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傷痕

全ての歯車に残る傷痕。

それが彼らをいつも苦しませ、心を浮き彫りにする。

大団円の幕開け。

それは世界の片隅で静かに起ころうとしていた。


                 14


ほんま頼むで。『長田 真』。


こんな形で逢うとは思わへんかったわ~。

あんさんの名前を聞いた時、鳥肌立ったで。

これが運命のいたずらっちゅーやつなんやな。


・・・せやけどなぁ。全てが遅かった。

まぁ、それはどうでもええ。

今の状況に、何の後悔もあらへん。


ほんまに、『あいつ』から目を逸らせて良かったわ~。

あちらさんに優秀な協力者がいて救われたで。

先手で対策しとった。

でもまぁ、あんな“本気”な“お芝居”よく出来たもんや。

『あいつ』は鵜呑みにしたみたいやし。


案外、恋愛経験少ないんちゃうか?

・・・っていうか、『あいつ』にそんな感情あるんか?

俺はひねくれ者やから、悪いけど気づいてしもうたわ。

洒落た“お芝居”やったで。

褒めたるわ。


・・・篤の店にあんさんが行った時、

ほんまにびっくりしたで。

やっと篤に辿り着いたんやな。

そして篤もようやく、“あれ”を渡せる時が来たんやなって。

篤も、やっと肩の荷が下りたんちゃうか。


・・・篤が『長田 真』に“あれ”を渡しとる可能性は、ほぼ間違いない。

確認したいけど、篤と連絡するのは危険や。

巻き込むわけにはいかん。

篤は生き残らなあかんねん。

『Lotus』に、絶対にばれたらあかん。

『Lotus』はヤバい。


『あいつ』にもや。

俺と篤の繋がりは、絶対に隠し通さんとあかん。

篤は綺麗なまま残さなあかん。


・・・・・・好都合やったな。

『あいつ』・・・『Lotus』から俺に歩み寄ってきた。

ベストな形で、や。

“雇われる”という形で。

そして、俺たちのいた養護施設に繋がっていた奴等が

『Lotus』やったんやと知る事が出来た。

“あれ”も、『Lotus』のもんやったってな。


“あれ”は『長田 真』に預けた方がええ。

面倒くさいし、な。

俺らじゃどうにもならへん。

優秀な協力者がどうにかしてくれるやろ。

俺にとっちゃー、正直中身なんてどうでもええんや。


気づかれんように、俺はやれることをする。

見とれ。

何も知らんと、突然命を奪われた仲間たちの為に・・・

俺は俺のやり方で奴等の陰謀を暴いたるで。


いつき

生死をさまよっとるお前に、

でっかいお土産引っ提げて行ったる。

だから死ぬんやないで。

兄ちゃんが、お前を元気にしたるさかいな。


『Lotus』はその方法を知っとる。

あれだけ生き物を好き放題扱っとる奴等や。

その成果を、見せてもらおうやないか。


・・・・・・目を覚まして、笑うてくれるだけで俺は救われる。


俺は手を汚し過ぎた。

それはとっくに自覚しとる。

今更戻ろうなんて無責任なことは思わへん。

俺が選んだ道や。

喜んで地獄に行くで。

樹さえ元気に生きてくれればそれでええ。


・・・誰も、俺の邪魔はさせへん。


                  *


『橋口 七海』のマンションから俊太郎の『力』を使って、

ゆりたちは福岡のときの家に帰宅する。

三人は何事もなかったように日常の生活に戻った。

夕飯を作り、食卓を囲み、他愛ない話をして・・・

それぞれの部屋に戻っていく。



その日の午後11時頃。

ゆりは風呂から上がり、寝間着姿でベッドの上に腰を下ろしていた。

日中汗ばむ程暑かったが、

夜は窓を開けるだけで涼しい風が入り込んで過ごしやすい。

彼女は今、眼鏡を外していた。

コンタクトレンズ着用で目が疲れていたのだ。

前に俊太郎とデートした時に使用したが、

その時も同じだった。

その使用したコンタクトレンズは、付け置き洗浄している最中である。

視界はぼやけているが、今はその状態でリラックスできた。


― 本当は眼鏡が楽だけど・・・

 無事にやり過ごすまで、

 コンタクトレンズで頑張ろう。


ゆりは立ち上がり、部屋の出入り口である障子に手を掛ける。

向かう先は一階。

階段を下り、一階の廊下に足を踏み出した。

木製の細い床を歩いていく。

裸足で歩くと気持ちが良い。

彼女がこの家の中で一番好きな所は、ここの廊下だった。

小さい頃この細い床が長く感じていたが、

今ではあっという間に部屋に辿り着いてしまう。


ふと、この場所で遊んだ記憶が蘇った。

家族四人でこの家に行っていた頃。

祖父もここにいた頃。

賑やかで、いつも明るい雰囲気が取り巻いていた。

ここに行くのが楽しみで仕方なかった。


― ・・・あの頃に、戻るといいな。


そう思って、ゆりはすぐ否定する。


― どんな時間も、過ぎた事は思い出。

 同じ時間は二度と来ない。

 分かってる。

 分かってるけど・・・・・・

 せめて、おばあちゃんには・・・

 再び幸せな時間を迎えてほしい。


障子から光が漏れている。

息を整え、ゆりは障子の向こうにいる祖母に声を掛けた。


「・・・おばあちゃん。今大丈夫?」


すぐに応答がなかったが、障子戸が、すす、と横に滑る。

開いた先からときが顔を出した。


「ああ。どうぞ。」


そう答えたときの表情は穏やかで、うっすらと笑っている。

ゆりはその表情を見て、複雑な気持ちになった。


― ・・・・・・“おじいちゃんが生きている”。

 その可能性があると分かった時、

 おばあちゃんは何も感情を出していなかった。

 ・・・なぜだろう?


その疑問が気になって、

こうしてゆりはときの部屋を訪ねたのだ。

ときの部屋には祖父の仏壇がある。

ゆりの身長より少し上の高さで、控え目に飾られている。

位牌の両脇に供えられている菊の花は、瑞々しくて綺麗だった。

いつもときが毎日

欠かさず花を供えているのを、ゆりは知っていた。

菊の美しい姿に目を向けながら、

ときが用意した座布団の上に座る。

ゆりと向かい合うように座布団を置き、そこにときは腰を下ろした。

部屋にはまだ布団が敷かれていない。

普段のときなら、もう就寝している時間だった。

ゆりは悟る。

自分が尋ねてくるのを、ときは分かっていたのだと。


「・・・今でも信じられないんだよ。」


ときは、のんびりと語り出す。


「本当の事が分かっていくにつれて・・・私は怖くなっていくんだよ。」


「・・・うん。」


ゆりは相槌を打つ。

互いに、感じている事は同じだった。


― この闇は・・・・・・深い。


「自分の、未来を読む力がこんなに疎ましく思った事はないよ。」


「・・・・・・」


「私は・・・やってくる未来を、最善の形で導く事しか出来ない。

 でもお前は、数多ある新しい道を導く事が出来る。」


ときの瞳に浮かぶ、深い闇の海。

その瞳を目の当たりにして、ゆりの心は締め付けられた。


「目を逸らさず、見極めておくれ。

 ・・・これは、私からの願いだ。」


「・・・おばあちゃん。」


「・・・私は・・・・・・」


深い闇の海から、涙が零れ落ちる。

祖母が泣いた姿を、ゆりは今まで一度も目にしたことがなかった。

気丈で、凛とした女性。

優しくて、穏やかな淑女。

全てを包み込んでくれる、たおやかな人。

その祖母が、泣いている。


「・・・この現実を受け止める事ができない。」


泣き崩れる祖母に、ゆりは無意識的に寄り添った。

腕を回し、ぎゅっとする。

その時に気づいた。

祖母の身体がとても小さかった事に。

頼りなく、細い身体。

ずっとこの身体で、闘っていたのだと。


「おばあちゃん・・・・・・」


ゆりの頬にも涙が伝う。

今祖母は、相手を想う一人の女性として泣いている。

それを感じていた。


― ・・・おばあちゃんには、見えている道がある。

 今、その闇にのまれているんだ。

 前に、私が無為の闇にのまれた時のように。

 でも、比じゃない。

 おばあちゃんは長い時間、さまよい続けた現実がある。


なだめるように、ただ何も聞かず、

ゆりは祖母の身体を抱き締めて一緒に泣いた。

互いに落ち着くまで、心行くまで。


このひとときは、二人の間でゆっくりと流れていった。


来るべき日を迎える心構え。

未来を見つめられる二人だからこそ、溢れる想い。

どんな形で現実を迎えるのか。

その時を、共有する。


                 *


昨日の“衝撃的出来事”。

自分の中で、どう処理したらいいのか戸惑っている。


キスは初めてじゃない。

付き合った相手と、した事は勿論ある。


“今までしてきたものは、一体何だったのか?”


そう思える程、彼女とのそれは“衝撃的出来事”だった。

言葉ではとても言い表せない。

何というか・・・心を揺さぶられたというのか。


“お芝居”。


これをしたことによって、

俺の中で何かが変わってしまった。

何かが生まれて、根付いた。

これは、他の誰かで得られるものじゃない。

彼女だからこそ、

この“お芝居”は成立したのだ。


・・・おかしくなりそうだ。

どんな顔して、彼女に会ったらいいのか分からない。


                 *


翌日の昼下がり。

警視庁刑事部捜査第一課のデスクには、

事務処理をする者たちの姿がある。

この時間にいる捜査員はまばらで、

その残っている者たちの中に長田もいた。

少し息をつくと、席を立って廊下に出る。

向かった先には、

簡易ソファーと自動販売機が設置された休憩スペース。

自分以外、誰もいなかった。

大きな欠伸をして、

涙目で自動販売機に並んでいる品揃えを眺めた。

スラックスのポケットから、手作り感満載の小銭入れを取り出す。


「お疲れ様です、警部。」


後ろから掛けられる鈴の音。

その音色に、心をかき乱される。

長田は平静を装い、その声の主に目を向けた。

彼女の切れ長の目は、自動販売機の品揃えを映している。

妙な動悸を必死で抑えながら、長田も彼女と同じ方向を見る。


「・・・・・・お疲れさん。」


「その小銭入れ、素敵ですね。」


年季の入った小銭入れを見て、橋口は微笑む。

昨日の“衝撃的出来事”について、

戸惑いを消化しきれていない彼は

無理矢理平静を保ちながらその質問に答える。


「ああ・・・これか?これは御守りみたいなものでな。

 上京した時に母が作って持たせてくれたやつだ。

 ボロボロだから、もう捨てようと思っているが・・・・・・」


「そんな、捨てるなんて罰が当たりますよ。」


そう言って、橋口は長田の横に並ぶ。


「・・・いつものやつですか?」


「・・・いつものやつだな。」


「本当にコーヒーが好きですね。」


自動販売機の硬貨投入口に小銭を入れ、

長田は無糖の缶コーヒーを選んでボタンを押す。

がこん、と

それが音を立てて落ちてくる。

ちら、と橋口に目を向けた後、

彼は缶コーヒーを取り出して言う。


「昨日掃除してくれたお礼に、おごってやる。選べ。」


「え?あ・・・はい。じゃあお言葉に甘えて。」


橋口は会釈して、品揃えを吟味する。

長田は再び小銭を投入口に入れた。


昨日、橋口のマンションから長田が住むアパートの部屋に帰ってきた際、

彼女が部屋に上がりたいと申し出てきた。


“盗聴器等が仕掛けられていないか調べます。”


それと、監視する者たちに見せつける

“お芝居”の打ち合わせをしたいと。

彼は限りなく躊躇った挙句、仕方なく彼女を招き入れた。

お世辞にも綺麗とは言えない、むしろ片付けが必要な部屋の有様に、

彼女は掃除をすると申し出てきた。

申し訳なさ過ぎて彼は断ったが、


“掃除は心掛けてください。部屋の変化をすぐに見つけられます。

 調べるのと並行して掃除しますから問題ありません。”


そう言われて、彼は断われなくなってしまった。

彼女が、部屋の掃除と調査に費やした時間は約40分。

そして、“お芝居”の打ち合わせと心構えを約20分・・・・

彼にとって、申し訳なさと恥ずかしさを味わう時間になった。


橋口は緑茶のペットボトルを選び、ボタンを押す。

がこん、と音を立てて落ちてきたのを、

彼女は前かがみになって取り出し口に手を伸ばした。

その時に、さらりと首元の黒髪が前に零れて

白いうなじが目につく。

長田は反射的に目を逸らして、

自動販売機の傍にある簡易ソファーに腰を下ろした。

橋口もその隣に、少し間隔を置いて座る。

しばらく、微妙な沈黙が生まれた。

それを打ち破るように

ぷしっ、と缶コーヒーのタブを引いて開けると、それを一口含む。

長田は声の音量を下げて橋口に言った。


「・・・・・・この後、

 紀野が言っていた名刺を取りに行こうと思う。」


ペットボトルの蓋を開け、緑茶を飲む橋口。

なぜだか分からないが、彼女の起こす所作一つ一つが

彼には輝いて見える。


「・・・分かりました。私の方も、もうすぐ手が空きます。」


その長田の視線を感じたのか、橋口は彼に目を向けた。

目が合い、長田は気まずくなって視線を外す。

その反応に、彼女は小さく笑った。


「・・・監視する者たちがうまく離れてくれたみたいですね。

 正直のところ、上手くいくとは思わなかったですが。」


「・・・ああ。俺も正直のところ、驚いている。」


― “衝撃的出来事”に。


長田は内心で呟く。

表では見えないが、彼の胸中は大荒れである。

橋口はそんな彼の様子をじっと窺う。

その瞳に灯る、小さな種火。

それは彼女の口から出る言葉に着火する。


「油断は禁物ですから・・・

 しばらくは付き合っているように振舞いましょうか。」


この言葉は残酷だった。

自分の気持ちを弄ぶような発言。

無表情で缶コーヒーを飲む彼を見て、

彼女は堪えきれずに笑いを漏らす。

長田は、笑う橋口が気に入らず抑揚をつけずに言う。


「そうだな。付き合っている“フリ”をしないと、な。」


「ええ。そうです。“フリ”ですよ。」


笑いながらそう言われて、長田はますます不愉快になる。


「性格悪いな。」


「今さらですか?」


橋口は開き直るように、不敵な笑みを浮かべた。

今までの彼ならその態度にむっとしたが、

現在はそんな彼女が堪らなく可愛く見えて仕方なかった。

勤務中だという事を忘れてしまいそうになり、

長田は振り切るように缶コーヒーを飲み干して立ち上がる。


「30分後に俺の車まで来い。今日は俺が運転する。」


自動販売機の横にあるゴミ箱に空き缶を捨てて、

彼女の返答を待たずに歩いていく。

逃げるように去っていく彼の後ろ姿を、

橋口は優しい眼差しで見送った。

柔らかい微笑みを浮かべて。


                  *


『潜入屋』。


一生かかっても返せない恩を受け、

少しでもその人の役に立ちたくて自ら選んだ道だ。

何もなかった私を育ててくれたその恩人の為に。

全てを懸けてスキルを身に付け、

私にある全てを武器にした。


何にでも『潜入』出来なければその名を語れない。


心も勿論だ。

私は“女”。相手が“男”ならば、『潜入』しやすい。


『長田 真』は男だ。私に好意を抱く確率は高い。


“天意”。


その言葉を口にする男。

真っ直ぐな目をして、私を見据える人。

空っぽの私を見透かそうとする変わり者。


残念ですが、何もありませんよ。

私には何も。

『潜入屋』の仕事をするだけ。

あなたを脅威から護る為に、私はやってきました。


・・・・・・


それでも“天意”と言える?


・・・・・・


意外にロマンティックなのね。


・・・・・・


あまりにもあなたが素直だから、

こちらは調子狂いっぱなしなのよ。

妙な動悸するし・・・病気かしら。


もう。

初めてよ、こんなの。

あの瞬間からまた、さらにおかしくなっちゃった。


どうしてくれるの?・・・長田さん。


                 *


長田の車はハッチバックタイプで、

ボディは軽自動車のように小さい。

だが馬力があり、速度を上げてもぶれずにしっかり走るので

根強く人気の車である。

彼が勤務の時は、パトカーか橋口の車で出動していたので、

この助手席に他人を乗せたのはかなり久しぶりだった。

勤務中。

それを常に心に留めながら、彼は軽快に車を走らせていく。

車内に音楽はかけられていない。

二人の間に会話はなく、車のエンジン音がBGMになっている。

今、二人を乗せた車は都市高速を走っていた。

長田は、このまま話さなくてもいいと思えるくらい心地好かった。

それは橋口にも言える事で、車窓に目を向けて景色を眺めている。

互いに心中穏やかではないが、

この空間をずっと漂っていたいと思っていた。


空間に身を委ねる時間。

しかも他人と、

この密室の車内で無言だという事は普通じゃない。

でも気まずいとは決して思わない。

不思議だった。

それは、昨日二人がリビングで過ごした

朝食の時間と同じ現象である。


しかし気が向いたら世間話をする。

全てが自然に流れる時間。

このまま留まっていたいと、

二人はこの時間を愛でるようになっていく。



警視庁から出て約一時間後、

長田と橋口は紀野 篤に聞いていた児童養護施設に辿り着く。

『放火事件』が遭った『れんげ』とこの施設は

約10㎞くらいの距離が離れている。

子どもの足でも歩いていける距離だと長田は気づいた。

佐川陽一郎はこの場所を知っていて、紀野たちを誘導したのだと。

児童養護施設の問題について、彼は長田によく話していた。


社会で力を持たず発言力もない無力な子どもたちは、

大人たちの勝手な思い込みと、所有物と勘違いした親たちによって

片隅に追いやられ、洗脳され、虐待されている。


その子どもたちの行く末は?


この日本ではその問題に蓋をするように、

表立って触れていない。

里親制度の意識も世界からすると程度が低い。

家族という温かさを知らず、

間違ったことを正してもらえない寂しさ。

行き場がない子どもたちは、いざ社会に出ると戸惑う事が多い。

問題が山積みである、と。


その言葉を思い出し、長田は

世の中にある根底の闇を感じずにはいられなかった。


施設の周りは緑が多く、外観の雰囲気も良い。

学校のような出で立ちである。

駐車場に植えられている銀杏の木は青々と生い茂っていて、

木漏れ日がとても綺麗だった。

施設の外来用駐車スペースに車を停め、

長田と橋口は施設の入り口に歩いていく。

正面玄関から中に入ると、

廊下を歩いていた職員らしき女性と目が合った。

50代前半くらいに見える。

身長は150cm前後で細身。目元が優しい女性だった。


「こんにちは。」


長田が挨拶をすると、その女性は躊躇いがちに会釈をする。

橋口はそれに応えるように会釈をして、

ショルダーバッグから警察手帳を取り出す。

その橋口とほぼ同時に、長田は胸ポケットから警察手帳を取り出し、

証票と記章を女性に見せるように開いた。


「私たちはここに勤めておられる、

 『安藤あんどう 紗香さやか』さんを尋ねに来ました。

 今ここにいらっしゃいますか?」


長田と橋口が警察官だという事を把握し、

女性は目を見開いて答えた。


「安藤 紗香は私ですが・・・」


警察手帳を胸ポケットに直し、長田は言葉を告げた。


「安藤さん。お伺いしますが、

 この施設にいた『紀野 篤』という児童を

 憶えていらっしゃいますか?」


その名前を聞き、女性― 安藤は頷く。


「紀野 篤くん、ですか?

 はい。憶えています。

 ・・・・・・篤くんが、何かしたのでしょうか?」


「いいえ。彼はとある事件の解決に協力してくれていまして・・・

 私たちがあなたを訪ねたのは、

 彼があなたに預けたものを拝見したくて。」


安藤は少し考えて、心当たりがあるように声を上げる。


「・・・ああ、名刺ですね?

 そっか。あなたがその長田 真さんでしたか。

 ・・・実は彼に、

 私が名刺を預かっている事は本人以外誰にも言うなって

 念を押されていたのです。」


長田と橋口は顔を見合わせる。

紀野の話していた事が、真実であると確信したのだ。

安藤は二人を促すように声を掛ける。


「立ち話もなんですから・・・どうぞお入りください。」


「それでは失礼します。」


二人は靴を脱いで玄関先の靴箱に靴を収めると、

安藤が歩いていく後を付いていった。

その際、複数の子どもたちの声が耳に入ってくる。

安藤が二人を促した部屋は、

“応接室”というプレートが掲げられていた。

部屋の中には、二人掛けのソファーが木製のセンターテーブルを挟んで

対面して設置されている。


「どうぞ、座ってお待ちください。

 私は名刺を取ってきます。自分のロッカーに置いてあるので・・・」


そう言い残し、安藤は応接室を出ていく。

二人は促されたソファーに腰を下ろすと、

橋口は長田に声を掛けた。


「・・・裏が取れましたね。」


「ああ。」


数分後に、安藤は応接室に戻ってきた。

会釈をして、その手に持つ名刺を長田に差し出す。


「大事なものだと言われて預かっていましたが・・・

 私が持っていていいのか戸惑いました。」


安藤は二人と対面するようにソファーに腰を下ろす。

長田はその少し色褪せた名刺を見据えた。

表に記された名前。

紛れもなく『佐川陽一郎』だった。

その名刺の裏を見ると、ここの児童養護施設の住所と

電話番号らしき数字の羅列。

そして自分の名前が確かに書かれていた。


『長田 真』


― 筆跡も間違いない。

 自分が知っている恩師の字だ。


その文字を、長田は食い入るように見る。

名刺を見つめたまま動かない彼の様子を察知して、

橋口は安藤に言葉を紡いだ。


「紀野 篤さんが仲良くしていた

 二人の子どもの事をご存じですか?」


安藤は首を小さく縦に振り、その質問に答える。


「ええ。悠生くんと樹くんは、篤くんといつも一緒にいましたね。

 食べる時も、寝るのも、遊ぶのも。

 ・・・彼らを初めて見た時は、本当に胸が痛みました。

 私たち大人への強い拒絶。それがむき出しになっていましたから。」


思い出しながら語る安藤の表情は暗い。

しかし彼女の声音は常に優しく、いたわりを感じた。


「彼らの生い立ちや深い話は、あえて触れていません。

 ここに来る子たちの大半は、親からの虐待が原因です。

 愛情を受けられずに育ち、心に傷を負って、

 必死で生きている。

 ・・・私たちはその手助けにもならないのです。

 心というものは本当に恐ろしい。

 考え方、見方、経験一つで世界が変わってしまう。

 自分自身がそれを認識しなければいけないのですから・・・


 その名刺の方は、篤くんたちがここに来る前に

 院長へ連絡をしてくれていました。

 手続き等は後日全て完了させて。

 篤くんたちはその方にとても感謝していましたよ。」


その話を聞きながら名刺を見つめていた長田は、

ふと違和感を覚える。


― ・・・・・・?


 ・・・・・・これは・・・・・・


この施設の住所とともに書かれた、電話番号らしき数字の羅列。

それを見て引っ掛かるものがあった。


「・・・安藤さん。これはこの施設の電話番号ですか?」


長田は安藤に、名刺の裏面を見せて問う。

それに彼女は即座に首を横に振った。


「違います。

 篤くんもそう思って、この電話番号に連絡してみたそうです。

 そしたら、全く違う所に繋がっちゃったみたいで・・・

 どうやら間違えて書いちゃったみたいですね。」


― いや、違う・・・・・・


妙な動悸が長田を襲う。

表情を険しくさせてその電話番号を見つめる彼の様子を、

橋口は静かに見守る。


「・・・安藤さん。この名刺をお預かりしてもよろしいですか?」


「はい。勿論です。篤くんからそう言われていますから。

 『長田 真』さん本人がここに来たらこの名刺を渡すようにと。

 私は預かっていただけですので・・・」


「ありがとうございます。」


長田は立ち上がり、安藤に向かって深く頭を下げる。

橋口もその後に続いた。

それには、敬礼に匹敵する想いが籠められていた。



二人は早々に施設を出て、車に乗り込んだ。

シートベルトを着用し、長田はエンジンを始動する。

かちり、と

橋口もシートベルトのバックルを固定する。


「警部、その電話番号に何か心当たりがあるのですね?」


急くように車を発進させる彼の様子を察知して、

彼女は尋ねる。


「・・・まだ断定できないが・・・・・・」


長田の目に強い光が灯っている。


「あの電話番号は間違えて書いた訳じゃない。

 俺に宛てたメッセージだ。

 ・・・電話番号の場所を知っている。」


橋口はその言葉に、力強く頷いた。


「分かりました。お供します。今から向かうのですね?」


前を見据えたまま、長田は頷く。


その目に宿った揺るがない炎。

それは確信する彼の心を映し出す。


彼の気持ちに呼応するように、車は勢いよく駆け抜けていった。


紛れもない真実を掴む為に。


                *


俺がここでこうして、平和に生きていけるのは

ゆりのお陰だ。

そして、俺を迎え入れてくれたばあさんも。

今となってはもう、かけがえのない家族だ。


昔の事を思い出して傷心に浸る時間は、かなり減った。

ただ、暗い海をさまようあの感覚は今でも残っている。

これは一生消えない。

俺の一部として、これからも生き続ける。


俺が初めて『力』を使って制御できなかった時、

なぜ遠く離れたゆりの元に飛んでいったのか。

今なら、何となくそれが分かる気がする。


同じ名前、

同じ年という、妹に繋がるもの。

そして、遠くに逃げたいと思う気持ち。


それが根拠だとは断定できないけど、

そうだと感じている。


俺の『力』って何だろう?


この『力』が無ければ、今の時間を手に入れていない。

由梨とともに消えていた。


なぜ・・・俺が生き残ったのか?


いつも考える。

これは誰にも話していない。

俺だけの秘密だ。

これを話しても、誰も喜ばない。

むしろ悲しませてしまう。


由梨。


未だに俺は、お前の方が生きていたら良かったなと考えるよ。

俺じゃなくて、お前が。


・・・でもな。

ゆりがそれを忘れさせてくれる。

彼女が、俺の存在を肯定してくれる。

だから、俺はこうして生きている。


今俺は、お前の分まで生きている。

お前の事を、毎日思い出している。

それが、唯一してやれる事だと思うから。


だから・・・・・・


頼む。由梨。

幻想だと思う。

俺の勝手な願望なんだ。


“お前が、この世界のどこかで生きていますように。”


あのまま、お前の身体を置いていってしまった事を

今でも後悔している。


あの時、確かにお前は息をしていなかった。

でも、俺がお前の身体と一緒に外に逃げていたら・・・・・・


もしかしたら、

何とかしてやれたかもしれない。

息を吹き返す事ができたかもしれない。


そんな可能性を考えると・・・

本当に悔やんでも悔やみきれない。


・・・・・・


分かっている。

もう、時は戻らない。


この現実を受け止めて、

俺は進むしかない事くらい・・・・・・


分かっている。


                 *


福岡の海星高校では、帰りのホームルームが終わった直後である。

帰宅の準備をする者や、部活に向かう者、

席を立たず喋っている者たちなど、

教室内は様々な模様を見せている。

その中で、

俊太郎は机の物入れに置いてあった教科書を手に取り、

学生鞄に直すと席を立った。


「高城!」


元気な呼び掛けに、俊太郎は振り向く。

すると、岸本 比呂― ヒロの明るい笑顔が目に飛び込んでくる。


「ちょっとさぁ、今から付き合ってほしいっちゃけど。」


「・・・付き合うって、どこに?」


俊太郎が尋ねると、ヒロは満面の笑みを浮かべて答えた。


「スタジオだよ!新しいとこ見つけて予約したっちゃんね~。

 これからタクとショータも合流して

 そこに行くんだよ。

 お前の歌声まだ聴いてないやん?一緒に行こうぜ~!」


「・・・・・・」


俊太郎は一瞬迷ったが、頷いた。


「・・・ああ。分かった。」


「よーし!いい返事だ!

 ちょっと急ぐぞ~!

 電車の時間に、間に合わない!」


「ここから遠いのか?」


「一駅行った所にある!」


「でもヒロ、ギターは?」


「博多駅のロッカーに預けとる!」


ヒロは学生鞄を脇に抱えて、嬉しくて堪らない様子で言う。


「いよいよボーカル入れてやれるな~!」


勢いよく教室を出て行くヒロを見て、

俊太郎は小さく笑った。


― ・・・気晴らしになるかもな。



バンドのメンバー、甲斐田 卓斗- タクと

山崎 翔太― ショータは、

他校に在籍しているので現地集合という形で待ち合わせていた。

俊太郎とヒロは、

その二人とスタジオの入り口付近で顔を合わせる。

それぞれ帰宅せず直接スタジオに出向いた為、

皆制服姿だった。


「俺の制服って無難やな~」


ショータが、皆が着ている制服を眺めて言う。


「そうか?学ラン、カッコいいやん。

 俺のって好き嫌いありそうやし。」


タクが着ている制服は、有名なデザイナーが手掛けたもので

県内でも人気が高い。

今の期間は中間服でカッターシャツは5色あり、

着回しが出来るようになっている。

今、タクが着ているシャツの色は青に近い薄紫である。


「タクって何気にしゃれとんしゃーけん。

        (洒落ているからなぁ)

 ・・・そういえば学校帰りにスタジオ集まるの初めてやな。」


ヒロが笑いながら言う。

そして、三人が俊太郎に注目した。

注目を浴びて、俊太郎は訳が分からず首を傾げる。


「・・・え?何だ?」


「・・・くっそ。やっぱイケメンはいいなぁ。」


「何着てもかっけぇ。」


「こいつが廊下を歩くとな~、女子たちの目がすげーけんね。

 キラっキラした目で高城をロックオン!」


「・・・ヒロ。」


「いや、俺、話盛ってねーよ。ホントやから。

 自覚ないと?」


「自覚無しのイケメンは罪深いぞ。」


「文武両道、イケメン・・・・・・

 これで歌も上手かったら俺は神さまを恨む。」


「うん。俺も恨む。」


「俺は恨まない!高城やけん許す!」


わいわい話してきりがない少年たちに、

俊太郎は深いため息をつく。


「・・・なぁ。もう中に入ろう。」


「あっ!そうやった!・・・もう時間過ぎとるやんか!」


「行こ行こ~。」


「高城の歌声早く聞きてーなぁ。」


「うんうん。」


話し出すと止まらない彼らのテンションに、

俊太郎は自分とのギャップを感じる。


― ・・・俺も、普通に学生だったら

 こういう風に楽しんでいたのかな。


三人の少年たちを眺めて、思う。


― “時間を取り戻す”っていうのは・・・

 なかなか難しいな。

 でも・・・

 彼らといると、悪い気はしない。



予約したスタジオの部屋に入ると、ヒロ、タク、ショータは

部屋内の設備を見回る。


「すげーいいやん。」


タクはベースアンプ(増幅器)を吟味している。


「姐さんとこのスタジオのドラムセット、ボロボロやったもんなぁ・・・」


ショータは、綺麗なドラムセットを見て感動している。


「このスタジオは出来て新しいけんね。

 料金も姐さんとこに比べたら割高だから、

 前のように長時間は借りられないけど・・・」


「まぁな。」


「しゃーない。」


「でも、ずっと続けていこうと思ってる。」


「もちろん。」


「賛成。」


タクはギターケースからベースギターを取り出し、

シールドケーブルでベースアンプに繋げる。


「高城はマイクスタンドんとこね。」


タクと同様にエレキギターをアンプに繋げた後、

ヒロはマイクスタンドを、

ベースギター、ドラムセット、エレキギターが位置する

その囲まれた中央に置く。

促されるまま俊太郎はそこに立ち、部屋を一望する。

部屋の照明に使われているスポットライトが、

少年たちに降り注がれていた。

高揚感が、俊太郎の中に込み上げる。

ヒロ、タク、ショータはそれぞれ楽器の調整を始めた。

チューニング(調律)を終えたヒロとタクは、

アンプのボリュームを上げる。

アンプから出るエレキギターの歪んだ音。

ベースギターの重低音。

ショータも調整し終えて、ドラムセット各種をスティックで叩く。

彼らが生み出す全ての音が、俊太郎の身体に響いてくる。


「・・・・・・すごいな・・・」


「えー?何てー?!」


声を張らないと聞こえない程、

掻き鳴らすギターの音は部屋中に響き渡っていた。

俊太郎はマイクの電源をオンにして、ヒロに言う。


「早く歌いたい!」


その言葉に、ヒロは大きく口を開けて笑う。


「そうだろー?!

 おもいっっっきり歌っていいぞ!!

 もうちょっと待ってろ~!!」


そう言ってギターピックで弦を弾く。

タクも、弦を指で弾きながら笑う。

ショータも、それに応えるように足元のペダルを高速で踏み、

バスドラムを鳴らす。

三人は同調するように音を生み出していく。

その中に立ち尽くす俊太郎。

音の波動に包まれ、自然に気持ちが上がっていく。


「もういいか~!?」


「もういいぞ~!!」


「いつでもどーぞ~!!」


三人がそう言った後、ぴたっ、と音を鳴らすのを止める。

それぞれの耳に余韻が残る中、ヒロが俊太郎に声を掛けた。


「お待たせ、高城。準備はいいか?」


「・・・ああ。いつでも。」


俊太郎はマイクに手を掛ける。

それが合図のように、ベースギターから演奏が始まった。



彼らがスタジオで過ごした時間。

一体感。

それはかけがえのない思い出として、心と身体に刻まれる。


大団円の幕開け。


世界の片隅で、それは起ころうとしていた。


                 *


私はアーティストだ。

生きている限り、それを表現する。


森羅万象の始まりなんて、誰にも分からない。


全てが憶測で、人間の勝手な思い込み。

誤解し、それを真実だと勘違いして喜怒哀楽に酔いしれる。


それを悪いとは思わないが、良いとも思わない。

皆が真実で、皆が虚偽だ。

全ては、誰にも分からない。


だからこの世の中には、様々なアートが存在する。

それでいい。

なぜなら、私もその表現者の一人だ。

誰も、特別ではない。


ただ、表現したいだけ。

それが、私の生きている理由だ。


“自分の始まりはいつからだろう?”


気づけば私はこの道を歩いていた。


命あるものが息絶える瞬間、

自分が抱いている疑問が解消されるような気がして。


答えを渇望するように、私は歩いてきた。


目に映るのは、ただの暗闇。

無為の、闇。


結局・・・答えは誰にも分からない。


そんな自分を見透かそうとする女がいる。


何者?

あんたは私の何を見ようとしている?


それを、私は知りたいだけさ。


さぁ・・・見せてくれ。

あんたに何が出来るのかを。


                  *


誰が見てもその姿は真円である。

暗闇の海に煌々と浮かぶ月は、鬱蒼とした樹海を照らしている。

樹海は広範囲で、その中を迷わず歩くのは至難の業である。

その場所を知る者は、樹海の中を歩いたりはしない。

秘密の通路がある。

それは樹海の地下に、迷路のように張り巡らされていた。

その場所に繋がる道を歩く者たちのことを、こう言った。


『Migratory Bards(渡り歩く隠者たち)』、と。


秘密の通路には、最低限の光源が等間隔に設けられている。

古ぼけた蛍光灯。

その光に群がる虫たち。

その光を頼りに通路を歩く、男女の影。

女の髪は樹海のような深緑に染められ、

露わになった左腕には黒い蓮のタトゥーが刻まれている。

身に纏うのは翠色のカクテルドレス。

ドレスに合わせたアクセサリーが首元や耳に光る。

施されたメイクは見る者を惹きつけ、

深紅のルージュがとても印象強い。

男の様子は物々しい。

羽織った迷彩柄のジャケットは年季が入り、所々色褪せている。

そのジャケットに合わせた迷彩柄のカーゴパンツ

鍛えられた、無駄のない体つきにフィットしている黒のタンクトップ。

男の右耳には、大黒天のピアスがいつもの如く鎮座していた。

左頬には一筋の傷跡がある。

二人の足音が、通路内に反響していた。

男は横に並んで歩く女を訝しげに見て、口を開く。


「・・・ツッコミどころ満載やなぁ。

 あんさん、何でドレス着てお洒落してんのや?」


男― 『道頓堀』が、のんびりと

女―『 結女衣』に尋ねる。

パンプスのヒール音が響く中、『結女衣』は言葉を返す。


「着飾りたい気分ってあるでしょ?」


「にしてもやなぁ・・・」


「逆にあんたの、

 いかにも戦いますみたいな服の方がどうかしてると思うけど。」


「あのなぁ・・・パーティーに行くんやないやろ?」


『結女衣』は鼻で笑う。


「パーティーみたいなものでしょ、これは。」


『道頓堀』は理解できないのか、ため息をつく。


「分からんわ~・・・」


「心配しなくても、

 着替えはスペシャルゲストが後で持ってくるから。」


「・・・スペシャルゲスト?聞いてへんで。」


「あんたは言われた通り動けばいいの。

 無駄な詮索はしないで。」


「・・・へ~い・・・」


『道頓堀』は肩をすくめた。

しばらく歩いた後、彼はぽつりと言葉を投げる。


「・・・まぁええわ。ドレス似合うてるで。綺麗や。」


その言葉を受けて、『結女衣』は足を止めた。

急に立ち止まる相手に、『道頓堀』も足を止めて首を傾げる。


「どうしたんや?」


「・・・あの二人が生み出したもの・・・・・・」


呟くハスキーボイスは、静かな通路に響き渡る。

“あの二人”。

そのキーワードで、『道頓堀』は理解した。


「・・・あの警察官たちの事か?」


「あれは素晴らしいアートだった。」


「アート?」


「ええ。綺麗だった。」


『道頓堀』の頭の中は疑問符だらけになった。


「・・・理解不能や。」


「試してみる?」


『結女衣』が『道頓堀』に顔を向けて近寄る。

得も言われぬ迫力に押されて、彼は慌てて通路の壁を背に後退した。


「ちょ、ちょっと待ちぃ。」


彼女は強い眼差しで彼を見上げる。

“蛇に睨まれた蛙”。

その言葉が当てはまる。

彼は彼女から目を逸らすことが出来なかった。

しばらく見つめ合う状態が続いた後、その均衡は崩れる。


「・・・安心しな。私とあんたじゃ何も生まれない。」


見透かしたように囁いて、彼女は再び歩き出す。

『道頓堀』は彼女の眼差しから解放されて

しばらく放心状態だった。


「・・・何なんやもう・・・」


そう呟いて、彼は彼女の後を追う。



秘密の地下通路を抜け、二人は地上に姿を現した。

夜空に浮かぶ真円の月が、彼女たちを歓迎するように照らす。

広い草原が目の前に広がり、

その先には自然に反する人工的な施設が建っていた。

樹海の木々たちが、それを見守るように囲んでいる。

草原の中を歩いていくと、

施設の前に立ちはだかる大きな門が彼女らを迎える。

それと同時に、ぽつんと小さな人影が見えた。

『結女衣』と『道頓堀』は、

慣れたようにその門へ歩いていく。

その来客たちを見るなり、小さな人影― 『烏』は右腕を上げる。

すると、門は古びた音を立てて開いていった。


「・・・珍しいな。ドレスなんか着て。」


『烏』は不思議そうに声を掛ける。

『結女衣』は薄く笑ってそれに答えた。


「この日の為に新調した。」


「それはどういう・・・」


『烏』は何かを感じる。

大きな殺気。

すぐに身構えてその脅威に向かい合う。


「悪いなぁ。眠ってもらうで。」


『道頓堀』が『烏』に向かって技を繰り出す。

鋭い肘突きを、彼女はかろうじて避けた。


「お前たち正気か?私に攻撃するという事は、裏切り行為だぞ。」


「今夜はパーティーだよ。」


『結女衣』は笑みを浮かべる。

それはとても冷たく、見る者を震え上がらせる力があった。

『道頓堀』と『烏』は互いの技と技をぶつけ合う。

その中、『結女衣』はドレスのスリット部分に隠れていた

レッグホルスターからリボルバー(拳銃)を取り出す。

素早くハンドロードし、『烏』に向けて射撃した。


『結女衣』にとって、

射撃する前に銃弾を充填するのには理由があった。

『サイレントキラー』の異名は、彼女の『力』に由来する。

発動条件は手に触れる事。

そして離れて効力を持つのは10秒。

リボルバーは手に握っているので自動的に発動するが、

銃弾は充填すると手から離れる。

その為に、一連の動作を10秒以内で行なわなければならない。

彼女はその技術を身に付け、成立させていた。


銃弾は、音を発することなく放出される。

向かう先には『烏』の右足。

しかし一瞬で弾に籠められた“意思”を察知し、『烏』は宙を飛ぶ。

だが、避けたと同時に気づいた。

命中させようとして撃ったのではない。

“避け方を誘導する”為に『結女衣』は射撃したのだと。

“もう一つの脅威”から注意を逸らす為に。


『道頓堀』の重い肘突き。


その繰り出された一撃が、『烏』の腹部に命中する。


「くっ・・・」


『烏』は身を崩し、膝をついてその場に倒れた。

意識を失い、動かなくなった『烏』の元に二人は歩み寄る。


「・・・本当に息の根を止めへんのか?こいつは厄介やで。」


「利用価値があるらしい。生かしておけと言われている。

 とりあえず深く眠らせておいて・・・後で回収する。」


『結女衣』はレッグホルスターから掌サイズのケースを取り、

その中から注射器を取り出す。

薬液が入ったシリンジには、既に針がセットされていた。

針のカバーを取り、少しだけピストンを押して薬液を一滴出す。

その手際の良さを、『道頓堀』は傍観していた。

『結女衣』は『烏』の首の付け根に、その針を刺す。

薬液はゆっくりと彼女の中に入っていった。


「効き目は二時間。それまでに終わらせる。」


「了解や。」


開いたままの門を見て、

『道頓堀』はいつも疑問に思っていた事を口にする。


「・・・他に門番はおらへんのやろか?」


『結女衣』は『烏』の右腕を掴み、持ち上げる。


「この門は自動。この手の中に、開く鍵となるものがある。

 それを感知していると聞いた。

 中から外に出る分は勝手に開くみたいだけど。」


「・・・へぇ。」


『番人』の彼女を置いて、二人は門の中へと歩いていく。

同時に生暖かい風が吹き抜けた。

門は二人を迎え入れた後、音を立てて口を閉じる。

樹海の木々たちが、ざわめいた。

不穏の時間が始まることを、恐れるように。


                 *


未来を読む力。

それは楽しい事じゃない。

むしろ悲しい事ばかり。


その力を自覚し、映像が鮮明に見えるようになってから・・・

私はあまり笑わなくなった。


俊がそれに気づいていた。

指摘されて、気づいた。


・・・彼と出逢えたのは、本当に運命を感じる。

再び笑えるようになったのは、彼のお陰。

真っ直ぐに私を想い、真っ直ぐに感情をぶつけてくる。

そんな彼が、人形になりかけていた私を救ってくれた。


私は私だと。

その力に左右されなくていいと。

普通に人として生きていいんだと、教えてくれた。


・・・・・・


ありがとう、俊。


あなたのお陰で、私は私でいられる。

この力にのまれることはない。

真っ直ぐ、見据えることが出来るんよ。

見えるもの全てを。


大好き。


愛してる。護りたい。


もう私には見えている。

終わりが。

私はそれを見つめる。


おばあちゃんは言った。


“私は最善の道を導く事しかできない。

 お前ならそれを見極め、新しい道を導くことが出来る。”


その言葉の意味。


そう。


これは最善の道を導くだけでは、駄目なんよ。

見極めて、新しい道を導く。


そうしなければ・・・・・・


悲しい結末が待っている。


全てを受け入れ、

受け止め、

この力を使う。


それだけだ。


私は目を逸らさず見極める。


大切な人たちの為に。


・・・・・・


・・・どうか・・・・・・


どうか、

みんなが渡れる光の道が出来ますように。



          To be continued・・・










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