第七章 復讐者として
ドレイク・レオンハルト。
帝国が建国されて以来皇帝の懐刀として代々仕えてきた大貴族の次男坊としてこの世に誕生した。
優秀な兄上が家を継ぐことが決まりドレイクは迷わず軍の道へと進んだという。
類い希な才能と血の滲む努力の結果、彼は史上最年少で帝国軍第二騎士団を纏める指揮官となった。
さらに帝国に潜む魔物や魔族との戦いでは常に前線で戦い勝利を重ね、王は勿論仲間からも民からもの信頼を勝ち取っていく。
そして十五年前に起きた帝国史上最大最悪の事件を解決して以降、人は彼を帝国の英雄と呼び多くの者から慕われている。
そんな事物が現在ヴェンデッタとリーベルの前に立っていた。
「俺を帝国に迎える?」
突然現れてヴェンデッタを迎えに来とと言うドレイク・レオンハルトを前にして彼は聞き返す。
突然何を言い出すのかとヴェンデッタは思ったが、しかしもし自分の事をある程度知っているとしたら納得が言った。
リーベルの話だと魔王は新しい世界でも人類の脅威となっている話だ。
だとすれば魔王の身近にいたヴェンデッタから何か情報を持っていないか聞き出そうとするのではなかろうか。
それとも魔王の仲間として疑われているのではないのだろうか。
だとすればヴェンデッタを迎えるのは嘘で、本当は彼を捕らえるもしくは抹殺するのが目的なのかもしれない。
ヴェンデッタは彼を見る。
年は三十後半から四十前後だろうか。
燃えるような赤髪に顔中に古傷が相まってまるで歴戦の戦士のような顔つきだ。
もし戦闘になった場合彼を倒せるのか。
そもそもヴェンデッタが今まで戦ったのは魔王と魔物だけだ。
この体になって人と戦うのは初めてであり誤って殺した場合最悪この先犯罪者となって生きていくことになる。
(まあ魔王の仲間として疑われてた場合もう手遅れかもしれないがな)
戦闘になれば即逃げ込むことも視野に入れなければならない。
この樹海の中闇雲に逃げるのは自殺行為かもしれないがリーベルの協力があればいけるかもしれない。
ヴェンデッタはそう思いリーベルに目を向けると彼女は彼の前に立ちヴェンデッタをかばうような体勢になった。
「まさか帝国の英雄であるドレイク・レオンハルト中将にお目にかかれるなんて光栄ですが、この対応の速さ。もしかして私を利用されていました?」
笑顔で言う彼女だがその眼光は鋭い。
自分が利用されていたことに彼女は腹が立っているようだとヴェンデッタは思っているが、実際のところは自分をタダで利用するなんて許せない、利用した分の金を払えと訴えているだけだった。
「ふ、許されよ狐族の姫君。これは貴女を利用したせめてもの償いだ」
ドレイクは謝罪し懐から金貨がギッシリ詰まった袋を彼女へと投げる。
「許します!!」
戦闘でも見せたことがない速さで金貨の袋をキャッチしたリーベルは、幸せそうな笑顔で尻尾をぶんぶん振り回しながら中身を確認する。
「えへへへ♡予想外のお金が入ったです~」
どうやら彼女が満足できるほどの金だったようだ。
一瞬で金貨の計算を終えたリーベルにドン引きするヴェンデッタだが、ドレイクが腰に差してある剣を抜いた事で警戒を強めた。
「俺を捕らえる、もしくは殺すつもりか?」
ヴェンデッタの言葉にキョトンとするドレイクだが右手に持っている剣を見て笑顔で否定する。
「ん?いやいや違う違う。国からは丁重に貴殿を迎え入れよと命令が下されている。が、失礼な話だが俺は貴殿を完全には信用してはいないというか魔王を信用していない。貴殿の知らないところで魔王が何か細工をしているのかと疑っている」
そこでとドレイクは剣を構えながら言う。
「俺はな一度戦えば相手のことが大体わかるのだ。相手自身も知らない情報も含めてその者が信用できるか信用できないかも含めてな。もし君が信用できないと判断したら捕らえて女神様と使徒様達に献上する予定だ」
「国からの命令なんだろ?いいのかそんな勝手なことをして。それに俺が逃亡を図ったらどうするつもりだ?」
「構わん、貴殿を逃がしたその時は責任として俺の首を差し出すまでだ!」
「……」
それはひょっとして脅しになるのではないだろうか?
わっははは!とわらっているドレイクを前にヴェンデッタは思った。
「うわーこの人計算じゃなくて素で言っていますわ~」
いつの間にか正気に戻っていたリーベルも呆れている。
だがどうやらドレイクは本気のようだ。
仕方がないとヴェンデッタは戦闘態勢に入る。
「む?なんだ貴殿の武器は素手なのか?」
「あいにく武器を持って戦ったことなんてないからな」
ヴェンデッタはひと呼吸をおいてからドレイクを観察する。
見た目は赤の軍服にサーベル一本だけ。
だがその佇まいからは素人目でも強者だという事が分かる。
そして帝国の英雄と呼ばれるからにはヴェンデッタとは違い戦闘経験も豊富であることだろう。
一方ヴェンデッタはどうだ?
戦闘経験は数える程しかなくしかも魔王と魔物という人外の化け物たちだけだ。
武器も素手だけで格闘技術もない。
唯一戦闘用スキル復讐者も今は発動できない。
「来ないのであればこちらから行かせてもらう!」
さてどう動くべきかと考えるヴェンデッタにドレイクは先に仕掛けた。
気合の入った声とともにドレイクはヴェンデッタに近づきながらその剣を振るう。
「む!?」
驚くべきことに手加減した攻撃とは言えドレイクの一撃をヴェンデッタは右腕だけで防ぐ。
ドレイクはこの事実に笑みを浮かべる。
頑丈の肉体だけではない。
おそらくこの少年には斬撃による耐性スキルを持っているということを。
中級魔物なら今の一撃が当たれば致命傷になるであろう一撃を、ヴェンデッタは皮一枚だけ犠牲にして防いで見せたのだ。
そして防いでない方の腕で攻撃を繰り出すヴェンデッタ。
それを笑みを浮かべながら最小限の動きで回避するドレイクは、より強力な斬撃を振り下ろす。
恐れることなく向かってくる剣の腹を怪我を気にせず素手で叩き弾ぐヴェンデッタ。
二人は休むことなく攻防を繰り広げる。
面白いとドレイクは内心興奮でいっぱいだった。
かの英雄である女神の使徒達と同じ旧世界の生き残り。
そのような人物とこうして戦える事に光栄を感じていた。
だがそれと同時に悲しんだ。
魔王によって実験されてきた少年が、北の樹海の森にある迷宮に封印されている。
その情報を初めて知ったときドレイクは激しい怒りを覚えた。
魔王は残虐非道の塊。
旧世界を破壊し、今の世界に生きる全ての人類の驚異である存在。
そんな魔王の実験となった少年。
一体どれだけの地獄だった事だろう。
先ほどの攻防だけでもその一部分がわかる。
出来るなら保護をしたい。
争いとは関係なく平和に生きて欲しいとドレイクは願った。
だが旧世界の生き残りである彼の存在はもはや隠せない事態になっている。
それに彼の目を初めて見たときドレイクは理解した。
この少年は平穏を望んでいない、魔王に復讐することを誓った目だと。
ならば自分に出来ることは……。
「おおっと!?」
ヴェンデッタの攻撃に頬を掠めたドレイクは戦闘に集中する。
「フフフ、ではそろそろ少し本気を出してみよう」
ドレイクは笑いながら剣を構えなおす。
明らかに空気が変わった。
それを肌で感じたヴェンデッタは一歩二歩下がり警戒する。
ドレイクは剣の間合いから外れているにも関わらずその場で剣を振り下ろした
「受けてみよ、剛雷斬ッ!!」
「ッ!?」
ドレイクの叫びとともに放たれた一撃は、雷が落ちたような轟音と共に放たれた斬撃は、剣の間合いの外にあるのにもかかわらずヴェンデッタの体を切り裂いた。
耐性スキルのおかげで軽い怪我だけで済んだがその一撃はケルベロスの一撃よりも重く感じた。
瞬時に肉体再生スキルで回復するが続けざまにドレイクは攻撃を繰り出す。
「まだまだぁっ!!炎翔斬ッ!!」
ドレイクの横薙ぎと共に放たれた炎の斬撃。
その攻撃が今の状態である自分に防ぐことが出来るか判断できないヴェンデッタは避けようとする。
「甘いわ!!」
しかしそれを予想していたかのようにヴェンデッタの回避した場所に先回りしたドレイクは峰打ちで彼を吹き飛ばす。
体勢を崩されたヴェンデッタは起き上がろうとするがドレイクはそれを許さず攻撃を繰り出す。
威力よりも衝撃によって態勢を崩すことを優先とした攻撃に、ヴェンデッタは起き上がることができず吹き飛ばされるままだ。
「どうした、このまま吹き飛ばされるままか!!」
吹き飛ばされるままのヴェンデッタに叫ぶドレイク。
だがその時彼は見た。
吹き飛ばされるままのヴェンデッタが笑っているのを。
その笑みを見た瞬間ドレイクの動きが止まる。
吹き飛ばされたヴェンデッタにさらに距離を取るように後方へ飛び警戒を強める。
(……空気が変わった)
「ドレイク中将!!」
「来るな!!」
遅れてやってきた部下たちの声に振り向くことなく静止をかけるドレイク。
彼の言葉に部下たちはその場で止まり遠くで倒れているヴェンデッタを見る。
一見少年が倒れているように見えるが、彼から放たれている禍々しい気に警戒を強めた。
そんな中今まで黙って見ていたリーベルだけが彼に近づき緊張感に欠けた声をかける。
「ヴェンさんどうですか~。予定通りスキル発動できますか~?」
「何?」
彼女の言葉にドレイクは耳を疑う。
予定通りだと?
スキル発動だと?
まさかさらに力を見せてくれるのか?
ドレイクは獰猛な笑みを浮かべる。
やはり自分は最低かも知れない。
彼にとって不幸な力なのかも知れない。
望んで手に入れた力じゃないのかも知れない。
それでも強者と戦うことに喜びを禁じえない自分がいる。
さんざん彼の力を、人生を嘆いていた癖に自分勝手だとドレイクは苦笑する。
一方ヴェンデッタはリーベルの言葉を聞いて笑みを深める。
「ありがとうリーベル。どうやら上手くいったみたいだ」
その言葉に満足したリーベルは彼から離れる。
そしてヴェンデッタは立ち上がった。
強い瞳でドレイクを見る。
その瞳に憎しみを抱いてるのを感じる。
そして彼の力が増していくのも。
その時だった。
彼の体から青い炎が溢れてくるのをドレイク達は見た。
「さあ実験に付き合って貰おうか」
青い炎に驚愕するドレイクたちにヴェンデッタは狂気の笑みを浮かべる。
「ここからは復讐者として貴方と戦おう」