9話 マーフィーのくれた言葉
その晩、エルフたちは巫女の社建設について相談しながら、それぞれの小屋に帰って行った。
そして皆が寝静まった頃。
マーフィーの家に泊めてもらっていたメリリカは、そーっとベッドを抜け出した。
メリリカへしがみつくようにして隣で眠っていたマーフィーが「ううん」と唸って寝返りを打つ。
ビクッと肩を揺らしたメリリカは、口元に手を当てて息を止めた。
すぐにまた「すやぁ」という寝息が聞こえ始めて安堵する。
(よく寝てるよく寝てる。寝る子は育つよ。私は寝なかったけど……胸にまだその余地はあるもんね!あるはず!)
呑気なことを考えられたのも、相手がマーフィーだからだ。たぶん、ババ様が相手ならこんなふうに出て行くことは不可能だっただろう。
自分の屋敷に泊まるよう進めてきたババ様の申し出を、必死に断って正解だった。
たぶん、ババ様が相手ならこんなふうに出て行くことは不可能だっただろう。
エルフたちは本気で、メリリカを引き留めようとしている。
このまま朝を迎えたら、ますます立ち去りにくくなってしまう。
「直接顔を見てお礼を言えないのだけ気がかりだけど……」
一宿一飯の恩は、10個の爆弾で返したってことにしてもらおう。
メリリカは歓迎してくれたことと食事への感謝の気持ちをしたためた文を、枕の上に残して、静かに小屋を出た。
見張り役の立っている櫓に近づくのは避けたい。
糞でお世話になった牛小屋の裏から森へ入るつもりで、月明かりの中を歩いて行く。
東西南北、どちらに向かおう。
生活魔法を使って方位を知ることは可能だから、あとは目的地を決めるだけだ。
「どこに行こうかなあ。どこに行ってもいいんだよねえ」
人間について知りたいけれど、とにかく持っている情報が少なすぎる。
「のんびり気ままに旅して、町や村に行き着いたら、ついでにそこで情報収集しよっかな。あーなんか、次は海鮮が食べたいかも!」
せめて周辺の集落についてぐらい聞いておけばよかった。
そんなことを考えながら、森の中に入っていこうとしたときーー。
「待ってくださいっ……!」
突然、呼び止められ、メリリカは本気で驚いた。
ぎょっとして振り返ると、寝間着姿のマーフィーが必死に走ってくる。
髪は寝癖だらけだし、よく見たら裸足だ。
メリリカがいないことに気づき、目覚めてすぐ飛び出してきたのだろう。
「ちょ、マーフィー!? 何してんの、危ないでしょ!」
「に、人間様っ……はぁ……はぁ……。このままいなくなっちゃうつもり……だったんですか……っ」
メリリカの目の前まで来たマーフィーは、息を切らして膝に手をついた。
「マーフィー……」
泣きそうな顔で見つめられると、罪悪感が募る。
「ごめんね、マーフィー。でも私、自分すら過労死させちゃうんだよ。だから、村の守り神は荷が重いかな」
「私たち、人間様に嫌な想いをさせちゃったんですね……」
しょんぼりと肩を落としたマーフィーは、消え入りそうな声で「ごめんなさい」と呟いた。
「そんなふうに謝らないで……! 巫女として残れって言われるのは困るなって話で、嫌な想いをしたとかじゃないから」
「だけどこの村を出ていっちゃう……ってことなんですよね?」
「それは、まあ……」
「ううっ……私たち、人間様に色々助けていただいたのに、ごめんなさいっ……」
気にしなくても良いといっても、気にするマーフィーに、メリリカは苦笑する。
「本当はどうしたらよかったですか……?」
「私は神様なんかじゃないよ。ただの魔女。だから対等に扱って欲しかったな」
「だってそんなの人間様に失礼じゃ……」
「そう、それも! 私は『人間様』って名前じゃないよ」
「あっ……! ……お名前で呼んでいいんですか……?」
「もちろん」
「あの、それじゃあ……メリリカさま……?」
マーフィーはポッと頬を染めて、もじもじと寝間着のスカートをいじっている。
なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。
メリリカは照れ隠しに唇を尖らせると、「『さま』もなくていいのに」とこぼした。
「メリリカって呼んでよ。そしたら私、この村で友達が出来たなあって思い出して、道中ずっと幸せだから!」
「わ、私も!! お会いできて幸せでした!!」
「そう? じゃ、友達になってくれる?」
にやりと笑うと、マーフィーは涙目で拗ねたような顔をした。
「えっと、えっと、……メリリカさん……。改めて伝えてもいいですか……?」
「うん? なあに」
マーフィーはメリリカの両手を取ると、指先をキュッと握ってきた。
びっくりしてマーフィーを見つめ返すと。
「メリリカさん、私たちを助けてくれてありがとうございましたっ!」
「……!」
今にも泣き出しそうな、けれど満面の笑みでそう言われ、メリリカの心はどきりと跳ねた。
心からの感謝の言葉だ。前世のメリリカが、その言葉のためならと張り切って、それこそ死んでもいいと思えるくらい嬉しかった言葉。
その言葉を、また聞くことが出来た。
ぞくぞくと身震いして、メリリカはじたばたしたくなった。
神だの巫女だのと崇められていたときには、決して得られなかった喜びが体中を駆け巡る。
そう、これ、これだ。
「っはーー!! その言葉が聞けたらもう、思い残すことはないなあ!」
メリリカはときめきに胸を高鳴らせ、頬をピンクに染めたまま、マーフィーに笑顔を返した。
「どういたしまして、マーフィー」
硬く握手をし、ひしっと抱きしめあったあと、いよいよ別れの時がきた。
マーフィーに1番近い集落を聞くと、この山を越えた先にあると教えてくれる。
「途中の分かれ道で、左の道には絶対行ったらダメですよ!! 毒素が充満する遺跡があって、いくらメリリカさんでも危ないですから! 時々盗賊たちが、中に宝物があるって信じてやってきては死んでしまうんです!」
「ふうん……毒に宝かあ……」
「メリリカさん!」
「あはは、わかったわかった」
「この先にいるドワーフは好戦的な種族ですからね! お気をつけて!」
それからそれから……と色々心配してくれるマーフィーにお礼を言い、メリリカは歩き出すことにした。
明日の暮らしもあるのだろうから、あまり夜更かしさせるわけにはいかない。
「行ってらっしゃい、メリリカさん!」
「……うん!いってきます!」
そしてメリリカは一歩を踏み出す。
マーフィーはメリリカが見えなくなるまで、両腕を広げて、手を振り続けていた。
――終わり――
この物語はいったんこれで終わりです。
メリリカの旅は続くので、気が向いたときに別の街の物語をかけたらいいなと思っています。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
新作もはじめているので、そちらもよろしくお願い致します。
6歳で魔王をワンパンした最強少年賢者のファンタジーです(*´`*)
『少年賢者は日陰の道を歩みたい ~闇の支配者として臣下を育成した僕は、最強国家を築き上げる~』
https://ncode.syosetu.com/n2500fe/
かつて最強の賢者だった男は、転生によって6歳の少年エディに生まれ変わった。
前世の記憶を引き継ぎ、前世以上の力を手に入れたエディだったが、ひとつの決意をする。
――今回の人生では、最強賢者として注目されるのではなく、日陰の道を歩もうと。
魔王をワンパンしてしまった過去は闇に葬り、普通の6歳児として暮らすため王立学院に入学するエディ。
もちろん魔王亡き後、領地経営のかたわらに臣下を育成し、闇の支配者として君臨していることは隠したままで――。
あるときは闇の支配者。
あるときは、いたいけな魔法学院の一年生。
これは最強の実力を持つ少年賢者と、彼に忠誠を誓う者たちが紡ぐ物語。