ex.エピソード 2 昭和の観光地の1日のシュミレーション 岐阜県『関ヶ原ウォーランド』
昭和58年(1983年)、日本はバブル前夜の喧騒の中にありました。
この物語は、そんな時代の熱気を帯びた若者たちが、岐阜県不破郡関ケ原町にそびえる、あまりにも「濃い」スポット『関ヶ原ウォーランド』を遊び尽くす一日の記録です。
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鋼鉄の武者と、真夏の陽炎:関ヶ原1983
第一章:土曜の朝、真っ赤なファミリア
1983年8月20日、土曜日。
大垣市内に住む健二(21歳)は、愛車の赤いマツダ・ファミリアを走らせていた。カセットデッキから流れるのは中森明菜の『禁区』。
助手席には大学の同級生の和也、後部座席には女子大生の真由美と直子が座っている。エアコンを全開にしても、アスファルトから立ち上る熱気には勝てない。
「ねえ健二、本当にそこ面白いの? ディズニーランドができたばっかりなのに、なんでわざわざ関ケ原?」
真由美がポニーテールを揺らしながら不満げに言う。そう、この年の4月、千葉県に東京ディズニーランドが開園したばかり。世の中はミッキーマウスに夢中だった。
「真由美ちゃん、わかってないな。ディズニーはアメリカだろ? 日本男児の魂はここ、関ケ原にあるんだよ」
健二がハンドルを叩きながら笑う。国道21号線を西へ。やがて、異様な光景が視界に飛び込んできた。緑の山々を背に、原色で彩られた無数のコンクリート製武者人形たちが、槍を構えて叫んでいる。
『関ヶ原ウォーランド』。
看板の文字が、昭和の太陽に照らされてギラついていた。
第二章:極彩色の合戦場へ
入館料を払い、一歩足を踏み入れると、そこはカオスな異次元だった。
約3万平方メートルの敷地に、200体以上の等身大武者コンクリート像が配置されている。しかも、どれも絶妙に「人間離れ」した表情をしている。
「うわっ、何これ! 顔が怖いんだけど!」
直子が声を上げる。目の前では、石田三成の陣営が真っ赤な顔をして采配を振るい、その横では足軽が今まさに首を取られようとしていた。
和也は一眼レフのニコンFE2を構える。
「これだよ、これ! このB級感がたまらない。見てみろよ、あの落ち武者の表情。今のアイドルには出せない悲壮感だぜ」
ゲートをくぐった瞬間、一行を待ち受けていたのは、教科書の「関ケ原」とは似ても似つかぬ、狂ったような原色のパノラマでした。
「うわっ、何これ! 信号機より色がハッキリしてるじゃない!」
直子が声を上げ、大きなサングラスをずらしました。目の前には、真っ赤な顔で憤怒の表情を浮かべる石田三成と、それを取り囲む青や黄色の足軽たち。コンクリート製の武者人形たちが、3万平方メートルの敷地を埋め尽くしています。
和也は愛機ニコンFE2を構え、夢中でシャッターを切りました。
「健二、見ろよあの落ち武者! 目玉が飛び出しそうだぜ。これぞ祥雲マジック、B級の極みだな」
「和也、あんまり不謹慎なこと言うと、夜中に足軽がファミリアを囲みに来るぞ」
健二が笑いながら言うと、真由美が少しだけ眉をひそめ、一体の武者像を見つめました。
「ねえ、見て。あの人たち、あんなにカラフルに塗られてるけど、目はすごく真剣……。当時は本当に、こんな風に必死に戦ってたのかもね」
真由美は、白いポロシャツの襟を直し、指先でさらりと耳に髪をかけました。その知的な横顔に、健二は一瞬だけ、戦国武者の迫力さえも忘れて見惚れてしまいました。
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コンクリートの迷宮での「ハッスル」
「よし、布陣完了! 野郎ども、突撃だ!」
和也の号令とともに、四人は歴史の教科書を無視した「関ヶ原ごっこ」に没頭し始めた。一眼レフを首から下げた和也は、もはや戦場カメラマンさながらの動きで、膝をつき、ローアングルから武者たちを切り取っていく。
「健二、そこだ! 大谷吉継の陣に加わって、三成をなだめるポーズ!」
健二は、白いフェンスをひょいと飛び越え(当時はまだ、今よりずっとおおらかな時代だった)、真っ赤な顔をした武者の横で、深刻な顔をして耳打ちするポーズをとる。
「真由美、直子! 君たちは東軍の足軽を誘惑する、戦国のくノ一だ!」
和也の無茶な指示に、直子は「ナウいね、それ!」と面白がって、落ち武者の像の背後に隠れてピースサインを送る。一方、真由美は少し照れくさそうにしながらも、凛とした立ち姿で、槍を構える足軽の隣に並んだ。
「ねえ、この人、鼻の穴がすごく大きくて、一生懸命叫んでるのが伝わってくるわ」
真由美が一体の武者を見つめて微笑む。その何気ない仕草と、極彩色の武者の「怒髪天」の表情があまりにコントラストを成していて、健二は思わずシャッターを切るのを忘れ、その光景を脳裏に焼き付けた。
1983年の「撮影ハッスル」
「次は集合写真だ。セルフタイマーいくぞ!」
和也が、三脚を立てたニコンFE2をセットする。場所は島津義弘の「敵中突破」の最前線。四人は、今にもこちらに突っ込んできそうな武者たちの隙間に滑り込んだ。
「10秒だ、みんなポーズ決めろよ!」
ジジジ……というタイマーの音が、静かな古戦場に響く。
健二は真由美の隣に立った。彼女の白いポロシャツ越しに、彼女の香りがふわりと届く。コンクリートの熱気と、若者の体温と、花の香りが混ざり合う、不思議な空間。
「健二、もっと寄って! 敵に囲まれてるんだから!」
直子が茶化すように言うと、真由美がクスクスと笑い、健二の肩に少しだけ体重を預けた。
カシャッ。
一眼レフが切り取ったのは、400年前の合戦の再現ではなく、1983年の夏を全力で遊ぶ四人の、一瞬の眩しさだった。
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「よし、俺たちも参戦だ!」
和也が言い出し、四人は布陣の真っ只中へ。
「真由美、君は小早川秀秋な。裏切りそうな顔してるから」
「失礼ね! 私はせめてお市の方にしてよ。ねえ、健二、助けて」
真由美が助けを求めるように健二の腕を軽く小突くと、直子がニヤニヤしながら割って入ります。
「じゃあ健二君が家康で、真由美を人質に取ればいいじゃない」
昭和58年の若者たちは、スマホなんて持っていません。その代わり、目の前のシュールな光景を自分たちの「ノリ」で遊びに変える天才でした。
「せっかくだから、また、セルフタイマーで撮ろうぜ」
和也が三脚を立て、石田三成の陣の前に四人が並びます。
「はい、チーズ!」ではなく、
「関ケ原、突撃ー!」
カシャッ、という乾いた音が響いた瞬間、極彩色の武者たちの沈黙と、若者たちの弾けるような笑い声が、夏の陽炎の中で一つに溶け合いました。
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第三章:陣場野のピクニック
昼時。彼らは売店で買った瓶のコーラと、家から持ってきたおにぎりを広げた。
周囲には家族連れも多い。お父さんたちはピクニックシートの上ではビールを飲み、子供たちは武者の股を潜り抜けて遊んでいる。
「ねえ、あそこにある資料館、行ってみない?」
真由美が指差したのは、少し古びた建物。中に入ると、鎧兜や古文書が並んでいるが、どこか怪しげな雰囲気も漂う。
「関ケ原の戦いは、実は宇宙人が操っていた…なんて説はないか」
和也の冗談にみんなが笑う。
その時、健二はふと、一体の武者像の影に座った。
「でもさ、400年前はここで本当に人が戦ってたんだよな。俺たちみたいに、20代のやつらもたくさんいたんだろうな」
「急に真面目になっちゃって。どうしたの?」
真由美が顔を覗き込む。
「いや、なんかさ。昭和58年も、400年前も、必死に生きてるのは同じかなって」
「フフッ、きっとそうかもね!」
・関ヶ原ウォーランド「カオスな売店」の変なお土産
当時の売店は、歴史資料館の出口に直結しており、薄暗い電球の下で「これ誰が買うの?」というアイテムが山積みされていました。
「血染めの合戦ハチマキ」
白いハチマキの両端に、赤いインクで「ドロリ」とした血痕がプリントされたもの。中央には「七生報国」や「石田三成」の文字。健二たちがふざけて頭に巻き、真由美に「バカじゃないの」と呆れられる定番アイテムです。
「武将の生首キーホルダー」
コンクリート像のクオリティをそのまま縮小したような、妙にリアルで生々しいプラスチック製の生首。鍵につけるとジャラジャラと重く、夜道で見ると普通に怖い一品。
「関ヶ原の土(小瓶入り)」
ただの砂に見えるが、ラベルには「古戦場の魂が宿る」と書かれている。和也が「これ、その辺の道端の砂じゃないか?」と疑いながらも、ネタとして購入。
「謎のペナント」
昭和観光地の三種の神器。三角形のフェルト生地に、金糸で「関ヶ原ウォーランド」と刺繍され、なぜか武将の横にスイスの山小屋のようなイラストが添えられていることも。
第四章:平和の鐘と、夕暮れの決意
午後の陽射しが西に傾き始めると、コンクリート像たちの影が長く伸び、さらに不気味さと迫力を増していく。
一行は、園内の高い場所にある「平和の鐘」に辿り着いた。
「よし、これを鳴らして、今日というカオスな一日にケリをつけよう」
健二がロープを引く。
ゴーーーン……。
関ケ原の盆地に、重厚な音が響き渡る。
武者たちの叫び声が、その音に吸い込まれていくような気がした。
帰りの車内。
「意外と、楽しかったかも。ディズニーより笑った気がする」
真由美が窓の外を見ながら呟いた。
「だろ? 来年はつくば万博があるけど、またこういう『渋い』ところ攻めようぜ」
健二はカセットを入れ替えた。流れてきたのはサザンオールスターズの『ボディ・スペシャルII』。
「ねえ健二、その生首キーホルダー、バックミラーに吊るすのだけはやめてよ?」
真由美の制止も虚しく、揺れる生首。昭和58年の夏は、そんな「無駄なもの」への愛着に溢れていました。
赤いファミリアは、夕焼けに染まる関ケ原を後にして、名古屋方面へと走り去っていく。
リアウィンドウに貼られた「BABY IN CAR」のステッカーならぬ「関ヶ原参戦中」のステッカーが、夕陽にキラリと光っていた。
昭和58年の関ヶ原ウォーランド。それは、戦国時代の血生臭さを、コンクリートという無機質な素材と、昭和特有の「勢い」でコーティングした不思議な空間でした。
バブルに向かって浮足立つ日本の中で、変わらぬ表情で立ち尽くす武者たちは、当時の若者たちの目にどう映っていたのでしょうか。




