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点と点が繋がっていく…

歯車が噛み合い、大団円へと動き出した。

内なる炎を秘め、ゆりは差しのべられた手を取り歩き出す。


                 13


「ゆり。俊太郎。明日東京に行くよ。」


9月7日土曜日の夕飯時。

秋刀魚の塩焼きの身を箸で掴んでいたゆりと、

白飯を頬張る俊太郎に、ときが不意に声を掛けた。

二人は、湯飲みに注がれたお茶をすする

ときに顔を向けて注目する。


「・・・長田って人に会いに行くんよね?」


「ああ、そうだよ。」


「・・・・・・」


俊太郎は目線を食卓に戻し、無言のまま箸を進める。

今晩の夕飯のおかずは、秋刀魚の塩焼きと里芋の煮っころがしだった。

茄子としめじの味噌汁、胡瓜の漬物、オクラとトマトのサラダ。

佐川家の食卓にはいつも、旬の食材を使った料理が並ぶ。

ゆりは箸を止めて言葉を掛ける。


「東京かぁ・・・そういえば今、

 お父さんが東京に単身赴任中なんよね。」


「達郎さんにも会いに行こうか。」


「いいかも!会いたい!」


「俊太郎を紹介したいからねぇ。」


ときは俊太郎に話を振るが、彼は何も反応せず食べ進めている。

ゆりはそんな彼の様子に首を傾げた。


「・・・俊?どうしたん?」


「・・・いや。別に何でもない。」


居間にあるテレビは今、音楽番組が放映されている。

軽快なJ-POPが、沈黙した空間を取り持つように流れている。

ときは俊太郎の様子を窺いながら言う。


「明日の朝、長田警部に電話をかけるから

 その時に待ち合わせの時間を決めようと思う。

 ・・・俊太郎、いいね?」


「ああ。大丈夫だ。」


表情を変えずに受け答えをする俊太郎。

彼の様子がおかしい事を感じ、ゆりは気がかりになった。



夕食が終わって食器の片付けを済ませたゆりは、

既に部屋に戻った俊太郎の元を尋ねようと足を向けた。

普段用事がある時は俊太郎の方がゆりの部屋に訪れていたので、

彼の部屋に出向く事はあまりない。

少し緊張感を保ちながら、

部屋の出入り口である障子越しから声を掛ける。


「・・・俊。ちょっといい?」


間を置いて、返事の声が耳に届く。


「・・・・・・ああ。」


その障子が、すっ、と開けられる。

姿を現した俊太郎の表情を見た時、ゆりは胸が苦しくなった。

切なさ。

それが溢れている。


「・・・俊?」


「俺から部屋に行こうと思ってた。

 話しておきたい事がある。」


「・・・・・・うん。」


俊太郎はゆりを部屋の中に促す。

勉強机の近くにある窓は開けられ、涼しい風が通り抜けている。

簡易ベッドと勉強机。桐の箪笥。

それを見て、ゆりはいつも祖父の事を思い出す。

祖父の遺品を、俊太郎が使ってくれている事がとても感慨深い。


「ゆりはここに座ってくれ。」


俊太郎が勉強机の所にある椅子を、座りやすいように引いて促す。

素直に従ってゆりがその椅子に腰を下ろすと、

俊太郎は向かい合うように簡易ベッドに座った。

互いに顔を合わせ、見つめ合う。

話を切り出したのは俊太郎の方だった。


「実は・・・・・・

 ゆりと出逢う前の俺は東京に住んでいた。」


「え?」


「知ってもらう必要ないと思ったから言わなかったが・・・

 最初に『力』を使った時・・・

 俺は制御できず、気づいたらこの土地まで飛んできていた。

 出来るだけ遠い所に離れたかったのか・・・

 無意識にそう感じていたのかもしれない。」


語られた新事実に、ゆりは驚愕する。


「だから・・・東京に行くっていう事は、

 住んでいた所の近くに行くという事だ。」


言葉を紡ぐ俊太郎の切ない気持ちを、ゆりはようやく理解した。


― 俊の心に残る、深い傷跡・・・

 俊が住んでいた場所。

 東京といっても広いから、

 その両親に会う心配はないやろうけど・・・

 俊自身気持ちの整理がつかないのかな・・・・・・


「・・・行くのは嫌?」


「嫌というか・・・複雑だ。

 避けたい気持ちもあれば、

 両親がどうしているのか見てみたい反面もある。

 住まいも、まだあるのかも。

 見てしまったらどういう気持ちになるのか・・・・・・

 怖い部分もある。」


「・・・・・・」


「明日、勿論一緒に行く。

 ただ、ゆりに聞いてもらいたかっただけだ。」


「・・・俊。」


ゆりは立ち上がる。

俊太郎の前に歩いていくと、優しい眼差しで見下ろす。

包み込まれるような空気を感じて、俊太郎はゆりを見上げる。


「あなたなら大丈夫。

 現実を受け入れ、地に足をつけて生きている。

 私が保証する。」


「・・・そうか?」


「うん。もっと自信を持っていい。」


「・・・そう言われると、心強いな。」


「私が傍にいるから・・・大丈夫。」


「・・・・・・ありがとう。」


俊太郎の顔に笑みが浮かぶ。

安心して表情が緩んだような、柔らかい微笑み。

ゆりは堪らなくなって、

ぎゅっ、と俊太郎の頭を懐に抱き込む。

ゆりの心の中にある、母性本能。

4年前から芽生え、少しずつ根付いてきたもの。

成長を傍で見守ってきた自負。

その想いが、彼女を支えて強くした。

彼女の温もりと想いが籠った抱擁に、彼はしばらくその温かさに浸る。


「・・・・・・ゆり。」


「ん・・・?」


「東京には今、ゆりのお父さんがいるんだってな。」


「・・・うん。久しぶりに会うから楽しみ。」


「・・・俺も会ってみたい。」


「ふふ。」


「俺の事は知っているのか?」


「・・・お母さんには話していたけど・・・

 お父さんにはまだ。」


「じゃあ・・・ゆりをもらう為の挨拶もしようかな。」


安らいでいたゆりの鼓動が、その言葉で一気に跳ね上がった。

思わず俊太郎に回していた腕を離す。


「・・・は、早くない?!」


「早いも遅いもないだろ。」


俊太郎は悪びれることなく言葉にする。


「ほら、きちんと公認してもらわないと。」


「・・・・・・」


「俺は本気だぞ。」


「・・・嬉しい、けど・・・早くない?!」


ゆりは必死に平静さを装おうが、鼓動がはち切れそうだった。


「早かないだろ~。もう4年も俺たち一緒に住んでいるんだ。

 同棲しているようなもんだろ。

 逆にきちんと挨拶しておかないと。」


「・・・ま、まぁ・・・それはそうやけど。」


「な?」


「な?・・・じゃないってば!」


顔がどうしようもなく火照るのを感じて、ゆりは息を整える。


「・・・あのね。順序ってもんがあるやん?

 何も聞かされていない初対面でいきなり、

 『娘をください』っていう男を紹介されたお父さんは気絶するよ?」


「・・・じゃあ、何て紹介するんだ?」


「居候。」


「・・・居候・・・・・・」


「またおばあちゃんが変な事始めたのかと思わせるのが

 自然の成り行き。

 お母さんにも俊の事『居候』って事にしてる。

 詳しい事は言ってない。」


「・・・隠すのか?付き合っている事。」


「俊は表向き、『未成年で学生』。

 私は、『成人して社会人』。

 どう見ても犯罪になっちゃう。

 ・・・早いって言ったのはそれもある。

 大切にしたいんよ。・・・分かってくれる?」


諭すようなゆりの言葉に、俊太郎は押し黙る。

その様子を見守り、ゆりは優しく言う。


「今は・・・ほんの少しだけ待って。俊の気持ち、すごく嬉しいから。」


言い分に納得したのか、俊太郎はゆっくり首を縦に振る。

それを見て微笑むと、

ゆりは部屋の出入り口である障子へ歩いていく。


「・・・え?もう行くのか?」


「・・・うん。」


「一緒に寝よう。」


「・・・・・・やだ。」


「やだ・・・って。」


「明日は早く出発するけん。備えてもう寝る。」


「備えて一緒に寝よう。」


「・・・真面目に言うな!」


ゆりが俊太郎の方に向き直り、そう言葉を返した時だった。


【おい。『易者』の『小百合』。】


「えっ?!」


「ん?」


突然頭の中に響く声に、ゆりは驚愕する。

声を上げたゆりの反応に、俊太郎は首を傾げた。


「どうした?」


「・・・今、『烏』さんの声が・・・」


【空耳ではないぞ。】


「!」


【儂の声はお前にしか届いていない。】


「『烏』だって?」


「・・・うん・・・」


ゆりの疑問を解消するように、その声の主は答える。


【『管理人』の『力』で、『Migratory Bards』に登録している

 全ての者に儂の声が届くようになっている。

 どこにいてもな。

 こうして個人的に伝えることも、全員に伝達することも出来る。】


ゆりは驚きを隠せない様子で、

頭の中に響く『烏』の声を聞き入る。

その状況が掴めたのか、俊太郎はゆりに尋ねた。


「『烏』が話しかけてきたのか?」


「うん・・・」


― 『管理人』の『力』・・・


【『小百合』。『管理人』がお呼びだ。今すぐ来い。】


「『管理人』が・・・私を?」


【そうだ。・・・お前と『瞬』は一緒に住んでいるらしいな。

 丁度いい。『瞬』に連れてきてもらえ。

 『管理人』からの呼び出しは断れない。

 余程のことがない限り、だ。

 いいな。確かに伝えたぞ。】


「・・・・・・」


「『管理人』が・・・何て?」


「・・・今から来いって。俊に連れてきてもらえって・・・」


「・・・・・・」


俊太郎は少し考えて口を開く。


「『烏』からの伝言は、『管理人』の意思を通じてのみだ。

 呼び出しとなると・・・断れない。すぐに行こう。」


状況を把握し、ゆりは息を整えて頷いた。


「・・・うん。よろしくお願いします。」


「続きは終わってからな。」


「ばっ」


俊太郎は笑いながら立ち上がって、

ゆりの片腕を取ると身体を引き寄せる。

抱き留められ、ゆりは言いかけた言葉を詰まらせた。


「この一件が終わったら・・・どこかに旅行しよう。」


優しい抱擁。

揺るがない強さを感じる温もり。

護られている安堵感。

低く心地よい声が、ゆりの耳をくすぐった。


「・・・うん。」


― 俊太郎は気づいているんだ。

 私が不安で仕方がない事を。

 『この一件』が、無事に終わるように・・・

 傍で護ってくれている。


しばらくゆりはその安堵感に浸った。


これから起こる事象。

それは彼女が見通す道を、濃い暗雲が立ち込めている。


― 進むのを、少しでも迷ったら・・・

 全てが閉ざされてしまう。

 どうか・・・

 どうか上手くいきますように。



約1時間後。

ゆりは俊太郎とともに『Migratory Bards』を訪れた。

今回俊太郎は『番人』―『烏』の元に留まり、

ゆりは一人で『管理人』の部屋に向かった。

迷路のような廊下を、ついこの間記憶した通りの道順で歩いていく。

とあるドアに辿り着くと、息を整えるように深呼吸した。

この廊下に数多くあるドアは、目の前にあるドアと酷似していて

全く見分けがつかない。


― 『烏』さんから何も反応がないという事は・・・

 このドアで間違いないみたいやね。


ゆりの服装は、いつものワンピース姿ではない。

ベージュのカットソーにカーキーのサブリナパンツ。

動きやすい服装を選んで着替えていた。

銀縁の眼鏡を掛け直し、

少し錆び付いた鉄製のドアに軽く拳を作って置く。

こんこんこん、と三回ノックをした。


《・・・・・・入り給え。》


その返事を聞き、

ゆりはレバーハンドルに手を掛けてドアを開けた。

その瞬間、床に敷き詰められた黒い大理石が目に飛び込んでくる。

大きな広間の中央にある、コの字の重厚な本革ソファーに目を向けると、

白いスーツの男性がその傍らに立っていた。

印象的なヴェネツィアンマスクのせいで目の表情は分からないが、

口元は穏やかに微笑んでいるように見えた。


「さぁ。こちらに座り給え。」


促され、ゆりは緊張感を持ってソファーに歩いていく。

この男性の正体を知っているとはいえ、場の雰囲気と出で立ちの効力で

普段通りに接する事は出来なかった。

互いに顔を合わせるように向かい合ってソファーに座ると、

男性―『管理人』はそよ風のように言葉を紡いだ。


「変わりはないかね?」


ゆりは静かに頷いて、その風を受け止める。


「はい。全ては順調に進んでいます。」


ゆりの言葉を聞き、『管理人』は頷く。


「そうか。・・・不思議な気持ちだよ。

 自分の命が脅かされそうになっているのを、

 事前に知っているというのは。」


口調が柔らかくなる。

その声音と雰囲気が普段の彼に変わったのを、ゆりは感じ取った。

幾分、緊張を解いて口を開く。


「・・・そうですよね。

 命に関わる事象を口にするのは、私も慣れていません。」


「・・・そういえば、数日前ゲストルームに訪れたようだね。

 彼女のピアノは聞いたかい?」


「はい。とても素晴らしい演奏でした。

 お陰さまで、すごくリラックスできました。」


「そうだろう。気に入ってもらえて何よりだ。」


その会話の後、しばらくの沈黙が生まれる。

それを気まずく感じないのは、

相手の呼吸と普段のやり取りを知っているからだった。

この彼との間で生じる空気を、彼女は重いとは思わない。

むしろ安心できる距離感である。

ゆりはガラスのテーブルに目を向けた。

この広間を照らしているアンティークなシャンデリアが、

綺麗に映り込んでいる。

それを眺め、ゆりは彼の言葉を待つ。


「・・・『小百合』。」


もう一つの名前を呼ばれ、彼女は身を引き締める。


「・・・はい。」


「これから私が話す事を納得した上で、返事をしてもらいたい。

 『Migratory Bards』の世界で『易者』という職業は、

 誰かの傍らに付いてその『力』を発揮して、

 初めて成立する。

 付く者の行方、運勢、先を見通す目となってね。

 ・・・君はもうその相手を決めているか?」


向けられる言葉と意思が、しっかりとゆりに向いている。

それを感じて、彼女は心に決めている気持ちを口にした。


「はい。私の力は是非貴方にと思っています。

 貴方の道を見通したのも、その意思があったからです。」


揺るがず向かい合う言葉と眼差し。

彼女の強い表明に、彼は息を漏らした。


「・・・君には本当に感謝する。

 私の予想では『瞬』だと思ったのだが・・・」


ゆりは小さく首を横に振り、微笑んだ。


「彼は、これを境に仕事を控えます。

 『力』の副作用の事もありますが・・・

 今、彼は時間を取り戻しているところです。」


「・・・・・・そうか。」


『管理人』の口元が緩む。


「本当に君は、彼を心から愛しているのだね。」


その言葉に、ゆりは俯いて目線を逸らした。

その様子を敏感に感じ取って、

『管理人』は補うように言葉を紡ぐ。


「君の愛は深い。『瞬』も報われるはずだ。

 私は君たちを、心から祝福するよ。」


彼女は彼に視線を戻し、目を見開く。

想いの籠った彼の言葉に、ゆりは深く頭を下げた。


「・・・・・・ありがとうございます。」


― こうして、私の気持ちを知りながら・・・

 この人は今でも私を想ってくれている。

 報われない想いと知りながらも。

 私が良いと思った道の幸せを願っている。


 “なぜ私なのだろう?”

 

 いつもそれを考える度に・・・苦しくなる。


「・・・それでは『小百合』。

 これから私の役割である『管理人』というものが何か、

 話したいと思う。

 そしてこの、『Migratory Bards』の存在意義。

 いろいろ憶測があると思うが、真意を語らせてもらう。

 他言無用、秘密事項だ。

 それと同時に後戻りはできない。」


彼女は、彼を真っ直ぐに見据える。


「・・・心得ています。」


彼も、彼女を真っ直ぐに見据えた。

静かに頷き、ヴェネツィアンマスクに手を掛ける。

それを外しガラスのテーブルに置いた。

顔が露になり、ゆりは改めて『管理人』である彼の顔を確認する。

『蔵野 恵吾』は左手をゆりの前に差し出した。


「宣誓として・・・君の言霊をもらう。

 この手を取り、僕に預けてくれ。」


いつも職場で見ている上司の顔。

だが、この場で見る彼の雰囲気と表情は違って見えた。

真摯な眼差しと、大きくて広い手。

自分の鼓動が聞こえるくらいに静寂な空間の中で、

ゆりは時間が止まるような感覚に陥る。

迷いはなかった。

差し出された掌の上に、彼女は自分の左手を置く。

血の通う温かさを感じた瞬間、言葉が自然に零れ落ちた。


「どんな時でも、私は貴方の追い風になります。」



『Migratory Bards』の門の前にいた俊太郎と『烏』は

組手を繰り広げていた。

勿論、彼女の顔にマスクはない。

艶やかな黒髪が、ふわりと舞う。


「遅い!!」


『烏』の怒号と足技は一連となって俊太郎を襲った。

それに耐えられなくなって、俊太郎は『烏』との距離を置く。


「・・・ちょっと待て!休憩だ!」


「もう終わりか?本当に腑抜けになってしまったな、お前。」


息を乱して地面に座り込む俊太郎を、『烏』は仁王立ちして見下す。

今夜の彼女のパーカーにあるプリントには、

くり貫かれた目玉が皿に乗っている。


「そんな事ではあの二人に勝てないぞ。いいのか?」


「・・・勝つ、負けるとかの問題じゃないんだよ。」


― 生き残るか、死に果てるか、だ。


流れる汗を振り切るように、俊太郎は天を仰ぐ。

夜空には雲一つ無く、星屑たちが宝石のように輝いている。


「じゃあ、なぜこうして鍛錬する?」


理解できないといった様子で、『烏』は両手を横に広げる。

相変わらずパーカーの袖から手が出る事はない。


「力でねじ伏せるのではないのか?」


「ある程度力が必要なだけだ。」


「分からん。お前矛盾しているぞ。」


「・・・いいんだよ、お前は知らなくて。」


「そーか。分かった。じゃあ再開だな!休憩終わりだ!」


「ま、待てってば。」


「知るか!」


容赦なく、『烏』は俊太郎に向かって蹴りを入れる。

それを俊太郎はかろうじて避けて立ち上がり、身構える。


「・・・ったく、お前は!」


「戦場は待ってくれないぞ!そんなの命取りだ!

 お前本当に腑抜けてしまったな!叩き直してやる!!」


その中、門が音を立てて開く。

開いた門からゆりが現れたのにも気づかず、

二人は組手を繰り広げ続けている。

ゆりはその光景を目の当たりにし、邪魔をしないように見守った。

しばらくして、見守るゆりの存在にようやく俊太郎が気づく。


「ゆり!」


「・・・ちっ、命拾いしたな。」


悪態をつく『烏』を無視して、俊太郎はゆりの元に歩いていく。

ゆりはその彼の様子を見て感じ取り、苦笑した。


「絞られたみたいやね。」


「あいつ手加減を知らないからな。」


「お前が弱すぎるからだ!」


『烏』は不敵な笑みを浮かべて声を上げる。

俊太郎は気にせずゆりに言葉を掛ける。


「話は終わったみたいだな。帰ろうか。」


「うん。でもその前に・・・」


ゆりはちら、と『烏』の方に目を向ける。

その視線に気づき、

『烏』は大きな黒曜石を思わせる瞳でゆりを見据えた。


「ん?何だ『小百合』。」


「『烏』さん。あなたとは極めるものが違いますが・・・

 手合わせをお願いします。」


そう言って頭を下げるゆりに、

『烏』は大きな目をさらに大きくして凝視した。


「なに?!お前戦えるのか?!」


ゆりの申し出に、俊太郎は期待を持った笑みを浮かべる。


「彼女は強いぞ。俺よりもずっと、だ。」


「なんだと?!」


明らかにされる新事実に、『烏』は目を輝かせていく。


「そうか!お前偉いな!力をひけらかさず、隠し持っていたとは!

 ますます気に入った!!」


嬉しそうに笑いながら、『烏』は身構える。


「その申し出、快く受け入れる。」


ゆりは頭を深く下げ、相手に敬意を払った。


「よろしくお願いします。」


頭を上げるとゆりは、す、と身構える。

その静かすぎる構えと、ゆりに取り巻く雰囲気を感じた途端、

『烏』は身震いした。

武者震い。

相手の力量を把握し、彼女は思わず恍惚の表情になった。


「・・・なるほど。その構え、心得ているぞ。」


ゆりは微笑み、内なる炎を込めて言葉を紡いだ。


「これに私が勝利した時、『烏』さんは認めてくれますね?

 『管理人』の『易者』である事を。」


その言葉を聞き入れた瞬間、『烏』の表情は変わる。

真剣そのものに。

俊太郎はその内容に不可解で、首を傾げた。

『烏』は隙のない鋭い目つきで告げる。


「・・・お前、『管理人』の『易者』になったのか?」


「・・・はい。」


「了承した。この戦い、しかと受ける。」


『烏』の雰囲気を変えたゆりの言葉に意味がある事を把握し、

俊太郎は押し黙って行方を見守った。


生暖かい風が、二人の間を通り抜けていく。


互いに見つめ合ったまま動かない。

取り巻く気質と力量を推し量っているようだった。

じり、とゆりが歩を進める。

それと同時に『烏』は物凄い速さで蹴りを繰り出す。

身体をゆらゆらさせるように、それをかわしていくゆり。

動と静。

二人の決定的な違いだった。

組手の域を超える激しい攻防に、俊太郎は息を呑む。

『烏』は言葉を発していない。

それだけ真剣に、本気で攻撃していた。

それに対してゆりは受け流す。

本気の蹴りを無力化するように、静かに。

互いに譲らず均衡する戦いがしばらく続いた。

呼応するように、舞う。

そして、ついに雌雄を決する時が来る。


「たぁっ!!!」


『烏』の渾身の一撃がゆりを襲った。

それは俊太郎も目にしたことがない。

鋭く威力が恐ろしく強い、蹴り。

そのただならない攻撃に、はっとする。


「『烏』!!ゆりを殺す気か!?」


殺気。

それを帯びた、『烏』の慈悲なき攻撃。

蹴りの威力は、組手の域を遥かに超えていた。

しかし、その攻撃にゆりは怯まなかった。

両手の掌で円を描く。

その凄まじい蹴りの威力が、円に吸い込まれた。

一瞬の相殺に『烏』は驚愕する。

その生じた隙を、ゆりは見逃さなかった。


「はっ!!!」


気功が伴った反撃。

それは『烏』の渾身の一撃を上乗せして跳ね返る。

大きな気功の前に避けきれず、『烏』の身体は宙を舞った。

受け身を取り、『烏』は地に膝をつく。

ゆりが繰り出した反撃の凄まじい威力に、

俊太郎は目を奪われ身動きできずに立ち尽くす。

すぅ、と呼吸を整え、

ゆりは何事もなかったかのように『烏』の元に歩いていく。

そして、にこっ、と笑って手を差しのべた。


「『烏』さんの蹴りは、真っ直ぐで気持ちがいいですね。」


差しのべられた手を、

『烏』は袖の出ない手で握り返して立ち上がる。


「・・・・・・完敗だ。認めよう。」


『烏』の表情は悔しいというより、清々しい様子だった。


「深く感銘しているぞ。『小百合』。

 お前は『劉 玉玲』を超えるかもしれん。」


ゆりは首を横に振る。


「超えるという認識はないです。

 彼女の力を引き継いで・・・より良い道を導きます。

 『烏』さん。その素晴らしい力を是非私にお貸しください。」


二人は笑顔で互いを称える。

不思議な友情が芽生えている彼女たちを、

俊太郎はただ見守る事しかできなかった。


                 *


9月8日、日曜日早朝。

ゆりと俊太郎、ときの三人は新幹線で東京に向かう。

陸路を選んだのは、俊太郎の提案があった為である。


≪帰りは俺の『力』を使って帰ろう。

 そうすれば、気兼ねなく終日滞在できる。

 ただ行きだけ陸路で行く事をお勧めするよ。

 俺が記憶している東京の場所には・・・行きたくないから。≫


この提案を聞き、

ゆりは改めて俊太郎の『力』をすごいと思った。


― 『記憶した場所に一瞬で行ける。』

 『空間を行き来する力』・・・・・・

 この『力』の解明は難しい。

 何回もその『力』を目の当たりにしているけど・・・

 原理がさっぱり分からない。

 当の本人は自分の『力』を冷静に見つめ、

 応用して進化させている。

 ・・・だから最高峰の『護り屋』と言われている所以だろうけど・・・

 この『力』が公に出たら、俊はどんな目で見られるのか。

 ・・・それだけは避けたい。

 俊自身も、それは理解している。

 この『力』は、『尋常じゃないもの』だと。


ゆりは、車窓をスクロールする景色を眺めていた。

今日は全国的に快晴で、絶景の田園風景が目に飛び込んでくる。

乗車している新幹線の窓は最新機能のペアガラスになっていて、

暑さも紫外線も気にならなかった。

今日のゆりは眼鏡ではなく、コンタクトにしていた。

ボルドーのマキシワンピースにキャメルのパンプス。

髪はまとめず耳に掛ける程度で、

背中の辺りまで綺麗に流れている。

お気に入りの赤いショルダーバッグは座席の横に置いている。

肘掛けに乗せていたゆりの手に絡む、大きな手。


「電車っていいよな~」


ゆりの隣の座席に座る俊太郎が、

車窓の景色を見て目を輝かせながら言う。

同意するように微笑んで、ゆりは絡んできた大きな手を握り返す。

俊太郎の格好は、群青色のテーラードジャケットに

薄紫のTシャツ。そしてデニムジーンズである。


「新幹線は久しぶりに乗ったなぁ・・・

 電車から見る景色って、ほんと最高やね。」


― ・・・俊は、私が『管理人』と何を話したのか聞いてこなかった。


ゆりは俊太郎に目を向ける。


― この間、ゲストルームで話した時。

 あれから俊は私を勘ぐることをしない。

 ・・・彼も、変わろうとしている。

 私を、真っ直ぐに想ってくれている。


「ほっほっ・・・そういえばこうして

 三人で出掛けるのは初めてだねぇ。」


仲睦まじい二人を眺めて、通路を挟んで座席に座るときは

微笑みながら声を掛けた。

ゆりは急に恥ずかしくなって、繋いでいた俊太郎の手を離す。


「ん?どうした?」


「べ、別に。」


「達郎さんには東京駅に着く時間を知らせてある。

 迎えに来てくれているかもしれないよ。」


「お父さんならあり得るかも。」


三人は和やかに束の間の電車旅を楽しむ。

傍から見たら、仲の良い家族にしか見えない。

こうして三人で遠出をする事は、四年間の中で初めてだった。

旅行目的ではないが、息抜きとして充分な時間だった。



ゆりたち三人が東京駅に到着したのは、

正午を少し過ぎた時だった。

駅のホームから改札口に向かうまでの距離だが、

日曜日というのもあって、大勢の人が行き交っていた。

スーツケースを引いて歩く男性、

ヘッドホンで曲を聴きながらスマホを扱う女性。

目に付くのは人、人、人の波。

博多駅とは比べ物にならない人口密度に、ゆりは圧倒された。


「・・・都会はすごいね・・・」


「とりあえずあの柱で止まろう。」


俊太郎も同意見だったらしく改札口を抜けた後、

人の波から流れるように構内の太い柱まで歩いていく。

ゆりとときもその後を追い、三人は大きく息をついた。


「はーっ。」


「この人波には慣れないねぇ・・・とにかく達郎さんに連絡しよう。」


ときはハンドバッグから携帯電話を取り出すと、

操作をして耳に宛がう。

その様子を見守る俊太郎。

傍らでゆりはショルダーバッグから自分のスマホを出す。


「・・・あれ?」


「どうした?」


「お父さんからメールが届いてる。」


スマホの画面を操作して、受信したメールの内容を確認する。

それと同時に、ときの電話に通話が繋がった。

電話越しから元気な声が響く。


《こんにちはお義母さん!今こちらから連絡しようと思っていました。

 大変申し訳ないのですが・・・》


ゆりは俊太郎にメールの内容を伝えた。


「・・・お父さん、会いに行けないんだって。」


「え?」


《急な仕事が入りまして・・・会いに行けなくて本当にすみません!》


「・・・うんうん、そうか。大変だねぇ。」


 “仕事で行けなくなった。ごめん。

  今度福岡に帰った時に会おうな。”


メールにはそう書いてあった。

ゆりは何となく父には会えない気がしていたので、

少しだけ残念に思った。

ときもそれは感じていたらしく、柔らかく言葉を返す。


「身体には気をつけてねぇ。」


《お義母さんも!》


「残念だな・・・」


俊太郎は二人に比べると、本当に残念に思っている様子だった。

ときは、ちら、とその様子を窺い、意見する。


「達郎さん。せっかくだから、

 今うちに住んでいる居候と話してみないかい?」


その意見に、俊太郎は目を見開く。

ゆりもときに賛同して彼を促す。


「こんな機会あまりないから。話してみたら?」


ときは微笑みながら、携帯電話を俊太郎に差し出す。

俊太郎は少し躊躇ったが、素直に受け取って耳に宛がった。


「・・・もしもし、初めまして・・・」


《おお!君が例の!良い声だね~。

 どうも初めまして。佐川達郎です。》


明るい口調と雰囲気に、俊太郎は緊張の糸を緩める。


「高城 俊太郎と申します。

 ときさんとゆりさんにはいつもお世話になっています。」


《高校生だってね。

 親御さんの元を離れて勉学に励むのは本当に偉いと思う。

 勉強頑張ってね。》


裏表ない応援の言葉に、相手の笑顔まで浮かびそうな声音。

俊太郎は表情を緩めて微笑んだ。


「・・・はい。ありがとうございます。」


《お義母さんは不思議な人だけど、

 とても優しくて頼りになるから、悩んだ時はいつでも相談するといいよ。

 それと、僕の娘のゆり。可愛いだろう?手を出すなよ。》


俊太郎は思わず苦笑した。

ゆりは視線を感じて首を傾げる。


《ははっ。なんてね。

 自慢の娘だから、父親としてはそこのところとーっても気になる。

 変な虫がつかないか気が気じゃない。

 君も父親になったら分かるよ。娘は格別に可愛い。》


「・・・お父さん、何て?」


しきりに笑う俊太郎が気になって、ゆりは尋ねる。


「ゆりさんに代わりましょうか?」


《・・・いや、いいよ。話したら泣きそうだから。

 里心ついて仕事にならなくなる。

 ・・・・・・あっ、これ内緒だぞ。》


「・・・はい。」


「ちょっと俊。お父さんと代わって?」


「・・・もう仕事行かないといけないそうだ。」


「なにそれ。娘と話したくないと?」


ゆりは頬を膨らませる。


《ゆりにはメールしておいたから大丈夫。

 会う機会があったらまた話をしよう。

 息子がもう一人出来た気分だよ。

 君とは何だか不思議な縁を感じるから、大事にしたいな。》


「はい。楽しみにしています。」


《それじゃあ、またな。・・・お義母さんと代わってくれ。》


俊太郎はむくれるゆりに笑顔を向けながら、ときに携帯電話を返す。

それを微笑みながら受け取り、再び耳に宛がう。


「まりに何か伝言はあるかい?」


「まりには・・・その、毎晩連絡しているので大丈夫です。」


「ほっほっ。そうかい。ごちそうさま。

 それではまたね。」


《はい。今度休暇をもらって必ず帰ります。》


通話が切れる。

終始納得がいかないゆりは、ぼそっと呟く。


「・・・何よ。娘の声聞きたくないと?」


「ほっほっ。今度ゆっくり甘えなさい。」


「とても良いお父さんだな。」


笑顔を絶やさない俊太郎を見て、ゆりは機嫌を取り戻して笑う。


「・・・うん。自慢のお父さん。」


「ゆりの言う通りだった。

 いきなりゆりをもらう挨拶しなくて良かったよ。」


「・・・本当にするつもりやったと?」


「さて・・・どうするかねぇ。

 時間が空いてしまった。

 一応午後2時に待ち合わせだが、

 向こうさんの都合が良くなり次第連絡が来るはずだ。」


「ねぇ、お昼ご飯食べない?」


「賛成。お腹空いた~。」


「そうだねぇ・・・そうしようか。」


ゆりと俊太郎は顔を見合わせて喜ぶ。

時刻は午後1時になろうとしていた。



プルルル・・・プルルル・・・


着信音が鳴る。

その音はときのハンドバッグの中からだった。

三人で駅構内の飲食店に入り、昼食を済ませた直後の事だった。


「マナーモードにしておくのを忘れていたよ。」


はいはい、と言いながら、ときは携帯電話を取り出す。

三人が入った店は定食屋である。

ゆりは湯飲みのほうじ茶を飲んでいる最中で、

音が鳴る携帯電話に注目する。

俊太郎も同じく目を向けた。


「はい、もしもし。」


《・・・私です。》


「・・・おや。『アヤメ』さんかい。」


予想していなかったその名前に、ゆりは目を見開く。


「『アヤメ』さんから?」


「『アヤメ』?」


俊太郎も例外ではない。

互いに初めて聞く名前ではなかった。


《・・・はい。》


「お前さんから電話をくれるのは珍しいねぇ。」


《事情がありまして・・・・・・

 私の電話から掛けさせて頂きました。》


「・・・・・・ほう。そうか。」


ときの目に光が灯る。

その力強い光を捉えたと同時に、ゆりは気づいた。


―・・・おばあちゃんは本当に凄い。

 最善の道を見極めて、先手を打つ。

 私も見習わなければ。


「機は熟したようだね。

 お前さんにはかなり無理をさせたのではないかと・・・

 お詫びするよ。」


《いいえ。貴女の『力』を改めて知りました。

 全ての歯車が噛み合った・・・という事ですね。》


会話の内容が読めず、ゆりと俊太郎は押し黙って状況を見守る。

ときは微笑みながら電話の相手に言葉を伝えた。


「未知の領域だったよ。全ては同じ方向に向いたという事だ。

 ・・・それで、お前さんが直々に電話を掛けた理由は?」


《進展がありました。

 その為、こちらの動きを悟られないように警戒しています。

 長田警部は『Lotus』にマークされている可能性がありましたので、

 私の所で一時的に匿い、調べる必要がありました。

 車、住まい、繋がる危険性のあるものから避け・・・

 電話はあえて持たせています。

 全て遠ざけてしまっては怪しまれますので。

 ・・・思った通り、マークされているようです。

 手掛かりを見つけたとばれたら、

 長田警部に接触する恐れがあります。

 それを避ける為、

 私と親密な関係だと思わせる方向に装いました。》


「・・・流石、お前さんは用意周到だね。」


《隙を見せたら終わりです。

 幸い私の行動にはマークしていないようなので、

 迎えには私一人で向かいます。》


「・・・ありがとう。

 最高峰のお前さんがいてくれて心強いよ。」


《・・・いいえ。詳しくは会ってからお話しします。

 車で向かいます。近くまでそちらに行ったら、また連絡しますので。》


そこで通話は途絶える。

その後、携帯電話をハンドバッグに直すときを、

二人は黙って見守る。

神妙な表情を浮かべているゆりと俊太郎にそれぞれ目を向け、

ときは口を開いた。


「直々にお迎えが来るようだ。私たちは待つとしよう。」



迎えに来た女性を、ゆりは改めて認識した。


― ・・・本城の件で会った時の『アヤメ』さんとは・・・

 顔も雰囲気も違う。


女性― 『アヤメ』との電話のやり取りがあって約30分後、

早々に迎えに来た『アヤメ』の白いハイブリッド車に

三人は乗り込んで移動する。

東京駅の賑やかさとは正反対に、車内は静まり返っていた。

助手席には俊太郎が座り、後部座席にはゆりとときが座っている。


「・・・挨拶もなしに悪いわね。お久しぶり。」


運転しながら、『アヤメ』は後部座席にいるゆりに声を掛ける。

ゆりは、バックミラーに映る切れ長の目を見て言葉を返した。


「・・・お久しぶりです。」


「見ないうちに・・・綺麗になったじゃない。男できた?」


「え?」


その言葉に動揺して顔を赤くするゆりを、

バックミラー越しに見ながら『アヤメ』は微笑んだ。

そして、隣の助手席に座る俊太郎にも軽く言葉を掛ける。


「『瞬』も久しぶり。」


車窓に向けていた目を『アヤメに』向けて、俊太郎も言葉を返す。


「・・・どーも。いつも会う度に顔も雰囲気も違うから、

 初めましてって感じだよな。」


「『オウル』のお陰さまでね。

 人格も変わっちゃうくらい、素敵なメイクしてくれるから。

 ・・・とりあえず、今の顔が本当の本当。

 名前は『橋口 七海』。警視庁捜査一課所属の警部補。」


さらりと暴露する正体に、ゆりと俊太郎は驚愕した。


「警察官?!」


「嘘だろ・・・?!」


「訳あって詳しい事情は話せないけど・・・そういう事。」


驚きを隠せない二人に対し、

ときは穏やかな雰囲気のまま『アヤメ』― 橋口に問い掛ける。


「長田警部は今、『アヤメ』さんの所にいるんだね?」


ウィンカーを出し、

ハンドルを右に切りながら、橋口は頷く。


「はい。車で外出して様子を見てみたところ、

 張り付いている者は私を尾行する気はないようです。

 長田警部を徹底的にマークしています。

 だから真っ直ぐここに向かえたのですが・・・

 私のマンションに着く手前であなたたちを降ろします。」


丁度信号待ちになり、

橋口はダッシュボードに置かれていたスマホを操作した後、

俊太郎に手渡す。


「そのナビに従って、目的地のマンションを目指して。

 部屋の番号は205号室よ。」


「・・・了解。これを持って指示するのは

 俺よりもゆりの方がいいと思う。」


そう言って、俊太郎は橋口に渡されたスマホをゆりに手渡す。

言われるままに受け取り、ゆりはスマホの画面を見る。

画面はナビゲーションモードになっていて、

橋口の言ったマンションまでの距離を示している。

それを確認すると同時に、

今起こっている緊迫した状況をゆりは実感した。


「マンションには裏手の非常口から入ってください。

 許可を得て、一時的に施錠を解放してもらっています。

 ・・・もし非常事態が起こったら、

 その電話から長田警部に連絡して。私から事情は説明しているから。」


「・・・はい。」


「見張っている奴って、あいつか?」


「恐らく。」


信号が青になり、車を発進させて橋口はときに話し掛ける。


「『Lotus』が長田警部をマークするようになったのは、

 未解決事件の事を調べに資料室に入った日の後からです。

 警視庁内に『Lotus』の監視が潜んでいる可能性があります。

 何かを掴んだのではないかと、睨んでいるかもしれない。

 それを逸らすために、

 “強硬手段”を取らざるを得なかったのですが・・・」


「・・・ほほっ。“強硬手段”というよりも

 “自然の成り行き”だと思うがねぇ。」


ときの意味深な言葉に、橋口は自嘲する。


「勘違いしないでください。私を誰だと思っているのですか。

 ・・・『Lotus』には、

 私たちが“何も掴めていない”という事を示さないと

 離れてはくれません。うまく騙します。」


その発言に、俊太郎は肩をすくめる。


「怖い事言ってるな。」


それに対し、橋口は真面目に言葉を返す。


「そのくらいしないといけない、

 危険な相手に目をつけられているのよ。知っておいて。」


ときは、ゆりと俊太郎を促すように言葉を掛ける。


「私たちは長田警部に会い、用件を済ませた後すぐに福岡に帰るよ。」


ゆりは表情を硬くする。

橋口から今の状況を聞き入れていくうちに、『力』が発動した。


― ・・・あの人。

 『結女衣』は何かを追っている。

 長田警部が手掛かりを掴んだのかとばれてしまった場合、

 接触する恐れがある。

 ・・・それは避けなければならない。


「“何事もなかった”・・・それを完璧に演じるの。

 この状況であなたたちを受け入れるのは無謀だと思うけど、

 あえてこの状況の中の方がいい。時間も限られているしね。

 掴んだ重要な手掛かりを見てもらいたかったの。

 『玉玲』さんとあなたの『力』を発揮させる為にね。」


ときは頷いた後、俊太郎に話し掛ける。


「『瞬』がいて成り立つ事象だ。よろしく頼むよ。」


「何なりと言ってくれ。」


俊太郎は快諾する。

それを見届け、ときはゆりに目を向けて告げた。


「9月11日を万全に迎える為に。『Lotus』を失脚させる為に。

 ゆり。お前の『力』も必要だ。一緒に乗り越えるよ。」


告げられた言葉には、背中を押すような力が籠っている。

ゆりは身を引き締め、力強く頷いた。



橋口の車を降り、ゆりととき、俊太郎の三人は

スマホのナビゲーションに従って路地を歩いていく。

橋口の言っていた『張り込む者』の気配がないか、

目配りして慎重に歩を進める。

ゆりは『力』の発動に集中しながらスマホの画面を見ていた。

ときも感覚を研ぎ澄まして歩く。

俊太郎は非常事態に備え、二人の後から付いていった。


太陽の光が容赦なく降り注ぎ、アスファルトの気温は上昇している。

汗ばむのを感じ、ゆりは小さく息をつく。


「ナビの指示だとここを真っ直ぐ行けばマンションに着くけど・・・

 正面玄関だから裏手に回らんといかんね。

 えっと・・・この角を右に・・・」


ゆりはそう言った直後、足を止める。


「ん?」


俊太郎はゆりに倣ってその場に止まる。

ときも異変に気づいて足を止めた。

小声でゆりは伝える。


「・・・おばあちゃん。」


「ああ。いるね。」


「・・・?」


ただ一人、俊太郎は首を傾げた。


「・・・裏手にあの人がいる。」


「なんだって?」


「『アヤメ』さんの外出を、変に思ったのかもしれないね。」


「・・・・・・」


ゆりは少し考えた後、囁くような口調で二人に言葉を伝えた。


「少しここを離れて、長田警部に電話しよう。」


「・・・そうだね。」


「ああ。」


三人は曲がり角から30m程後退する。

ゆりはスマホのナビゲーションモードを切り替え、連絡先を開く。

その中から『長田 真』を検索し、通話発信した直後ときに電話を渡した。


《・・・はい。》


「もしもし。私だよ。」


《・・・ときさん。》


ゆりと俊太郎は、電話するときの様子を見守る。


「今マンションの近くまで来ているがね、

 張り込む者が裏手に回っているようだ。

 正面玄関から入らせてもらうよ。」


その提案に、二人は顔を見合わせる。


《・・・そうですか。分かりました。

 通話を繋いだまま正面玄関に来てください。

 玄関はオートロックになっているので、着いたら鍵を開けます。》


「頼みます。」


ときはスマホを耳から外し、二人に言葉を伝える。


「正面玄関から入るよ。・・・真っ直ぐ突っ切りたいが、

 回り道をした方が良さそうだね。」


「そんな面倒くさい事しなくてもいいだろ。」


俊太郎はそう言って、ゆりとときの手を取る。


「えっ?」


「おおっ?」


ふわりと風が取り巻くように三人を包む。

それは一瞬の出来事で、

気づけば曲がり角を過ぎた地点に景色が変わっていた。


「こういう時の為に俺がいるんだろ?」


二人が目を丸くしているのを見て、俊太郎は笑いながら手を離す。


「・・・流石やね。」


「恐れ入ったよ。」


「さ、堂々と正面玄関に行こう。」


マンションの正面玄関は目と鼻の先だった。

ゆりは改めて、俊太郎の適応力の凄さを目の当たりにした。

正面玄関の前に着くと、ときはスマホを耳に宛がう。


「着いたよ。」


《・・・分かりました。開けます。》


ガラス張りの扉が、自動で開く。

開いた後、速やかに三人はマンション内に入った。

ゆりは、ふーっ、と大きく息をつく。

それを見て、ときは念を押すように言った。


「まだ油断してはいけないよ。

 安心するのは部屋に入ってからだ。」


「・・・うん。」


場慣れしていない緊迫感のせいか、ゆりの鼓動は激しく鳴り続けている。

俊太郎はそれを察してゆりの片手を取り、握った。

それが“大丈夫だ”と言っているようで、

ゆりは幾分落ち着くことが出来た。

天井が高く、広い空間が設けられたエントランスを抜けて

エレベーターに向かう。

三人は暗黙の了解で、“階段で行く”という選択肢を除外した。

階段の踊り場が外に面していたからだった。

エレベーターで二階に上がり通路に出ると、

205号室の部屋の前に立つ男性が目に入った。

体格が良く、精悍な顔つきで目に力がある。

男性はときに目を向けると、会釈をした。


「ご無沙汰しています。ときさん。」


「ほっほっ。こんにちは、長田警部。」


「とりあえず中へ。」


男性― 長田は玄関のドアを開け、ときを部屋の中に促す。

部屋の中に入っていくときに続いて、ゆりと俊太郎も歩いていく。

目を合わせ、長田は笑みを浮かべた。


「挨拶は後で。会えて嬉しいよ。」


ゆりは会釈をして、素直に部屋の中に入る。

俊太郎もそれに倣って後に続いた。



ゆりたち三人が橋口の住まいに辿り着いた約10分後、

部屋の主が大きな買い物袋を肩にかけて現れる。


“買い物をする為に外出した”


相手にそう思わせる為だと、橋口は断りを入れた。

リビングにあるダイニングテーブルの二席には長田と橋口。

コの字のソファーにはゆりたち三人が座っている。


「改めて・・・『長田 真』だ。よろしく。」


「佐川 ゆりです。」


「・・・高城俊太郎。」


緊迫感から解放され、ゆりは落ち着いて長田を見ることが出来た。

じっと見つめてくるゆりに、長田は柔らかい笑みを浮かべる。


「・・・ゆりさんの目は、佐川警部と似ているな。」


― ・・・この人の真っ直ぐな目。

 性格も正直で取り繕わない。


ゆりも微笑んで言葉を紡ぐ。


「ご活躍は祖母から聞いています。

 顔を合わせてみて、ようやくお人柄が分かりました。」


「・・・すまなかった。

 本当はもう少し穏やかに会いたかったのだが・・・」


そう言って、長田は俊太郎の方に目を向ける。


「君の事はときさんから聞いている。

 協力してくれてありがとう。」


威圧することない物腰の柔らかさに、意外だったのか

俊太郎は無言で頭を下げる。

長田はゆりたち三人を見渡し、言葉を告げた。


「私の無謀な捜査のせいで今の状況を招いているのですが・・・

 そのお陰で手掛かりになるものを入手できたのも事実です。

 手短に経緯を話します。」


長田は、児童養護施設放火事件の新たな進展を語り出す。

生存している三人の児童。

『紀野 篤』の存在。当時の経緯。

残り二人の安否。

そして、佐川陽一郎が生存している可能性がある事。


― おじいちゃんが生きている!


ゆりは少なからずそれを手放しで喜んだ。

表情を変えず、ときは静かに目を閉じる。

長田の話を、ただ黙って聞き入れる俊太郎。

三人三様の反応を、橋口は見守る。


「紀野 篤が持っていたmicroSDは今、

 橋口が解読して中身を見られる状態にしています。」


長田が話を振ると、橋口は静かに立ち上がる。


「預かったmicroSDは特殊な素材で造られています。

 今まで目にしたことがありません。

 そこは今後調べていく必要があります。

 だから、私は手元にある機器で、

 “普通に起動でき解読できるか”が心配でした。

 ・・・ですが幸い、そこはクリア出来ました。

 中身についてですが・・・・・・これも非常に驚くものです。」


橋口は歩いていき、自分の部屋のドアを開ける。

その部屋の全容を目の当たりにして、ゆりたち三人は目を見開いた。


中央のモニターに映し出されたもの。

それは人の顔だった。

40代くらいの中年男性に見える。

眠っているかのように、まぶたを落としていた。

その顔に、ときは見覚えがあった。


「・・・・・・これは・・・」


口から漏れた、ときの声が震えている。

ソファーから立ち上がり、

吸い寄せられるように中央モニターへ歩いていく。

その、ときの後を追うように皆腰を上げて歩いていった。


「この男に心当たりがありますか?」


ときのただならない様子を見て、長田は尋ねる。

瞬きもせず、ときはモニターに映る男性を見据えて言葉を紡いだ。


「・・・・・・『佐倉井 要』だ。」


「!?」


長田と橋口は、予測しなかった人物の名前に驚愕する。

ゆりと俊太郎はその名前を聞いたことがあったので、

確認するように口を開く。


「『佐倉井 要』って・・・・・・

 バイオテクノロジーの研究所長だとか言っていた奴だろ?」


「・・・ああ。そうだよ。」


「その人って、『幼児失踪事件』の犯人で逮捕されたんよね?」


「・・・・・・」


ときは橋口に目を向ける。

その目に浮かぶ、戸惑いの色。

橋口はそれを受け止め、答える。


「この画面に映っている人物が、

 『佐倉井 要』だとは思いませんでした。

 ・・・確認してもらって正解でしたね。」


長田は頷き、付け加えるように言った。


「警察庁にある『幼児失踪事件』の資料に、

 『佐倉井 要』の顔写真はありません。

 隠滅したのかも定かではなかった。

 私たちは疑問に思っていました。

 ・・・このモニターに映る男は、現『Lotus』の主要人物・

 『緒方おがた 裕史ひろふみ』と、私たちは認識しています。」


次々に明かされる事実に、皆は驚きを隠せなかった。

それと同時に、絡み合った糸がほどけていくような感覚。

その妙な一体感を共有したのだった。


俊太郎はモニターに映る男性を見て首を傾げる。


「こいつ、寝ているように見えるけど・・・一体何なんだ?」


その質問に、橋口は顔を曇らせて答えた。


「“寝ている”という表現は当たっているかもね・・・・・・

 反応しないの。このまま。いろいろ試したけど・・・駄目ね。

 可能性大なのは、声紋。

 “声紋”と“言葉”が、起動の鍵だと私は見解している。」


「“声紋”と・・・“言葉”。」


機器の稼働する音が、部屋を支配する。

しばらく誰も口を開かず、沈黙した為だった。

その中、ゆりは画面に映る男性をじっと見据えた。


― ・・・『佐倉井 要』・・・

 ・・・『緒方 裕史』・・・


「もしかして・・・放火事件の遺体って・・・」


ゆりがぽつりと呟く。

それを拾うように、長田は言葉を発した。


「確証はないが、その可能性がある。

 ・・・いや、そうだろうな。」


橋口は申し訳なさそうに言う。


「“声紋”と“言葉”が鍵となると、

 その鍵となる人物を特定しなければならない。

 ・・・この先の解読は、難しいわね。」


「簡単じゃないか?」


俊太郎が、重い空気を払うように声を上げる。

その場にいた皆が彼に注目した。


「これは所有物だろ。憶測では確定できないが、

 このmicroSDは『佐倉井 要』の物で、

 今『Lotus』の中心にいる『緒方 裕史』が鍵だ。」


「!」


長田と橋口は目を見開く。

俊太郎は続けて言った。


「どのみち・・・

 そいつを引きずり出さなければ始まらない。

 そういう事だ。」


ときもその意見に賛同する。


「ここまで真相に辿り着けたという事は、

 私たちに光があるという事だ。」


ゆりも力強く頷いて言葉を告げる。


「長田警部、『アヤメ』さん。

 これから話す経緯を良く聞いてください。

 私たちが迎えようとしている9月11日の事です。」



この日五人が会合して話した時間は、

光ある道に歩いていく為に必要な事象となった。

噛み合った歯車が、動き出そうとしている。



その日の午後8時過ぎ頃。

夜を迎え、とある閑静な住宅街一帯はひっそりとしていた。

人一人いない小さな公園の仕切る壁沿いに、座り込む一人の男がいた。

男の視線の先には、『長田 真』の住むアパートがある。

男の右耳には、大黒天のピアス。

頬に走る傷が印象強い。

男は大きな欠伸をしては、眠たそうに目をしばしばさせる。


「・・・・・・あんたね・・・監視してる自覚ある?」


その様子に、呆れたように声を掛ける女。

セミロングの髪は緑に染まっている。

女は片手に某ファストフードのポテトの箱を持っていた。

そのにおいと箱の存在に気づき、男は喜ぶ。


「おおきに~。お腹空いてたんや~」。


女― 『結女衣』は壁に背を向けて寄りかかる。

ポテトを一本取って口に含むと、

男― 『道頓堀』にその箱を差し出した。

『道頓堀』は嬉しそうに、その箱ごと食べそうな勢いで口を開ける。


「変わりなし?」


『結女衣』は見計らうように、差し出したポテトの箱を持ち上げる。

がち、と虚しく歯が噛み合った。


「・・・ないなぁ。」


その仕打ちに、『道頓堀』は

しょんぼりする。


「考えすぎやて。俺たち野暮なことしとるで~。

 男と女が同じ屋根の下で一夜を過ごしたって事は、そういう仲や。

 しかも飽きもせんと、またアパートでいちゃついとる。」


「・・・・・・」


昨晩、『長田 真』は部下の女の車でマンションに行き、泊まっている。

『道頓堀』は『長田 真』のアパートに残り、

『結女衣』がその二人を車で追跡した。

部下の女が外出したのを怪しく思い、

裏口に身を潜めていたが何もなかった。

一時間前に、『長田 真』は部下の女と車で自宅のアパートに帰り、

その女はそのまま帰らず一緒に部屋へと消えた。

白いハイブリッド車が、アパートの空きスペースに駐車している。

『結女衣』はポテトを咀嚼しながら、アパートを見据えた。


「・・・盗聴器付ければ良かった。」


「・・・あんさん、趣味悪いで。」


ポテトの箱を『道頓堀』に渡して、『結女衣』は身を乗り出す。

アパートから、『長田 真』と部下の女が姿を現したのだ。

やっとありつけた御馳走に、『道頓堀』は満面の笑みで口を開けた。

『結女衣』は物陰に身を潜め、目を光らせる。

ポテトを口いっぱいに頬張りながら、

『道頓堀』も彼女の後ろに付いて一緒に覗いた。

白いハイブリッド車の傍で、二人は向かい合う。

見つめ合う、その雰囲気を感じ取った『道頓堀』は

にやにやする。


「ほらほら。これからチューするで。」


「・・・・・・」


『結女衣』は言葉も返さず、その二人の行方を見守った。



長田と橋口の二人の間には、複雑な感情が大きく渦巻いていた。

芝居。演技。

監視している者たちを、うまく欺けるか。

高鳴る鼓動を秘めながら見つめ合う。


「・・・・・・橋口。」


「・・・・・・はい。」


彼を見つめている彼女の瞳は、潤んでいる。


― ・・・・・・これが演技だとしたら・・・彼女は名女優だな。


そう思って彼は、ふふ、と笑った。


「今度一緒にライブ観に行くぞ。」


「え?」


「俺の好きなバンドの、な。」


彼女はその申し出に、柔らかく微笑んだ。


「・・・はい、是非。」


その笑みに偽りがない事を、彼女は自覚している。

快く受け入れた彼女の笑みと答え。

それを彼は目と心に焼き付ける。

演技など、彼には出来なかった。

正真正銘

彼は彼女に心を奪われていた。

そして彼も自覚する。

落ちる。

どこまでも・・・・・・落ちていくものだと。


自然に彼の両手が、彼女の両頬に置かれる。

真っ直ぐで吸い込まれそうな瞳に、彼女は囚われた。

共鳴するように、顔と顔が近づく。

互いの呼吸、鼓動。

全てが繋がるように。

スローモーションに流れる時空の中、二人はまぶたを閉じる。

引力のように唇と唇が触れた瞬間、

渦巻いていた感情は一瞬にして消え去った。



その光景を、『結女衣』と『道頓堀』は瞬きもせず見届けた。


「・・・・・・」


「・・・ええなぁ~・・・」


「・・・・・・」


「俺もあんなチューしたい・・・」


「・・・・・・」


「・・・ほら、帰るで。」


『結女衣』は興味を失ったように、

その現場から目を離して去っていく。

重なり合う二人の様子を一瞥して、『道頓堀』も後に続いた。


「お幸せに~」



監視する者たちを退ける、二人の口付け。

それは、これから始まる大団円の幕開けを啓示するように。

夜の闇に溶け合っていく。



         To be continued・・・




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