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異世界民宿 物見遊山  作者: 有栖多于佳
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最後の夜とマシュマロのホットサンド

まだ時間があると言われてから、私の心は《残りたい》と《帰ろうか》の間を行ったり来たり、日々、いや一刻一刻で揺れ動いていた。


今まで生きてきた中で、この世界に来てからというもの、迷うことない穏やかで優しい毎日であった。


人生で始めて出来た同性の友達、親友と口に出して言ってくれたアンナ


最初からここでの生活全てのことは責任を持つから大丈夫だと言って支えてくれた親方


気持ちには答えられなかったけれど、それでも何くれと無く気を使ってくれたトビー


困った時はお互い様といつも助けてくれたトビーの家族


メグは特にアンナ以外で友達になろうと言ってくれた優しい二人目の友人


王都で知り合ってからずっと見守ってくれて世話を焼いてくれたマルコ爺


知り合って間もないのに、教会と各国の動きを知って駆けつけてくれたハンジライザマイク


ギルトの動きを教えてくれた鷹の爪の面々


海女族の親方と女衆の頭


それ以外にも民宿を贔屓にしてくれた優しいお客さん


この命が尽きる日、和真が迎えに来てくれるその日まで、この優しい温かい中で微睡んでいたい


でも、私は心の底では初めから知っていたんだと不意に気づいた


この優しい世界が一時の休息時間だということを・・・


***********************************


親方とアンナにお願いして、予約が取れない店で有名になった、あの洒落たバルを貸し切りにしてもらって、

お世話になったみんなを呼んでの宴の一席を設けた


呼び掛けに応じて遠路はるばる、多くの人が参加してくれた。


「マルコ爺、あの日、わざわざ貴重で高価な”転移の魔石”を使って親方の屋敷に来てくれたのでしょ?ごめんね。ありがとう。」

「いや、大丈夫だよ。行商の際に何か危機が起こった時の緊急脱出ようなんだ、あの時以上の緊急時はないよ。」


マルコは福福しい顔で朗らかに笑って言った。


多くの参加者にお礼を言いながら話して回る。


「あれ、親方、女将さんはどこです?」

トビーが回りを見回しながら親方に聞いた。


「アレは今日は来てない。拗ねて部屋から出てこないんだ。」

親方がため息混じりに答えると、回りに微妙な空気が流れる。


「なあ、ヨシコ。民宿はどうするんじゃ?」

マルコが聞いてくる。


「それなら、問題ない。俺がヨシコの意思を継いでやっていくから!」

トビーが胸を握った拳でドンと叩いて言うと

「そんなバカな話があるかい!あんたは漁師をやってりゃいいんだっていつも言ってるだろう?アタシが継ぐに決まってるだろ?」

と、颯爽と現れたアンナが言った。


「アレ?女将さん来ないんじゃ?」


「来ちゃ悪いのかい!来るに決まってるだろう?アタシの親友の送別会だよ。」

パンっとトビーの頭を軽く叩いて、アンナが言った。


「さあ、みんな、今日は心行くまで飲んで食べて、明るくヨシコの門出を祝おうじゃないか!」

そういうと、大きなビールジョッキを掲げる。

参加者の皆も同じように掲げて、乾杯の声。


アンナは私を見つめ笑顔を向けていた。

私もアンナを見返すと、顔いっぱいの笑顔、とはならずに涙で歪んでしまった不細工な泣き笑いを向けた。


**********************************


まだ暗い早朝、厨房に魔石のランプが灯され良子が朝食の準備を始めた。


昨夜は遅くまで盛り上がり、遠方からの来訪者は親方の宿屋に泊まった。

良子の民宿には、メグとライザ、鷹の爪の女性パーティとマルコ爺が泊まっている。


朝食には昨日のみんながこちらにやって来て、良子の最後の朝ごはんを食べることになっているので、今朝はいつもより多く、朝食バイキング形式で提供するつもりだ。


「おはよう、相変わらず早いね」

勝手口からアンナが入ってきた。

「おはよ、どうしたの?」

「今朝は料理が多くて大変だろ?手伝いさ。」

「あ、ありがとう」


アンナは何気ない口ぶりで告げると、割烹着を着て手を洗っていた。

「何すればいいんだい?」

「じゃあ、野菜を洗ってサラダ用に千切っておいて。」

「はいよ!」


この厨房でアンナと二人で料理をするのはこれが初めてだった。


土鍋で米を炊き、梅とツナマヨの二種類のオニギリを握る。

野菜と玉子のかき玉スープに、貝や海老、この村名物のツナを贅沢にのせたニース風サラダ、

鯖サンドと厚焼き玉子とハムのサンドイッチ、ニンジン入りパンケーキも。

下準備が整い、後はみんなが揃う頃に焼いて出すだけだ。


お湯を沸かして、私とアンナのお茶を入れる。


そうだ!と思って、クルミ入りのライ麦パンにマルコが王都からお土産に持ってきてくれたマシュマロとブルーベリーの実を挟み、バターを溶かしたフライパンに平皿を重石をしてギューギューと押し焼きする。

きつね色になったら、引っくり返して、同じように平皿の重石をして押し焼きして、焼き上がったら二つに切って二皿に盛り付けた。


ロビーの窓際の席に二人で隣り合って窓を向いて座った。


少し温くなったお茶を飲み、パンを一噛り。

「うーん、美味しい!」

アンナが喜びの声をあげる。


「思えばアンナに朝食を作ったこと、無かったね。」

「そうだね、アタシがここに泊まることは無いからね。」

「それでも、泊まらなくても食べてもらえば良かった。トビーや親方はよく寄ってくれたのに。」


アンナの優しさにおんぶに抱っこで、思えば何もお返しをしていなかったと今になって恥じる。

私は悲劇のヒロインぶって人の好意に甘えるばかりで、なんと横柄だったのか、と。


「自分から一歩を、一言をかけずに、甘えるばかりでそれすら今の今まで気づかなかった。アンナごめんね。」

私は、横に座るアンナの顔をみて呟く。


「そうさ、だいたいアンタはいつも困ったような顔で口許だけでお愛想で笑ってて、決してあたしに本心を見せなくて。あたしは怒ってるんだよ。」


アンナは真っ直ぐ窓の外を見ながら言った。


「ごめん・・・」


「なんでも人の言いなりで、流されるままの性格の癖にさ、今回だけは勝手に自分一人で決めちゃって。本当に本当に、・・・ほんとうに寂しいよ。」

アンナは震える声で絞り出すように言う、目線は窓の外に向けたまま。


「アンナ、ごめん。私はずっとどこか遠くへ行きたいと誰も私のことを知らない世界へ行きたいと思ってたの。でも、いざこの世界にやってきたなら、今度は無意識に元の世界に帰らなきゃって思ってしまっていたみたい。」

私はアンナの横顔を見つめながら言った。


「この民宿の名前”物見遊山”って付けたでしょ?」


何を今さら言っているのかという目をしたアンナが私の顔を見た。

その顔には涙の筋が何本も何本も浮かんでいた。


「どこそこを観て回ることってヨッコの世界の言葉だって言ってたじゃないか。」


「そう、でもね一方で、物見遊山的っていう表現だと、観光目的とか遊び気分とかって言う意味もあるのよ。」

「ここらは観光地だよ、遊び気分で来てくれていいじゃないか。」


「うん、そうなんだけれどね。ただ無意識に私自身、ここに居る時間は一時だと思っていたのかもしれない。アンナ、良くしてくれたのに、甘えるばかりで、自分のことばかりで、ごめんなさい。」


私はアンナに頭を下げた。


アンナはしばらく黙っていたけれど、顔を上げるように私に言って、私の目を真っ直ぐにみて

「いいかい、ヨッコ。もう二度と会えなくてもアタシはヨッコの親友だよ。ずっと甘えてくれて良かったんだよ。それを振り切って戻るんだ、絶対あっちの世界でも幸せにならなきゃ承知しないよ。」

と、重々しく言いながら、涙の筋を増やしていった。


「ありがとう。私もどこにいても、アンナとこの村の、この世界の人の幸せを祈っているから。」


窓の外がだんだんと白んで碧から紫へと変わっていった。

しばらく美しい夜明けを二人でみていた。


良子の一日がまた始まる。

お読みくださいましてありがとうございました。


誤字誤謬があるかもしれません。


わかり次第訂正いたします。


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