彼女は転生者
暑い。今日も三十八度超えてます。
「転生者については、歴史教養中級の授業で扱う。新入生はまだ履行できないし、特待生マリア、君は初級しか受講していないうえに単位を落としている。そうだね」
はぁ? 歴史教養は一般教養と違って、必須科目だったはず。その初級を落としたって。
もう三年生だろ、どう考えても卒業は無理じゃないか。
「端的に言うと、転生者は生前の記憶を持った者の総称だ。公式に認められた存在だよ。だからこそ必須授業でも取り上げられている。内容のほとんどは、自称転生者詐欺に引っ掛からないための知識だけどね」
第二王子殿下の解説は、笑顔のまま進められた。こう、胃が痛くなるような、油断できない笑顔ってやつだ。
「物心つくかつかないかの幼児の記憶なんて曖昧だし、よほど印象的なものしか残らない。生まれ変わる前の記憶はそれ以上に不確かで、ほとんど役に立たないものが大半だ」
それは、分かる。
「だが、ごくまれに有用な知識を持つ者がいる。さらに数十年に一人の割合で、生前の人格を保持したまま生まれ変わりを自覚する者が現れる。人格持ちで有用な知識有りとなると、数百年に一人の割合だけどね」
まあ、確率的にそうなるだろう。
「有用な転生者は滅多にいない。それを取りこぼさないために制定されたのが、平民限定の特待生制度だ。もちろん、才能ある者や教育をしっかり受けた者を優遇する目的が大きい。だけどマリア嬢、君は成績は悪いし平民の平均的な家庭教育しか受けていない。なのに十二歳の卒業試験で満点を取れたのは、前世の知識が有ったからじゃないのかな」
勘違い女が、こくりと頷いた。
「答が浮かんで来たんです。なぜその答になるかは全然分からないのに。凄い凄いと言われて、王都まで来ることになって。特待生になって学園に入ったけど、授業は全然分からないし、友達もできないし。だけど夢で見たコウリャクタイショウが居ることに気付いて」
「ま、成人の知識があれば、十二歳用の試験に合格しても不思議はない。ただ、学園のレベルには通用しなかっただけだね」
さらりと殿下がまとめた。女は涙ぐんでいる。
訳も分からず場違いな学園で落ちこぼれて辛かったんだろうなとは思うが、同情する気にはなれない。傍迷惑な行動が目に余り過ぎる。
「そこでだ。君が見ていたコウリャクタイショウの夢だけど、王宮に有る神代古語専用の図書館で、そっくりな内容の本が見つかっている。女性向けの恋愛小説で、まあ、専門用語だらけの学術書よりとっつきやすいから、神代古語の習得に使用されているよ」
へぇ、そうなんだ。殿下じゃ無ければ、学生には分からない情報だな。
「それじゃ、何でマーク・ランドール様がいらっしゃるんですか。小説の登場人物が実在するなんて、おかしいじゃないですか」
女の涙声に、殿下はさらりと答えられた。
「そこは偶然と必然だね。君、我が国にどれだけの数の貴族家があるか知っているかな。他の家と被ってはいけないし、過去に存在した家名を名乗るとその家を再興する意味になるから、普通は避ける。突飛な家名はどこも嫌がるしね。となると、新興貴族は、貴族院が提示する未使用リストから選ぶのが手っ取り早くて無難なんだよ」
せっかく考えた家名を貴族院に受け付けてもらえないという悲しい事案が続いて、ざっと千年前の王命でリスト作成に至ったとか。王家に伝わる雑学だそうな。
「とにかく候補を増やすために、あまり知られていない小説や劇から家名をピックアップしたんだそうだよ。神代古語で書かれた物は条件に当てはまるから、かなり採用されている。ランドール家もそうだし、ツオーネ家もそうだ」
そうだったんだ。納得した。
「え、ツオーネ家、有るんですか」
「れっきとした男爵家だよ。辺境開拓の功績で叙爵してから、二百年は経っている。オスカー・ランドール伯爵の元々の婿入り先で、伯爵家第二夫人ニーナ・ランドールのご実家だ」
「え、えと、あの、ランドール家は子爵家でしょう。なぜ伯爵?」
呆れた。半年前にランドール家が陞爵したことも知らないのか。それでよく、僕を癒せるなんて大口叩けたものだ。
「君が夢で見た過去の記憶はあくまで物語。現実ではないという証拠だよ。ま、マークもミリアもありふれた名前だから、マーク・ランドール子爵令息とミリア・ツオーネ男爵令嬢が揃ってしまったのは、本当に偶然としか言い様がないけれど」
今は、ミリアはランドール伯爵令嬢だからな。もう、女が言うヒロインのツオーネ男爵令嬢はどこにもいない。ざまぁみろだ。
「それで、これからのことだけど。マリア嬢、君、聖女様の役に立つ気は有るかな」
殿下、今度は何を言い出すんですか。
第二王子殿下の口を借りて、薀蓄どっさり。ちゃんと辻褄合ったかな。
いい加減殿下のお名前出そうかと思うんですけど、読者様、これぞ王子様って名前、考えていただけませんか。
感想でマリア嬢をミリアちやんのアシスタントにどうかと言っていただけましたけど、別の道を考えてます。
だって、マーク君の目の届かないところに行ってもらわないと、マーク君の精神衛生を健全に保てそうにないので(笑)
お星さまとブックマーク、よろしくお願いいたします。読んでいただいてありがとうございました。