器、知る3
「ん………ここは?」
硬い床から手を付いて起き上がろうとすると、ギイッと軋んだ音がした。木の床に直に転がっていたようだ。
夜なのか暗闇の中、一つだけある小さな窓からの月明かりを頼りに辺りを見ると、どうやらこじんまりとした小屋のようだ。
「レギウス、どこ!?」
あの後どうなったのか?彼は毒で瀕死だった。
意識の無い自分が場所を移動しているということは、誰かが運び入れたはずだ。
「レギウス?誰か、あ!」
手探りで扉を探していたら、何かにつまずいて転んだ。不安がどんどん膨れ上がる。
「……つうっ、レギウス、どこ!?」
再び立ち上がろうとして、手が何かに触れた。触れたものが服の端だと気付いて、上へと手を滑らせてみると肩に触れた。どうやら壁に凭れて足を伸ばした誰かが座り込んでいるらしい。
呼吸の度に、触れた肩が上下に動いている。
「レギウス?」
頬に触れると、ベタリと血らしき液体が手のひらに付いた。
「あ」
「…………そんなに、あの男が……気になるのか」
聞き覚えのある声に、ハッとして手を引っ込めようとしたら掴まれた。
「は、放して!」
振りほどこうとしたら、簡単に彼の手が離れて驚いた。
「怪我をして……?」
「どこへも……いく、な」
暗くてよくわからないが、怪我が酷いのだろうか。弱い力、か細い声。
呼吸も弱い。
ふと、ガイルが部屋の扉を背に凭れていることに気付いた。
私が扉を見ているのをガイルは見ているようだったが、直ぐに目を閉じてしまった。
「ト……」
名を呼び掛けて、そのまま話さなくなり、彼が意識を失ってしまったのが分かった。
今なら、逃げられる。
レギウスが心配だ。彼がもし、どうにかなってしまったら……
扉を開けるためには、ガイルをどかさなければならない。
凭れている彼を床に横たえようと、その頭を抱えるようにしたら、ズキンと胸が痛んだ。
苦しそうな息遣いを傍で感じる。
死ぬ……かもしれない。
「……怪我をしたのは、私のせいなの?」
そうだ、私はこの人に傷つけられた。それで……
こうなることは、わかっていただろうに。心中でもするつもりだったのか。
ガイルの行動は破滅的で恐ろしい。それに痛ましい。
抱えた体は暖かくて、呼吸をしていて、まだ生きようとしているかのようなのに。
「……………………」
私は、ぎゅっと目を閉じると、彼の体をゆっくりと横たえた。
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その小屋は、森の奥にあった。
おそらく猟師達の休憩所のようなものだろう。つい最近使用した気配が残っていたので、時々やって来ているようだ。
キッチンには獲物を捌く台があって、燻製用の釜とか調理器具もある。キッチンの前に二人がけのテーブルと椅子。
その奥の小さな窓側には、簡易ベッド。その部屋の他はトイレとシャワールームがついていた。
「うーん、なかなか落ちないなあ。青い色だし、まだ白じゃないだけ目立たないかな」
外に設置されていた洗い場で、バシャバシャと服を手洗いし、血の汚れに四苦八苦して物干し竿に干しておく。
キッチンに戻って、パンをミルクで軟らかく煮たものを皿に注いでベッドに運んだ。
「………おはよう、ガイル」
今しがた、ちょうど目覚めたみたいだ。
ベッドに横になっているガイルは、ぼんやりと天井を見上げていたが、私の声にピクリと反応を示し、顔をこちらに向けた。
「具合はどう?食べられるようなら食べて」
弱っているのをいいことに、遠慮なく彼の額に手をあてる。
「熱は……まだ少しあるみたいね」
「なぜ……」
目を見開いて驚きの表情を見せる彼に、こんな顔もするんだと思った。
テーブルにパン粥を一旦置いて、食事をさせる為にガイルを起こそうと手を伸ばした。
「起きれる?よっ、と」
彼の背中を支えて抱き起こそうとしたら、少々厳しかった。持ち上がらなくて、わたわたして、今度は両手を引っ張って起こしに掛かったら、逆に引っ張っられた。
「きゃあ!」
「なぜ逃げなかった?」
ガイルの腕の中に閉じ込められてしまい、焦って胸に手を付く。
「いやいや、やめて」
予想より腕の力が強くて、いきなり危機感を感じる。
やっぱり助けない方が良かったかも!
「は、放して!」
「トウコ」
呼ぶ声に恐ろしさは感じなかった。それに気付いて抵抗を弱めたら、抱きしめる手がそっと背中を上下に撫でた。
「ガイル?」
「…………………」
恐る恐る彼の顔を見上げると、ガイルは私を見つめてから、私の肩に顔をくっ付けた。
くしゃりと顔を歪めていた彼に、私は突っ張っていた手を下ろした。
「ご飯が冷めちゃうよ」
いつまでも私を抱きしめる彼に、小さく言ってみるが聞こえただろうか。
この人を見捨てられなかった。
少しだけ、彼の心がわかるから。
ガイルは私と同じように孤独だ。そして、同じように誰かに救いを求めている。




