第百七十八代教皇 ユーリィ グレグリウス
まだ食べ物の話は出て来ません。
「ねえ、ヨッコ!良かったじゃないか!お願いしたら今まで通りここに居られるんだよ!」
王太子の話を聞いて、アンナが興奮気味に言う。
「おい、それはヨシコが決めることだ。俺やお前が口を出すことじゃない!」
王太子が話を終えて帰ったあと、ハンジにも聞いた話を伝えようとアンナに言われ、屋敷の方にやって来たのだった。
応接室で、先程の話をアンナがハンジに告げるが、ハンジの返事はアンナの思った通りではなかったようで、
「何言ってんだい。そりゃヨシコが決めることだけど、あっちの世界で待つ人も居ないってんなら、ここに居たら良いじゃないか。あたしらと今まで通り、ヨシコの家族としてやってけばさ、良いじゃないか。」
「だから、それを俺らが口にしたら、ヨシコの本心が帰りたかった時、我慢させることになるだろう!あっちに待つ人が居ないなんて、知りもしないお前が口出しすることじゃない。ヨシコのことを思うなら、どんな決断だって受け入れるのが家族だろうが。」
目の前で私のことで言い合いを始めてしまった。
正直、アンナの言ってくれたことはストレートに嬉しい。
あっちの世界に帰るしかないと思っていたのだ、このままこの気の良い人たちとのんびりと過ごしていけたらと思わずにはいられない。
ただこの一連の話の中で、私は胸の中のモヤモヤとしたナニカを解消したいとも思い始めていた。
あの日のこと、あの時のあの子と会って話して、まだ幼くただ振り回されていた心の中の小さな私を、私から解放してあげたいと、そんなことも思ったりしているのだ。
私は、二人に向かって言った。
「アンナ、ありがとう。いつもありがとうね。親方もありがとう。二人とも大好きです。」
言い合いをしていた口を結んで、二人が私を見つめた。
私も二人を見つめた。
静かな時間が急に訪れ、そのまま全員が黙ってお互いを見つめていた。
「まだ時間があると言われているので、私、考えようと思います。」
そういう私をアンナは目に涙を溜めながら、うんうんと頷き、親方は怒ったような困ったような顔で一つ大きく頷いた。
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第百七十八代教皇 ユーリィ グレグリウスは、キョコト市国の教会の本部で”青の渡り人”事件の後始末を行っていた。
これに関係していた者は数多で、逆に関わりが無い者を探す方が早いくらいだった。
ユーリィは、市国の北にある四方を山に囲まれた盆地の国の、更に北の高くそびえる山脈の北側の、山岳地帯を治める国の、さらに北側にある辺境の半島の寒村の出身だった。
この大陸は良子の住む半島や南側にある国々は温暖で豊かで人も多く、ユーリィの生まれた北側の国は寒く貧しく、魔物も多く出没するため生活するには危険で、国を棄てて出ていく者が後をたたないような場所だった。
魔物の多くは、他国と違って冒険者に頼まず、自国の魔法騎士団が対処していた。
他の地より勝っているのは、国民の多くが魔力が高いかスキル持ちであること。
魔法騎士団には出自に関係なく実力で登用され、防衛に必要な貴重な人材だけがこの国の資源と呼べる物だった。
他国が欲しがる優秀な人材が流出しないように、人の出入りは王家によって厳しく制限されていた。冒険者でさえ入れないほどに。
ただ一つ、教会を除いて。
ユーリィが五つの年、夕暮れ時分にうつらうつらと、暖炉の前で船を漕いでいた。
すると、《細く顔色の悪い神父を連れて、父親が戸を開けて入ってきた》夢をみた。
ハッと目覚めて、母親にその話を告げているその時に、運悪く父親が細く顔色の悪い神父を連れて入口の戸から入ってきた所だった。
「「神父さんの馬車が轍に車輪を取られて難儀してたから、俺の荷馬車でお連れした」」
と、子供の甲高い声と父親の声。
二つの声が重なったその時、後の枢機卿にユーリィのスキルが見つかった瞬間だった。
そうすると、その神父は親に上手いことを言って、幾らかの金を握らせて、ユーリィを教会に連れ去ってしまった。キョコト市国にある教会本部へ行く道すがら、また別の村でユーリィより五つ上の光の魔法を使う少年エルクも同じように連れ去り、堂々と教会本部へ凱旋したのだった。
ちなみに、その村でエルクがいることを知ったのは、旅の道中で見たユーリィの夢見によるものだった。
ユーリィは、始めは訳がわからなかったが、寝入り際に神父が自身のスキルビジョンを使ってユーリィの夢を覗き見ていることを知った。
なぜなら、その時は脳や心臓や胃や腸やあらゆる臓器をサワサワとまさぐられ、撫で回されるような嫌な感覚を感じるからだった。
なので、途中で夢から覚めるため、神父は完全な夢見を把握出来ていなかったが、そんなことは知りもしない。夢見の予言というステータスこそが大切だったのだから。
何回も何回も繰り返し見る渡り人の予言、それに関わる教会の悪事、そのことを完全に知るものはユーリィと、ユーリィが唯一心を許せる同郷のエルクだけだった。
「エノク、後二年したら南の国の半島の先に青の渡り人が落ちて来られるよ。」
「それを主導した枢機卿は魔方陣の形成と召喚に教会の神父や聖騎士の魔力を使うから、魔力を抜かれた者たちの命が危ない。」
「枢機卿のビジョンスキルでは魔方陣を鮮明に図式化できないから、教会に呼び寄せることはできない。だから、魔力を抜かれた者を早く救助すれば命は助かるかもしれない。」
エルクには早い段階で全てを打ち明けていた。
ユーリィの言うように、その日良子は教会の魔方陣には現れなかった。
青い世界から良子を引っ張るだけしかできず、この世とあの世の狭間を漂っていた所を白い男神が覗く空の切れ間にナニカの力で引っ張られ、海に投げ出されたのだった。
魔方陣の周りで倒れている魔力を抜かれた者を助けるために、教皇とエノクは多くの回復師を事前に待機させていたため、そこで倒れていた者は全員助かることができた。
このことについて枢機卿や教会幹部を叱責したが、のらりくらりとかわすだけで、自分が教皇など名前だけだと身に染みてわからせられた。
この後、エルクはユーリィに変わって教会内の動きを探り、来るべき日に備えて教会の聖騎士になったのだった。
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「あの日、私を馬車までエスコートした騎士がエノクさんでしたか!?」
良子は民宿に現れたユーリィから話を聞き、驚きの声をあげた。
ユーリィは教会本部の解体を終えた。
各国の教会には、今回の悪事に関わらなかった者をつけて、民の為の活動と創生の二柱の信仰は細々と各国と歩調を併せて行うこととして、それ以外は全て無としたのだった。
問題に関わった枢機卿始め、教会幹部や多くの司祭、神父は王妃あんりと良子の帰還の為に魔力を抜き出されることになっている、ユーリィも含めて。曲がり間違って存命だった者のことは、サルアール国で裁判し処罰して貰うこととなったそう。
「女将を最初に捕まえようと偽兵へ命令したのは、この漁村の神父でした。」
「ええ、そうみたいですね。」
「はい。理由は、一度も教会に通わなかったからだそうです。神を敬うことは教会、ひいては自分を敬うこと、それなのに一度もお祈りに来ないとは自分をバカにしている!ということだそうです。」
「はあ・・・」
「でもね、女将。僕はあの寒村から無理矢理連れ出されてから、一度も教会なんて敬ったこと無いんですよ。ずっとクソ食らえって思ってきたので。教会も枢機卿も大嫌いだった。神にはいつもお祈りの時に罵詈雑言を浴びせてましたよ、なぜこんなヒドイ状況なのに助けてくれないのかってね。」
あ、同じだ・・・私と同じ。
「私も同じ気持ちでしたよ、一度も助けてくれない神様になんて祈るものか!と、意地になってました。」
「でも、王妃あんり様の話を聞いて、宝玉のビジョンをみせられて、私は神の苦悩をほんの欠片ほどでも知ったのですよ。問題解決は神様にしてもらうことではない、と。神に依存したこの白の世界がこのような事件を起こしたのです。辛くても人は少しずつでも自分で問題を解決しようと足掻かなくてはいけないのだと、ね。」
教皇が真っ直ぐに私を見つめて言葉を紡ぐ。
「女将、いや、ヨシコ ワタナベ。あなたの憂いを払う一助として、私はカズマ ワタナベの魂を呼び寄せることができます。エノクの力も借りてですが。あなたが帰還するかどうか、彼と話しますか?」
「え?え?」
私は突然和真の名前を出されて、焦ってしまう。
和真のことは、こちらの世界の誰にも話したことがなかったのに。
「実は、この宿に泊まった日の食事の時にこの話をしようと思ってたのですが、うまく言えなくて。すみません。私の夢見で彼が出てきたことがあるのですよ、でも、あなたが望まないなら話を伝えないでくれと言っておいででした。」
ー和真、会いたいー
でも、私を心配してばかりで、和真は安眠できてないんだね。
私の目から涙が溢れ、嗚咽が漏れる。
気づけばテーブルに突っ伏して号泣してしまった。
教皇は、じっとしていた。
慰めるでもなく、涙を拭くでもなく、じっと大気のようにそこに居るだけ。
ずいぶん泣き濡れて、気づけば夕暮れ時になっていた。
私は、スッキリと付き物が落ちたようになって
「お見苦しいところを、すみません。和真とは話しません。そのお心使いに感謝致します。」
と、深々と頭を下げた。
「何もせず、じっと見ていると言うのは、聞く以上に心に迫るものがありますね。神の御心とは人知外な訳ですね。」
教皇は、じっとこちらを見て言った。
「私は、神ではありませんからね。私の気持ちとして、お伝えしたいのですが。和真は、君が召される時は必ず迎えに来るけど、それはまだまだ五十年以上も先のことで良いよと、言っておいででしたよ。」
枯れたはずの涙が、また溢れて止まらず、私はまた嗚咽を漏らして泣いた。
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