第23話 奇跡の治癒
女騎士は自身の本能に従い、咄嗟にハルバードを構えた。
次の瞬間、辺りが紫の閃光に包まれ、雷魔法特有のバチッと弾ける音が鳴り響く。
一瞬の閃光が消えた後に続き、ドサドサと崩れ落ちる音が辺りから聞こえてくる。
「何が……」
そう呟く女騎士は、周囲の者達が倒れる中ひとり立つ少女と視線が合う。
「反応出来たのね。丁度良いわ……アベルの腕を持って来て」
変わらず幼い容姿……だが、その目は全く違うものだった。
先程まで見せていたあどけなさが消え、有無も言わさない威圧感を感じる。
一体何が……今の魔法は彼女が?
詠唱をいつした? いや、それよりも、この正確さはなんだ?
敵の行動を阻害する雷魔法は知っている。
見た事もあるし、その身に受けた事もある。
だが……彼女の知るそれは、一定の範囲内に敵味方関係なく効果を及ぼす魔法であり、動きが鈍る程度の認識だったのだ。
術者自身が範囲の中に居れるどころか、倒れている少年にも影響はなさそうに見える。
「い、一体……何を……」
自分の声が震えているのに気が付く。
「……知りたいのは何をしたかでは無くて、何故したのかじゃないの? 時間が無いから先に答えるけど、アベルの腕を治すためよ。彼等じゃ無理だから」
「馬鹿な! ただくっつけても動くようにはならないし、高熱の原因が解らないと無理だ! 言っておくが」
自分は毒など使っていないし、そうである以上原因は解らない。
そこまで言いかけた言葉を少女が手を突き出すことで遮る。
「言いたい事はわかってるから、先に手伝って欲しいんだけど?」
そう言いながら少し離れた所にある少年の右腕を指差すと、少女は女騎士を無視して少年の横に跪き、首筋に手を触れる。
釈然としない思いがあるが少年の身が危ない事を思い出し、求められるまま腕を拾い上げる。
その右腕に突如飛んできた水球がまとわりつく。
「なっ!」
驚きの声を上げながら水球が飛んできた方向に目を向けると、こちらを見ていた少女と目が合う。
「滅菌と洗浄よ」
「メッキン……え?」
その口から出てきた聞いた事がない単語に思わず繰り返してしまった。
「……洗ってるのよ」
その言葉に拾い上げた腕に目を向ける。
その水球は傷口に留まりながら、その中心では少年の血だろう。赤い渦がゆっくり回っていた。
血が水に混ざれば……混ざりあってしまうのが普通だ。
だが、そんな常識は知らないとばかりに水球の中で、血は循環していた。
まさかと思い目を向けると、少年の右腕の傷口にも水球がまとわりつき、同様の光景が起きていた。
「呼吸や鼓動は正常に戻ってるけど、体温が下がるのを待ってたら、脳細胞への損傷が起きそうね……頸動脈の血流自体を冷やす方が良さそうかな」
少女の呟きが耳に入るが……ノウサイボウ?
やはり知らない言葉が混ざっている。
その少女の頭上に新たな水球が生じて、少年の首筋にまとわりついた。
(いつ詠唱した?! いや、そもそもこれは何だ? ウォーターボールの魔法……なのか?)
知っている筈の魔法が知らない動きをする事に呆然としていると、近くで溜息が聞こえた。
「ハァ……急いでるのよ」
待ちかねてしまったのか、いつの間にか近付いてきていた少女が、持っていた少年の右腕を掴みとると、そのまま背を向けて戻っていく。
「す、すまない。何か出来ることはあるか?」
慌ててその後を追いながら口にする。
少女が使う魔法は自分が知っている魔法とは明らかに何かが違う。
「頼んだんだけど……自分でした方が早かったみたいね」
その言葉に何も言い返せなくなる。
腕を持って来てと頼まれたのだ。
それだけの事をするのに、余計な問答をして、魔法に驚き、少女が取りに来るまで呆然と見ていたのだと気が付いたのだ。
「そんな情けない顔しなくても良いよ……私が持つと両手が塞がっちゃうから、代わりにアベルの腕を支えてて貰える?」
そう言いながら少し呆れた表情を浮かべた少女が少年の腕を持ち上げる。
「あぁ……だが本当に動くようになるのか? 部位欠損を治す上位の治癒魔法を、その歳で使えるのか?」
少女の代わりに右腕を支えながら尋ねる。
だが、その反応は予想外のものだった。
「無理だ無理だって散々言うから無いのかと思ったら……そんな魔法もあるのね」
「おい! 使えないならどうするつもりなんだ」
雰囲気的に、てっきり使えると言い出しそうな様子だったのだが、存在すら知らないような回答に思わず言い返してしまう。
「多分、想像している魔法とは違うけど平気よ。あ、もう少し傷口を近づけて……そこでいいよ。そのまま動かさないでね」
治癒魔法の原理は、自然治癒力を活性化させて治すのが基本となる。
だが、腕や指が失われた場合……そのままでは傷口が閉じるだけで繋がったりはしない。
仮に繋がっても切断された神経はそのままになってしまう。
魔法が発達した代償に、必要の無さから低い水準のまま留まっている医療知識の乏しさが、この世界の魔法の限界を作っていた。
魔法は人が持つイメージを、ナノマシンが具現化する事象なのだ。
「一体何が起きたんだ……」
周囲で気を失っていた魔術師達が目を覚まし始める。
そして彼等は、いままさに始まろうとしている少女が起こす光景を目の当たりにするのだ。
リリィは目をつぶりイメージを作り出す。
(出血は水魔法で止めている……氷で縫合糸を生成……溶けないように熱伝導を遮断……土魔法の一部を応用して、縫合糸の運動を制御……糸を動かして……骨……腱……神経……血管を縫合……縫合箇所を細胞単位での治癒魔法で回復)
水、氷、炎、土、光……
全てはリリィが使える初級魔法の範囲内。
だが、それらを数十、数百単位で発動させ制御する。
許可された範囲で完璧にイメージされた思考は、周囲のナノマシンに伝達され、事象として寸分たがわず具現化される。
リリィの手からキラキラと輝く糸が現れる。
それは数本、数十本、そして数百本と数を増すとアベルの腕の傷口に集まっていく。
そして発せられる回復魔法の光を反射し、アベルの身体は幻想的な光のモヤに包まれていた。
引き合うように腕が引っ付く。
「血流の再開……皮膚の縫合……」
リリィの呟きに合わせて煌めきが様子を変える。
「なんだ……こんな魔法、見たことも聞いたこともない……」
目の前の光景に息を呑む魔導師達。
「縫合糸の生成解除……ふぅ」
治療を終えて一息つくと、微弱な電気を流しアベルの覚醒を促す。
「んん……リリィ?」
「アベル!」
目を覚ましたアベルに覆い被さるように抱きつくリリィ。
「身体はどう?右手は動く?」
「え?うん、動くよ……ほら」
支えられながら起き上がると、右手を開いたり閉じたりしながら、アベルがリリィに答える。
「それより試合はどうなったんだ?」
途中で意識を失ったアベルは状況が飲み込めなかった。
意識を失ったから恐らく負けたのだろう。
だが気がついたら人に囲まれており、リリィに抱きつかれている状態なのだ。
「もう試合は終わったよ。それより……─どこか休めるところありますか?体力は魔法では戻せないので」
リリィは、周囲で立ち尽くす魔導師達に声を掛ける。
「は、はい。それでは救護室があります」
「ほら、とりあえず行こ?」
リリィの肩を借りて立ち上がるアベル。
その足元はふらついていた。
「少年!何かあれば力になろう」
アベルが目を覚ました途端に、先程までの威厳などさっぱり消し去ったリリィの様子に面食らいながら、立ち去ろうとするアベルに向かって女騎士が声を掛ける。
女騎士にアベルが会釈を返すと、これ以上の面倒は御免だとばかりのリリィに急かされながら、アベルは闘技場を去っていった。




