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最終章 わたしはここにいる


『ねね!

 今度は違う音声データ送ってよ』


『嫌だ。』


『お願~い!』


『断る。』


 あの日――少年が送った音声データは、仲間に録音してもらったものだったらしい。


『何でよ?

 減るもんじゃないでしょ?』


『拒否する。』


 少年があの音声データの中で最後に呟いた部分は、彼にとって想定外のものだったらしい。本来であれば、あの一度だけ言葉を止めた部分までで録音は終わりのつもりだったらしい。

 だが少年の仲間たちは、それをあえて残したまま、彼に音声データを渡したらしい。

 少年はその内容を確認もせずに、すぐに送ってしまったらしかった。


『いや~

 お仲間さんとは気が合いそうだわ

 おもしろい人たちみたいだね~』


『仲間達も君に会いたいと言っていた。』


『そうだ

 聞かせて上げようか?

 そっちにコピーしたのを送ろっか?

 いっそインターネットで公開しちゃう?』


『いじめはいけない。君は恥ずかしくないのか? 人が嫌がる事をしてはいけないと、父親から教わらなかったのか?』


『そんなのはお互い様よ~』

 しばらく沈黙して、


『そうかもしれないな。』


 少年は肯定した。


『あの日、俺は仲間達から責められたよ。お前の文章は只でさえいつも堅苦しくて平坦で無感情に見えるんだから気を付けろと。そう言われたよ。』


 そこで少年が画面の向こうでほほ笑んだ――気がした。


『実際そうよ

 そうとしか思えないよ』


 少年はむっとしたのか、こんなことを言い返してきた。


『ならばこちらも言わせて貰おう。君の文章には知性が感じられない。漢字で書くべき所を書かない場合さえある。大体、何だあれは。あのミミズの様なラインは。これの事だ《~》。これはまるで、人を小馬鹿にしているとしか思えないのだが。』


『キャラづくりよ

 見てわかんないの~?

 それにたいていの人は

 親しみを込めてこういう感じで話すじゃな~い?』


『その無駄な改行も馬鹿みたいだ。それに何故、句読点をそんなにも使わない?』


『あんたは逆に改行しなさいよ』


『最近の君と会話していると、仲間と話している時の様な疲労感を覚える。』


『わたしもあんたのムダに漢字変換しまくった文章読んでると実際疲れるんだけど』


『恐らく君はあれだろ。作文が苦手だろ。』


『うっ』


 思わず唸ってもらした声を、そのまま打って送信してしまう。


『よくそれで推薦進学出来たものだ。』


『あれはわたしがこつこつ三年間して来た努力が実を結んだからであってだね』


『だから何故、そんなにも句読点を使わないんだ?』


『うるせー!

 表出ろコラ!』


『もう出ているが。君こそ外に出ろ。どうせそっちは室内だろ。』


『うっわ!

 いっちょ前に皮肉おぼえてるよ』


 少年たちは、既に地上に出ていた。なんでもこれから、この国に生き残った一万人ほどの人々を、安全な場所へ誘導するつもりらしい。


『ねえ』


『何だ?』


『今この地球上には、どれだけの人が生き残っているの?』


『衛星からの計測によると、地上には数万人生き残っている。だが、これは日々変動し続けている。減ったり、時折、増えたりしている。』


 つまり――早くなさねばならないのだろう。


『そう』


 感傷的な空気が二人の間を、画面を越えて取り巻いた。

 その内、少年がふと思いついたように言葉を並べてきた。


『それにしても、この国は本当に凄いな。さすが地震大国と言われるだけの事はある。』


 少年がどこか遠くを見るような、そんな印象を受ける文章を送ってきた。


『皮肉?』


 笑いながらそう返す。


『いや、称賛だ。今回の世界規模の災厄で、一見すると少なく感じられるほどの人数かもしれないが、それでも、これだけ多くの人命が助かった国は、この国以外に無い。これは普段から災害の多かったこの国が、非常時における対策を怠らず、敢然と立ち向かったからこその結果なのだろう。』


 わたしはその時、ふと、思い出す。この山の上からでも聞こえた――政府の広報車の疎開の呼びかけを。


『この国は、世界でも取り分け珍しい性質の国だ。所有する国土は少ないのに、昔から自然災害の多かった土地であるにも関わらず、この列島から出る事も無く、ずっと住み続けて来た。減少し続ける人口すらものともせず、技術大国として世界に名を馳せ続けた。それはついこの間までも、そして今も、変わらないのだろう。』


 少年は、まるで誇らしげに語り続ける。


『この国だからこそ、八個もの《希望》をこの世界に作り出せたんだ。それに乗った多くの世界中の人々を、救う事が出来たんだ。』


 今ならわたしも……少しだけ、ほんの少しだけ、この国が、好きになれる気がした。


『ねえ

 まさか

 またわたしに頼みごとでもあるの?』


 もしかすれば、こちらの機嫌をとっているのかもしれないと思い、そうたずねてみた。


『別に無いが。いや、ある。』


『なになに?』


『無駄な改行を止め、句読点を使う様にしてくれ。』


『むっか!

 誰が従いますか!

 あんたには他人の振りして我が身を直せって言葉を送っちゃるわ!』


『《他人の振りして》ではなく《他人の振り見て》だ。それに《我が身を直せ》ではなく《我が振り直せ》だ。君のだと、物凄く酷い言葉になっているぞ。しかも何となく意味は通じる上に、よくよく考えて見れば、意味もほとんど同じじゃないか。それが腹立たしい。これはどう言う事だ? 君は本当に高校へ進学が決まっていたのか? それともこの国の学力はそんな所まで低下しているのか? ここでの会話を見ていると、甚だ疑問だ。』


 まさか、不正を働いて推薦を取り付けたとでも思われているのだろうか。こちらも段々と腹が立ってきた。


『できましたよ!

 そう見えなくて悪いですね?

 わたしは理系なんです~!

 現国は基本3でしたが?

 でも推薦入試前の時期だけ先生は4を付けてくれましたけどなにか?』


 入試時期の教師は、世界で一番の理解者である。だが、続く二学期、三学期の定期考査で、きちんと借金の返済を求めてきたのは秘密だ。学年末の総合成績では、ちゃんと平均化すると言っていたのはやめてほしかった。


『それは本当に五段階評価での数字なのか? 十段階評価の間違いではないのか? もしそうでないのなら、その教師は絶対に採点を甘くしている。どうだろう、これからしばらくは君に国語の授業をすると言うのは?』


 絶対に嫌だ。嫌いな教科の授業ほど退屈なものはない。


『わたし文系教科と暗記は嫌いなの

 だから理数系の高校を選んだの』


『理系ほど覚える事が多い分野もないぞ。君は勘違いをしている。それに文系の教科も大事だ。言葉を正しく読み取れないと、正しく扱えないと、色々な所で困る。そして、理系の教科にも影響して来るんだ。実際、数学の文章問題では、その難解な文章を正しく読解出来る国語力が問われる。国語は全ての教科の骨子となる大切な学問だ。』


 少年はわたしの弱点をここぞとばかりに突いてくる。頭をかきむしりたくなるようなことを言ってくれる。最初にいじめ過ぎたのがいけなかったのかもしれない。いじめはやはり良くないと思った。


『あんたはわたしの何なのよ?

 お母さんですか!?』


『そうだな……』


 少年はそこで言葉を止めて、しばらく思案しているようだった。やがて、一言、こう述べた。


『戦友だ。』


 わたしはくすりと笑って、本当に、本当に、喜んだ。そして――切り出した。


『そういえば今日だね

 この国の上を通過するの

 今日もまたホープに通信しないと』


『経過はどうだ?』


 少年のまとう空気が変わったのを、わたしは画面越しでも確かに感じた。それは、仕事をする時の大人がまとう、真剣さを感じる空気とでも言えば良いだろうか。


『まだまだだね

 なかなか応答してくれないよ

 でも着信拒否されないだけまだマシかな

 最近ようやく少しは聞いてくれるようになったけど

 あれはまだ向こうが暇だから相手してくれてるって感じかな』


 少年はかなりの間を開けてから――


『苦労を掛ける。』


 その一言だけを、送信してきた。


『ぜんぜん

 あんたたちの方が大変じゃない』


『今俺達がしている事が上手く行ったとして、それでも一万人にも満たない人間が助かるかどうかだ。でも、君ならあの空の上に取り残された数万もの人達を助ける事が出来る。』


 少年たちは五人でそれをしようとしている。わたしは一人で。けれども救わなければならない数はわたしの方が多いと言う、不可逆な真実。


『わたしの役割

 重要だね』


『そうだ。とても、とても、重要だ。』


『何かさ

 世の中ってほんとわからないね

 今学んでいることはいつ役に立つんだろう

 そう思いながら今日まで生活してたけど

 こうするためだったんだね』


『驚いた。』


『?』


『意外だと、そう思ったんだ。ちなみに、馬鹿にしている訳ではない事を断っておく。今俺は、君に感心したんだ。仲間達にも、後で今君が言った事を言ってやるとしよう。仲間達は勉強するよりも遊ぶ事が大好きだからな。是非聞かせてやりたい。』


『あはははははは!

 言わないでいいと思う

 さっき言ったことって

 それは

 あんたから教わったことなんだから』


『?』


 少年にそれを伝えるには、少々長い言葉で説明する必要があるようだ。


『きっとあんたたちは、本当に世界の表に出ない所で生きて来た人間なんだなって思えるよ。今なら本当だって信じられるよ。そんな人間もいたんだなって、別の意味で、嬉しく思うよ。だって、何か、考え方や生き方が、わたしなんかと違って、スケールが違うもん。そんな、誰にもかえりみられないようなところで生きていたのに、それでもこの世界を救おうなんて、こんなにも絶望的な世界を救おうなんて、そんなバカみたいなことを大真面目に考えて、実際に行動に移そうなんて、普通は出来ないよ。今のわたしが、こうしてあんたたちの手伝いをできているのは、あんたの、いいえ、あなたたちのお陰なんだよ。……以上、本日の国語と道徳の授業の感想文でした』


 わたしはそう送信する。しばらくして――


『ありがとう。

 また数日後にこうして話そう。』


 本日の、少年との、先生との交信が終わる。




 ――地球から離れた星々の海の中で、孤独に漂う人工物があった。

 それは遠くて近い地球を見て、何を思うのだろう……


 ――ようやく向こうが交信を許可した。

 いつまで繋がるのかわからない。だから少しでも多くの情報を、一秒でも早く、一秒でも多く、送らなければならない。

 返事が来なくても、今は構わない。

 いつか応えてくれるその時まで、わたしはここから伝え続けるつもりだ。


『ハロー

 わたしです

 杉崎時子です

 杉崎天体観測所からお伝えします

 本日もホープの七号機に乗る方々に重要なお知らせがあります

 今回お知らせすることは

 以前にも話したあなたたちの乗る船の静止している場所がいかに危険かと言うものではなく

 あなたたちの国に生き残っている人々についてです

 約一万人もの人々が列島中に生き残っています

 更に言えば

 世界中合計すると

 数万もの人間が地上に生き残っています

 これはわたしが

 失礼

 これはわたしたちが新たに調べた確かな情報です

 あなたたちはいつまでそこにいるのですか?

 いつまで目を背け続けるのですか?

 早くこちらに来て下さい

 今度は地球ではなく

 ソラにかじり付いているつもりですか?

 もう一度言います

 わたしたちの国には約一万もの――』

 その時――わたしの送信に割り込んでくる返信があった。


 ――その日、初めて《HOPE》からの応答があった。



       わたしはここにいる 了







  トータル・メガ‐ミッション Total Mega‐Mission Project MesSiah =I/m here=



       わたしはここにいる 了

  あとがきがわりに


 この物語は一見壮大に見えますが、蓋を開けると極小規模な範囲の物語です。

 主人公の少女と、そのチャット相手と、主人公の父親がたまに出てくるぐらいです。

 そして、箱庭の様な空間での出来事を描いた話です。

 感情の描写も視点も“わたし”と言う主人公だけを描いています。

 本来であればもっと大きく話を広げられる話です。

 このままでは設定負けしていると思われるかもしれません。


 もちろん――広げます。


 実はこの物語は、一つのエピソードに過ぎません。

 これは私が長年温めてきた長大な物語の、その主人公である少年が旅立つ前の半年間を描いたものです。

 これは少年とその仲間達の物語のプロローグにあたる話なのです。


 次回以降の作品のタイトルは『トータル・メガ‐ミッション』です。


 とはいえ、そんな長い物語を誰が読んでくれるでしょうか。

 そこで決めました。

 一つ一つの話を一見独立させて描き、それ単品だけでも完結しており、かつそれだけでも楽しめるものにしようと。


 それが上手くいったのかどうかはわかりませんが、残りの話もこつこつと形にしていこうと思います。


 その長大な物語以外にも、色々書きたい話は沢山あります。

 今まで書き溜めてきたものも沢山あります。

 それもいずれここに載せようと考えております。

 興味のある方は、たまに覗きに来ていただけると幸いです。

 更に、感想をいただけると、本当に嬉しいです。


 ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

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