21.家族愛
ホタルを置いて行ったが、あれは果たして正解だったのだろうか。まぁ、あくまでアニマ達の目的はシオリの回収。シオリがアニマから離れるのは最も合理的と言えるだろう。未だ、森は抜けられていない。本当に大きいみたいだ。
ただ、森を抜けられない理由は森自体のサイズが大きい以外にもある。それは──
「聖教団の三人目、ズュース」
「聖教団のマニアと申します〜」
この2人に見つかったからだ。待ち伏せでもされていたのだろうか。
車椅子に身を預けていて、いかにもか弱そうなズュースと、臍の部分が綺麗に露出しているけしからん格好をしたマニア。
「ん〜随分と面倒だね〜?」
ピリカが眉根を寄せて三人に共感を求める。三人はそれぞれ適当な相槌を打った。
「本当に、エリュが居たんだ」
「そうねぇ〜? アニマちゃんの戯言だと思ってたんだけど……」
どうする? 始末するべきか、逃げるか。
三人は殺る気満々だ。じゃあ、同行するべきだろう。
シオリは右手に力を込めた。
殺伐と、そしてどこか甘い雰囲気が漂うこの空間がキュッと引き締まる。
「これ以上の分散は今後の接敵に不都合を齎します。ここで削ってしまいましょう」
ヴィザールも倦怠感が消えてない声で士気を上げる。
「もうっ、やぁね〜? そんなに私たちに反抗しないでよぉ〜」
「えっ、あ、ごめん」
その言葉を聞いた時、自然とシオリの口から謝罪が零れた。何故だ? 謝罪の気持ちなんて微塵もないのに。頭の片隅にもなかったのに。どうして、この言葉を言ったんだ?
「いいのよ〜? 謝れるって、すっごく偉いことなのよ?」
「そう……なの」
辞めろ、気持ち悪い。なんなんだこれは
「あぁ……言われてみればそうだな。なんで我らは争おうとしていたんだ?」
ゼロが心底疑問そうに呟いた。それに伴いピリカも確かに……と眉根を寄せた。
「あの……皆さん?」
「おいで? 私の胸にドーンと来ていいのよ?」
その言葉に、シオリは迷いなく足を進めた。なんだろう。とても心が穏やかだ。白黒絵画に彩りが加わった時のように世界が美しく、マニアが愛らしくなってくる。
「はぁ……全く」
「よしよぉし……いい子いい子……」
気が付けば、シオリはマニアの胸に顔を埋めていた。ゼロも、ピリカもきっと同じ状況だろう。
頭を等間隔で撫でられ続け、もはや眠たくすらなってきた。甘い香りが、アロマのような役割を果たしているのか、すぐに眠たくなってくる。もういっそ、寝てしまってもいいのではないか──
シオリの意識が飛ぶ寸前。
「偽物の愛情なんて、虚しくなるだけですよ……っと……?」
ヴィザールが何か言った。
「マニアの邪魔、ズュースがさせない」
何の話だろうか。まぁ、どうでもいいか。
「ふふっ……エリュシオン様も、起きたばっかはまだ子供ね〜」
あぁ、心地良い。暖かい……いい匂い……心地良い心音……これ以上、意識を保つ必要なんてないだろう。
「ゆっくりおやすみ……私の愛しの子……」
その声を最後に、シオリの意識はシャットアウトした。
◇◇◇
ヴィザールはマニアを殴るすんでのところでズュースに阻まれた。
彼女らの意識は確実に落ちている。
なんだ? 洗脳系だろうか?
ただ、洗脳系ならばヴィザールが洗脳にかからない理由がよく分からない。ヴィザールも彼女らと同じ環境で生きてきたのだから、ヴィザールもかからなければおかしいのだが……
「非常に姑息ですね……気に食わない」
「姑息って……酷いわよぉ〜……私は、愛を注いでるだけなのに……」
「愛……ですか。反吐が出ますね」
ヴィザールは肉体変化でズュース達から一旦距離をとる。
「残念ながら、シオリさんはあなた達が呼ぶエリュシオン様とは全くの別人ですよ。逆に、そこまで信仰しているのに何故気づかないのか……」
皮肉たっぷりに、嘲笑するように言った。
マニアの胸では、三人が穏やかな表情で身を委ねている。とてつもなく平和で、だからこそ、吐き気がした。
ヴィザールは己の腕を鞭のように変形させた。そして間髪入れずに鞭で三人を絡め取り、強引にマニアから引き剥がす。
既に接着剤でくっついたものを引き剥がすような感覚と共に、三人はマニアの胸元から無理やり剥がされた。
「あぁん、ちょっとぉ……」
三人を剥がされるやいなや、心底悲しそうに震えた声で彼女は呟いた。愛しい我が子と別れる事となった母親そのもの。ただ、ヴィザールはその視線を冷たく一蹴した。
「マニアの邪魔、ズュースがさせない……! ホルン、やっちゃって……!」
ズュースのその合図と共に、辺りに鼓膜が破れるほどの轟音が響き渡った。それは鳴き声なのか、それとも招来時の音なのか。気が付けば、輪郭線がはっきりしない竜を象った影がズュースの車椅子の上を滞空していた。
「ほら、とっとと起きてください寝坊助さん達」
指を針のように変形させ、三人の脚に突き刺す──
◇◇◇
「──!!!」
意識が戻る。シオリは青空を見上げていた。顔を少し上げれば、マニアとズュース、そしてヴィザールが居た。そういえば、今はマニアたちと戦っているんだった。何呑気に寝てるんだ。
……あれ? さっきまで……あんなに──
いや、違う。
「っ……何やってんだ私」
シオリは立ち上がる。その時、若干右足に違和感を感じた。
「……チッ、随分とあやつら、面倒臭い能力だな……」
「な、何……今の……なんか、変な感じ……」
どうやら二人も起き上がったようだ。
「あなた達がグースカピーピー寝ていたので、少々強引でしたが……」
その一言で、何となく察した。
「悪いね」
「お礼は必要ありません。今すぐに攻撃に備えてください」
その一言でハッと前を向くと、黒くて巨大な何かがこちらに超速で迫ってきていた。シオリは咄嗟にサイドステップで回避する。
だが──
「ッ──!!」
避けられないヤツが居た。声的にピリカだろうか。肉が抉れる音が綺麗に耳へと入ってくる。横目でピリカの方を一瞬だけ見る。するとそこには、不明瞭な輪郭線をした竜のような物がピリカの左脚を根元から思いっきり噛みちぎっているのが見えた。
そしてそれとほぼ同時、プシューッという音が戦場に響いた。何度か聞き覚えのある音。ピリカの白手玉が爆発した音だ。白い粉塵が一気にピリカを埋め尽くす。
「戻ってきて、ホルン」
ズュースの合図、ホルンと呼ばれる黒い何かはズュースの車椅子に張り付くように戻っていく。
「ピリカさんは……まぁ大丈夫そうですね。ワタクシ達は目の前の敵に集中しましょう」
シオリは前を向き直す。けしからん格好をしたマニア、車椅子に乗ったひ弱そうなズュース。大丈夫、意識は問題ない。
「あなた方がマニアさんを相手にすると洗脳されてしまいますので、マニアさんはワタクシが相手します。シオリさんとゼロさんはズュースさんをお願いします」
ヴィザールはそう言うと、肉体をスライムのように変化させ、マニアへと急接近を開始した。
「もうっ……ちょっと強引よぉ〜……」
金色の鎖のような物をマニアは取り出した。あれが武器だろうか。
残念な事に、シオリが持っていた剣はズュースの近くに置いてある。ので、しばらくシオリはステゴロで戦わなければならない。
「ゼロ、ホルンを頼むよ。私はズュースをやるから」
「あ、あぁ……分かった」
そのゼロの返答は、どこかぎこちなかった。自信がないようにも見えた。とにかく、プラスな方向ではなかった。
ただ、今はゼロのことなんざ気にしては居られない。とりあえず目の前のガキを潰すことに専念しよう。




