【1章 王宮追放】◇1
短編として公開していた本作ですが、このたび連載版として再始動いたしました。
最終話まで執筆済みですので、完結まで定期的にお届けします。
第1章(王宮の追放):短編版と同一の内容です。
第2章(聖女降臨):ここからが連載版独自の続編展開となります。
引き続き、物語をお楽しみいただければ幸いです。
※5/7から1日3話更新、5/17完結予定です(6時、12時、18時)。
短編: https://ncode.syosetu.com/n7883md/
◇1
“この本を、夫ウラカンに捧ぐ。──本当は聖女ではないカリナとして”
その日、わたしカリナ・ファリーナは最悪の18歳の誕生日を迎えていた。
マラネロ王国の王宮勤めで女王エリザベス側付き侍女ともなれば嫌なことの1つや2つなんて毎日どころか毎時間ある。それでも、だ。これはあんまりだ。
せっかくの誕生日なのにとんでもないことを命じられて、わたしは口を大きく開けて、ぽかんとしている。
これから、わたしに王族秘伝の“身代わりの魔法”をかけるという。
そして、女王エリザベス・ゾディアック・マラネロになりきって婚約破棄を宣言しろ、というお役目を命じられたのだ。
(身代わりの魔法は誰かが触れた瞬間に解けてしまうわ。声だって私のままだし、きっと、うまくいくはずがない)
私は泣きそうになりながら主である女王エリザベス様に何とか考え直していただくようにお願いしたのだけど、手をひらひらさせて笑うだけだった。
女王陛下は絶世の美女と賞賛される美貌をお持ちの方だ。
貧相な名誉男爵の三女であるわたしなんて比較にならないほどの輝かしい存在。桜色の甘い唇、すっと筋の通った綺麗な鼻、美しい朱色の瞳。完璧なスタイルと白肌で、色鮮やかな蜂蜜色のさらさらの髪。人々を魅了する美しさ。
そんな方のふりをするなんて、考えただけでも重圧で押しつぶされそう。
それなのに、侍女頭まで、率先して、この身代わり案に賛成して積極的に具体案を提案してくる。「女王のお側にいた賢いカリナが自ら強引に志願したということにしてしまえば、一夜限りの身代わりに失敗しても女王様は何の問題もならないでしょう。不敬罪の責任を問われるのはカリナです」などと。
(わたしが失敗したら、全ての責任をわたしに押し付けるつもりなのね。そんなのやめて!)
泣きつくわたしに、女王エリザベス様はあしらうように笑っておっしゃった。
「わたくしは“異世界から呼び出す聖女降臨の儀”で忙しいの、カリナ」
「そ、そんな!! でも大切なご結婚に関するお話を侍女ごときのわたしがウラカン閣下にお伝えだなんて……」
「前からウラカンみたいな正論ばかりの人は好みじゃないから、カリナ、婚約破棄お願いね」
エリザベス様はそう吐き捨てると、興味を失ったように椅子から立ち上がり、奥の私室へと向かおうと背を向けた。
「待ってください! 身代わりの魔法は誰かが触れた瞬間に解けてしまう魔法です! もし、もしも誰かにぶつかったりでもしたら……!」
「うるさい子ね。大丈夫よ、普段からエスコートもダンスも断るわたくしの真似ぐらい、カリナでもできるでしょう」
わたしは半狂乱になって床に膝をついたまま這い寄り、去りゆく陛下の豪華なドレスの裾を掴もうと必死に手を伸ばした。
「わたし、ウソなんて上手くつけません!!」
「それならウソつかなければいいじゃない。ああ、本当の頼み事であることを意味する女王の信任の指輪はつければウソではないわ。これで話は終わりよ」
「お待ちください、陛下! せめて、せめてもう一度だけご再考を!」
しかし、その指先がドレスへわずかに触れるか触れないかのところで、側辺に控えていた侍女頭に無慈悲にその手を払いのけられる。
「なんて子……見苦しいですよ、カリナ。陛下はご決定されました。下がりなさい」
払われた手の甲が床に当たり、鈍い痛みが走る。それでもわたしは顔を上げ、遠ざかる陛下の背中に向かって、枯れそうな声を振り絞って追いすがった。
「わたし一人では無理です、わたし、どうすれば……! 陛下、陛下……!」
わたしの悲痛な呼びかけに、エリザベス陛下は一度も振り返ることはなかった。
ただ、部屋の入り口で足を止めることもなく、めんどくさそうにひらひらと片手を振っただけ。
どうやら、わたしは切り捨てやすい名誉男爵家の売れ残りの三女で、背丈が女王様と近くて、女王様の指輪とサイズがあうから――それだけの理由で今日まで侍女に選ばれていたらしいのだ。
それは、この日のために……まるで、庭に迷い込んだ羽虫を追い払うような、あまりにも軽い拒絶だった。
(女王陛下にとって婚約破棄など、誰かに押し付けたい雑用程度なのね)
今夜、婚約破棄しなければいけないお相手は氷の騎士様と呼ばれるウラカン次期公爵令息だ。彼は非常に聡明な方で、その場しのぎのウソや曖昧な言葉を何よりも嫌っておられる方だと聞いたことがあるのを思い出した。
よりにもよって、これから、わたしは、ウラカン閣下が何よりも嫌っておられる「ウソの塊」になって、彼の前に立つのだ。考えただけで身がすくむ。
(もし、声が震えたり、侍女らしい所作が思わず出てしまったら? この女王の指輪が見た目以上に重いわ。万が一の時、この指輪が本当に役に立つの?)
鋭い審美眼を持つウラカン閣下なら、即座に偽物だと見破った瞬間、きっと氷のように冷たい目で見下ろし、わたしは職を追われるどこでは済まされないだろう。
……そう考えただけで、おなかがしくしく痛いし、むりやり吹きかけられた女王様がいつも使われている香水のきつい匂いが体中からするので気持ちが悪くなってきた。
怖い。すごく嫌だ。
でも、泣けない。泣いたらバレるから。
(ウラカン閣下、怒らないでください。わたし本当はウソつきたくないんです。言われたからウソつきますなんて都合良すぎますよね。どうしよう……)
震える手を指が真っ白になるまで力を込めておさえて、私は身代わりの魔法がとけないように祈りながら馬車で夜会に向かう。
(お願い、誰もわたしに近づいて触らないで……そのためになら、わたしは手段を選ばないわ)
そう決意しながら、扇子を握りしめ、向かう。
今夜は、わたしの人生がかかっている。
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