌を濡らす。美味しい。

 ユイはメンチカツを噛んだまま、黙っている。

 ——言いにくいんだな。


「魔族ですか? 獣人ですか?」

「——獣人。十数年前の内戦の影響で家族が働けなくなったみたいなので出稼ぎに来たみたいです。……そんな顔しなくても、嘘はついていないのは分かっていますよ。彼女の言葉に濁りはありませんでした」


 四年前、行き過ぎたいじめから起こった事件をきっかけにユイは他人の感情が見えるようになったという。嘘を吐くときは濁って見えるそうだ。

 なら、信じても大丈夫だろう。


「話を戻しますね。依頼人の受付——ハリワさんは友人のジュリアさんが疑いにかけられたことを心苦しく思っているようで早急な事件解決を求めてきました」

「昨日の今日ですもんね。ほぼほぼ同時にかけてきたのではないですか?」

「さぁ? でも切羽詰まっていたのは確かですよ。容疑者全員、彼を殺す動機がありました。

 サリバンさんは、横暴で暴力的な性格だったそうです」


 そこまで言うと、ユイはメンチカツの最後の一口を口に入れる。

 殺害の動機が大体つかめた。

 ——怨恨関係か。


「十一時から正午までに被害者の所に来た人は三人。その三人が疑わしいと警察は結論付けました。

 ここら辺は警察の管轄なので詳しくないですが、恐らく魔力と魔素の関係からそう決めたのではないかと思っています」


 これが資料です、と三枚紙を見せる。顔写真付きの人物紹介の紙だった。

 一人目はシモン・イートン。年齢二十八歳、性別男性、職業冒険者で階級は黒。

 冒険者の階級は色で分けられる。

 冒険者ではないレナートとしては分かりにくいから、白、赤、黄色は初心者、銅、銀、金は熟練、紫と黒は最上位の実力者が得るものだと決めつけている。

 実際、志願制度の軍でも階級が銅以上の冒険者は軍に入隊するように義務付けられている。

 青は、この世界とは次元が違う者達のために用意したものだろう。かつて冒険者であった魔術師、『開拓者』以外その称号を貰っている冒険者は聞いたことがない。

 ——恐らく、世界を滅ぼしかけた人間の青い目とかけている。趣味の悪いことこの上ない。

 シモンは年齢、階級的に考えて従軍経験者だ。証拠に、読み進めたら第三師団第七連隊所属、と書かれていた。

 二人目はジョーダン・ウエスト。年齢三十四歳、性別男性、ギルドの人事部所属で被害者と揉めていたそうだ。恐らく金回りだろうと警察は睨んでいるようだ。経営者として、払わなくて済むなら払いたくないのは分かる。底まで掘ったら色々出てきそうだ。

 三人目はジュリア・バデーニ。年齢二十歳、性別女性、『ヨースター』の受付をしている。依頼人の友人だ。そして、この中では一番動機が強いと個人的に見ている。

 ——被害者から性的な発言や接触をされていた。証拠があれば一発で終わりですよこんなもん。

 そう言ったものをサービスとして提供している女達を見ているから分かる。

 合意のない性的行為など人格破壊に等しい。殺人よりも重い罪だ。

 他の花街ではどうか分からないが、自分の故郷は女を大事にしている。その方が金を多く持ってきてくれるから。

 質のいいものを提供するには、商品を大事にしなければならない。

 それでも、限界はあるにはあるのだが。

 ——花街の最下層を知ったら、興味を持ちそうだなこの人……。

 絶対言わないようにしよう。


「依頼人の内容はなんだったんです? 友人が犯人ではないと証明してくれとかですか?」

「そんな依頼だったら断ってますよ。本当に犯人だったら面倒くさいことになります。

 それは向こうも分かっていたんでしょうね。事件を解決して欲しい。ただそれだけでしたよ。

 ——ハリワさんは、覚悟して依頼していると見ていいでしょう」


 ——大した依頼人だ。

 もし戦友のフランチスカが犯罪者として疑われていたら、同じような依頼をユイにできるだろうか。

 自分に置き換えて考えてしまう。

 ——難しいな。戦友として否定したい気持ちと受け入れたい気持ちが半々だ。

 だからユイが書く小説には警察の知人が犯罪に巻き込まれた場合、捜査から外される描写があるのだ。多分、実際の警察も同じなのだろう。


「依頼人に敬意を払って、この事件に挑もうと思っています。お互い頑張りましょうね!」


 えいえい、おー、と拳を空へ突き上げるユイ。突然のことだったので棒立ちのまま見ていれば「おー! て言えよ」と怒られてしまった。

 異世界特有の掛け声らしい。おー、と一緒に拳を上げておいた。

 見ていたユイは口を尖らせていたが、よしとしたのか、何も言ってこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ