第7話 幼い愛情表現
宿屋の1階にある両開きのドアから黒髪の少女が顔を覗かせる。
「おじさん、アベル居ますか?」
近所の雑貨屋に住むリリィであった。アベルの数日後に産まれたので同い年の子だ。
幼児の頃は忙しい時間にアベルを預けていたが、ある程度大きくなり預ける必要が無くなった頃から、彼女は時間があればアベルに会いに来る様になっていた。
「あぁ、水汲みに行ってるから、すぐに戻って来ると思うぞ」
「はい、どうぞ。ここに座って待っててね」
アベルの母、ミーシャがテーブルにコップを置いた。
お昼時も終わったので、お店にお客は居なかった。
「ありがとうございます」
リリィはミーシャに笑顔でお礼を言いながら、コップが置かれた席に腰掛ける。
コップにリリィが手を伸ばすと、待ち望んできた声が聞こえる。
「水汲んできたよ〜」
アベルが扉から入って来る。
「あぁ、すまないが、奥の調理場に置いといてくれるか」
「うん、わかった。リリィ、これちょっと置いてくるよ」
「うん、待ってる」
リリィに声を掛けるとアベルはカウンターの横から奥の調理場に瓶を運んでいった。
ミーシャが、リリィの隣の席に別のコップを持って来た。アベルの分だろう。
リリィが唐突に尋ねる。
「おばさん……アベルは、学校に行くの?」
「え?学校って幼年学校のこと?」
ミーシャにリリィが問い掛ける。
「ううん、幼年学校が終わったあと、アベルはどうするのかなって思って」
6歳になると殆どの子供が通う幼年学校はともかく、アベルがその後どうするのかによっては、リリィ自身の学費の為の金策や、アベルに教える勉強の内容等を考える必要がある。
先程のローデリックとの会話から、ふとその事に思いあたり聞いてみることにしたのだ。
「う〜ん、アベルがやりたい事をすれば良いと思うけど……リリィちゃんは学校に行きたいの?」
リリィの頭の良さは町では有名だったので、その評判はミーシャも知っていたのだ。
「リリィ、学校に行くのか?」
調理場から戻ってきたアベルが話に入ってくる。
「アベルは将来の事とか考えたことある?」
「ん〜幼年学校の間に決めようかと思ってるけど、やっぱり父さんや母さんみたいに、冒険者になって色んな所を旅してみたいな」
「じゃぁ、私も冒険者になってついて行く!」
アベルの言葉にリリィが即答する。
2人で冒険者として旅をするのであれば、他の道より長く一緒に居られるし、冒険者になるのに両親の助け等が不要な事もリリィにとっては有難かった。
「相変わらずモテモテだなぁ」
ニヤニヤとしながらカインがアベルをからかう。
「お、お前は頭もいいんだから、学者や商人とかだろ!」
顔を赤らめてアベルが怒鳴るように言った。
「アベルが学者さんや商人になるなら、それでもいいよ?」
そう言いながらリリィは首を横に傾ける。
彼女にとっては、アベルと共にいる事が重要であって、仕事そのものは、アベルがやりたい事をすればいいと思っているのだ。
あくまで聞いたのは準備する為の判断材料が欲しかったからに過ぎない。
だが、彼女の言葉を勘違い……いや、好意から来ているので全くの勘違いでは無いのだが……カインとミーシャは、楽しそうに2人をみていた。
その後も何やら言い合いを続けるアベルとリリィを少し遠くから見守りながら、アベルの父親カインが妻のミーシャに語りかける。
「なぁ……これくらいの歳だと、まだ恋愛とかじゃないよな?」
「そうかなぁ? 男の子のアベルはともかく、女の子は心の成長早いから、好きとかあってもおかしくは無いんじゃないかな?
まぁ、流石に早い気もするけど、リリィちゃんって何だか大人びたところあるから」
リリィの態度からミーシャが、そう口にするが、断言出来ないのは、リリィの聞き分けの良さからだった。
お店が忙しかったり、アベルが他の男の子と遊ぶ時などは、あっさりと帰るのだ。
子供らしく無い振る舞いに若干の違和感を感じながらも、彼女の好意そのものは見守ろうとしているのであった。
「お、俺がどうするかとかじゃなくて、リリィはリリィのなりたい者になれば良いじゃん。それに頭が良くたって冒険者には足手まといだぞ?」
「そんな事ないもん! 魔法だって使えるもん!」
「「「えっ?」」」
突然の発言に驚く3人。
「リリィちゃん、魔法使える……の?」
そして、自身も冒険者の時に魔法を使っていたミーシャがリリィに聞く。流石にリリィの年齢で魔法が使えるなんて聞いたことも無かった。
頭が良い方が魔法の習得には有利だが、魔法は頭が良いだけで使えるものでは無いのだから。
(し、しまった……アベルと話していると、いつもこうなっちゃう)
普段は感情的に発言をする事が無いリリィだが、アベルと会話をしていると、いつの間にか反射的に答えてしまう事がある。
今回も一緒に冒険者になれないという言葉に反応してしまったが、流石にまずいと思ったリリィは誤魔化す方法を考える。
魔法が使えると言う言葉を偽ったつもりは無い。
かつて自分自身がこの世界に創り出した魔法なのだから。
だが問題は、どの程度使えるのが "普通の子供" として適切なのかがわからなかったのだ。
「えっと……冒険者になる年には使えるようになってる予定です」
「……ぷっ、あははは……そっか、うん。リリィちゃんならなるかもね」
「な、なんだよ予定って……そんな簡単に使えるなら、皆使ってるだろ」
リリィの苦し紛れな言葉に、思わず笑いを堪えられ無くなったミーシャと、呆れた顔をするアベル。
魔法の習得には呪文を覚える必要もあるが、それ以上に魔法によって引き起こされる事象をイメージする必要があった。
ただ呪文を唱えただけでは何も起こらない。その普通を、繰り返しイメージする事で自分の常識を塗り替えて行く作業が必要であった。
そしてそれには導く師匠について長い時間を掛けて身に付けるのが、この世界での一般的な魔法の習得方法だった。
そのため才能があっても、全員が全員、魔法を使えるという訳では無く、それなりに貴重な存在だったのだ。
「そっか……じゃぁ、おばさんがリリィちゃんに魔法を教えてあげよっか?」
妙に大人びた息子の幼なじみの珍しくみせた子供らしさに、ミーシャがもしかしたらと思い提案を口にする。
「はい!お願いします!」
ミーシャの言葉に即答するリリィ。
そんなミーシャとリリィのやり取りを聞いたカインが口を開く。
「じゃぁ、アベルには剣を教えるか」
「えぇ?お、俺まで?」
「冒険者になるんだろ?」
「まだ、なるって決めたわけじゃ……」
「まぁ、どうせもう少し身体が出来たら身を守れる様に教えるつもりだったからな。ちょっと予定が早まっただけだ、気にすんな」
そんな流れから、アベルは剣を、リリィは魔法を学ぶことになった。




