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第14話 騎士道・孤立無援

 公都には複数の幼年学校がある。

 様々な階級の人が住む為に、無用ないざこざを避ける為である。

 そしてこの幼年学校は本来、貴族の子供だけが通う幼年学校であった。


 だが、その一室はとある事情からガヤガヤと騒がしくなっていた。


 教壇に立つ教師の横に並んで立つ1人の少女。


「こちらが、今日から皆さんと一緒に学ぶ……リリィさんです」


 教師が言いにくそうな顔で、リリィを他の生徒達に紹介する。


「どこの家の方?」

「紋章何も付いてないぞ?」


 生徒は胸にそれぞれの家の紋章を付けるのが普通であった。


 だが、平民の娘であるリリィには家の紋章などあるはずも無く……胸には何も付けられていなかったのだ。

 当然、家名もないので名前だけの紹介だ。


(なんだか嫌な予感しかしない…)

 と思いつつ、リリィは笑顔を崩さなかった。


「あ〜、リリィ……は、ローデリック子爵家に住んではいるが、子爵家のものでは無い為、家名を名乗ることも紋章を付けることも無い」


「なんだ、妾の子供か」


 妾に産ませた子供を通わせる事もたまにあるのを知っていたと思われる男の子が言うと、


「家の名前すら名乗らせてもらえないって認知されていないのと一緒じゃないか」


 と隣の別の子が言う。


 そう、普通は認知された妾の子は少なくとも学校ではその家の者として扱われるし、認知されない子は、そもそもこの学校に来ていなかった。


 その為、家名なしと言うのは非常に珍しい存在であった。


「とりあえず始めるぞ」


 このままだと騒がしくなる一方だと思ったのか、教師が声を掛けて授業を始め出した。


 学習の内容は文字の読み書きから、簡単な計算などの他に、社交界で必要になるらしいダンスや挨拶の立ち居振る舞いから、男子であれば剣術や馬術、女子は楽器などがあった。


「次は男子は剣術、女子は楽器だから、部屋を移動するように」


 授業を終えた教師がそう言って部屋を出ると、


「ちょっと、そこの平民」


 金髪の少女が取り巻きを引き連れてリリィの元にやって来る。


 リリィは、少女の胸の紋章を素早く確認すると、


「これは公爵ご令嬢様」


 片膝をついて挨拶を返す。


 生徒同士なので必要が無いのだが、相手の言いようからそうした方が安全な気がしたからであった。


「あれ、なにしてるんだ?」


 普通に返事をしてくる事を予想して、平民の身の程を指摘してやろうと思っていたが、先に素早く礼を返されて言い淀む少女。

 そして学校に似つかわしくない光景に反応する周囲。


「あ、貴方、平民なんだから、全員の楽器を用意しなさい」


 予定が狂いながらも声を掛けた以上、取り巻きの手前、何かしら平民に対して強気に出る必要があった金髪の少女が、リリィにそう言った。


(親の権力を使ってみたいのね)

 貴族の子供にありそうな欲求かと思ったが、逆らってもややこしくなるだけと思ったリリィは立ち上がり了承の言葉を返そうとする。


「かしこま「まて!」」


 別の男の子の声がそれを遮る。


「相手が平民とは言え、同じく学ぶもののはず。自分の楽器くらい自分で用意したらどうだ。彼女は使用人ではないだろう」


「誰かと思えば……アルバート=ベルゲイン……平民と混ざって土地を耕すベルゲイン男爵の家らしい言い方ね」


 彼の家、ベルゲイン男爵領は、公爵領の南に接している穀倉地帯にあり、繁忙期には男爵の家の者も共に働く珍しい家であった。


「領民と共に働くのが何がおかしい!」

 アルバートは家が貶されたからか、顔を赤らめて強い口調で言い返す。


「……み、身の程を知りなさい!男爵家の者が公爵家に楯突くおつもり!?」


 アルバートに歯向かわれるとは思っても居なかったのか、金髪の少女、カーテローゼ=ランバート公爵令嬢は、少し震え気味に言い放つ。


「……っ?!ここでは家「お待ちください」」


 リリィがまずいと思ったのか割って入る。

 建前では生徒同士は平等となっているが、実際は身分の差があったのである。


「人数分の用意もたいした手間ではありませんから(全員分と言っても6人しか居ないしね)」


 公都の幼年学校とはいえ、基本的に貴族の家のものしか来ない。そうなると、同年代の生徒と言うのは限られる。

 これが王都であれば、また違うのだろうが、ここは公都……基本的には公爵家と、その陪臣貴族の子弟の為の学校なのだ。


 そして、その中で……彼女は公爵令嬢の立場にあったのだ。


 リリィは正義感が強過ぎる男の子を助けるつもりも無かったが、放っておけば間違いなく更に面倒な事になると思い、言い合いが過熱する前に口を挟んだのだ。


「そ、そうか……何かあったら力になるからな」

 リリィの言葉をどう受け止めたのかわからないが、本人が良いと言っている以上は何も言うべきでは無いと思ったのか、そう言うとアルバートは部屋を出ていった。


(男爵家が公爵家に刃向かえるとは思えないけど……騎士道ってやつかしら)


 現実の不条理を理解できない歳とは言え、騎士らしい振る舞いをしようとする男の子を微笑ましく思うリリィであった。


(あ、楽器準備急がなきゃ)


 パタパタと慌てて飛び出すリリィの後ろ姿を、カーテローゼとその取り巻きが苦々しく見ていた。


 ◇


 お昼休みの昼食どき、リリィは食堂に来ていた。


 編入早々に公爵令嬢であるカーテローゼと揉めたからか、お昼をどうすれば良いかわからず人が多く行く方向に向かって歩いていると食堂だったのだ。


 部屋の周囲には子息達の護衛なのか、武装した格好の者たちが壁際に並ぶように立っている。


 その部屋の真ん中にあるそれぞれのテーブルには、生徒らしい子達が各々の派閥なのか分かれていた。

 当然、リリィが加われそうな派閥は無い。


 それ自体は構わないのだが、昼食をどうすれば良いのかわからないことが目下の問題だった。

 殆どの生徒が同じ食事をしているので、自宅から持ってきた訳では無さそうではあるが、そもそも学校の施設等の説明も殆ど受けていないのだ。


 これが平民だから説明されなかったのか、たまたま自分の担当した教師が説明を怠ったのかは不明だったが……


 食堂の仕組みが分からず入り口でキョロキョロしていると、何人かの女子達が後ろから横を通り過ぎる。


「アルバート君の話聞いた? 剣術の試合で上級生にも勝ったんだって」


「うんうん聞いた。男爵家の跡取りなんでしょ?私は次女だから、正室に貰ってくれないかなぁ」


(アルバート……あの騎士くんか。モテるんだねぇ〜この年だと運動出来る子はモテるしね)


 そんな事を考えていると、その少女達が職員らしき人に話し掛けて札を貰っていく。


(あそこで頼むのかな?)


 周囲を観察していると、どうやら札を貰い奥で渡すと引き換えてくれるようだった。


「すいません。今日来たばかりなのですが、ここで食事を頼むのでしょうか?」


 リリィはその職員に話しかける。


「はい、そうですよ……」


 と、職員は胸の紋章があるべき箇所に目をやり言い淀む。


「お代はお家の方から払われるのですが……」


(あ、紋章が無いと……請求出来ないのか)


「えっと……今払うことは出来ますか?」


「銀板2枚になりますが……」


 銀板2枚…2000ディール……平民の家であれば、家族全員が数日食べられる金額である。


 多少の手持ちは持ってはいるが、昼食1食にそこまで払えるわけもない。

 改めて貴族と平民の金銭感覚の差を感じる。


「あ、あははは……また来ます」


 困った顔をする職員に苦笑いをしながら告げると、リリィは食堂を後にした。


 何も食べないまま食堂にいる訳にもいかず、かといって教室に戻っても変に絡まれそうな予感がしたリリィは、そのまま中庭に生えていた木に寄りかかるように座ると空を見上げる。


(お、お昼も食べれないのね……世知辛い世の中)


 1食抜いても平気だが毎日のこの時間をどうしようかと思いを馳せながら過ごした。


 中庭で時間を潰して教室に戻ったリリィが目にしたのは……破られた教材が散乱している自分の席であった。


 教室を見渡すと、カーテローゼとその取り巻きの少女達が面白いものを見る様なやらしい笑みをしながら、リリィを見ていた。


(十中八九彼女たちなんだろうけど、問い質してもシラを切るんだろうなぁ)


 証拠がある訳でもないし、仮に相手が認めたとしても自分は子爵家の更に居候の身だ。

 どう考えても分が悪いと諦める事にした。


 不幸中の幸いなのか、午前中の授業の間に一通り目を通して中身は全て覚えている。


 教師に教材について聞かれたら答えれば良いかと思いながら、何となく見て見ぬふりをされそうな気がした。


 そんな事を思いつつ、散らかった教材だった物を片付けようとした時に、後ろからアルバートの叫び声が聞こえた。


「ど、どうしたんだ、これは! 誰がやったんだ! このような振る舞いを卑怯とは思わないのか!」


 その声に周囲が反応を見せる中、面白がるような1部の女の子達の目に悪意が増すのが見える。


「い、いや、大丈夫ですから……」


 慌ててリリィが宥める。正義感は立派だと思うのだが、食堂で聞いた話から考えるとアルバートに庇われると、更に自分に向けられる悪意が増しそうなのだ。


「本が無くては困るだろう。そうだ、私の隣に座ればいい。見せてあげよう」


(て、天然なのか? イケメンなのか? でも、余計に事態を悪化させそうな……)


 リリィの考えの証明をするかのように、カーテローゼ一行からの視線が突き刺さる。


「お、覚えてるので大丈夫です。ありがとうございます」

 それだけ言い残して、リリィは急いで机の片付けを始める。


「そ、そうか……」


「へぇ〜、流石に平民なのにここに来る天才さんは優秀ね〜。半日で1年分を覚えたんですって」


 嫌味のようなカーテローゼの声が聞こえるが、何を言っても無駄なんだろうと思ったリリィは、何も言わずに大人しくしている事にした。


 だが、そんなリリィの考えとは全く関係無く……教材も無しに問題無く教師からの質問に平然と答えるリリィが目立たない訳もなく……


 そして目立つものは叩かれるものらしく、学校でのリリィの孤立無援は悪化していくのであった。



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